| sandy's profile~森好き*旅好き*ランダムノート~PhotosBlogLists | Help |
|
|
October, 2009 活字ブログ
思いのほか、「四国・中国城めぐりの旅」に時間がかかってしまったのだが、最近、ひょんなことから、こんなことを思うようになった。
それは、
「私のブログって、全然女らしくない」
ということである。 いや、そもそも、「ブログとかいうよりも前に、一人の人間として女らしくないぞ」と言われてしまうと、ぐぅーーの音も出ないのだが、なにせ私のブログには、かわいらしい絵文字が一切と言っていいほどない。なぜ突然そんなことを思ったかと言えば、最近たまたま目にしたブログの数々で、私の許容範囲を超えるほどの絵文字が使われていたのである。目にした瞬間、「うっ・・・・・」と、思わずしばらく固まってしまった。それは女性のブログだけではなく、男性のブログも多くあったのだが、私は、その時しみじみと思ったのである。
「そっか、私、絵文字使う男の人、ダメなんだ」
ブログだけではなく、メールでも異様なまでに絵文字を使われると、なんとなく、気分的に引いてしまう傾向がある。しかも、それが男性であれば、うにゃにゃと一気にテンションが下がる。差別しているわけでもなんでもなく、個人的で勝手な解釈なので、こんなことを言うと、人からどう判断されるかもよくわからない。が、ただ単に私は、とにかく絵文字よりも活字が圧倒的に好きな人間なのである。しかも、女性的な文章よりも、ノンフィクションストーリーみたいな、冷静で淡々としていて、時にガツンとくるような男性的な文章が好きなのだ。そんなわけで、男性が絵文字を多用していると、なんとなく悲しくなるということが、最近ようやっと判明した。いや、判明したところで、何がどうなるわけでもないのだが、そんな深層心理があるからこそ、もしかしたら私のブログは重いのかもしれない。いや、重いというよりも、真っ黒で活字のオンパレードという雰囲気なのだろう。決して「軽くて読みやすい」といったブログではなく、その対極をなすようなものだろうと自分でも思っている。 女性らしくないブログだからなのか、(私の知る限り、)読者の割合としては男性のほうが多いようである。しかも、業種的には、出版系やらマスコミ系やらの活字系職業の方が多いらしく、それはある意味、ありがたいことでもある。なにせ、私のブログ、モットーは「読むブログ」なのだ。「見るブログ」、「眺めるブログ」ではないのであり、活字好き、ノンフィクション好きの方に読んで頂けると、個人的にとても嬉しいのである。 そんなわけで、私のブログは何年経っても相変わらず活字ばかりだし、写真もまったく女性らしくない。絵文字もなければ、可愛らしいネタもなく、華やかさなんてほぼ皆無である。
前世というものがあったのであれば、私はきっと、男性だったんだろう。
そんなことすら思う、今日この頃だ。
いつも読んで頂いているあなたが、男性であれ、女性であれ、これからもどうぞご贔屓のほどを。
October, 2009 歳を重ねて
もう、いくらか時間が経ってしまったが、9月下旬のある日、私はまたひとつ歳を重ねた。ついに来てしまった、大台30代への突入である。もう、3年ほど前からだろうか。私はことあるたびに、「30歳はイヤ」とひとりずっと言い続けてきた。別に深い理由があるわけではない。ただ、30歳という響きが生理的に嫌だったのだ。とはいえ、生きている限り、当たり前だが年をとる。私も例外なく、その瞬間を迎えることになったわけだが、あれだけ嫌だ嫌だと言っていたその日を迎える直前、私にふっと予期せぬ出来事が舞い降りた。
一人で家にいると、ピンポンとチャイムが鳴った。ドアを開けると、すぐ横に住んでいる姉と3歳の甥っ子たっくんが立っている。なんだろうと思い、「どうしたの」と声をかけるが、小さなたっくんが、なぜだか妙にもじもじしている。いつも恥ずかしがりやさんのたっくんだが、その日はなんだか様子が違うのだ。
「ほら、たっくん」
姉の声に背を押されるように、たっくんは、ぎゅっと握っていた右手を私の前に差し出した。
「あやや、おたんじょびおめでと」
恥ずかしそうにそう言う、3歳のたっくん。
私の手のひらに、その小さな手が触れたかと思うと、そこにはなんとドングリがあった。
「あややが誕生日だから、拾ってきたんだよね」
そう言う姉の後ろに、たっくんは恥ずかしそうに隠れていた。
たっくんを見送った後、私の手の中にはドングリが残っていた。
大きな8粒の、マテバシイのドングリ。
じっと見ていたら、なんだかふっと、こう思えてきた。
「年をとるのも、悪くない、か」
人生で、一番あたたかい、誕生日プレゼントだった。
ここのところ、もうすぐ30歳になると言うと、周りのみんながこんな言葉を口にした。
「え?もう、30歳なの?まだ26くらいだと思ってた」
「あれ、まだ30歳なってなかったの?もうとっくに30代だと思ってた」
「ようこそ30代へ~。20代より楽しいよ~」
29歳と30歳の1歳の差。それはなんだかすごく大きな気もするし、全然変わらないような、そんな気もしている。
でもきっと、何よりも大事なのは、一度たりとも命が途絶えることなく、これまでずっと毎日という時間が続いてきたということなのだろう。
30歳まで支えてくださったすべての皆様に、心から感謝します。
そして、30代のこれからを支えてくださるすべての皆様、これからも、変わらずに、どうぞよろしく。
August, 2009 ブログについて
日ごろアクセスいただきまして、どうもありがとうございます。
さて、ここのところ、いえ、だいぶ前から、本ブログはおそろしく滞っております。日に日にその滞納分が雪だるまのように増え、なんと2ヶ月分も溜まっている有様で、自分でも「ひぃ~っ」っていう感じなのが正直なところです。
そんな中、「毎日分書こうと思うから大変なんだよ~」というありがたいお言葉?を最近あちこちから頂きました。
そもそも、毎日分書くというのがモットーの本ブログであり、3年半も続けているので、結構な時間を充てていることは事実であります。が、生活環境やネット環境が変わるなかで毎日分を続けるのは、結構意外と大変でもあり、というか、どうもうまく手を抜けないバランス感覚の悪い私は、これまでうだうだとブログをため続け、「お手上げ~」状態にまで持っていってしまったというところです。
ちなみに世の中の大半の方が、ブログを毎日分書いているのか、それとも時折アップしているのかはいまいちよくわかりませんが、私もそろそろ毎日分書くことを断念?いえ、放棄?いや、改革?しようと思うようになっております。
というわけで、これからは、毎日分は書かなくとも、タイムリーなブログを書けるようにしたいと思っております。
みなさま、どうぞ今後ともごひいきのほどよろしくお願い申し上げます。
sandyayano
August, 2009 なんとなく思ったこと (後編)
2009/6/8
(前編から続く)
ここのところ、しばしば人にぶつかられている私であるが、ある日妙に腑に落ちない出来事があった。
その日私は、急いでエスカレーターをおりようとしていた。大きな荷物を持ちながら、前の人にぶつからないように、右横を急ぎ足でおりていたのである。
その矢先、「あ、もしかしたら当たったかも」。そう思った瞬間があった。斜め前に立っていた男性に、私の持つ紙袋がかすったかもしれないと思ったのだ。
私はすぐさま、こう口にしていた。
「あ、すみません」
もしかしたら当たってなかったかもしれないが、一応念のため、自分からそう謝ったのである。
しかし、その時だ。
斜め前の初老の男性、突然、剣幕にこう声を荒げたのである。
「危ないじゃないかっ!!!!!」
私はと言えばすでにその男性を横切り、エスカレーターを降りつつある。
あまりにもつっけんどんにそう怒られた私は、心の中でプチンとスイッチが入りそうになった。
紙袋が少し当たったくらいで、大声で叫ぶやつがいるか、と。
私はあまりにも納得がいかず、極めて冷静に、こう謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ございません」
それでもまだ怒っていたのなら、なんなら土下座でもしましょうか。
そんな思いでいたのだが、向こうはどうやら冷静な謝罪に逆に恥ずかしくなったようだった。
電車の中でぶつかられても、足を踏まれても、私はいつも何にも言わない。大概の人は謝らないし、その事態にも気が付いていないだろう。
そんな中、必要以上に大声で怒鳴る人がいることに逆に驚いていた。
世の中は、いろいろだ。
後味の悪いエスカレーターを降りながら、私は帰宅の途についていった。
August, 2009 なんとなく思ったこと (前編)
2009/6/7
最近よく、私は、人にぶつかられる。
電車の中、駅の階段、お店の中、通り道。
相手に悪気はないのだろうが、思いっきり足を踏まれたり、ゴンと頭をぶつけられたり。
ある時なんて、あまりにも勢いよく通り過ぎた人がいてびっくりしていたら、なんと、私の腕にすり傷ができていたなんてこともあった。
悪気がないのは重々承知だが、相手が謝ることは、ほとんどない。というか、気づいているのかどうかも、よくわからない。腑に落ちないことも、しばしばである。
そんな中、最近私は、非常に不快な思いをした。
私が悪いと言えば悪いのだが、腑に落ちない出来事があったのである。
(後編へ続く)
July, 2009 日常の中で 5
2009/6/6
そういえば、私は、土曜日の午後が好きだ。
次の日も休みだし、まだまだしばらく時間もある。
そんなゆるゆるとした感じが、私はなんとなく好きなのである。
いつかとある方が、こんなことを言っていた。
「翌朝ゴルフの日は、ものすごく嬉しくてわくわくするのに、日曜の夜は、ほんと憂鬱なんだよね」
みんな、そうやって、一週一週、乗り越えているんだな。
そんなことを、たまにしみじみと、思ったりしています。
日常の中で 4
2009/6/5
金曜の夜。電車に乗るたびに、よく思う。
みんな、なんか、妙に浮かれている。ふらふらしたり、笑ったり。大声で話したり、お酒を飲んだり。翌日を気にせず、お酒を飲んで楽しめるという花の曜日。
いろんな人がいるけれど、誰もがみんな楽しむ権利を謳歌しているような、そんな気もしてしまう。
だってまぁ、みんな、人間だもんね。
満員電車に、暑いスーツ。上司に部下に、取引先。
サラリーマンは、大変です。
私もある種のサラリーマン、なのだけれども。
July, 2009 日常の中で 3
2009/6/4
世間的に見れば、誰もから「すごいね」と言われそうなポストに就いているとある方。
そんな方から、ふいにこんな言葉が洩れてきた。
「最近、へこんでました」
羨ましがられるというのは、裏を返せばそれだけ気苦労があるし、人よりも努力が必要ということなのだろう。
素直な気持ちを吐露してもらえるような、そんな人になりたいな。
少し、そんなことを思ってみた。
日常の中で 2
2009/6/3
あれほど毎年、ぎゃあぎゃあと騒いでいた「クールビズ」への移行。
そういえば、今年は誰も何も言わずに、すぅーっとスムーズに周りが夏仕様に変わっていった。
人間、慣れというのは、やっぱり極めて重要なんだな。
日常の中で 1
2009/6/2
新しい何かを始めるよりも、これまでの何かを止めることのほうが、実はもっと、勇気と勢いがいる気がします。
コンサバな性格、だからでしょうか。
漢字の不思議 その参
2009/5/12
「門」の前で「耳」にするのが、「聞」く。
「耳」に「目」と「心」を「プラス」するのが、「聴」く。
よくできているものです。
漢字というのは、実に実に。
漢字の不思議 その弐
2009/5/11
「口」から「プラス」で、「叶」うの字。
「口」から「プラス・マイナス」で、「吐」くの文字。
できるだけ、プラスのことを口にしていたいものだと、常々思います。
そう、簡単なことでも、ないのですが。
June, 2009 漢字の不思議 その壱
2009/5/10
「人」に「云」うと書いて、「伝」えるの字。
誰かに、思いや考えを伝えるというのは、ごく普通で当たり前なことです。
が、同時に、実はごくごく難しいことだと、最近、至極、思ったりもします。
June, 2009 夜、ロマンスカーで
2009/4/28
平日の夜、8時過ぎ。仕事をしながら、どうしようか悩む。神奈川の本厚木に行かないといけない私は、いつ乗っても混んでいる小田急線に乗ることを拒んでいた。「小田急に乗る」イコール「ずっと立ちっぱなし」という公式が出来上がっている私には、夜の混雑した車内で1時間以上立ち続ける気力と体力はなかった。すでに、ぐったりしていたのである。
しかし、ふと調べると、極めて本数は少ないながらも、千代田線経由でロマンスカーが走っていることに気がついた。大手町を出発して、新宿を経由しないまま本厚木へと到着できるというのだから、私には驚きの事実である。私はすぐさま時刻を調べ、時間ぎりぎりまで仕事をしたのち、大手町へと向かっていた。いやもちろん、ロマンスカーで行けば料金も安くないが、時間は節約できるし、ゆっくり座れるし、誰にも邪魔されず本も読めるのだ。コストパフォーマンスの高さを選んだ私は、大手町からおしゃれなロマンスカーに乗り込み、ゆったりと時間を過ごすことにした。
霞が関、表参道、代々木上原を通り過ぎ、静かに本を読みはじめる。
美味しく、力強く、希望あふれるノンフィクションストーリー、『庄内パラティーゾ』。
気がつけば、幸せな気持ちのまま、終着駅へと辿り着いていた。
June, 2009 直球ふたたび
2009/4/27
いつだったたか、少し前、私を知るとある人たちから、いきなり直球を投げられた。
しかも、ばらばらの日に、全く違う人たちからだ。
「あれ?いま何歳だっけ?」
「もう、30超えたんだっけ?」
「婚活しないの~?」
「なんで、結婚しないの?」
「歯に衣着せず」、とはよく言ったものである。
直球を投げる時は、何かしらサインくらい出してほしいと思ってしまう。まるで、顔面でボールを受けてしまったような、そんな衝撃が走るではないか。
まぁ普段、人に対して、辛口なことを何の気なしに言ってしまう私であるため、たまにはそれくらいの痛手を受けたほうがいいのかもしれないが、それでもやっぱり、いきなり投げられた直球をどう返すは難しい。
うーむと思う、今日この頃。
June, 2009 小動物な私 vol.2
2009/4 /25
ある日突然、「ペンギンみたい」と言われてしまった私は、ひょんなことから過去に言われた色んなことを思い出した。
そういえば昔から、私は小動物に例えられることが多い。
ある時は、リス。そしてある時は、子ざる。そしてまたある時はポニー、である。
その理由は実に単純だ。「ちっちゃいから」、「コンパクトにまとまっているから」、さらには子ざるにおいては、「大人にくっついてキャッキャッって遊んでそうだから」などと、はっきり言って、根も葉もない理由ばかりである。
そしてまたポニーに至っては、「勢いはあるけど、競走馬ほど馬力はないし、ゲート飛び出してもすぐ疲れちゃいそうだし、体もちっちゃいから、せめて遊園地で子供乗せてるくらいの仔馬」という意味で、ポニーと相成ったらしい。
ペンギンもさることながら、リスも子ざるもポニーも、褒められているのかけなされているのか、私にはちっともわからない。
ま、
「うーん、カバみたいだね」
とか言われないだけ、まだいいのかもしれないけど。
(カバはカバで、十分可愛いけどさ)
May, 2009 小動物な私 vol.1
2009/4/24
ある日、オフィスを歩いていると、後輩から笑われながらこんなことを言われていた。
「なんか、ペンギンみたいですねぇ」
何がペンギンかと言えば、どうやら私の歩き方のことらしい。疲れてへとへとになっていた私の歩き方が、まるでペンギンみたいだったようだ。
「むむっ」
そう思ったのもつかの間、そういえば私は中学生のころにも、「あ、ペンギンだ」と男子に言われたことがあったのを思い出した。私がたたたたたっと急ぎ足で歩いていた姿を見ての発言だ。
「なに、ペンギンって?」
そう思ったのだが、結局大笑いされたまま、その深い意味はわからずじまいだった。
それからもう15年近く経っているが、私はいまだ、時折ペンギンのようになっているらしい。
「いいじゃないですか、ペンギン、可愛いんですから」
褒められているのか、けなされているのか。
よくわからない私なのであった。
|
|
|