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November, 2009 秋の弘前城へ闇夜に浮かぶ弘前城を眺めた翌朝。昨夜とはうって変わって明るく、爽やかで、清々しい弘前城を心行くまで堪能することにする。平日ということもあり、それほど観光客も多くないのだが、目にした多くの方々がアジア圏からの旅行者であったのに驚いた。青森空港からは韓国、インチョン空港まで直行便が出ているのである。羽田・成田に出て海外に出るよりも韓国を経由したほうが早くて楽というのだからなんとも不思議な感じである。
さて、そんな秋の弘前城。ここで私は、実に多くのことを学ぶことになった。とりわけそれは、天守だけではないお城全体の複雑な構造と、計算されつくした守りの堅さとその美しさだ。そしてまた、土塁の機能にもいまさらながらいたく感心した。土塁の存在に、遅まきながら開眼してしまったといってもいいくらいだ。今までどうして土塁に目を向けなかったのかなと思ったのだが、やはり石垣ほど目立たないし、ともすれば元あった自然の地形だと思えてしまうほどに空間に溶け込んでいることが要因なのだろうと思う。
ちなみに、弘前城は日本に残る現存12天守のうちの一つだが、その天守には珍しい特徴がある。それは、天守であるのに、櫓のようであるということだ。石垣の上に構えている天守は、見る角度によって見事に表情が変わる。裏手にまわると、とてもシンプルな作りに見えるようにできている。が、その天守の内部に入ると、その違いはより明らかであり、敵の攻撃を阻む「石落とし」などがあるものの、実に構造がシンプルで不思議な感じがする。正直、私は天守内に足を踏み入れたところで、「???」という感覚に陥った。中には弘前城の歴史を知る展示物などがあるのだが、不思議なのは使われている木材がなんだかとてもシンプル、というか簡素な感じがするのである。3階建ての天守の最上階に上がっても、現代で使われているような角材で組まれた梁、天井がはっきりと見える。はて。なんでこんなに木材がシンプルなのでしょう。ちなみに、現存天守を巡っていると分かるのだが、大抵がエネルギーあふれる立派で高級な木材を使っており、「木造って素晴らしい~」と樹木好きにはたまらない感覚に包まれるのだが、弘前城にはそれがほとんど感じられない。実に不思議な感覚なのだ。
どうやら、後に調べたところ、弘前城はもともと1600年代初めに五層の立派な天守閣が作られたらしいが、その後すぐに落雷のために焼失しているそうだ。なんともったいない。しかしその後、200年ばかりの時を経て、ふたたび天守が建造されたらしいのだが、どうやらここがトリックらしい。そもそも天守ではなく、櫓として作られたものを、その後事実上の「天守」として扱うようになったそうなのだ。つまり、見張り台などの機能である櫓は天守と違って豪華な木材で作られないため、今残る弘前城の天守も、櫓が天守に昇格(?)したものであり、シンプルで質素な木材のまま残っているというわけである。しかし、だからといってこの天守が面白くないというわけでは毛頭ない。これだけシンプルな天守を見られるのはなかなかないだけではなく、寒い青森の特徴として、瓦が「銅瓦」であることも見てわかる。どうやら雪対策らしく、他のお城ではなかなか見られない特徴であろう。さすが、お城も、郷に入っては郷に従えとばかり、その土地土地の特徴があるのだから、なんとも楽しく奥深いというものである。
そんなわけで、少々変わった天守が楽しい弘前城であるが、見所はそれだけではもちろんなく、公園内のあちこちに現存している門もものすごく立派でかっこよく、そしてまた三重の水掘に、美しい曲線を描いた土塁が実に素晴らしいのもポイントだろう。公園内にはあちこちに解説の看板が立てられており、文化度がとても高いように感じた私は、この弘前城でお城の持つ巧みな構造に今更ながらえらく感心してしまった。そしてまた、園内は桜やイチョウだけではなく、常緑樹も多いし、季節の花々も愛でることができる。なんともバランスの取れた空間なのだろうと弘前市の感覚に感心してしまったのであった。
そういえば公園の中には、観光物産館のような場所もあり、弘前の名品が数多く用意されていた。はたまた、小学生が遠足でやってきてお弁当を食べているようなロケーションもあり、市民の憩いの場になっていることもわかって、なんだかとってもほほえましい。さらには、もう一つ、書いておきたいことがある。天守の北側にある櫓の近くで、弘前ならではのりんごのシャーベットが売られていた。お願いするとその場でコーンに盛ってくれるような、観光地ならではのシャーベット屋さんである。せっかく弘前まで来たのだからと、ひとつお願いした私だが、なんとその後小銭がないことに気がつき、大きなお札しかないことを告げると、「せっかくだから、食べていって~」と優しいお母さんにご馳走になってしまった。申し訳ないやら、ありがたいやらで、私は美味しくシャーベットを頂き、お礼を告げて弘前城を後にした。なんとも心温まる弘前時間であった(ぜひ、お城を訪れる機会があれば、このシャーベットを食べて頂きたいので、ブログにも書いておきます。爽やかで美味でございました)。
弘前の街を満喫した後、再びリンゴジュースやらリンゴのお菓子を買い、大好きな青森を離れることにする。特急と新幹線を乗り継ぎ、5時間以上かけて帰宅の途へ。またしても青森のことが好きになった、そしてお城も大好きになった楽しくありがたい旅。お世話になった皆様に心から感謝いたします。
November, 2009 弘前へ
むつ市での植樹祭を終えた後、青森を経由して私はひとり、次の目的地、弘前へと向かった。弘前を訪れるのはこれが初めてだ。普段であればそのまま青森から八戸を経由して東京に戻るのだが、旅の数日前にふと、「あ、弘前城に行きたい」と思い立ち、急遽ルートを変更したのである。弘前城は桜の名所として名高いのだが、私にとっては桜よりも何よりも、「現存12天守」のひとつなのであるということのほうが、圧倒的に重要である。そんなわけで、あと1日足せば弘前にも行けると気がつき、えいっと足を伸ばすことにした。時間とお金は有効活用しないとやっぱりもったいないのである。 夕方、弘前市内のホテルにチェックインした後、ライトアップされているという情報を頼りに、てくてくと弘前城を目指す。誰しもが「弘前城、とにかく広いよ~」と口にしていたので、それなりに覚悟していたのだが、実際に弘前城が位置する弘前公園にたどり着いて驚いた。なにせ、お堀が3重になっていたのである。つまり、それだけ、だだっ広い敷地であるということだ。しかも、お堀だけではない。門も土塁も石垣も、そして櫓も天守までもが、膨大な敷地の中に綺麗に残っているのだから心底驚きである。東北地方で最も素晴らしい状態の遺構という話も聞いていたが、本当にこんなにお城の構造がしっかりと残っているとは感激である。しかも、復元ではなく現存のものばかり。なんとまぁ、弘前は素晴らしい土地なのだろう。そんなことを弘前公園にたどり着いてすぐ感じてしまった。
とは言いつつも、ライトアップをされているという天守にたどり着くまでは正直真っ暗で怖かった。てっきり、皇居のお堀のライトアップのように、観光客や地元の人が見に来ているのかと思ったら、ひとっこ一人いないのである。時刻は夜7時前だというのに、真っ暗で本当に怖い。お堀を越え、門をくぐり、真っ暗な敷地内を歩きと恐る恐る暗闇を抜け、ライトアップされている天守を見つけたときは正直ほっとした。やっぱり、知らない土地に夜行くのは少々怖い。とはいえ、ライトアップはどうしても見たかった。そしてまたその美しい姿を見上げたときは、正直感嘆の声をあげた。闇夜に浮かぶ天守はなんだかどこか怪しくも輝かしい。怖さを乗り越えて、ここまではるばる来た甲斐があったというものだ。
しかしながら、ライトアップだけでは満足しない私は、翌朝ふたたび弘前公園を訪れることにした。どれだけお城が好きなんだと言われそうだが、弘前までやってきたのはお城を見るためだけなのだ。
明るい空の下、再び天守閣を眺めるのを楽しみにしながら、真っ暗の弘前公園をあとにした。
November, 2009 紅葉の下北半島へ八戸で迎える土曜日の朝。北の寒さを感じながら、電車に乗り込みさらに北上する。八戸駅を出発し、野辺地駅を経由し、本州最北端の下北半島へ。八戸から約2時間の電車の旅である。むつにくるのは、これで5度目だろうか。2年ぶりのむつ滞在となるが、今回もむつの友、通称、酒蔵嬢に駅で迎えられ、楽しいむつの旅がスタートとなる。少し早い紅葉の青森。美味しさも、美しさも、格別の季節である。
車に乗り込み、最初に向かったのは、青森に来た際に絶対に外すことのできないお店、「ラグノオ」。何かといえば、弘前に本社を構える青森県のお菓子屋さんなのだが、私は青森に来るとこのラグノオでお菓子を大人買いし、宅急便で他のお土産と一緒に自宅に送るというのが恒例行事になっているのである。ちなみに、私のイチオシが「パティシェのりんごスティック」である。毎日でも食べたいくらい美味しいアップルパイで、誰に差し上げても感嘆の声をあげてもらえるほど、素晴らしく、コストパフォーマンスの高いお菓子である。ちなみに、青森出身の文豪、太宰治先生の生誕100周年ということもあり、今年はラグノオでも太宰先生ゆかりのお菓子が発売されていた。いやはや青森、そしてラグノオ、期待を裏切ることのない素晴らしい土地である。ますます、青森好きに拍車がかかりそうである。 お菓子をどっさり買い込んで大満足した後、むつ市の中心部から車で30分ほど走った東通村にある、尻屋崎の灯台へと目指す。ここは、「寒立馬(かんだちめ)」と呼ばれるお馬さんたちがいることで有名な場所なのだが、私は2度目のお馬さん訪問である。初めて来たときも、晴天の下、かわいいお馬さんたちと触れ合えたのだが、今回も素晴らしく空は晴れ、そして海も綺麗という絶景のロケーションの中、うようよいる馬くんたちと遊ぶことにする。が、その前に、灯台近くのお店でひとまずランチ。秋鮭のいくらがたっぷりのったいくら丼をペロリと頂き、青森に来たことをしみじみと実感する。
おなかも一杯になったあと、あっちこっちにいる馬くんに近づき、ひたすら写真を撮ることだけに傾注する。いきなり蹴られても大変なので、むやみに体には触らないのだが、やっぱり馬はかわいいし、きれいである。ほれぼれしちゃうほどかっこいいのもいれば、ぼんやりしているのもいるのだが、爽やかな空の下でのんびりとしているお馬さんたちを眺めて、心がほんわりとほぐれていく。幸せで、あたたかな、ひと時である。
小一時間ほど尻屋崎で遊んだ後、お馬さんに別れを告げ、再び車で走り出す。途中、名産のブルーベリーを使ったソフトクリームなんぞを頂き、ますますテンションがあがった私たちは、むつ市の大畑地区を目指すことにする。このあたり、すでに紅葉が見ごろになっており、紅葉目当ての観光客も多いようだ。しかも、渓流沿いで紅葉を楽しめるという温泉があるというのだから、渓流温泉好きの私にはたまらない。これまで下北半島でいろんな温泉に入ってきたが、この奥薬研修景公園の「夫婦かっぱの湯」は初めて。赤く染まったもみじを眺めながらお風呂に浸かれるんだから、想像しただけで気持ちよさそうなのだが、ここは実際、私の温泉ランキングとしてもトップクラスの素晴らしさであった。開放感に溢れており、渓流の爽やかな風を受けながらお湯につかれるんだから、もう気持ち良いことこの上ない。きっと、春や夏は新緑が楽しめるのだろう。驚いたことに、それほど長く浸かっていなかったにもかかわらず、夜まで体がぽかぽかと温かかった。きっと、お湯が肌に合うのだろう。また絶対に行きたい、名湯「夫婦かっぱの湯」であった。
お湯でほっこりしたのち、酒蔵嬢宅にひさびさにお邪魔する。ここでも、美味しく楽しい時間を過ごした後、翌日に控える植樹祭の前夜祭のために、むつ市内のお鮨屋さんへ。現場入りしていた宮脇昭先生や植樹祭関係者、そして東京からやってきた植樹仲間と合流し、溢れんばかりの下北の海の幸をありがたく、美味しく堪能する。むつ湾のまろやかなホタテ、海峡サーモンをはじめとし、アワビにヒラメ、そして鯛の塩釜焼き。ビバ、下北半島。ありがとう、素晴らしき本州最北端の地。これで、私がお酒が飲めたら、きっと大変なことになっていただろう。アルコールを受け付けない体なのは、幸か不幸か、それは自分でもよくわからない。お酒好きにはたまらない銘酒「関の井」を片手に、仲間はすっかり酔いしれていた。
郷に入れば郷を喰え。そんなモットーを掲げる私には、楽しすぎる下北の旅。
ますます青森、そして下北半島が好きになった、秋の一日だった。 November, 2009 青森への夜ある金曜夜の東京駅。新幹線「はやて」に乗りこみ、一路、青森県八戸へ。なぜか私は、東北新幹線が好きだ。東海道新幹線よりもどこかしら居心地がいいのは単なる気のせいだろか。観光気分だからなのか。それとも車内の音楽がいいのだろうか。どこがどう好きなのか分からないが、最終の新幹線に乗って、3時間という長い時間をひとりゆったり過ごすことにする。
お夕飯を食べ、文庫本を読みふけるという穏やかな時間。実に幸せな、ひと時である。今回の旅のお供は、少し前に古本屋で偶然見つけた絶版の文庫1冊。30年前に出版された、『北極圏一万二千キロ』である。大好きな植村直己さんが記した北極圏の犬ぞり冒険記だ。私が生まれた年に出版された本を、30年もの時間を経て手にしたのだから、なんだかすごい時間の流れである。植村さんの他の本は何冊も読んでいるのに、どうして今まで読まなかったのかが不思議なくらいだ。
極寒の地を旅しながら、23時過ぎに八戸へと到着。東京よりもぐんと気温の低い青森に、思わず、「寒いっ」と声をもらしていた。
吐く息を白くさせながら、駅近くのホテルへチェックイン。 青森への旅、一晩目。 ひとまず八戸で、金曜の夜を終えることにした。
October, 2009 広島、鯉城へ安芸の宮島を離れ、電車に揺られ再び広島の中心地へ。路面電車に揺られて10分ほど、目的地の原爆ドームへとたどり着く。 時おりポツポツと落ちてくる雨を見上げながら、なんとも言いようのない気分を抱えて、原爆ドームの前に立つ。12年前に広島を訪れたときにもこの場所にいたはずなのだが、なんだか初めて訪れたような不思議な感覚に陥る。制服に身を包んだ修学旅行生の団体が過ぎ去るのを待った後、ドームの様子をじっと眺め、手を合わせて静かに後にする。すぐ隣に育っていた大きな大きな常緑樹が、なんだか命の象徴のように思えて、心がすっとすくわれた。 「あと2時間だけ、雨は待っていて」
そう空に願いながら、原爆ドームのすぐ前に位置する広島市民球場を見上げ、もの思いにふける。12年前は、意識もしなかったカープの聖地。なんだか再び不思議な感覚のまま、私は市街を北上することにした。広島最後の目的地、鯉城が待っているのである。 広島東洋カープの「カープ」は、もちろん「鯉」のことを意味しているが、それはこの広島城、通称「鯉城」が由来でもある。幅の広いお堀をながめ、橋を渡り、門をくぐったところで、大きなイチョウの木に迎えられる。やはり、お城には大木が合う。雨粒が時々落ちてきたが、敷地内のベンチで美味しいあなご飯のお弁当を頂いているうちに、雨雲はどこかへ消えていた。相変わらず、雨逃れ運だけは強い私である。
広島城は平城(ひらじろ)と呼ばれるつくりであり、まっ平らな場所に作られたお城である。日本三大平城と呼ばれるのが、この広島城、そして漆黒の烏城こと岡山城、そして金のシャチホコ城である名古屋城であるという。さて、そんな平城の鯉城。たしかに、実に平坦で、ものすごくわかりやすいし、歩きやすいし、なんの苦労も迷いもなく、あっという間に天守閣が見えてくる。少し高いところに位置する天守は、木々の合間からその姿が見えてかっこいい。近づくとすぐに、「あ、このお城、茶色い」という感覚を覚える。本来は、「あ、黒い」という認識になるはずなのだが、やはりあの真っ黒烏城、岡山城を見た後だと、こげ茶色に見えてしまうのかもしれない。ちなみに、この鯉城も岡山城も、ともに「黒い城」であり、豊臣秀吉系のお城であることがわかる。逆に、「白いお城」は徳川家康系のお城とされているので、ぱっと見た瞬間に、素人でもある程度認識できる特徴があるというのが、面白いところである。
さて、そんな鯉城。見た目も古い感じだし、中に入っても相変わらず素敵なので、「おぉ、いい感じ」と一瞬嬉しくなる。「いいぞ、この雰囲気。私の好きな古い感じじゃないの」と、わくわくする。が、2階に上がった瞬間に、「あ、違った・・・」と、自分のぬか喜びにちょっとしょげる。いや、展示物がたくさんあるし、歴史好きにはたまらない資料がたくさん並べられているので、これはこれですごくいいと思うのだが、自分の下調べが足りず、木造建築じゃないことを把握していなかったのである。いや、もっと言えば、木造の天守閣なんて、極めて珍しいと思わなければならないのだ。どうやら、天守閣の最上階だけは木造で、それ以下は鉄筋コンクリートで作られているらしい。岡山城のようにエレベーターはなく、階段で最上階まで上がれるのだが、その動線もはっきりとしていて、展示も見やすくて、実に現代的で快適な造りだ。もちろん最上階からは、広島の街を眺めることができる。市民球場が遠くに見えて、なんとなくまた不思議な気分になった。 この鯉城、実は、原爆投下の影響を受け、天守閣が倒壊されてしまったのち、一度、「模擬天守」が作られたという。模擬天守というのは、本当は天守がないのに勝手に作っちゃったり、本来あったものからかなり変えて作っちゃった、もしくは、ほとんど想像で作っちゃった天守という意味なのだが、広島城も一度、そんな模擬天守が一時期出来ていたらしい。が、その後、昭和33年に、創建当初の天守閣を目指してもう一度復元したというのだから、その心意気がなんだか素敵である。模擬天守よりも、より本物に近いものを作ろうっていうのが、個人的に好きな話である。さすが、広島。熱い感じが、私は大好きである。 そんなわけで、私の中で言うならば、「お城型博物館」にジャンルわけされるこの広島城なのだが、見た目的には私が結構好きなタイプであり、できることならば、もっと長く滞在して、きちんと二の丸も見てみたかった。が、時間的にもう余裕がなかった私は、さささっとポイントだけを見た後、足早に鯉城を後にした。あと1時間あれば、石垣も樹木ももっとちゃんと見れただろうに。マニアックになればなるほど、時間が必要になる。そんなことを痛感した広島城時間であった。 時間を気にしながら、広島駅を経由し、バスに揺られて広島空港へ。香川から始まったこの旅も、高松城、丸亀城、岡山城、そして広島城を予定通り制覇(?)し、無事に終えたことになる。立て続けに見ることで、城の違いも特徴も、そして奥深さもたくさん学ぶことができた、ありがたい旅。ますます城好きに拍車がかかったことは、言うまでもない。これから先、どんな城好き女子になるのかは、それはこれから、乞うご期待である。 この旅にあたり、お世話になりました皆様に、改めて感謝いたします。 どうもありがとう。
October, 2009 安芸の宮島へ広島で迎える朝。お天気が心配だったが、なんとか曇り空をキープしてくれているうちに、電車に揺られて宮島口へ。安芸の宮島を訪れるのは、実に12年ぶり。高校の修学旅行以来なのだから、懐かしさもひとしおだ。宮島にある厳島神社は、私が中学生のころから最も憧れていた場所であり、実際に足を運ぶことができた日には、それはそれは感動した覚えがある。そんな思い出のある宮島に久しぶりに訪れた私だが、フェリーに乗り込むと、思いのほか外国人の観光客が多くてびっくりする。やはり、世界遺産、厳島神社である。日本人が見てもすごいと思うのだから、海外からの旅行客にもそれはそれは素敵に見えるに違いない。 フェリーが宮島に到着後、あちこちで鹿に出迎えられながら、てくてく歩いて厳島神社へと向かう。船上からもその様子が伺えたが、やはり、厳島神社は美しい。あぁ、あたしって日本人なんだなとしみじみ思ってしまう瞬間でもある。鹿の写真を撮り、神社の写真を撮り。ふらふらしながら、神社内へ移動する。
団体観光客の波にまぎれないように、一人であちこち移動しながら見て回るが、どことなく朱の色が明るくなったのは気のせいだろうか。もちろん、定期的に補修や塗り替えを行っているのだろうが、私のなかの朱の色はもう少し地味だった気がした。とはいえ、きっとそれも、私の感覚が変わってきたということなのだろう。
厳島神社を端から端まで堪能した後、ふらふらしていると、五重塔へとたどり着く。別に、五重塔自体に興味があるわけではないのだが、なんとなく引っ張られるような感覚がして、引き寄せられたのだ。たどり着いた先には、ものすごいエネルギーを貯えたような古い古い神社があった。神社というよりも、お堂という感じだろうか。なんだかよくわからないが、木造建築物好きの私には、どうしても気になる存在であり、拝観料がたったの100円という親切心に誘われて、思い切って、中に入ることにする。とにもかくにも、木のエネルギーがすごいのだが、ここが一体なんなのかもよくわからない。
人のいない神社に入る前に、頂いた入場券の裏を見ると、こんなことが書いてあった。「豊国神社(千畳閣)。天正15年(1587年)豊臣秀吉公が毎月千部経を読誦し、戦没将士を慰霊するために建立した大経堂」。なんとまぁ、厳島神社と同様に、由緒正しく歴史深い木造物ではないか。そして隣にある五重塔も1407年に建立というのだから、恐るべし宮島である。
この千畳閣。木々で組まれた空間に足を踏み入れた瞬間、私がこれまでの人生で見てきたどんな木造の建築物よりも、圧倒的な力強さをたたえていることを痛感した。もう、一瞬して魅了されてしまい、ただひたすら目の前に広がっている木々のエネルギーに圧倒されっぱなしであった。千畳閣という名前のとおり、とにもかくにもだだっ広いのだが、その柱や梁といった木材が、自然な曲線を保ったまま生かされているのだ。しかも、柱の組み方までもが特殊で実に興味深い。もう、こんなに美しい木造建築、あっていいのだろうかと思うほどだ。
一体、この木々はどこからどうやって運ばれたのだろうか。宮島で育つ木なのか、それとも他の地域のものなのかは見当もつかないが、梁好き、柱好きには、1日中居たくなるような信じられないほど素晴らしい空間である。勝手に世界遺産を認定して差し上げたいほどの素晴らしさだ。ぜひとも多くの方に、この地味ながらも底知れぬエネルギーの充満した千畳閣に訪れて頂きたいと思う。隣の五重塔の朱の美しさとは対照的だが、日本人の美意識って計り知れないな、そんなことを痛感してしまうようなひと時であった。運良く訪れることができたことに、感謝すべきであろう。
千畳閣を離れ、趣のある町並みを眺めながら、フェリー乗り場へと戻ることにする。滞在時間にすればものの2時間ほどなのだが、実にのんびりとして、贅沢な時間であった。もと来た航路をたどり、宮島口へと戻ると、ちょうど時刻はお昼過ぎ。ここで、広島出身の方におすすめ頂いた「あなご飯」を食べるべく、お目当てのお店「うえの」に向かったのだが、平日の昼間だというのに、なんと行列30分待ち。話には聞いていたが、やはり相当有名なお店なのだろう。店内で頂くのを諦め、あなご飯のお弁当を買って帰ることにする。
「ごめんなさいね、また来てくださいね。」
そう口にするお店の方の気持ちが、なんとなくうれしかった。
October, 2009 カープの街、広島へ岡山を後にした私は、新幹線に乗りこみ、西へと向かった。普通であれば、岡山駅から東京に向かうか、岡山空港から羽田に戻るかという感じなのだろうが、ここで西に向かったのは、わけがある。広島へと足を伸ばすためだ。 もともと、広島にはずっと行きたいと思っていた私だが、香川、岡山と来たついでに、「えーい、寄っちゃえ」と無理やり足を伸ばしてしまった。普段東京で生活をしている私にとって、広島というのはそれほど気軽に行ける近い場所でもない。しかし、岡山から新幹線にのれば40分たらずで広島に辿り着けるということに気がついた私は、広島だけをいつか訪れるよりも、今回の旅で寄ってしまったほうが、時間的にもお金的にもいいと判断し、広島で1泊することにしたのである。 そんなわけで、私は新幹線に乗り込み、つかの間の電車の旅を楽しんでいた。夕暮れ時に広島入りすることになった私は、広島駅到着のアナウンスを耳にしたと同時に、「わぁっ」と窓ガラスから見える景色に目を奪われていた。広島駅を目前に左手に見えたのはあのマツダスタジアム。そう、広島カープの本拠地である新球場が、陽の落ちた空にまぶしい光をはなっていたのである。 駅に着いた途端、右を見ても左を見ても、カープ一色という楽しすぎる環境に、私はわくわくしきっていた。カープを好きになったのが今年の4月の開幕戦。野球にまったく縁のなかった私が、「今年はマツダスタジアムに行く~」なんてことを目標にしてしまったのだから、それはそれでとんでもない変化なわけだが、そんな目標をもうすぐ達成できる環境にいることに、自分自身でなんだか笑ってしまった。そう、広島を訪れたのは、他の目的もあるものの、メインイベントはこの新市民球場を訪れることであったのだ。 駅から歩いてホテルに向かい、荷物を置いた後、てくてく20分ほど歩いて念願のマツダスタジアムへ。駅からは赤いカープロードが続いており、広島駅周辺の地理がよくわかっていない私でも、迷うことはない。通り沿いには選手の写真やデータが記されたボードが続いており、見ているだけでも十分楽しい。なんか、こう、街全体がカープな感じで、なんとなく広島の人たちがうらやましくなってしまう。 初めて訪れたマツダスタジアム。一応、内野自由席というチケットを持っていたものの、いまいち座席がどこかよくわからなかったこと、いや、それよりも、あちこち見て回っていたほうが楽しかったということもあり、座席につくこともなく、あっちをふらふらこっちへふらふらしながら、試合観戦をすることになる。「はぁ~楽しい~、このスタジアム」。はっきり言って、そんな感じである。もちろん、試合展開はきちんと見ていたのだが、私が訪れたこの日は、運よく横浜ベイスターズを対戦相手として大きくリードしていたために、非常に気持ちよく試合を眺めつつ、遊ぶことができたのである。
それにしても、このスタジアム、とにもかくにも楽しいし面白い。座席間は広いし、球場内はぐるっと一周もできるし、新幹線も見えちゃうし、飲食店のレベルも高いし、グッズ売り場も充実してるしと、試合を見ているだけでも楽しいのに、球場自体が楽しいんだから、なんだか得した気分である。野球ファンからすれば、素人がスタジアムに行って何が分かるんだ?と言われそうなのだが、今年は東京ドーム、神宮球場、そしてマツダスタジアムと見てきたので、その違いは、ど素人の私にも明らかだ。神宮もかなり気持ちがよかったど、やっぱり新しい球場って、構造はすごいし、エンターテイメント性は高いし驚きである。できれば、昔の市民球場でも見たかったのだが、一年そのタイミングが遅かった私は、マツダスタジアムで見られただけでもありがたやと思うべきだろう。
試合は大盛り上がりでカープの快勝。真っ赤なファンがますます熱血になっていて、なんだかとっても満足だ。今年は3回ライブで試合を見たが、ありがたいことに全試合カープの勝ち。運の良い私、である。来年は何回試合を見られるかなぁなんてことを思いながら、カープグッズのおみやげを手にして、楽しかった夜のスタジアムを後にした。
来年は、3位以内に入ってねー。
October, 2009 実り深き岡山にて漆黒の岡山城を後にした私は、岡山駅までもどり駅地下にある「夢二カフェ」でほっと一息いれた。普通のカフェでは味気ないと思っていたところ、岡山にゆかりある竹久夢二氏をモチーフとしたカフェを見つけ、小豆島ブルーベリーを使ったパフェなんぞを頂き、すっかり満足である。さすが、フルーツ大国、岡山である。 夜、市内に住む後輩宅にお邪魔し、ご好意に甘えて一晩泊めさせて頂く。半自給自足的な生活をしている後輩が自ら育てた野菜を中心に、美味しいお夕食を頂き、感激である。久々に会って話もつきず、楽しい夜はあっという間に過ぎてゆく。
翌日。後輩のおばあちゃん家へと車で向かい、手塩にかけて育てている畑を見せてもらう。数十種類の野菜や豆を見て、食べ物の原点を改めて学ぶような感覚を覚える。
すごいぞ、農業。ありがたや、農家の皆様。ビバ、収穫の秋。そんな気分である。
お言葉に甘えて美味しいお昼ごはんを頂いた後、山間を散歩し、お庭にある栗の木の下で、いがぐりと格闘。栗を拾う。
なんて楽しい。なんと清清しい。なんたる心の平穏か。 そんなことを思うほど、心がリラックスして、浄化されたような岡山滞在。
快く迎えてくださった後輩とご家族の皆様に、感謝。
漆黒の城、岡山城へ (後編)(前編から続く) 漆黒の岡山城を訪れた私は、わくわくしながら天守閣へと向かい、入場券を買うことにした。そこで受付の方に言われた一言が、私を大きくうろたえさせた。驚きというよりも、衝撃な一言。それは、城内にエレベーターが設置されているということであった。 これまで日本全国、いろんなお城に行ったが、こんな衝撃は正直初めてである。いや、もちろん、復元されている天守閣の多くは、鉄筋コンクリートで作られているということは知っている。が、まさか、城の中にエレベーターがあるとは思ってもみなかったのである。私は、そんな予想をはるかに超える衝撃を受けながら、荷物をロッカーに押し込み、エレベーターでひとまず4階を目指した。乗り合わせた乗客は、どういうわけかみな同い年くらいの女性ばかりだったが、なんだかお城の中で機械的な音や動作のするエレベーターに乗っていることが、私にはどうにも信じられなかった。 館内は言わば資料館、展示室という造りで、岡山城の歴史や、江戸時代の文化などがきれいに分かり易く展示されていた。最上階からは後楽園が眼下に見える。遠くには岡山の町を見渡すことができ、高台から望める景色はすがすがしい。
しかし、私の気持ちはどことなくぼんやりしていた。そう、エレベーターの衝撃である。いや実は、後々気がつくことになるのだが、これまで私が訪れていたのは、どういうわけか、たまたま貴重な天守閣ばかりで、実にいい状態のお城ばかりだったのである。 現在、日本で現存している天守閣、つまり、江戸時代までに作られ今も保存されている天守閣は、たったの12城しか残っていない。日本各地で見られる天守閣のほとんどが、復元天守閣や模擬天守閣(本当は天守閣はなかったのに、無理やりあとで作っちゃったものなど)であり、本当にきちんと残っている貴重な天守閣というのはほんの12城しかないのである。そんな現存12天守のうち、唯一の世界遺産が、泣く子も黙るあの「白鷺城」こと「姫路城」であり、これは国宝に指定されている。さらに、国宝とされているのが、彦根城、犬山城、そして松本城の3城であり、これらは合わせて通称「国宝四城」として呼ばれている。私は数年前に、ふと気がついたらこの4城をすべて巡っており、「あ、国宝全部まわってたんだ」と驚いたことがあるくらい、特に意識せずにお城めぐりをしていたのである。 そして、その他に現存天守閣として残っているのが8城あるわけだが、その中でも松山城、高知城、丸亀城にはこれまで足を運んでいる。その後、もう一ヵ所また増えるので、結局12城中8城をめぐったことになるのだが、あまりにもいいお城ばかり知らないうちに行っていた事が原因で、エレベーターの存在に異様に反応してしまったようなのである。 実は、奇妙なことに、私はあの有名な名古屋城と大阪城に行っていない。名古屋にも大阪にも何度も足を運んでいるのだが、どういうわけか、あまり興味を持てず、これまでずっとその機会を避けていた。有名で、立派なお城を知らないうちに避けて、小さくて地味目で、そして、偶然にも現存木造の天守閣ばかり見てきたわけである。もともと、お城の中の梁や柱など木材を見るのが好きで、ギシギシ言うようなはしごを上がるのが好きな私であるがため、木で作られていないお城だと興味が半減してしまうのだが、さすがに岡山城がエレベーターがあるお城だとも思ってもみず、私は非常に衝撃を受けていた。現存天守閣に対し、岡山城のようなタイプは、言ってみれば、「お城型博物館」というところだろうか。いや、これでも別に、いいのである。何せ見た目は、漆黒の武将といった威容をはなっている。朝焼けにも夕焼けにも映えて、きっとそれはそれはカッコいいお城なのだろう。それに、バリアフリーで子供からお年寄りまでが誰でも楽しめるのだから、新しい楽しみ方と言えるのかもしれない。 とは言え、やはり、私のタイプは現存木造の古い天守閣なのだろう。実に快適で見やすい館内、いや、城内よりも、頭をぶつけそうなほど天井が低かったり、あまりの傾斜に上るのも下りるのも怖そうなはしごがあるような古いお城が好きなのだ。 人の好みは十人十色。自分の好きなものがより明確になった、有意義な烏城時間であった。
October, 2009 漆黒の城、岡山城へ (前編)雨の瀬戸大橋を渡りきり、電車は岡山駅へと到着した。どしゃぶりだった空模様。幸運にも、岡山の街は曇り空だ。雨粒ひとつ落ちてこない。なんとまぁ、いつものごとく雨を逃れる、ありがたい幸運なのだろう。 路面電車に揺られ、その後10分ほど歩いていると、最初の目的地、岡山城が視界に入ってきた。左手には日本三代名園として名高い後楽園。岡山をきちんと訪れるのはこれで2度目だが、まだ後楽園には足を踏み入れたことがない。というよりも、これから向かう岡山城ですら初めての場所なのだ。数年前岡山にやってきた際、時間がなくて岡山城を見られなかったのが、悔いに残っていたのである。そんなわけで今回はそのリベンジを兼ねて、ここ岡山までやってきたわけである。
石垣が目に入ると、私のテンションは次第に上がってきた。そして天守閣が見えた時には、あまりの黒さに「おぉっ」と声を上げていた。さすが、別名「烏城(うじょう)」を誇る岡山城。真っ黒なお城の代名詞である長野の松本城は、「烏城(からすじょう)」としても有名だが、それよりもなんかこう、恐ろしく黒い気がする。夕暮れの薄暗い空の下、なんだか、真っ黒の甲冑を身に着けた武将の亡霊みたいな感じがする。松本城はなんかこう、真っ黒ではあるが、もう少し女性的な感じなのだが、岡山城はもっと勇ましいというか、剛健な男性的な感じがする。シャチホコの金色がその勇ましさを引き立てているのかどうなのかは、よくわからないが、私史上、もっとも黒いお城との出会いにびっくりしてしまっていた。
さてそんな岡山城。敷地内に入ると、石垣がいい感じだし、古くから息づいているであろう木々も立派だし、重要文化財という月見櫓も実に素敵である。あちこちに、城の名残が感じられ、ふむふむここにお部屋があったのねなんて、今は何にもない地面の上で、空想にふけったりしてもみる。夕暮れ時ともあってそれほど人も多くないが、女性の観光客が目に付くのは気のせいだろうか。とはいえ、石垣をじっと見たり、丸瓦に見入っているような人は皆無。誰もいないところでシャッターを切り続けていたのが、やはり異様だったのか。「?」という視線があちこちから飛んでくる。でも、別に、いいのである。私は、城好き人間なのだから。でも、歴女じゃないぞ。そんな風に、ちょっと開き直ったりもしてみてしまう。
思う存分写真をとった後、いよいよ岡山城天守閣へ。期待に胸を膨らませ、入場券を買いに行く。「大人1枚ください」。そういってお金を渡すと、「ロッカーありますよ。お金戻ってきますから、手ぶらでどうぞ」とのこと。なんとまぁ親切なお城である。その親切心をありがたく思い、ロッカーを使うことにする。が、次の瞬間、私は予想だにしない衝撃を受けた。単なる驚きではない。頭をゴンと殴られたようなショックである。
受付の方は、チケットを手渡しながら、私にこう言った。 「お城は6階までありますから、4階まではあちらのエレベーターで上がってくださいね。その上は階段でどうぞ」 「え、え、エレベ~タァ~~~ ?!?!?!」 ごぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーん。
表情にこそ出さなかったが、私は思わずそのままふらふらと倒れこみそうなほどに、衝撃を受けていた。 お城の中に、エレベーター・・・・。
そんなあまりの驚きに、私はしばらく、ぼんやりとしてしまっていた。
(後編へ続く) October, 2009 日本一の石垣、丸亀城へ高松を離れ、電車に揺られて一路丸亀へ。丸亀駅で下りるのはこれが初めてだが、ここでもメインの目的はお城、そう、数少ない現存天守閣を誇る丸亀城である。 丸亀駅から歩いてすぐのホテルにひとまず荷物を預け、そこから10分弱でお目当ての丸亀城へと到着。それにしても、このお城、びっくりするほど上のほうに見える。いや、別に高い山の上に位置しているというよりも、ものすごく石垣自体が高いのだ。なんとこの丸亀城、3段に組まれた石垣は60メートルと日本一の高さである。こんなに大きくて高い石垣、よく積んだな・・・と見上げてしまう程だ。しかもこの石垣、ただ単に高さがあるだけではなく、ラインがとても美しい。どことなく女性的な感じで、なんだか惚れ惚れしてしまう。
時間のなかった私は、お堀で白鳥を眺め、大手門をくぐり、大急ぎで天守閣を目指すことにする。が、この大手門、かなり私好みで、思わず足が止まってしまう。現存の門のようで、その威厳たるや実に立派である。全体像を写真におさめたかったが、門ということもありあちらこちらに自転車が停まっている。写真、断念。とはいえ、梁?の木材が素晴らしく、しばらく美しいラインにじいっと見入ってしまう。が、近くにいた人が、「はて?」という面立ちで私のほうを不可思議に見ていた。見るもの、見られるもの。人、それぞれである。
門をくぐり、傾斜のきつい坂を上り始めると、一気に濃い緑に包まれる。アカガシやカナメモチなど、常緑樹が多くて気持ちがよい。美しく高い石垣を見上げながら、結構な角度の坂を上がり続けるのだが、これが思ったよりもきつくて息が切れる。ご年配の方は休み休みじゃないと上れないだろう。
それにしても、いきなりこれだけの坂道で迎えるお城も珍しいような気がするが、それでも、頂上まで登りきった後のご褒美が格別だ。穏やかな瀬戸内の海を高台から一望できるのだ。そしてまた、瀬戸内だけではなく、讃岐富士も眺めることができるのだから、海も山もといいとこどりな立地なのである。
さて、この丸亀城。日本で現存している12天守閣のひとつなわけだが、びっくりするほど、そのサイズは小さい。思わず「へ?これ天守閣?民家並みにこじんまりしてる」と思ってしまったほどだ。木造3層づくりでは、日本で一番小さい天守閣らしい。おぉ、いいぞこのお城。私のテンションは益々あがる。私は現存天守閣好きなので、大きくて立派で新しい天守閣より、こんな丸亀城みたいな味のあるほうが好きなのだ。同じく現存天守閣、そして国宝の彦根城も小さくてかわいいのだが、その彦にゃん城もびっくりの小ささである。なんとも、かわいらしい、素敵なお城である。
残念ながら時間がまったくなく、天守閣の中に入れなかったのが心残りだが、美しい石垣と小さな天守閣を眺め、そして数々の素晴らしい樹木に包まれて、いい気分で足早にお城を後にする。
私のお気に入りランキング上位に入るような、素敵なお城、丸亀城であった。 October, 2009 高松、玉藻城へ朝9時過ぎ。無事に高松空港に到着した私は、空港バスに乗り込み、一路高松駅を目指していた。高松はこれで3度目だが、実は2度目に訪れた時には、高松上空が霧に包まれ、伊丹空港に降ろされたという苦い思い出がある。結局、大阪から4時間以上かけてバスと電車を乗り継ぎ高松に入ったのだが、それ以来、「高松=霧」という怖い公式ができあがっている。しかし、今回はありがたいことにそんな心配も一切なく、「晴れ女」の異名を持つ私の面目躍如といったところである。実際、結果的に、幾度も雨に逃れる幸運な旅になったのである。 高松駅近くでバスを降り、最初の目的地である高松城跡、玉藻公園へと足を向ける。実はこの場所、今から7年前に大学の卒業旅行で高松に来た際、足を運びたいと思いながらも、時間がなくて叶わなかった場所なのである。「日本三大水城」と言われている水城であり、瀬戸内海の海水がお堀に流れ込んでいるのが特徴だという。 石垣や櫓が目に入った頃から、私のテンションは妙に上がっていった。久々に、お城見学である。いや、正しくは1ヶ月ぶりであり、大して久々ではないのだが、なんとなくあの黒と白のお城模様を目にすると、わくわくしてしまうのである。園内に入るとすぐ、ボランティアの方からガイドのお誘いを受けたのだが、30分しか時間がないため、ありがたくも丁重にお断りをする。実は私、一眼レフで写真を撮るのがメインということもあり、あまり知らない人と一緒に行動すると気が気じゃなくなってしまうのだ。しかも、私が撮る写真というのは、はたから見ると、「???」というものが多いらしく、しょっちゅう不可思議な目で見られるのである。そんなわけで、あくまでも自分で楽しくお城見学をするためにも、ガイドさんのお話を聞くのは次に回すとして、ひとりでふらふら園内を散策することにした。
さて、この水城。聞くところによると、お堀で鯛が泳いでいることもあるらしいのだが、残念ながらそんな素敵な光景は見られず、私は地味ぃに櫓やら石垣やらを堪能した。何気にお城に関して、この旅で気がついたことが沢山あったのだが、私は昔から、お城のパーツとしては、丸瓦(まるがわら)や、梁に柱といった木材、そして石垣がどうやら好きらしい。というわけで、マニアックな部分を見て、写真を撮り、自己満足に浸ることにする。
ちなみに、この高松城。別名では「玉藻城」と呼ばれていたらしく、現在は天守閣はなく櫓と門だけが残っている。実のところ、日本中の至る所にお城あれど、本当の意味で現存している天守閣はたったの12城しかない。今ある天守閣のほとんどは、新しく復元されたもの、もしくは無理やり作っちゃったものらしいのだが、この玉藻城にも現在では天守閣がないので、「あ、お城だ!」みたいな発見はない。が、それでも私はいいのである。なんとなく、楽しいじゃないか。ここにお城があったんだなーって思えれば、それだけでもいいのである。
そんなわけで、私は天守閣がない玉藻城跡を楽しみつつ、時折、まだ青いドングリがついているアカガシの木などを眺め、カメラを片手にあっちこっちへと歩いていた。できれば、園内にある古い日本家屋にあがってのんびりとしたかったのだが、時間もなく、足早に高松城を後にする。
帰り道。すぐ近くを走る「ことでん」の和やかな雰囲気に心がちょっとほぐれつつも、日差しの強さに、「やっぱり四国だな」、なんてことを思っていた。
October, 2009 四国・中国 城めぐりの旅
その日は朝からドタバタしていた。羽田空港までの途中、予期せぬ事態が起こり、空港にようやく着いたころには、すでにチェックインぎりぎりの時間になっていた。早めに着いてカフェラテでも、なんて甘いことを考えていた私なのに、結局、搭乗の最終コールで名前を呼ばれてしまい、わき目を振る暇すらなく、羽田発、高松行きのJAL便に乗り込んだ。
四国に行く便は、いつもなぜだか慌しい気がする。いつもこんな感じなのは、きっと、手荷物検査から搭乗口までが異様に遠いからなのかもしれない。「搭乗口まで徒歩10分です」。そんな看板が出ているくらいなのだから、やっぱりみんな大急ぎになってしまうのだ。チェックインが15分前までなのに、それじゃ計算が合わないんじゃないかと思うのだが、ま、仕方ない。とりあえず、JALが無事に飛んだのだから、チケットが無駄にならないだけマシというところだろう。
JALの機内誌をめくると、ちょうど私が向かおうと思っていた一つ目の目的地、高松城跡、つまりは玉藻公園が掲載されていた。城好きで有名な歌舞伎役者、坂東三津五郎氏の連載ページでの紹介である。そう、今回の私の旅は、「四国・中国城めぐり」がテーマなのである。いや別に、城を見に行きたくてこの旅を決めたわけではなく、メインイベントはもちろん、恒例行事の「植樹祭」なわけであるが、せっかく秋の植樹シーズン開幕ということもあり、はたまた私の大好きな四国での開催ということもあり、香川まで来たなら、いっそのことあっちこっち行っちゃえという少々無謀な計画を立てたのである。3泊4日で3県をまわり、4城をめぐるという、30代幕開けには到底ふさわしくないハードなスケジュール。こんなにバックパッカーみたいな国内旅行、実に久しぶりである。
とは言え、そう、いいのである。こんな機会でも使わない限り、遠い場所にはなかなか足を運べない。「うーん、時間が」とか、「ちょっと体力が」なんて言っていたら、あっという間に1年が終わり、10年が過ぎてしまう。やりたいこと、やるべきことは、とにかくタイミングが来たと思ったら、すぐにやることにしよう。有言実行、不言実行、どちらも大事だし、さらには即決、即断、即実行をなるべくできるようにしよう、なんてことを考えての今回の無謀な旅なのである。
そうそう、ひとつお断りを。私は、昔から「城好き」な女子なのであって、決して今話題の「歴女」というわけではない。最近間違えられることも多いのだが、戦国武将とかが好きなのではなく、ただ単にお城が好きなだけなので、そのあたり、どうぞみなさま誤解などされませぬよう、お含みおきくださいませ。
そんなわけで、30代幕開けの四国・中国 城めぐりの旅。
植樹祭をはさみながら、旅は少しずつ展開してまいります。
September, 2009 バリ滞在記 ~Bagus Jatiにて~
静かなヴィラで5時間ほど眠りについた後、少し頑張って朝7時前に目を覚ます。わざわざリゾートに来て早起きするのも不思議な話だが、朝7時半から始まるヨガのクラスに出るためだ。バリ島内陸部に位置するBagus Jatiは、日本語で「素晴らしいジャティ」という意味らしい。ジャティは村の名前であり、このジャティ村にある唯一のホテルがこのBagus Jatiだという。自分のヴィラを出て石畳を歩き、朝日を浴びながら、ヨガのレッスンへ。運良く、私以外には誰ひとりとしておらず、冷たく澄んだ空気の中、森を目にし、太陽の光を浴びながら、バリ人のインストラクターとマンツーマンでヨガのレッスンである。ヨガ自体はもう何年もやっているが、海外で、しかも英語でのレッスンということもあって、なかなか頭と体が連動しない。眠気のせいか、英語のせいか、それとも、緊張のせいなのか。小一時間ほどなんとか体を動かしたあと、心と体がすとんと落ち着いていた。平穏が訪れるのは、幸せな瞬間だ。4日間の滞在中、ヨガのレッスンは、日に日に参加者が増していったが、それと同時に、私は自分らしい動きと呼吸ができるようになっていた。英語も、慣れれば、きちんと耳に入ってくる。人間、慣れると心の持ちようも変わってくるんだな。そんなことを、毎朝、ひんやりする空気を受けながら、私はいつも思っていた。
滞在中の楽しみはヨガにスパ、森の中のお散歩など、とにかくいろいろあったのだが、その中で最も感動したかのは、敷地内のいたるところにある畑で作られている素晴らしい有機野菜たちだった。この野菜を食べるためなら、わざわざここまで来てもいい。そう、思えるほどのエネルギーと美味しさのつまった野菜たち。あぁ、野菜ってこんなに美味しかったのか。私はすっかり開眼してしまった。いや、私の野菜好きは、人よりもかなり強いはずなのだが、このBagus Jatiで作られた野菜は、もう、生涯で最も素晴らしく美味しい野菜だったと断言してもいい。
目の前の畑で育った野菜をふんだんに使った食事を、毎食たっぷりと頂く。しかも、そのお料理は驚く程センスが良く、抜群に美味しいのだ。外に出たくないほどに、すべてのお料理がそれはそれは美味しいのだから、これには驚きである。とりわけ私は、お肉を避けてほしいと事前にお願いしていたこともあり、人一倍野菜の多いメニューだ。こんなに野菜って美味しいのか。そう感動するたびに、なんて素晴らしい場所なんだろうと思ってしまう。この場所を訪れる日本人の多くが、女性1人旅というのも、よくわかる。心と体を内と外からきれいに、そしてリセットするためには、こんな素晴らしい環境がぴったりなのだろう。
Bagus Jatiは本当に心地よい空間だ。スタッフの優しさとサービスはちょうど良く、心がほぐれていくのがよくわかる。そして至る所に可愛らしいお花が飾られたり、お香が焚かれていたり。どうしてこんなに、日本人女性にぐっとくる心地よさとセンスなのだろう。私は時間を過ごすほどに、ぼーっとすることを、心底楽しめるようになっていた。なにせ、いつも分単位で時間を考えている私だ。1時間も2時間も、ただテラスのソファで本を読んだり、2時間もかけてゆっくりと食事を頂いたりするのである。東京では考えられないような、ゆるりゆらゆらとしたバリの時間。神々の島は、穏やかで気取らず、自然体が心地よい。だからこそ、世界中から人々が癒しを求めてやってくるのだろうか。
バリの良さ、そして何より、Bagus Jatiの良さを私は心底楽しんでいた。
September, 2009 バリ滞在記 ~ 森の中で ~
シンガポール経由にてバリ島へ到着した私は、予約をお願いしていたホテル「Bagus Jati」のお迎えを無事に受け、車でウブドの奥地へと連れて行って頂くことになる。空港で驚いたのは、空港係員が私のスーツケースを勝手に運んで、チップを要求したことだ。東南アジア、諸国数あれど、やはりチップの要求やぼったくりには気をつけないといけない。日本がのんびりしすぎなのか、それとも真面目なお国柄なのか、その辺りは色々な見解があると思うが、海外に出るたびに、日本はなんていい国なんだろうと思ってしまう(もちろん、政治を除いては、の話だが)。
約1時間半の深夜ドライブを経て、私は森の中にある施設「Bagus Jati」へと到着した。普通のビルのようなホテルではなく、すべてが離れのヴィラという造りのため、勝手がまったくわからない。いや、こんなリゾートらしき場所に来たのが、私は初めてのことなのだ。実は今回、この滞在先を選んだのには訳がある。心身ともに疲労のたまっていた私は、1年ほど前から「どこか深い森の中で、ヨガをやったり、マッサージをしたり、ぼーっと読書をしたりできないか」と探していたのだが、ふと友に教えてもらったウェブサイトに、このホテルのことが紹介されていたのである。れは私には本当に願ったりかなったりという場所であり、「Health and Wellbeing Retreat」を目的としたリゾート、つまり、心と体を癒し、リセットし、新たなエネルギーを得るという空間だという。日本では、「バリ=海」というイメージが強いのだが、その海岸を遠く離れ、内陸にあるウブドという棚田と水田が有名な街をさらに奥へ進んだ森の中に、このホテルはひっそりと位置している。観光地からは離れており、周りは熱帯雨林や棚田、そして小さな集落といった静かな場所に位置しているため、疲れた心と体をリセットするには本当に最適な環境なのだろう。
深夜のチェックイン後、自分専用のヴィラに連れて行って頂く。一人になった瞬間、あぁ、ここで4日間も過ごせるのかと、私は心底嬉しくなった。
日本で抱えていた嫌なことは、とりあえずしばらく忘れよう。
星空の下、虫の音を聞きながら、静かな時間がすうっと流れ始めていた。
September, 2009 バリ滞在記 ~ SQにて ~
(前回から続く)
バリまでのフライトをおさえるのに、数日の時間が流れていた。ガルーダもJALも諦め、そして中華航空もマレーシア航空、もダメ。そこで思い浮かんだのがエアバスA380で行く、シンガポール航空である。A380は就航してから1年あまり経っているが、いまだに私は乗ったことがない。いや、そもそも、A380を有するシンガポール航空にすら縁がない私である。ワールドパークスのマイレージ提携会社でないことが大きな理由だが、やはり、世界中の航空会社ランキングで常に首位を誇るようなシンガポール航空には昔から憧れがある。シンガポールに行くことはおそらくこれからも滅多にないだろうし、この機会を逃したらA380にもいつ乗れるかわからない。そんなわけで私は、「バリに飛ぶ移動時間」を、「A380に乗る旅」としてしまおうと考えた。モノは考えようである。
その後ありがたいことに、無事にフライトをおさえ、出発当日を迎えたわけだが、いやはや、A380、すごいぞこの飛行機。2階建てなのだが、下のメインキャビンにいても、どこが2階建てなんだろうと思うほどに空間が広い。いや、普通の飛行機よりも広々している感じすらする。もともと私の好きな機体がA330という少し小さめの飛行機であり、シートが2-4-2列という素敵な配列だったのだが、今回のA380はと言えば基本的に3-4-3列。2人掛けはあまりないようだが、それでも他の機材のシートよりも少しだけ座席のスペースが広い感じがする。座りごこちも快適だが、アメニティのピローやブランケットが妙に気持ちよく、なんだろうこの素敵さは?と思ったら、なんとGIVENCHY製であった。「えぇ?そんなのってあり?」と、私は度肝を抜かれてしまう。そして、驚いたのが、エコノミーですら、それぞれの座席にUSBポートが設置されていたり、テーブルが縦半分に折りたたむことができ、さらには鏡が内蔵されたりしている(わかりにくい説明なのだが、コンタクトレンズをつける時とかには、ものすごく重宝する位置に鏡がついている)。エンターテイメントも申し分なく、映画もCDも膨大な数が用意されており、下手なエアラインのビジネスクラスよりも優秀なんじゃないかと思ってしまう。
さらには、そう、お食事である。これはA380に限らずシンガポール航空自体の話になるだろうが、いやはや、よくまぁこんなに素敵なお食事出せるなぁとしみじみ感心してしまった。フライトを利用したのがちょうど盛夏の時期ということもあり、和食のメニューにはなんと鰻。普段、鰻は滅多に口にしないのだが、せっかくなので頂こうかと思うと、なんと、「なに?ここうなぎ屋さん?」というほどの立派な鰻でこれまた度肝を抜かれた。もちろん、メインディッシュからデザートまですべて美味しくご満悦である。いやー、シンガポール航空、さすが「SQ」というコードだけある。ちなみに、「SQ」というのは、かつて「シンガポール クオリティー」かと思っていたのだが、実は「サービス クオリティー」であるということを友から教えられ、ものすごく驚いたことがある。アテンダントの対応も素晴らしいし、やっぱり本当にそうなんだなと、今回私は改めて学ばされたのであった。
なんて快適なA380。そして、素敵なSQの旅。エコノミーですらこう思うのだから、その上のクラスはさぞかし快適なんだろうと思うが、私はとりあえずA380に乗れただけで満足である。
7時間のフライトを経て、チャンギ航空へ到着。プライオリティパスのおかげで空港ラウンジも利用し、夕方の便でバリのデンパサール空港へ。直行便で行くよりも時間はかかるが、A380だったらこれでもいいかななんて思いながら、真っ暗のバリへ到着した。
September, 2009 バリ滞在記 ~フライトぐるぐる~
(前回から続く)
バリまでのフライトに頭を悩ませていた私だが、あぁそうだと、別のアイディアを思いついた。成田からバリまでのフライトは、一般的にガルーダインドネシア航空かJALの直行便なのであるが、別に、乗り継ぎ便で行ったっていいわけである。
そうだと思い、私はワールドパークスの提携会社でバリに行けないかと考えたのだが、台北乗り継ぎのチャイナエアラインも、クアラルンプール乗り継ぎのマレーシア航空でも、非常に乗り継ぎが悪いことがすぐに判明した。いや、飛べないことはないのだが、現地に着くまで丸1日くらいかかったりするのである。これではせっかくの夏休みが台無しだ。ただでさえ短いのだから。
そんなわけで、私はワールドパークス系のエアラインも諦め、ガルーダもJALも諦めた。そして、最後の賭けに出ることにした。そう、以前からずっと気になっていた飛行機、「エアバスA380」に乗るという大いなる計画である。ちなみに、エアバスA380と聞いても、「はて?なんのこと?」と思われる方も、きっと普通に多いだろうと思うのだが、このA380というのは、エアバス社で製造されている世界で最も大きく、最も快適とされる機体の名前のことである(もちろん、一般的に飛んでいる飛行機の話であって、VIPが持っているようなプライベートジェットのことは含んでいないのでご了承を・・)。ボーイング社の飛行機「777」のほうが有名かなとは思うのだが、ま、これと同じようなものであり、機体の種類さえわかれば、事前に機体の大きさやシート数、シートのサイズやエンタータイメントなどがわかるというものである(各航空会社のHPには普通載っています。地味なので探さないとわかりませんが)。ちなみに私は、国内線であろうと国際線であろうと、必ずフライトを予約する時は機体をチェックすることにしている。でないと、同じ値段を出しても、妙に狭いシートだったり、機内エンターテイメントがなかったりと、なんだか悲しいフライトになってしまうのだ。もちろん、エコノミークラスの話ではある。とはいえ、国内線なら大差はなくとも、10時間も乗るような国際線であるとこれがまた大きな違いになる。機内での快適さは自分自身の体力の温存にもつながるわけで、悲しいかな、いまや体力が激減してしまっている私には、機材のチェックが欠かせなくなっているのである。
こんなことを周りの人に言うと、「飛行機マニアだったの・・??」と驚かれることもあるのだが、私は別に、飛行機のデザインが好きとか、エンジンのサイズがどうだとか、翼の位置がどうだとか、そういうことにはまったく関心がない。つまり、飛行機が大好きで、成田空港や羽田空港でカメラを持ってじっと離発着を待つようなタイプではなく、あくまでも機内での快適さに興味があるわけである。そんな私が前々から関心を寄せていたのだが、エアバスA380という、まだ世界でもほとんど飛んでいない新しい飛行機なわけである。二階建ての作りで機体自体が大きいため、滑走路がかなり長くないと飛べないという話もある。ちなみに、日本から飛んでいるのは、シンガポール航空が成田―シンガポール間で1日に1往復、といったレベルらしい。つまり、簡単に言えば、滅多に乗れない珍しくて新しい飛行機なわけである。
新しいものが好きというわけではないのだが、とにもかくにも快適な飛行機に乗ってみたいという私は、シンガポール航空に目を向けることにした。
一筋縄ではいかない、バリまでの空。話はまだまだ、続きます。
September, 2009 バリ滞在記 ~ バリまでの空 ~
夏休みにバリに行こうと決めたのは、実は直前の7月のことであった。それまでずっとうにうにと夏休みの時期と行き先を迷っていたのだが、仕事のことやタイミングのこともあり、なかなかえいやっと決められなかったのである。
とはいえ、どこも行かずにぼけっとするほど無為に時間を過ごすような性格ではない。結局、1年以上前からずっと引っかかっていた、バリのとある場所に行くことにした。あまり知られていないようだが、とにかく部屋数が限られているということもあり、もしも空室があればバリに飛んでしまおう、そんな賭けでもあったのだ。運良く私が行こうと思った時期に、希望通りの部屋の予約が取れることになった。宿泊先が取れれば、あとは、そう、フライトである。一般的なパッケージツアーを使わない私は、宿とフライトの予約を別々に取ることが多く、そのどちらが取れなくてもNGとなってしまうため、そのタイミングにいつも苦戦したりする。つまり、宿が取れてもフライトが満席であれば意味がないし、その逆もまたしかり、というわけである。
しかし、今回のバリ行きのフライト。私はおおいに悩んでいた。成田からバリのデンパサール空港までというのは、ガルーダインドネシア航空と日本航空から直行便が飛んでおり、約7時間で神々の島に到着できる。が、問題は他である。そう、マイレージだ。私は以前から、これが極めてネックになっていた。いや、昔であればよかったのである。私が貯めに貯めているマイレージプログラム「ワールドパークス」では、ガルーダインドネシア航空ときちんと提携し、マイレージも貯められたのである。が、ここのところ、ガルーダの安全性が国際基準に満たないとかで、ワールドパークスと一時提携を中止しているのである。つまり、ガルーダに乗ってもワールドパークスのマイレージは貯まらない。それどころか、他のどことも提携していないため、ガルーダ自身のマイレージプログラムしかマイルを貯めることができないのである。そうであれば、そう、もう一つの日本航空である。JALであればJAL自身のマイレージも貯まるし、サービスも期待できるだろう。実際、不思議なことに、ガルーダとJALのチケットを比較すると、なんとガルーダのほうが値段が高かったというのだから、奇妙な感じでもある。しかし、そのJALにも欠点があった。到着時間が、夜遅いのである。そうなると、空港からホテルに到着するのは真夜中だ。深夜遅くにチェックインしても、1泊分はもちろん費用がかかるわけで、いいんだか悪いんだかよくわからない。
そんなわけで、私は大いに迷っていた。マイレージをとるか、滞在時間をとるか。
いかに旅を楽しみ、快適な時間を送るか。しかも、できるだけリーズナブルに。これは私にとって、極めて重要な問題である。悲しいかな、いまや、時間も体力もなくなりつつある私なのだ。
さて、フライト、どうしよう。
そんなことを、ずっと頭の中で、ぐるぐるとめぐらしていた。
September, 2009 バリ滞在記 ~ プロローグ ~
もうすでに1か月も前の話になるが、私はこの夏、バリに行っていた。おフランス・パリではなく、インドネシア・バリ島である。
バリを夏休みに選んだというと、私のことをそれなりに知る方からは、口々にこんな言葉が寄せられた。
「バリ?木植えるの?」
「今回も、植樹?」
この質問、少なくとも10人からは言われている。バリに行く前にも、帰ってきてからも、事あるたびにこの質問である。
いやそもそも、今回の夏休みも、6月頃からさんざんこの手の質問を浴びせられていた。
「今年、どうするの?」
「今度の夏はどこへ行くの?」
「今回も、秘境?」
「やっぱりこの夏も、植樹?」
改めて思うのだが、私はどれだけ、一風、いや、場合によってはかなり変わった旅人として、世の中の人々に認知されているのだろう。自分で変だと思わないので、逆に不思議に思ってしまう。もちろん、いわゆるパッケージツアーなどにはまったくもっていかないし、自分で飛行機のチケットをとり、自分で宿の手配をして、現地で何かをしているだけだと思うのだが、どうやら、やはり他の人から見ると、何かが変らしいのである。
郷に行って郷を知り、郷を学び、郷を楽しみ、そして郷を食べて、郷を受け入れるのが、私の旅の大前提である。
そんな今年の夏休み、私はバリで過ごすことにした。本当は1週間以上ゆっくりと滞在したかったのだが、急遽、大した用でもないのだが仕事が入ってしまい、4泊6日という短い滞在である。旅を終えて1か月が経ってしまったが、やはりいま振り返っても、本当に素晴らしい時間だった。これは間違いなく、本当のことである。
「バリは、いいよ、バリは」
ありとあらゆる人がそう口にする理由が、そして、神々の国がなぜ世界中の人に愛されてやまないのか、そんな理由が私にもやっとわかったのである。
そんなわけで、これから、バリの話をしてみよう。
あ、ちなみに、今回の旅、木を植える旅ではないのである。
これだけは、先に、宣言だけしておこう。
March, 2009 台湾への旅 vol.5
2009/2/23
朝9時過ぎ。台北市内のホテルを後にし、荷物を持って友の家へ。月曜の朝ということもあり、近くの小学校からは明るく元気な声が響いてきた。半袖でも十分なほどに暑い空の下、歩いて15分ほどのところで友に迎えられ、無事にお家に到着。初めて訪れたのはもう2年ほど前だが、これで訪れるのも最後の機会だ。今日が、引っ越しの日なのである。
バタバタと荷物を詰める作業にかかっていたのは、ペリカン便でおなじみの日通のスタッフの人たちだった。海外から日本への引っ越しなんて、いままで見たことがなかった私は妙に興味津々である。当初、どんなふうに作業をされるのか心配ぎみではあったのだが、実際のところ非常に丁寧で手際も良く、なんら日本の引っ越し屋さんと変わらないクオリティーとサービスのようだ。ボンボン投げられたりしたら大変と思っていたが、もちろんそんなこともなく実に見事な手仕事で、感心してしまう。やはり、ライバル企業の社員でさえ、海外引っ越しは日通に頼むといわれているほどに、日通の引っ越しは信頼できるものなのだろう。
次から次へと作業が進む中、なぜ私がここへやってきたかというと、そう、お手伝いである。とはいえ、業者の方々が全てやってくださるので、大して私の役目はないのだが、実は引っ越しの手伝いというよりも、裏方の手伝いのほうが重要なのだ。何かと言えば、子守である。引っ越しスタッフがあちこちに動き周り、ありとあらゆる物が動かされという中では、1歳の赤ちゃんのその安全性と居場所の確保がかなり大変である。そんなわけで、私はひょこっと赤ちゃんの面倒を見るためにやってきたわけだ。いくらベビーベッドに寝かせておいても、そのままほおっておくわけにはいかないのが、子育ての大変なところだろう。
お家にお邪魔すると同時に、まだきょとんとしている赤ちゃんにお洋服を着替えさせ、しばらくは引っ越しの手が入らない部屋でしばらく一緒に遊ぶことにする。6歳姪っ子と3歳甥っ子を生まれる前から見て、時折育てている私にとって、1歳児の赤ちゃんの面倒を見るのは、それほど大変なことではない。しかも、実にいい子で、泣かないし、ぐずらないし、人見知りもしない素晴らしい赤ちゃんだ。きゃっきゃっと楽しそうに笑いながら、私の時計やカメラに興味津々で、さすが男の子と思うほどに、メカ好きな子であった。幼い頃から興味や関心を持つものというのは、きっと大人になってからもそれほど変わらないのだろうか。3歳の甥っ子が車や電車、飛行機などの動くものに興味を持つように、6歳の姪っ子が、動物や花に興味を持っていたように、小さい頃からその子の個性などがありとあらゆるところに出ているのかもしれない。そんなことを思うと、なんとなく楽しくなった。
私がしばらく赤ちゃんと遊んでいた間、どうやら引っ越しの作業はぐんぐんとはかどっていたらしい。私はぼけっと遊んでいるだけだが、それなりに役に立ったようで何よりである。お昼になり業者の方も食事に出たため、私たちも近くの美味しい食堂に向かい、ワンタン麺や小籠包をぺろりと頂く。やはり、台北は美味しい。これで最後の食事となるとちょっとさみしいが、やっぱり何度も来たくなる楽しい街である。
ランチを済ませた後、またしばらく赤ちゃんの子守にかかる。ベビーカーに乗せてお散歩したり、抱っこしたりするが、本当に泣かないし、こっちも非常に気が楽である。いい子に育ったなぁなんて思いながら、のんびりとした時間。暖かい気候のなかで育った子が、明日からまだ寒い日本をどう感じるのかなぁなんて思ったりもした。
午後2時過ぎ。大方の引っ越し作業も終わったところで、今度は私の時間である。荷物を持ち、バスに乗り、友と赤ちゃんと松山空港へ。松山は、台北市内にある国内線用の飛行場であり、ここからバスで国際線の桃園空港へと向かうのだ。なんと、近々、羽田空港からこの松山空港までの直行便が毎日数便飛ぶようになるらしい。そうしたら、きっとこれまでより2時間近く早く着く計算になり、なんでもっと早く飛ばしてくれなかったんだ~と少々ショックである。きっと次来るときは、羽田から松山に飛ぶことになるのだろう。より近く、より楽しい台北がすぐ近くにやってきているようだ。
桃園空港行きのバスに乗り、友と赤ちゃんに別れを告げて、ふとひとりになる。振り返って考えてみれば、本当は前日の便で帰るつもりだったのだ。結局、満席のためチケットがとれず、仕方なくこの日の帰国にしたのだが、それもまた、本来であればもう一本早い昼過ぎの便で帰るつもりでいた。しかし、結局、その席も取れず、夕方のフライトをおさえることになったのである。3月までずらしていれば、もっといい条件で台北には来られただろう。しかし、どういうわけか、なんとしても2月中に台北に行きたかった私は、多少条件を譲歩させても、今回の旅程で飛行機をおさえたのである。3月にずらしていたら、すでに友一家は日本に帰っていただろう。最初の希望通りのフライトが取れていれば、引っ越しの今日、赤ちゃんの面倒を見ることもできなかった。結局、すべてのタイミングがうまく合っていたのである。どれかひとつがずれても、こんなにぴたりとはまる日程にはならなかった。不思議と言えば不思議だし、偶然と言えば偶然だが、すべての人にハッピーになる結果になって、私はなんだか少し嬉しかった。
桃園空港に到着後、スムーズに手続きを済ませ、プライオリティパスの使えるラウンジへと向かう。この桃園空港、ラウンジがいくつもあるのだが、プライオリティバスで入れる「The MORE」ラウンジは、期待をはるかに超えるクオリティーで、もちろんインターネットはあるし、シャワーはあるし、点心や軽食などもあるし、そして、個室の休息室まであってと驚きである。私はひとりでその個室を使い、ふわふわのロッキングチェアーでブランケットをかけて音楽を聴いてぼおっとしていた。目覚まし時計まであるあたり、素晴らしい配慮である。ビジネスユーザーにも、プライベートユーザーにも嬉しい施設だ。喧騒を離れ1時間ほどゆっくりしたのち、残念ながらボーイング777という私のあまり得意ではない機体のチャイナエアラインに乗り込み、日本へ向けて離陸した。パーソナルテレビがないのは少々残念だが、たった2時間半のフライトということもあり、あっという間に成田に到着。フライト時間も沖縄とさして変わらないのだから、やっぱり台湾はすぐそこだ。しかし、がらがらの成田空港なのに、着陸してから機体を降りるまでになぜか30分もかかっていた。通常の倍近くである。成田は、何がどうなっているんだろう。そう不思議に思ったけれど、やっぱり何かしら安全性や運航上の手続きなどがあるのだろう。機体の外に出た乗客が一気に走り出したのは言うまでもない。がらがらの空港なのに、よりによって、シャトルに乗らなければならないとおーいゲートに着いてしまったのだから、みな大急ぎである。平日の夜の時間を焦る日本人を見ていたら、あぁ、ここは日本なんだなと、変な風に感心した。自分も、その一人なのだが。
バッグを肩にかけ、JRに乗り込む。2泊3日という短い台北滞在だったのに、なんだかもう少し長い間日本を離れたような気がしていた。
今度台北を訪れるのは、いつになるだろう。
そう思いながら、電車に揺られ、日常に戻ることにした。
お世話になった友一家、そして大好きな台北の街に、心から感謝。
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