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May, 2009 印を押されて
2009/4/23
ある時、立て続けにこんなことを言われていた。
「なんか、元気ないですね」
「疲れてるね、だいじょぶ?」
「なんか、顔色悪いみたいよ」
別に、大きく体調を崩していたわけではない。風邪を引いていたわけでもいないし、普通に仕事をしていた毎日の中でのことだ。
ただその言葉は、私の中で完全に納得のいくものだった。自分でも、やっぱりそうかと感じていた。疲労とストレス、そして睡眠不足に偏った食事と、いいとこなしの状態だったのである。
人間というのは不思議なもので、人から何かを言われると、一気にその言葉が現実味を帯びてくるということがよくある。
「相変わらず元気そうだね」
そう言われれば、「自分はいつも元気そうなのか」と思うだろう。そして、その逆もまたしかりだ。
傍から印を押されれば、それが自分の状態を表す言葉なのかと、信じこむようになる。
どんな印を押されるか、それが日々のバロメーターなのかもしれない。
April, 2009 食べること 生きること
2009/4/1
体に良くて美味しいものは、自然とよく噛んで、じっくりと味わっている。
そんなことに、はたと気がついた。
添加物や保存料が多く含まれているようなジャンクフードは、どことなく人工的な味をただ噛み砕いて、体の奥へと流し込んでいるだけだ。
味覚と行動は、密接につながっているのだろうか。
それとも人工的に感じるのは、単に時間とゆとりがない時だからだろうか。
体に良い食べ物を、よく噛んで、美味しく頂く。
本当はこれが、心と体を健やかに保つ、一番の方法なのかもしれない。
April, 2009 息
2009/3/20
「息抜き」という言葉がある。
「たまには旅行でも行って息抜きすれば?」
そんな風に使われる日常語だ。
「息抜き」と、「一息入れる」というのは、「ちょっと休む、気分転換する」という意味でほぼ同じだろう。しかし、最近わたしはふと気がついた。それは、「息抜き」という表現と、「息を吐く」という行動は、本当は同じ意味であり、そして同じ効果をもたらすものであるということだ。
心や体に負荷がかかりすぎると、人間の呼吸は次第に浅くなっていく。短い呼吸が繰り返され、きちんと脳や肺に空気が送られにくくなり、精神的にも落ち着かなくなる。思考力が落ち、うわついた状態になる。そんな時にすべきことは、深い呼吸をすることだ。しかし、息を吸うことよりももっと大事なのは、息を吐くということだ。もっと息を吸おうと頑張るのではなく、ふぅーっと細く、長く、息を最後まで吐ききるのである。そうすれば、自然と深い呼吸ができるようになる。無理に吸うのではなく、息を吐くことに集中する。次第に脳の深いところまで空気が送られ、心も頭も徐々にすっきりと落ち着き始めていく。
イライラし始めた時、ストレスを感じ始めた時、心を落ち着かせたい時は、ただ細く長く、静かに息を吐き切ればいい。
気がついたときには、この習慣が身についていた。おそらく、深い呼吸を繰り返すヨガのおかげであるのだろう。
吸うのではなく、息を吐き切ること。
息抜きという表現も、息を吐くことから生まれた言葉なのだろうか。
息抜きをするのも、意識して息を吐くのも、どちらも人間の体にはやっぱり必要なのだろう。
最近、そんなことを思っている。
February, 2009 戦々恐々花粉の季節
2009/1/20
1月に入りインフルエンザが広まるような頃。私が恐れるのは、風邪でもなく、インフルエンザでもなく、別のあるものである。毎年冬、12月に入ると大きく体調を崩すのだが、大概年が明けるとそれも落ち着き、1月下旬からは別のものに戦々恐々としだすのである。以前は2月下旬からだったが、年々早まり1月終わりにはその準備をし始めている。そのあるものとは、そうもちろん、花粉対策だ。2月下旬には完全に関東でも飛び始めるため、その前にはきちんと対策を始めていなければならないわけである。
昨年はそれほど花粉の飛散量が多くなかったこと、また花粉症とただならぬ?関係があるらしい砂糖の摂取量が前年より大幅に減少していたためか、幸いなことにそれほどひどい症状は出なかった。とはいえ、だからといって今年も同じとは限らないので、私はすでに地味ぃに花粉症対策を始めている。
まずは、花粉症に効くといわれるサプリメントだ。シソや甜茶、DHAなどのサプリメントを毎年飲んでいる。そして、アレルギー症状を悪化させやすいとされる牛乳もなるべく避け、豆乳へシフトである。最近では、ありがたいことに、豆乳はいろんな種類がごく簡単にどこでも手に入るし、カフェでも豆乳のカフェラテやミルクティー、チャイなどのメニューも一般的になっている。味も癖がないものも多く、それほど違和感もないため、辛さももちろん感じない。
そしてサプリ、豆乳に続くのが、やはり糖分の摂取をできるだけ抑えることだろう。昔から甘いものが大好きな私ではあるが、昨年頭に大きく体調を崩したことがきっかけで、口にする食品に対して極めて敏感に反応するようになった。その結果、人工的な味、そして過度な甘みのものを口にすることが自然と減っていたのである。以前なら毎日のようにコンビニのデザートやお菓子を食べても何ともなかったのに、ごくたまに食べるだけで、「うーん、もういいや」と思うようになってしまった。それが功を奏したのか、私の糖分の摂取量はぐんぐんと減り、花粉症の症状も例年よりもだいぶ楽になったのだ。ちなみに、糖分の中でも、特に精製された白砂糖が花粉症には良くないともされている。私は日頃糖分をとるときは、できるだけ白砂糖ではなく、ブラウンシュガーやはちみつ、メープルシロップなどを選ぶようにしている。もちろん、黒砂糖や三温糖、てんさい糖などもいいし、あまり精製されていないものを選ぶほうが体にはいいようだ。花粉症の時期には特に砂糖の種類には気をつけたほうがいいのだろう。
このほかにも、カフェインの摂取を控えたり、規則正しい生活をすることも、花粉症対策としてはきっと重要なのだろう。
今のうちからできることをやって、今年も乗り切らないといけない苦手な季節。
お願いだから今年も症状がひどくないようにと密かに願っている、私なのであった。
December, 2008 挙句の果てに vol.5
2008/12/17
(前回から続く)
病院で「気管支炎」と診断された私は、結局丸2日間をただひたすら「睡眠」に費やした。だいぶ前から数件の予定を入れていたにもかかわらず、直前にキャンセルするはめになり、本当に申し訳なしという感じである。とはいえ、無理に人と会ったとしても風邪や気管支炎をうつしてしまう可能性もあるわけで、私は結局ただひたすらベッドにこもって無為な休日を過ごしていた。そして、2日間休んだ後、微熱のまま仕事に行くと、やはり結構きついものがある。「半日で帰りたいぃ~」と思いながらも、やらなければならないことはたくさんあるわけで、社会人はやっぱりこういうところがきついなぁと改めて感じてしまう。しかも、「まだ治らないねぇ」と人に言われるたびに、「いや実は、気管支炎でした・・・」というのもこれまた厄介な話で、その度に「家で寝てなよ」、「動いていいの?」、「休んでたほうがいいよ」、「うつさないでね」という反応が返ってくるのも、これまた結構きついものがある。
しかし、このしんどい症状は、実は私だけではなかったのである。友に言ったところ、「先週私も気管支炎だった」と言われたのだ。そして周りには咳のひどい人もそこかしこにうようよとおり、これから結構流行ってやばいんじゃないのか?と思うようになったのだ。しかも、「気管支炎ってホントしんどいよね~」と、かつて経験したことがある人がこれまた密かにたくさんおり、あっと言う間に「気管支炎友の会」みたいのが出来上がるほどだった。いやはや、何気に皆さんこの病気に苦しんでるのねぇと、私は今更ながらその恐ろしさを知り、そしてまた皆が口をそろえて言うように、「安静に!」の言葉をしっかり聞きいれたのであった。
結局、私の気管支炎は、薬と睡眠でなんとか無事に治ったようだった。1週間ほどで回復したのも、精神的に助かった。なにせ、仕事も立て込んでいるし、風邪を引きづっていたせいで、半月ほどまともな健康状態じゃなかったのだ。体が言うことを聞かないと、心のバランスもおかしくなる。結果的に、11月頭から足を痛め、12月に入り風邪を引き、そして気管支炎にかかるという不健康のオンパレードで、私はほとほと疲れていた。忘年会シーズンではあるが、夜の予定も極力抑え、とにかく今は体を休めよう。そう、地味ぃに過ごすことを決め、きちんと徹底したのである。そのおかげでか、順調に体も回復してきたし、このままいつもどおりの体に戻ってほしいと思っているのである。
そういえば、もうすでにマイコプラズマ肺炎の流行の兆しが見えてきているらしい。あんなに死にそうな咳は、もう2度とゴメン。そう思いながら、毎日風邪の予防に勤しんでいる今日この頃である。
冬の乾燥時期、風邪の流行時期、くれぐれも、みなさまひどい咳にはお気をつけを。本当に、きついんです、この病気。
December, 2008 挙句の果てに vol.4
2008/12/16
(前回から続く)
病院で「気管支炎」と診察された私は、家までの帰り道、携帯で思わずその言葉を調べていた。今までかつて縁のなかった病気にかかってしまったということもあり、これからどうすべきなのか、少しでも早く理解したかったのだ。
すぐに携帯で出てきたのは、携帯版Wikipediaでの検索結果だった。さすが、持つべきものは、頼れるものは、愛すべき知の宝庫「Wikipedia」様々である。そしてすぐに私は頭の中にざっと気管支炎の概要を入れた。気管支炎には「急性タイプ」と「慢性タイプ」 があるということ。そして、今回の私のような急性の場合は、最初は風邪症状から入ることが多く、ひどい咳や痰以外にも微熱や疲労感、頭痛などの症状があるということ。そしてまた、薬で治療する場合は、咳止め、痰切り、抗生物質などが用いられること。また同時に、安静と保温が何よりも重要であるということ。ざっと、こんなところだろうか。
しかもこの気管支炎、やはり風邪のように人からうつるものであるらしく、様々な細菌が原因であるらしいが、そのひとつには「マイコプラズマ肺炎」を引き起こす細菌もあるということらしい。そして私はふっと思い出した。2年ほど前、私は約1カ月にわたりひどい咳が続き死にそうになったことがある。当時、実はマイコプラズマ肺炎が密かにはやっていたらしく、病院でしっかり見てもらわなかった私は結局その原因をきちんと確かめなかったのだが、おそらくはマイコプラズマ肺炎にかかっていただろうと後で理解したのである。そしてまた、今回の気管支炎だ。すぐに喉を傷めやすいタイプの人間であり、普段からそれなりに気をつけてはいたのだが、やはり睡眠不足などで弱っていると、すぐに菌にも負けてしまうのだろう。
結局私は、薬を飲み、ただひたすらベッドにもぐるという所作を丸2日間続けていた。何もせず、ただ眠り、そしてただ休む。本も読まず、テレビも見ず、パソコンにも向かわずじぃっと休んでいることにした。それ以外に、治す方法がないと思ったのだ。しかも、もらった4日間の薬で、完全に治るかどうかもわからない。まったく、厄介な病気にかかってしまった。
咳も苦しく、体も熱い。だからと言って、完全ダウンというわけでもない実に中途半端な症状に、私はなんだかもう自分自身に呆れそうになっていた。
(次回へ続く)
挙句の果てに vol.3
2008/12/15
(前回から続く)
病院での検査を終えた私は、結果を聞くべく診察室へ入った。お医者さんの前にじっと座り、診断結果を聞かされるのをただひたすら待っていた。
CTスキャンの映像を見ながら、お医者さんはしばらく黙っていた。ずっと画面に見入って、スクロールをしながらも、何度も何度もその映像を確認している。
あまりにも静かな時間が続き、私はちょっと怖くなっていた。時間にしたら1分か2分程度だろう。いやそれでも、私には、5分もの長い時間に感じていた。検査結果を聞く時間は、どうしてこんなにも長く感じるものなのだろう。
ようやく納得できるまで確認したという感じで、お医者さんはおもむろに私のほうに視線を移してきた。
「どうだったんでしょうか・・・」
そんなことを自分から訊くこともできず、ただじっと先生の言葉を待つ。その時間と言ったら、もう心の中がやきもきするほどだ。そうして先生はゆっくりと話し始めた。十分考え抜いたというような、そんな話し方だった。
「肺炎かと思って、CTスキャンとレントゲンを撮ったんですがね」
「は、肺炎??」
思わず私は、そう聞き返しそうになっていた。しかし、あまりにも寝耳に水のことで、言葉は一切出ていなかった。肺炎って、ちょっとなんですか。そう思いながら、じっと先生の次の言葉を待っていた。
「CTスキャンで調べたら、どうやら肺炎まではなってないですね。その手前の気管支炎にかかっています」
「肺炎」という寝耳に水の言葉の次は、何と「気管支炎」である。
「は?気管支炎ってどういうこと?」
頭の中がぐるんぐるんと回っていた。今までの人生で「気管支炎」なんてかかったことがない。これって、人に感染するのだろうか。普通に外に出ていい病気なのだろうか。
「咳止めと、痰を切る薬、抗生物質と解熱剤を出しますから、4日分飲みきってくださいね。はい、お大事にどうぞ」
薬の説明を受け、私はとりあえず診察室を出た。「ありがとうございました」と風邪声でお礼を告げ、待合室でしばらく待ち会計を済ませた後、病院を後にした。
はて、「気管支炎」。
それって一体どんなものなのだろう。
話にはよく聞くがまったくもって経験も知識もない私は、薬をもらった帰り道、思わず携帯のグーグルでその言葉を調べ始めていた。
(次回へ続く)
December, 2008 挙句の果てに vol.2
2008/12/14
(前回から続く)
てっきり単なる風邪だと思い病院に行った私は、お医者さんにこう言われた瞬間、思わず動きが止まっていた。
「今から、CTスキャンとレントゲンを撮って、検査をしましょう」
たんなるひどい咳と微熱の風邪だと思っていた私は、お医者さんの意図するところがまったくわからなかった。
「CTスキャンを撮るって、どこをなんのために撮るわけ?」
皆目見当がつかなかった私は、看護婦さんに連れられて検査室まで向かうことになった。はて、なぜにCTスキャンなのだろう。そう思いつつも言われるがまま横になり、ドーナッツ型の不思議な装置の中で待っていた。
しばらくするとウィーンと音が鳴り始め、何やら装置が動き始める。
「大きく息を吸って、はいそのまま止めてください」
よくわからないままアナウンスに従い、息を止める。
「はい、楽にしてください」
なんだか人体実験をされているようで、不思議な気分だ。とりあえず、胸のあたりを撮っているようだが、なにがどうなっているのだろう。CTスキャンを撮るのは人生で2度目、そして2年ぶりという私は、以前大学病院で検査した時のことを思い出していた。その当時、もしかしたら一生続く病気かもしれないというかなり恐ろしい不安に悩まされながら、大学病院に何度も通っていたのである。結果的に、その時はなんの病気でもなく、どこにも異常は出なかったのだが、その時のCTスキャンは1カ月先まで予約がいっぱいという状態だったので、風邪で病院に来てすぐさまCTスキャンをとるというその流れが、私には理解できず、また自分自身が着いて行けない状態だった。
「はい終わりです。次はレントゲンに行きましょう」
そう技師に言われ、次はレントゲン撮影へ。2枚ほど撮り、再び診察を受けるべく、廊下の椅子に腰かけて待つ。妙に長く感じる、嫌な時間だ。咳止めが欲しいだけだったのに、一体なんでこんなに検査をするんだろう。
「はい、中にお入りください」
診察室へ入り、椅子に座ってじっと待つ。
「なんて言われるんだろう」
私のとおぼしきCTスキャンの映像を、じっと見つめている目の前のお医者さん。
しばらくの間、何も言わず、彼はただ画面だけを見つめていた。
(次回へ続く)
挙句の果てに vol.12008/12/13 声が出ない3日間を経て、ようやく休日を迎えた土曜日の朝。声は若干戻っていたが、それよりも深刻なのは、昼夜関係なく続くひどい咳だった。コンコンでもなく、ゴホゴホでもなく、ヒューヒューという音さえ聞こえる異様な咳。一度出るとなかなか止まず、夜中に何度も目が覚める有様だった。 土曜日の午前中。本当であればゆっくり寝ていたいところだったが、お昼まで受け付けしている近所の病院に行き、一応診察してもらうことにする。風邪と診断されて咳止めが出されて終わりだろう。そう思いながら病院に行くと、待合室はマスクのオンパレード。どうやらインフルエンザも始まったらしく、いつも以上に病院は患者であふれていた。私もずっとマスクをしていたが、なんだかもっとひどい病気にかかりそうで怖くなる。 しばらく待っていると、診察室に呼ばれる。12月に入ってから体調が悪く、咳が止まらないことを告げると、お医者さんは聴診器をすぐさま手にした。胸の音を確かめて、症状を確認しようというのだろう。
診察を終え、てっきりお医者さんはこう言うだろうと思っていた。
「風邪ですね。咳止めを出しておきますから」
私の中でのシナリオはこうだった。これ以外は特に何も考えておらず、普通に咳止めが欲しかっただけなのである。
しかし、お医者さんが口にした言葉は、予想外のものだった。思わず、「へ?」と聞き返してしまうような思いもよらぬ言葉だった。
「今から、CTスキャンとレントゲンを撮って、検査をしましょう」
は?CTスキャン・・・?なんで風邪でCTスキャンなんて撮るわけ・・・?
まわっていなかった頭の中が、ぐるぐるとまわり始めていた。
(次回へ続く)
December, 2008 声を失う (後編)
2008/12/12
のどを痛め、声が出なくなって3日目。朝起きると、いよいよ声が全く出なくなっていた。出そうとしても、音が出ない。ひゅーという虚しい空気が出るだけで、声が全く出ないのだ。しゃべろうにもしゃべれず、人に何かを伝えるには、ものすごく小さな声、そう、蚊の鳴くような声で、喉を一切使わずにささやくしかなかったのである。寒い時、カフェに入って暖を取ろうにも、声が出ないからオーダーをすることもできない。何も言えないし、何も訊けない。普段そんなに外でしゃべっていないと思っていたが、意外と人間はあちらこちらで声を使っていることに今更ながら気がついた。これほどに声が出なくなったのは、生まれて初めてだ。
結局私は、オフィスで2日間電話に出られなかった。すべての電話を人に頼み、伝言をお願いするか、メールでやりとりをするようにしてもらうしかなかった。目の前にいる人とも会話が困難になり、ごくごくかすかな声でコミュニケーションを取ろうとしたが、とにもかくにも大変だ。身ぶりで手ぶりでものを言い、何かを伝えるのも全てが一苦労。話せない事が、伝えられない事が、コミュニケーションが取れない事が、こんなに不便でこんなに大変なことだとは思いもよらなかった。普段何の苦労もなく、何のありがたみもなく、普通に会話をし、当たり前に人とコミュニケーションをとっていることが、どれだけ幸せなことか、嫌というほどに身に沁みた。
早く普通にしゃべりたい。
そう思いながら、声が出ない辛さと声が出るありがたさを噛みしめていた数日間だった。
声を失う (前編)
2008/12/11
12月に入り体調を崩し始めて10日ほど。普段であれば、ちょっと体調がおかしいなと思ったと同時に一気に高熱が出てダウンという流れなのだが、今回は不思議なことに熱が出ない。微熱はあるが、案外高熱にはならない。とはいえ、平熱まではさがらないという妙にじわじわと長引く体調不良だ。のど、頭痛、微熱、そして咳。そんな中途半端な風邪をひきずっていたら、ある日を境に声がおかしくなった。痛めたのどが、もう末期状態らしい。毎日薬を飲み、ヴィックスのドロップを舐め、のどスプレーをしていたにもかかわらず、そんな対策もむなしく、声がおかしくなっていた。しかし、仕事であれプライベートであれ、しゃべらなければコミュニケーションははかれない。無理にしゃべろうとすればするほど、声がおかしくなり、そして喉がいっそう痛くなる。その声はまるで、はるな愛ちゃんの起きぬけ時の男声(いやもちろん、私ははるな愛ちゃんが好きなのだが)。そんなわけで、できるだけ喉を使わないよう、ひっそり静かに過ごす羽目になる。
のどの痛みに、続く咳。
喉にいい食べ物をとりながら、早く普通にしゃべれるようになりたいと思いつつ、1日を終える。
December, 2008 頭が痛くなったとき
2008/12/4
12月に入ってからというもの、どういうわけか毎日頭痛が続いていた。しかし私は、鎮痛剤に頼らず自力でどうにか直そうとしていた。風邪をひいたときは、薬に頼らずに免疫力を高めるべくありとあらゆる食材やビタミン剤をとるのがいつものルールなのだ。しかし、今回の頭痛はじんわりと長く続く痛みだ。頭が割れるほどまではいかないが、痛みがしょっちゅう気になってしまうほどにずきずきと痛い。そこで私ははっと思いだした。以前に脳の研究をしている人から、「頭痛がしたらコップ1杯の水を10分おきに6回飲みなさい」と聞いたことがあったのだ。頭痛の原因の大半は水分不足であり、薬を飲まずに水を飲めと教わったのである。
私はそのやり方を突然思い出し、すぐにやってみることにした。しかし、しかしである。仕事中10分おきにコップ一杯分の水を飲むというのは、結構難易度が高い技である。大概2回程度やったところで、すぐにそれを忘れてしまう。仕事中であるがために、すぐに他のことに気を取られて、水のことを忘れるのだ。そしてしばらくして、「あ、しまった」となるわけである。
しかし、不思議なことに、水をごくごく飲んだ後というのは、なんとなく頭の痛みが和らいでいる気がする。完全に治るわけではないのだが、しばらく痛みに気がつかなくなるので、もしかしたらやはり水と頭痛の関係というのは非常に密接なのかもしれない。とはいえ、結局6回成功できた試しもないし、1週間以上頭がずっと痛かったので、あまり説得力もない話なのだが。今度もし頭痛になったら次こそ6回水作戦を成功させよう、そんなことを思っている。
ま、頭痛なんて、起きないにこしたことはないのだけれども。もちろん。
December, 2008 病は気から
2008/12/1
師走に入ったばかりの朝、体の調子ががくっと落ちた。精神的にほっとして気が緩んだ瞬間があったのだろうか。起きた瞬間に喉がおかしく、これは危ないなと思ったのである。
「病は気から」というのは実によくできた言葉で、文字通りひょんな瞬間に気が緩むと、すぐに体調を崩したりする。とはいえ、12月の前半はあれこれ仕事が詰まっており、おちおちダウンしてもいられない。ビタミン剤を飲み、栄養のあるものを食べ、とりあえず自分をごまかしながら仕事に勤しむことにした。頭痛ものどの痛みも、しばらく経てば消えるだろう。そう自分に言い聞かせて、ただ目の前のことに没頭することにした。風邪なんてひいていられない。
「病は気から」
呪文のように、心の中で戒めながら。
December, 2008 かかりつけの病院を
2008/11/29
土曜の朝。電車にひと揺られしたのち、歯医者さんへと向かう。2年ほど遠のいていたが、しばらくぶりに通い始めている歯医者さんだ。12歳から歯列矯正をしていた私は、アフターケアも含めて26歳くらいまでずっと同じ矯正歯科クリニックに通っていた。その後、ケアもさして必要なかったので、少し足が遠のいていたわけだが、最近再び同じ医者に通い始めた。一瞬、虫歯かなと思って、勤務先近くの病院にでも行こうかと思ったが、いろいろ考えた結果、土曜日しか通うことのできない地元の歯医者にした。結局、虫歯でもなんでもなかったわけだが、クリーニングや歯並びのチェックをするために、ここのところ土曜日には数回クリニックに通っている。
約2年ぶりに訪れた歯医者さんだが、そこで感じたのは、やはり「かかりつけの病院」がいかに重要かということだ。どこでも診断や治療はしてもらえるわけだが、やはり長年診てもらっているお医者さんというのは、信頼感も違うし、コミュニケーションの深さも違う。とりわけ私は12歳から26歳までという長い間、ほぼ毎月のようにこの歯医者さんに通っていたわけで、久しぶりにお医者さんに会っても、やっぱり安心感がある。カルテもあるし、施設にも慣れているし、何より今の歯並びがあるのは、お医者さんのお陰だ。新しい病院に行くと、なんだかいつもそわそわするが、そんな嫌な感覚もやはりない。大きい病院だから、有名な病院だからということよりも、自分が安心してかかれるかかりつけの病院というのが、精神的にも非常に大切なんだなということがよくわかった。
「先生、ありがとうございました~」
「はーい、お大事にー」
かかりつけの良い病院に出会えることは、それはそれできっとありがたいことなんだろう。最近、そんなことを思っている。
November, 2008 怪我日記 vol.4
2008/11/18
(前回から続く)
足の怪我をしてから1週間後。2人目の医師に「しばらく安静に」と言われてしまった私は、なんだか心の中がすっきりとしていなかった。それは怪我に対しての不安ではなく、医者に対しての疑問である。もしも1軒目の病院できちんと診断され、処置されていたら、怪我の具合はどうなっていたのだろう。私は怪しげな医者の診察を疑い、自分で湿布をしてはいたのだが、あの時点で適切な処置がなされていたら、こんなにずるずると怪我の治療に時間がかからなかったのではないか。そんなことを心のどこかで思うようになっていた。
結局、足を痛め、びっこを引き、安静にしているという3週間近くの間で、私は予想していなかった色々なことを学ぶようになった。それは、医者は選べ、ということでもあるし、いったんハンデを負うと、普段の生活がいかに過酷になるかということでもある。とりわけ、朝の電車や混雑時の駅などを歩くのは、相当な苦痛だ。私はこれまで、そのスピードや流れに対しそれほど違和感なく過ごしていたわけだが、体が不自由な方や、ご高齢の方などにとっては、あんなに恐ろしい空間もないのではないかと思うようになった。人の2倍近くの時間をかけて歩いていた私には、周りの全員があたかも走っているかのように感じたのである。それくらい、人の勢いが怖く、また、人に疲れるというのは、私の人生の中でも初めての経験だった。
そして何より、一番痛感したことがある。それはごくごくシンプルで、かつ普段気がつかないことである。
毎日普通に健康に、どこにも違和感を覚えることもなく、どこに負担をかけることもなく、両足で歩き、動き、走り、どこへでも不自由なく行くことのできる生活が、いかに幸せかということだ。
そしてまた同時に、できるだけ動きをおさえ、負荷をかけず、じっとしている生活が、いかにストレスフルなものであるかが嫌というほどによくわかった。実はこの間に、海外への旅も断念した。前々から楽しみにしていた植樹の旅を、泣く泣く出発直前にキャンセルしたのである。仮に心が健康でも、体が動かなければどうにもならないし、どこへも行けない。それはここ数年、大きく体の調子を何度も崩している私にとって、もうすでに重々分かり切っていたことであるにもかかわらず、今回のもやはり心底身に堪えた出来事だった。
そういえば、御年80歳になる宮脇昭先生が、いつも口にしている言葉がある。
「植物は根で勝負。人間は足腰ですよ。」
ほんの一ヶ所の靭帯を痛めただけで、体全体のバランスが崩れ、歪み、そして普通ではありえない疲れが溜まる。人間にとって、いかに足腰が大切か、こんなに身をもって感じたことはないし、もう二度とこんな経験をしたくないと思ってしまう。一日も早く普通に歩きたいし、必要な時に走れるようになりたい。そんなことを願うばかりである。
できるなら、山奥にある渓流沿いの露天風呂で、ゆっくりじんわりつかっていたい。
湯治なんてことを考えたのも、人生で初めての経験だろうか。
日々の当たり前の健康が、どれほどありがたくどんなに幸せか。
そんなことを感じている、今日この頃。
(怪我日記、これにてひとまず終了です。寒くなるこれからの日々、みなさまもどうぞお体ご自愛くださいね。)
November, 2008 怪我日記 vol.3
2008/11/17
(前回から続く)
足が痛くなり始めてから約1週間後。「ほっときゃ治る」という医師の診断を信じ切れなかった私は、休みの日に自宅近くの病院へと向かった。幼いころから数えきれないほどお世話になっている、ごく普通の総合病院だ。数日前に訪れた別の外科で、レントゲンも撮らず、少し診てあっさりと投げだされていた私は、病院に対して妙に慎重に、そして敏感になっていた。今回は、納得いくまできちんと診てもらおう。そう思いながら、馴染みの病院へ向かったわけである。
いつものように受付を済ませ待っていると、看護婦さんに質問を受ける。「どうしましたか?」との問いに、怪我の具合を説明し、さらにすでに他の病院で診てもらったことを告げてみる。すると、「じゃあ、最初にレントゲン撮りましょうか。撮って何もなければ安心だしね」との、ごくごく真っ当な対応だ。しかし、私はこの時点でほっとしていた。普通に対応してもらえることが、妙にありがたくなっていたのである。そこで、言われたとおりにレントゲンを済ませ、待合室で待っていると、今度はお医者さんの診察である。
再び、足の症状と、数日前に他の医者に言われたことを告げると、すぐさま先生はレントゲン写真を見せてくれた。デジタルのレントゲン写真というのは、本当に早いし、拡大もできるし、便利な時代になったなぁなんて思いながらも、私はその写真に映し出された自分の骨を見て、なんだか不思議な気分になっていた。自分って、こんな形しているんだ。そんなことを思いながら、先生の説明に耳を傾けると、骨に異常はないという。骨折もひびもなく、それは心配ないでしょうとの診断である。
とは言え、そこからが問題だった。私はてっきり、筋肉に問題があるか、骨に異常があるかの2つに1つの答えだと思っていた。しかし、お医者さんの言う言葉はそのどちらでもなかったのである。
「きっと、靭帯を痛めたんでしょう。靭帯はレントゲンには映らないけど、骨を結ぶ役割をしていて、傷ついたり伸びたりすると痛くなるんです」
そう言いながらお医者さんは、医学書のようなものを見せてくれ、どの部分の靭帯かを丁寧に説明してくださった。どうやら、くるぶし近くの靭帯が宜しくないらしい。
しかしその時点ですでに、私の頭の中には?マークが浮かんでいた。靭帯の存在自体はもちろん知っているものの、スポーツや怪我にあまり縁のない私には、まったくもって未知の部位なのである。
「靭帯って・・・よくサッカー選手とかが怪我するやつ・・・?靱帯損傷で全治1カ月とかいうやつ・・・?」
そんな程度の認識しかない私には、自分の体に何が起きているのか、ちっとも想像がつかないのである。
そして先生は最後にこう仰った。
「これから2週間くらい、できるだけ動かさないで、安静にしていてくださいね。飲み薬はいらないけど、鎮痛剤の湿布とあとはサポーターを出しておきますから。とにかく動かないで、なるべくじっとしててくださいね。」
そう言われ、私はサポーターでがっちり固くなった足を引っ張りながら、清算を済ませ、薬をもらい、帰宅の途につくことにした。やさしく丁寧に診察してくださった先生には、ただ感謝である。
しかし、頭の中は、腑に落ちない思いでいっぱいだった。一体この診断の違いは何なのだろう。
一方では、「ほっときゃ治る」と言われ、さらには「もっと動いたほうがいいくらい」とも言われていた。
そして一方では、「靭帯が傷ついているから、できるだけ動かないように」と言われたのである。
同じ症状を前に、医師が違うとこうも違うのだろうか。それは医者の腕の違いなのか、それとも人柄の違いなのか。いまいち私はよくわからないが、とにもかくにも、「医者はきちんと選べ」ということを痛感した出来事に他ならない。
「2週間はできるだけ動かないように」
お医者さんの言葉がぐるぐると、頭の中でまわっていた。
November, 2008 怪我日記 vol.2
2008/11/16
(前回から続く)
あきれてものが言えない医師の診断をよそに、私はうーんと困っていた。ほっときゃ治るという医者の言葉。そして、ほっといても全く良くならないどころか、痛みがずきずきと増している私の左足。ひょこひょことびっこを引いて歩くはめになった私は、あまりの不便さと大変さで、杖を買っちゃおうかとネットで調べたくらいであった。
それにしても、人間というのは不思議なもので、いつも元気な人が怪我をしたり、病気になったりすると、周りの方はものすごい驚きと衝撃を覚えるらしい。時折熱を出して倒れると、「鬼の霍乱だ」と笑われる私だが、今回もまたしても同様である。
私が怪我をしていることがわかった途端、周りの反応は尋常でなかった。
「なに?!」、「どうしたの?!」、「何が起きた?!」、「医者に行け!!」、「動くな!!」
そう、びっくりするほどの反応だったのだ。
とは言えしかし、その症状が何日か続くと、変わらずに心配をしてくださる方と、笑いのネタにしはじめる方という、大きく2種類にどうやら分かれていくことがわかってきた。
とある日、痛くてまともに歩けず、びっこを引きつつ、手すりや壁につかまって歩いていると、後ろからこんな声が聞こえてきた。
「なんか変な歩き方ですよ~。お婆さんみたい~ 笑。」
駅の雑踏の中、人の2倍くらいの時間をかけてゆっくり歩いていた時の話だ。振り返ると、一人の後輩。思わず、「人が怪我してひぃひぃ言っているのに、それが先輩に対する態度かっ!」と突っ込みを入れようかと思ったが、そんな気力も余裕もない。それくらい疲弊していたのである。
結局、「他の医者に行ったほうがいいんじゃない?」というごく真っ当なアドバイスに従い、私は数日後、あきれてものの言えない医者の診断をよそに、別のお医者さんに行くことにした。
セカンドオピニオンがどれだけ重要かなんて、ちっとも知りもしないまま。
November, 2008 怪我日記 vol.1
2008/11/15
とある日のこと。
ひょんなことから足を痛めた私は、その痛みに不安を覚えて、病院に行くことにした。たしか、6年ほど前に一度だけ行ったことのある形成外科だ。
歩くたびに、うぎゃぁ~と叫びたくなるような左足を引っ張って、私は病院に向かっていた。もしかしたら骨がどうにかなっているのかもしれない。レントゲンを撮ってもらえば、骨がどうなっているかもわかるはずだ。そんな不安を抱えながら、ある日えいっと気合を入れて医者へ向かったわけである。
しばらく待合室で待たされたのち、私の番がやってきた。目の前にはベテランと思しき男性のお医者さん。どうしましたかの質問に対し、私は一からきちんと症状を説明した。とにもかくにも尋常でない痛みを抱え、すぐにどうにかしてほしかったのだ。
そうして私はお医者さんに足を診てもらっていた。
曲げたり、伸ばしたり、押したり、ひねったり。
私はびくびくしながら、じっとその診断結果を待っていた。何が一体どうなっているのか自分でもわからず、とにかく変なことになっていないか恐れていたのである。
そしてそのお医者さんは、こう、一言、言い放ったのである。
「こんなの、ほっときゃ治る」
私はあまりにも予想外の答えに、一瞬、固まってしまっていた。
「は・・・?」
なんなのだろう、その診断。それって、医者が言うセリフだろうか。
もうちょっと、言い方だってあるんじゃないか。安静にしていれば治りますとか、時間がたてば治りますとか。
そうしてこんな説明が続いていた。
「日ごろ使ってない筋肉使って、痛くなっているだけでしょ。もっと動かしたほうがいいくらいじゃない」
「はぁ・・・・」
あまりに突拍子もないその診断に、私は一瞬、くらっとしそうになった。しかし、ここで引いても、痛いのは私である。
「あのぅ、骨とかって、問題ないですかね・・・?」
それに対する医者の答えは、またしても驚くべきものだった。
「あんた、婆さんじゃないんだから、骨なんかどうにもならないよ」
その瞬間、私はこめかみのあたりがピキッときた。思わずムッときて、危うく暴言を吐きそうになったほどだ。
それでもなお、診断らしきことは続いていた。
「塗り薬か、湿布でも出しておこうか。ま、“おまじない” みたいなもんだけどね」
私はもうこの時点で、きっぱりと諦めていた。痛みと症状を諦めたのではない。医者に対する一切の期待を諦めたのだ。
「ま、何日か経ってまだ痛かったら、もう一回来てください」
そう言われながら私は心の中で誓っていた。
「もう二度と、こんなところ来ないもんっ!!!」
結局、塗り薬はおろか、湿布も何にも処方されなかった。歩くたびに叫びたくなるほど痛いにもかかわらず、病院ではなんの処置もされなかったのである。
びっこを引きながら、私はとにもかくにも府に落ちなかった。
一体全体、医者ってなんなんだと思いながら、痛みと怒りで爆発しそうだった。
(次回へ続く)
November, 2008 背縮む、ふたたび
2008/11/14
とある日の午後。年に一度の会社の健康診断を受けるために、近くの病院へ。もうここへ訪れるのは、8回目。はぁ、なんだかあっという間に年月が過ぎ去るなぁなんてしみじみ思いながら、一連の検査を受けることになる。ありがたいことに、血液検査ではいつものようにくらっと貧血を起こさなかった。あまり痛くもなかったし、きっと看護婦さんの腕が良かったんだろう。今年からメタボ検診項目も加わるが、特に問題もなく、さくさくと検査が進んでいく。
が、途中、私はちょっとした衝撃を受けていた。そう、身長測定だ。思い起こせば1年前の健診では、156.5cmという数字をはじき出してしまい、私は大いに凹んでいた。なぜかといえば、それまで自称158cmだったからである。1.5cmも小さかったことに、私はかなりしょげていた。そして、そう、今年である。測定台に乗って測ると、信じられないことに、ますます背が小さくなっていた。156.3cm。たかが2ミリじゃんと言われそうだが、毎年減少していることを考えると、あとちょっとで155cmくらいまで縮んじゃうんじゃないかと怖くもなる。最近の女性は、背が結構高い上に、ヒールを履いているので、みんな160cmくらい普通にあるのだが、そんな中私は日増しに縮んでいるわけである。背が低いと、本屋さんとかでは不便だし、スカートの丈は中途半端に長くなるし、電車の中では確実に埋もれるしと、あまりいいこともない。背の高い女性から見れば、「ちっちゃくていいなぁ~」と思われるらしいが、小学校6年生まで学年で1位、2位を争うほどに背の高かった私にしてみれば、「いつの間にこんなにちっちゃくなっちゃったんだ」という感じである。
いずれにせよ、牛乳もチーズもヨーグルトも、魚も大豆も好きなのに、私の背は縮んでいる。気のせいではなく、確実に小さくなっている。
どうしたものだろう、この傾向。
大きくならなくてもいいから、とりあえず現状維持を望んでいる私なのであった。
September, 2008 ヨガのお話
2008/8/18
突然ではあるが今回はヨガのお話である。ヨガをやっている人、もしくはやったことのある人は、女性なら比較的多いと思うのだが、私もヨガが大好きである。始めてから3年以上経つが、毎回やるたびに「ヨガってなんてすごいんだろ~」と体全身で感じるほどに、ヨガは奥深くそして体にものすごくいいエクササイズだと思っている。
さて、そんなヨガだが、私が習っているのはジムの中のクラスであり、そうしょっちゅう行けるものでもない。ヨガ専門のレッスン教室に通っているわけではないし、仕事でしょっちゅうヨガのクラスを逃しているので、なかなか思うようにヨガを習うこともできていない。が、さすがに3年ほど、そうしょっちゅうではなくともクラスに出ていれば、ひと通りのポーズや動きなどは体と頭にしみついているので、別に先生に習わなくともそれなりにヨガ自体はできるのである。というわけで、私はたまに、もちろん毎日ではないのだが、時折家などでひとりヨガをして体の活性化らしきことをはかっているわけだ。しかし実は以前まで、どうもヨガにしっくりくる音楽がなく、なんとなくリラックス系の音楽をかけていたのだが、最近ようやく、どんぴしゃな音楽を手にすることができた。それも、わたしがかつて好きだった曲なのである。
実は、以前、私には大好きだったヨガの先生がいた。その先生のクラスはいつも人気で混んでいて、そして非常に運動量も多く、心身ともに深くリフレッシュできるクラスだった。その先生がレッスン中によくかけていた音楽が、私のお気に入りだったのだが、ある時ジムのレッスンプログラムが変わってしまい、その先生のクラスが突然なくなってしまった。結局私はその曲がなんていうものかも知らず、その大好きだった先生に訊くこともできず、それから1年近くの月日が流れてしまっていた。
しかし、しかしである。つい最近、偶然出たヨガのクラスで、何とおんなじ音楽を使っている先生がいらっしゃったのである。私は思わず、「あぁ~!この音楽は~!」と思わずポーズをとりながらも声を発しそうになっていた。が、その先生にいきなり訊くのも恥ずかしく、何回かその先生のクラスに出た時に思い切ってなんのCDかを訊いてみたのである。そして私はこの一枚を手にした。普通のお店では売っていないかもという話だったが、探してみると、なんと普通にAmazonで売っており、ものの見事に2日後にはしっかり私の手元に届いていたのである。
このCDが届いてからというもの、私はほぼ毎日この音楽を耳にし、時間があればヨガをしては「はぁ~すごいねぇヨガって」とひとりで満足しているわけである。なぜこんなことをブログに書くかというと、意外と動きのあるヨガに合わせる音楽が見つからないのではと勝手に人のことを心配し始めたからだ。私と同じようなことを感じている方がいるんではなかろうかと、勝手にこのCDを紹介しちゃおうと思ったわけである。
そんなわけで、私のお気に入りは、これである。
1曲目から4曲目までを私はいつも繰り返して聞いている。この4曲で約25分なので、家の中でストレッチから始めて動きの多いポーズまでやるとちょうどいい感じになる。おそらくは、癒し系のヨガではなく、ちょっとハードなパワーヨガをやりたい方にぴったりだと思う。ぜひ、「いい音楽ないかな~」と思っている方におすすめしたい。なにせ、このCD、パワーヨガのための、ま、言って見ればプロ用の音楽なのである。そりゃあもう、しっくりくること、請け合いである。
今日おススメの一枚。2200円でお釣りがきます(笑)。
ご興味ある方はぜひどうぞ。ネット上で視聴もできますし。って、私はまわし者じゃございませんが。
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