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September, 2007 お知らせみなさま
日ごろよりアクセスありがとうございます。
ブログ滞納中、かつ、シリーズものの途中ですが、今日から少し旅に出てまいります。
あまりにも時間がなく、ブログは溜まる一方・・・ですが、帰国後の10月1日以降にまた再開致します。
では、ようやくの夏休み(いや、もう秋休みか・・・)行ってまいります☆
アラスカ好きのみなさま、写真をどうぞお楽しみに(そんな自信ないけど 笑)。
ayano
(2007/9/22)
電車の中で思うこと 情報編④
2007/9/3
私がいまだに忘れられない山手線のジャック広告。それは、それは、私にとって実に新しいコンセプトであり、「おぉ~っ!!」と心の中で叫んだのをいまだに覚えている。
この広告が何だったかというと、実は、あの、いや、「この」と言うべきか、Microsoft社のコマーシャルなのである。しかし、ただ単にMSの広告というのではなく、Windows Vistaが発売になったときの広告なのである。つまり、MS社の広告、たとえば、「People」をシンボル?としたものが以前あったが、そういう本社そのもののPRではなく、Vistaというソフトに焦点を絞ったものであったのだ。何が面白かったかというと、Vistaのソフト自身の広告ももちろんあるのだが、そのVistaを搭載しているであろうおそらくすべてのパソコンメーカーが、それぞれオリジナルの広告を出していたということにある。つまり、中身はVistaだが、外見は違うデザインかつメーカーであり、各社がオリジナリティーを強調しているというわけである。
右を見てもVista、左を見てもVista、山手線の外も中もVista一色ではあるのだが、その広告主はといえば、ソフト開発主のMS社と、ハード製造主のSONY、NEC、日立、東芝、、、などなど様々な顔ぶれなのである。私はこれを見たときに、「おぉ~、これこそまさに共生と競争だ~」と感心してしまったのだ。そして同時に、「この広報担当を見てみたい~」と思ったのでもあった。
そんなわけで、ある日突然、電車内がジャックされていたりすると、私は妙にそわそわしてその会社の戦略を考えてみたりしているのである。もちろん、そんなジャック、滅多にないといえばないのだが、だからこそ偶然出くわしたときのワクワク感はおさえられなかったりするのである。
情報ワンダーランドの電車の中。これからも、広告主さん、よい広告をおねがいします。
September, 2007 電車の中で思うこと 情報編③
2007/9/2
電車の中吊り広告で印象に残っているものは、いくつかある。とりわけ、山手線の広告というのは、おそらく、日本の電車の中で一番お金と時間と力をかけているだろうだけあって、かなり面白くそしてまた脳裏に焼きついてしまうものもあるのである。
そんなに頻繁にあるわけではないだろうが、大分昔で印象的で記憶に残っているのは、GAPの山手線ジャックである。すべての車両をジャックし、右を見ても、左を見ても、前を見ても、後ろを見ても、ぜーんぶGAPという、車両全部をジャックしてしまう、あれである。
広告という広告を、すべて同じ企業やモノで支配されると、ある種の異様感も覚えるが、それと同時にサブリミナル効果のような心理的影響を及ぼされるような気もしてしまう。数分の間だとしても、その独特の雰囲気に身を置かざるを得ないという、極めて人工的な、作られた環境。人間は、まるで、モニタリングされている生き物のようにも感じてしまう。
しかし、昔の電車ジャックは、まだ紙の広告だけだったが、最近ではつり革のもち手のすぐ上に小さな広告を貼ったり、液晶画面でCMを流したり、はたまた車体の外側にポスター?を貼ったりと、どんどんエスカレートしているのも事実である。
そんな加速化している電車の広告で「おぉっ!」と思い、いまだに忘れられないのは、今年の春のとある山手線ジャックだった。なかなか見る機会のないコンセプトの、そのジャック。
次回も山手線ばなしで参ります。 September, 2007 電車の中で思うこと 情報編②
2007/9/1
(前回より続く)
電車の中での過ごし方を質問した私は、「携帯をいじる」という答えが返ってきた瞬間、もう一人別の相手に、同じ質問を投げかけてみた。
すると、相手はためらいもせず、こう返してきた。
「車内の中吊り広告を見ます」
そう、私の用意していた答えは、まさにこの答えそのものだったのだ。「情報収集」について話をしていたら、模範解答はこうあるべきだと思ったのだ。
電車に乗り込んだとき、私が大抵真っ先にすること。
何を隠そうそれは、車内の中吊り広告のチェックである。
電車の中の情報というのは、ある種雑多極まりないのだが、実はかなり多様性に富み、そして実に旬な情報ばかりだと私は以前から思っているのである。とりわけ、週刊誌や新刊書の広告なんて、実にキャッチーだし、情報量が豊富である。彦麻呂氏ばりに言うなら、「山手線は情報の宝石箱や~」という感じである(別に本当に彼が言っているわけではもちろんないので、ご了承を)。
しかも、数の多い週刊誌の広告の場合、毎週毎週時事ネタや旬のニューストピックがぎゅぎゅっと凝縮して並べられているわけで、その真偽は別にしても、情報として頭にインプットさせる価値は十分にあると思っている。あの広告さえ見ていれば、それなりに人との会話が続くだろうし、何より、自分の知らないこと、興味のないことでさえも、ちょっと知りたくなってしまうようなあの小悪魔的なキャッチフレーズや見出しを眺めるだけでも、かなりの情報だと思っている。
もちろん、電車によってはあまり広告がなかったりするので、地域性の問題やバラつきもあるのだが、週刊誌広告がなかったとしても、地域の商業系広告や大学の広告などなど、ありとあらゆる情報が(偏りはあるだろうが)並べられているのをそのままぼけ-っと見過ごすのは、実に実にもったいないことだといつも思っているのである。
そんな、情報ワンダーランドの電車内では、私はいつもきょろきょろ見渡して、あっちからこっちまで見える範囲の中吊り広告をじぃーっと眺めることにしている。まぁ、私の場合は多少偏っているので女性誌の広告よりも週刊誌の広告のほうに目が行くのだが、それでも出版関係の広告にはいつもかなりお世話になっているというのが実情である。そして、こんな些細なことでも、情報を集め、アンテナを張るには、かなりいいトレーニング?の場所だとも思っているのである。
そんなわけで、情報キャッチのためにも、また様々な言語感覚を養うためにも、電車の中での広告ウォッチングは私の生活には欠かせないのだ。
そういえば、私が今まで見た車内広告で忘れられないものがいくつかある。
少し、紹介してみることにしよう。
電車の中で思うこと 情報編①
2007/8/31
そういえば以前、とある2人と色々な話をしていたときのこと。
私はふいに、こんなことを質問された。
「どうやってそんなに情報収集できるんですか?」
質問の主は、どうやら、情報収集のやり方や、情報キャッチのためアンテナの張りかたがわからないというのである。相手は、雑学が大好きな私に対して、素朴な質問を投げかけてきたのだ。
そこで私は、逆にふと、こんなことを質問してみた。
「5分の間だけ、山手線に乗ったとしましょう。ドアが開いて車内に乗り込んだら、5分間何をする?座席は空いてなくて、立っているとしたら」。
するとすぐに、相手はこう答えてきた。
「うーん、携帯いじります」
私が用意していた答え、それは「携帯をいじる」ではもちろんなかった。いや、携帯をいじることは実によくあるが、ここで用意していた模範解答は明らかに違ったのだ。
そこでわたしは、私は別のもう一人に、同じことを訊いてみることにした。
(次回へ続く) September, 2007 電車の中で思うこと イントロ編2007/8/30
私は「移動」が好きである。
何をいきなりと思われそうだが、移動の時間が好きでないと、なにより旅なんて楽しめないし、その動いている「過程」も好きな人間である。
そんな私が最近、電車の中で思うことがある。
別に、新幹線や特急など、旅の列車の話ではなく、ごく普通に日常生活で移動する際の手段として使う「電車」の中の話である。
そんな日ごろ思っていることを、これからつらつらと書いていくことにしよう。
夜、日本橋へ
2007/8/29
夜8時過ぎ、仕事を終えた後のふっと気が抜けた時間、急遽後輩たちと外に出ることにする。向かった先は、お気に入りの一軒、日本橋のBar。月に一度は来ないとうずうずしてしまうような、大好きな店である。あっと思い立って電話を入れたところ、「いつもの席ならあいてますよ」とすぐに予約を入れてもらえたため、大急ぎではせ参じたというわけだ。
小さなお店のそのBarで、私はいつも同じ席に着く。そして、毎度毎度「めくるめく」という表現がぴったりの美味しいお料理の数々を堪能させて頂くのだ。いや、こういうと、なんだかキザな感じかもしれないが、このBar はレストランとしても使え、どれを食べても間違いなく、そしてどれをとっても手を抜かずに、しっかり作られていて本当に美味しいのである。しかも、値段は、私にさえもリーズナブル。抜群に美味しく、そしてお値段も手ごろ、そして雰囲気もサービスも良いとくれば、行かない手はないのである。
今宵お願いしたメニューは、秋刀魚のたたきを洋風にアレンジを加えた一品。お野菜やバゲットなどをガーリックがほのかに効いたチーズにからめて頂くという冷製チーズフォンデュ。さらに肉厚のほうれん草とカリカリのジューシーベーコンがマッチするシーザーサラダ、そして、じゃこと葱が香り立つぺペロンチーノなど。
どれを食べても実に美味しく、楽しく、心底満ち足りた気分になる。
美味しい料理に、楽しい会話。そんなごくありふれた空間が、実はなにより、幸せな時間なのかもしれない。
命の食材と、素敵な空間に、感謝。 September, 2007 写真アップのお知らせ2007/8/28(分)
遅ればせながら、夏の北海道、小樽&札幌の写真をフォトアルバム内にアップいたしました。
偏った?ばかりの写真ですが、ご興味ある方はぜひご覧頂ければこれ幸いです。
詳しくはフォトアルバム内「北の大地」をどうぞ。(フルサイズスクリーンでスライドショーもできます)
sandyayano
September, 2007 お持ち帰り北海道
2007/8/27
朝7時、札幌市内のホテルを出て一路空港へ。朝ということもあり、ひんやりとした空気が肌に触れて気持ちがいい。
空港に到着後、色んなお土産をここぞとばかり買い込む。何気に、最初に空港に到着した際にお店で六花亭の商品が山のように積まれていたのを見て心底感激していた私だが(だって、売られてるとこ、生まれて初めて見たし 笑)、帰りに訪れた際には、空港に置いてある六花亭のシリーズは実はごくわずかということに気がつかされたのであった。なぜかというと、小樽で六花亭の専門店に行ったのだが、そこでは数え切れないほどの美味しそうなお菓子が所狭しと積まれており、「こんなに種類があるなんて知らなかったぁ~」と感激していたのである。しか も、生のシュークリームが60円とか80円という激安価格で売られており、これがまた信じられないくらいに美味しい一品だったのである。しかも、シュークリームを買うと、コーヒーまで頂けるという素晴らしすぎるお店であり、私のなかで六花亭の評価は最高クラスまで一気に上がったのであった。しかし、その美味シュークリームも、店員さんに訊いたところ「空港には置いてないですねぇ」とのことだったので、私は泣く泣く空港で他のものを買うことに決めていたのである。
が、しかし、空港に着いたところ、なんと信じられないほどに六花亭のシリーズが少ない、というか、私の欲しかったのがほとんど売られておらず、実にスタンダードなセレクションのみだったので、私はいささかショックを覚えていた。結局、「あれも買いたい、これも食べたい」と思っていたのだが、空港で買えないものばかりであったため、私はいたってフツーに詰め合わせやマルセイのバターサンドを買い求めたのだった。いやはや、人間、欲というのは恐ろしく限りないものである。マルセイのバターサンドなんて、大好物中の大好物なのに、それ以外のものに関心を覚えてしまうなんて。。。というわけで、私は六花亭を買い、さらには、「これこそまさに北海道!」と言わんばかりの、「鮭イクラ丼」などの空弁を2つ買った。本当はもっと買いたかったのだが、数がよくわからないので、ひとつは自分のお昼用、そしてもうひとつは職場で後輩にあげようと思ったのである。さらに、小樽で超人気という「Letao」(ルタオ)のドゥーブルフロマージュケーキも忘れずに買い求める。あぁ、なんて楽しいのかしら、北海道の空港って。今までかつて全国各地訪れているが、やはりどうみても私にとって北海道は危険地域のようである。私はあっちこっちにも惹かれながら、「やっぱり白い恋人は売ってないなぁ~」なんて思いつつ、ボーディングへと向かったのであった。
搭乗直前、せっかくなのでとハスカップのソフトクリームを朝ごはん代わりに食してみる。うーん、美味。最後の最後まで、北海道の牛さまには感謝ものなのである。満足満足と北の大地を楽しんだ後、私は羽田へと向かった。
羽田に到着後、モノレールに乗り継ぎ、浜松町のオフィスへ。今日一日ゆっくりしたいところだが、やることは山積み。お昼から出社となる。後輩や先輩には買ってきたばかり、そして自ら「空輸」した鮭いくら丼をおすそ分けし、さらにお茶の時間には、絶品過ぎて信じられないほどに美味の「Letao」のチーズケーキをみなで楽しく頂く。あぁ、自ら空輸ってなんだか素晴らしい。お取り寄せには少々罪悪感があるけれど、自分で持ってくれば、余計な物流負荷もCO2排出もないし。。。
あぁ、素晴らしき、北海道。次は、いつ、どこの地域へ行くことだろう。 小樽植樹、そして札幌散策へ
2007/8/26
朝6時過ぎ。目を覚まし身支度を整え、朝里川を離れる。バスにゆられること20分ほど、植樹祭会場となる小樽市長橋小学校へと到着。まだ朝7時過ぎというのに、関係者がすでに準備を始めている。
今回の植樹祭では、小学校の校庭に森を作ろうというのが目的だが、これを主催するのが、「”北海道”千年の森プロジェクト」のみなさんである。もともと、地元企業の有志などが集まり、この地域のため、そして環境をよくするために何かできないかと考えていたのが最初であるそうだ。そこで宮脇昭先生の指導による植樹祭を行い、命の森作り、そして真の環境教育を行っていこうと、今日の植樹祭に至ったらしい。プロジェクトが立ち上がったのが5月というので、かなりの短い期間で植樹祭までこぎつけたというのだから、みなさんの熱意には感服ものである。
朝8時前、宮脇先生による植樹リーダーの研修が始まる。私は、いつものように先生のカメラマン役なので、先生のカメラと自分のデジタル一眼を首にかけ、あっちからこっちから撮りまくることになる。多くの植樹祭では、生まれて初めて木を植える人もいるため、スタッフは当日の朝や、前日に行われるリーダー研修できっちり植樹のやり方などを宮脇先生から叩き込まれるわけである。先生は今日も朝からいつものように檄を飛ばしており、相当な気迫がそこかしこに漂っている。手抜きなど一切許されない厳しい状況だが、いつも真剣勝負だからこそ、先生への依頼が絶えることがないのだろう。そんなことを思ってしまう。
研修後朝食をとり、しばらく様々なお手伝いをしていると、学校の体育館へは参加者が徐々に集まり始めていた。今回は、学校での植樹祭ということもあり、子供たちも多い。また、親御さんや近所の方が中心であるためか、アットホームな感じが伝わってくる。参加者は総勢で300名前後だろうか。体育館の中には多くの人が集まり、初めて聞くであろう宮脇先生の話に熱心に耳を傾けていた。中でも、子供を連れているお母さん方の多くが、身を乗り出して先生の話に夢中になっている。そう、不思議なように思われるだろうが、宮脇先生の話に関心を持つ人、また共感を覚える人というのは、何も専門知識を持つ方ばかりというわけではなく、いたって普通の方、しかも女性のほうがかなり多いのだ。特徴のひとつとしてあげられるかもしれないが、女性は比較的若い世代、つまり20代くらいからの人が多く、男性はというと、傾向として40代以上の人が関心を持ちやすいようにも思える。このギャップが何を意味しているのかは謎だが、宮脇先生は最近、「男はへなちょこだよ。それに比べて女性のパワーは世界中どこいってもすごい」とよくよく口にされているのも事実である。私がその女性の中にカウントされているかどうかは置いとくとして、講演中、私は先生の写真を撮り、そしていつものように話に夢中になって耳を傾けていたのであった(講演内容について興味がある方は、『魂の森を行け』、『木を植えよ』などを読むことを強くオススメします)。
講演会が終了後、外に出て実際の木の植え方の説明が行われる。子供たちや大人たちが先生を取り囲むようにし、なるべく近くで話を聞くようにとの指示がでる。先生は遠くからマイクでしゃべるよりも、できるだけ人の近くで、植物を実際に目にさせながら、説明をするのが好きなのだ。私はこういうところが、先生のすごいところだと常日頃思っている。先生の周りにいる子供たちも、興味深そうに苗木を見上げ、これから始まる植樹祭になんだかワクワクしているような感じが伝わってくる。
すべての説明が終わった後、各班に移動し、いよいよ植樹の開始である。涼しい北海道、小樽ではあるが、今日はかなりの夏日らしく、まぶしい日差しを受けながらの植樹祭になる。今回も、またしても、晴れ女記録更新である。今まで数十回植樹祭には出ているが、一度たりとも雨に降られてない。ありがたや天の神様といったところである。
私から植樹の説明を簡単にしたのち、子供たちは苗木を持って恐る恐る植栽地の土の上にあがっていく。今回用意された苗木は全体で1000本ほど。北海道らしく、ミズナラやナナカマドなど落葉広葉樹が多い。なかでも、名前の頭に「エゾ」と付くものが多く、全くもって本州と異なる植生に、私も興味津々である。そんな様々な種類の苗木を、子供たちが大人と一緒に植えていくのだが、最初は一本目ということもあって、いささか勝手がわからない様子。「ここでいいの~?」、「これ植えていいの~?」と恐る恐る確認をしながら、土に穴を掘り、一本目の苗木をなんとか植え終わる。すると、ちょっとずつみんなの顔が生き生きとしていくのがよくわかる。大人はといえば、手際もよく順調に植えており、特に問題もないようである。小学校高学年と思しき子供たちは、次第に楽しくなっていたようで、「結構楽しくね~?」、「意外と面白いんだけど~」と笑顔である。隣同士なるべく違う木が植わるよう注意をしながら、すべての木を大地に植え、その後、稲わらを敷き詰めて苗木の保護とするマルチングの作業に入る。子供たちは大量の藁を抱えて運びながらも、実に楽しそうである。もちろん、普段の生活で藁に触ることなんて滅多にないわけだが、植樹では大量の藁を担いだり触ったりできるので、これまた面白い経験でもある。中には、「これ、お米ついてる~!!」と藁についているお米を見つける子も多く、「そうだよ~、みんなが食べるお米はこの稲からできるんだよ~」と説明したりすることも、そう、珍しくない。日頃何気なく普通に食べているお米が、こういった稲からできていると目の前で知り、触り、感じるのは、食育の面でもとっても大切なことなんだろう。そう私は思ってもいる。
すべての作業が終了すると、宮脇先生を囲んで記念撮影を撮り、解散となる。植栽地に移動してから解散するまでの時間は、1時間前後だ。会場の大きさや人数にももちろんよるが、1~2時間で全部の行程が終わるようになっている。もちろん、植樹祭当日の作業というのは、植樹祭を企画してからの全工程を考えれば、最後のほんの1~2%くらいにあたるものであり、それまでの準備が大変なのだが、やはり、当日多くの参加者が怪我なく植樹祭を楽しんでもらうことで、すべての労が報われるのだろう。毎度毎度、様々な植樹祭に出ているが、今回もそんなことを実感し、関係者のみなさんには感謝ものであった。
片づけを済ませた後、先生の関連図書の販売のお手伝いをし、お昼ご飯のカレーを頂いていると、先生が帰られる時間となる。「また近々お目にかかります~」と先生にご挨拶をしたのち、私も身支度を整えて、関係者にお礼を告げ、小樽駅までのバスに乗り込む。仲間の多くは今日中に帰京するが、私はフライトの関係で翌朝の帰京となっており、もう少し北海道を満喫することになる。
小樽駅からバスで札幌市内に入り、残った仲間とお茶をすることになる。どこへ行こうかと思ったが、いろんな人が薦める「雪印パーラー」へ向かうことに。雪印がお店を持っていること自体に私はまず驚いたのだが、さすが乳製品の大御所?雪印だけあって、旨い。カマンベールチーズやチーズケーキが載った、不思議なチーズパフェを美味しくペロリと平らげると、疲れも一気に吹き飛ぶ。いつか、ここの名物らしい、1万円とかする巨大なパフェを食べてみたいものである。
仲間と別れた後、ひとり、今宵投宿するホテルへ。後輩にすすめられて取ったリーズナブルな「チサンホテル」だが、これが大当たり。しかも、空室があるのでと、レディースルームに案内してくれたのだが、私はこの部屋を入った瞬間に気に入ったのであった。安いし、きれいだし、部屋は充実しているしと文句のつけようがない。じゃらんのポイント使ってさらに安く泊まっているのにもかかわらず、こんなにしてもらっていいんですか?と、感激ものであった。
その後、札幌市内をふらふらとし、テレビ塔や時計台を見て歩く。本当であれば行きたかった札幌大学の植物園は、閉園が4時ということもあり、外から少々のぞくだけとなった。今度はぜひ、明るいうちに訪れてみたいものである。
夕飯時となり、さぁどこで食べようかと思ったが、なかなかこれというお店がない。ひとりでお鮨屋さんなんて入れないし、だからといって普通のチェーン系カフェもさみしい。せっかく北海道にきたのだから、北の大地の美味しいものを食べたい・・・。そんなワガママを通しぬき、いくつものビルのレストラン街などを歩くが、どうにもこうにもいい店がない。「仕方ない・・・あきらめるか・・・」。そう思った矢先、JR札幌駅の地下街のPASEOの中で、私はどんぴしゃの店を見つけたのである。なんとそれは、あの、よつ葉牛乳の直営カフェ「ホワイト・コージーよつ葉」だったのだ。
私はある種の執念でよつ葉カフェに行き着いたことに、自分自身でも驚きを覚えていた。しかし、乳製品大好き人間の私にとって、よつ葉牛乳は憧れの存在なのである。私はウキウキして店内に入り、あれこれ迷いながらも、パスタグラタンのセットを頂くことにした。しかも、サービスで牛乳が一杯つくというのだから、驚きものである。結局私はボリュームたっぷりのパスタグラタンにサラダ、パン、そして牛乳に、デザートという幸せなメニューをお腹一杯堪能した。何がすごいって、やはり、乳製品、つまり、牛の偉大さである。牛乳に、バター、チーズ、ホワイトソースと、もう、それはそれは牛のオンパレードだったのである。しかも、先に行った雪印パーラーでも、チーズにチーズケーキ、アイスクリームにホイップクリームとここでも牛のオンパレードだったのだ。あぁ、素晴らしき、牛さまさま。牛さんがこの世からいなかったら、それはそれは大打撃であるに違いない。美味しい乳製品が楽しめるのも、牛さんのおかげです。あぁ、ありがたや、牛さんよ・・・・。そんなことを一人思いながら、私は北海道の牛さんに感服していたのであった。
大満足でお店を後にした後、いよいよ、札幌の最後の目的地へと向かう。訪れた先は、JRのすぐ横にあるJRタワーホテル日航札幌のスパ。ここも「絶対行って下さい~!!」と後輩にすすめられたスポットである。札幌の夜景を見ながらスパなんて贅沢・・・。そんなこと思いながら、スパのあるフロアへ。18歳未満は入場禁止とあり、大人のラグジュアリーな雰囲気である。お値段は2800円と、少々値が張るが、入ってみればそのコストパフォーマンスは十分わかる。数種類のお風呂やジャグジーを堪能したあとに、夜景を見下ろせるリラクゼーションルームで一休み。というか、完全に熟睡してしまい、時が経つのを忘れてしまうほどだった。あぁ、素晴らしき、札幌そして北海道。ゆるゆるした感覚のままホテルに戻り、またしても深い眠りについたのであった。
北海道でお世話になったみなさま、そして牛さま、自然さま、どうもありがとう。 September, 2007 はじめての北海道、そして小樽へ
2007/8/25
朝6時半。羽田から飛行機に乗り、一路札幌へ。前夜、飲み会で遅かったため、睡眠時間が恐ろしく少なく、1時間半のフライトの大半を眠りに充てる。
札幌へ向かうのは、これが初めてだ。いや、札幌だけではない。北海道自体が、私にとって全く初めてなのだ。
「一回も北海道に行ったことがない」。
こう言うと、まず間違いなくほとんどの人が「えぇ??本当?!」とびっくりするのである。それもそのはず、日本全国あちこち飛び回り、ましてやアラスカに5回も行っている私であるにもかかわらず、すぐ近くの北海道に行ったことがないといえば、驚くのもまぁ無理はない。自分自身でさえ、何で行ったことがないんだろうと思っていたくらいなのである。しかし、今までどうも縁がなく、27年間北の大地に降り立つ機会がなかったが、今回ようやく、小樽で植樹が開かれることを受け、北海道行きを決めたのである。
札幌空港到着後、まずその周囲の景色ですでに私の中に危険信号がともっていた。そして、札幌市内にむかう電車に乗っているときも、辺りの木々が関東とは全く違う種類、北方針葉樹の木々ばかりであるlことに興奮を覚えていた。広い大地、北方針葉樹、熊、そして、鮭。このキーワードが当てはまる土地を嫌いになれるはずがないのである。そう、北海道とアラスカには多くの共通点がある。オーロラや氷河はちょっとずれるが、それでも自然のスケールや動物、木々など、ありとあらゆることが重なるのである。長く北海道に住んでいた後輩はこう言い続けていた。「やばいですよ~。絶対はまりますよ~。危険ですよ~」と。そう、そのとおりである。私はまだ到着してから1時間も経たないというのにもかかわらず、この土地が私にとって、国内で一番しっくり場所であることを悟ったのである。
電車に揺られること1時間半弱。電車は終点の小樽駅へと到着した。窓からは碧い海と空が見えていたこともあり、私はすっかり穏やかないい気分になっていた。久々にこんなにきれいな空を見たような気もしていた。小樽駅へと到着後、荷物をロッカーに詰め、身軽になって、散策へと向かうことにする。ほぼ半日、一人で何をして遊ぼうと思いながらも、なるべく無理をしないように、予定を詰めすぎないようにと自分に言い聞かせていた。
買ったばかりのデジタル一眼を片手に、私は北海道の爽やかな空気と気持ちのよい景色を全身で楽しんでいた。何もしてないのに、歩いているだけで楽しくなる土地というのは、私にとってかなり貴重な場所なのだ。青い空と緑の山々、そして時折カモメが空を舞っていたりと、楽しいことこの上ない。自然と私はハミングをしながら、てくてくと観光客のいない小樽を楽しむようになっていた。
小樽といえば、運河と洋館が有名だが、どうやら観光客が集まる場所と、地元の人が薦める場所は違うらしい。私は歩きながらふと声をかけられた人たちに、こぞって、逆方向へ行くようすすめられたのだ。言われるがままに足を進め、誰もいない運河を見ながら、ついついファインダーをのぞく回数が増えていく。色とりどりのお花も可愛らしく、どこを見ても、どの角度でも、すべての景色を収めたいくらいに、私はすっかりご機嫌になっていた。
運河や景色を楽しんだ後、ガラス細工を見たり、時折おやつを食べたりして、ひたすらふらふらと散策を楽しむ。数時間が過ぎたころ、長年北海道に住んでいた後輩からオススメされていた食事どころへと向かうが、どうも店が見当たらず、20分ほどさ迷った後、残念だがあきらめることにした。どうにも、こうにも見つからないのだ。そこで、まっすぐ進んでいた道を引き返そうと後ろを振り返ると、なんと目の前に捜し求めていたお店があったのである。鮨屋でもないし、和食屋でもないし、いたって庶民的な門構えのその店。小樽の名所「鮨屋通り」の一番奥らへんに位置する、その名も「まる太食堂」である。以前から「小樽に行くなら、まる太食堂です!!!」と再三すすめられていたため、ようやく見つかって一安心である。
中に入ると、どうやらランチタイムも終わりかけという時間だったことに気がつく。「簡単なものならできますよ」とお店の方に声をかけて頂いたのち、「オススメは?」と訊くと、「うーん、全部オススメですねぇ」との答えが返ってきた。うーむ、すごい店である。そこで、私はとってもリーズナブルな海鮮丼をお願いすることにした。値段が値段なので、それほど期待してはいけないと思っていたのだが、しばらくして現れたその海鮮丼は、下のご飯が全く見えないほどに、新鮮な海の幸がどっさりと盛られた豪華極まりない代物だったのだ。私はあまりにも予想をはるかに超えてすごいものがでてきてしまったので、一瞬、たじろいでしまった。そして、おもむろにマイ箸を取り出し、ありがたく合掌していただいたのである。もちろん、写真を撮るのも忘れなかった。その、素晴らしい海鮮丼、それはそれは、今までかつて食べたどんな丼よりもすごすぎるコストパフォーマンスであることは、明らかだった。ネタは、マグロ、イカ、ハマチ、甘エビ、サーモン・・・など8種類ほど。とりわけ、タコは、私の人生史上もっとも新鮮で、ダントツに甘く美味しかった。私は、「タコってこんなに美味しかったの?!」と心底驚いてしまったくらいである。そんな美味海鮮丼を、私は、あっという間に、見事にぺろっと平らげた。ご飯粒一粒残らず、すべてをきれいに頂いたとき、思わず、「はぁ~~っ」とため息をついていた。それくらい、ありがたくも美味しいお味だったのだ。
満足満足とお会計を済ませた後、私はまたしてもふらふらと小樽の町をさまよい始めた。ちなみに、気になる豪華海鮮丼のお値段だが、後にデジカメの写真を見せた友二人からは、「2000円くらい?」、「2500円?」という予想価格があがってきた。正解は、なんと、たったの800円である。はっきり言って、東京ならこの3倍してもおかしくないほどの美味しさと豪華さである。私は、一気にここ北海道、そして小樽が大好きになったのであった。
その後、街中を散策しながら写真を撮っていると、いたるところでいろんな人に不可思議な目で見られることになる。なぜかといえば、私が一見変なものを写真に収めているからなのだが、道端に咲いている何のへんてつもない花や、空と葉っぱなど、被写体として少々変わったのばかりに、どうやら私の関心はいつも向かっているらしい。そんな時、空を見上げて古い洋館の写真をどう撮ろうとあれこれ考えていると、ふっとどこからかこんな声が聞こえてきた。
「いいでしょう、この建物。これは小樽でも数少ない古くて貴重なものでね・・・」
私は一瞬、何のことかわからなかったのだが、どうやら私自身に向かって、誰かが話しかけていたらしい。 視線を下げて後ろを振り返ると、そこには杖をついたおじいさんが一人立っていた。「はて、なんだろう」。そう思っていると、そのおじいさんは、続けてこんなことを語り始めた。
「小樽には昔からいい建築物がたくさんあってね、昔はもっとたくさんの観光客が見に来てたもんですよ。でもいまじゃ、みんな外から来た人は、小樽運河やよその新しい観光地に行ってしまって、あんまりこういった古い建物を見に来る人も少なくなったもんです。私もね、長年ガイドをしてるけど、最近じゃあんまり張り合いが無くなっちゃいましたよ・・・」
その方の腕には、なにやら腕章のようなものがつけられていた。よく見れば、どうやらボランティアのガイドさんであるらしい。古くから小樽の地に住まわれ、この土地を深く知り、そしてこよなく愛しているようだった。
「あの建物もいいでしょう。あれは昔、○○の会社だったんですよ。今では、別の会社になってるけど、結構古いもんですよ」
そんなことをおじいさんはやさしい口調で語り続けてくれていた。私は、時の流れが一瞬止まったようなその小樽の街で、シャッターを思うままに切り続けていた。「あの建物はなんですか?これも素敵ですね」。そんなことをおじいさんに訊きながら、ひと時のタイムトリップを覚えていた。
古いものを壊すのは、失うのは、本当に一瞬で実にたやすいことなのだと思う。しかしその反面、新しいものを生み出すこと、そしてそれを維持し、また改良するというのは、時間とお金、労力や知識といった色々なものが必要となる。どちらかだけでもダメだが、バランスの取れた創造と破壊を保たねば、世の中ちっとも良くならないのだろう。私はふと、そんなことを思ってしまったいた。
カメラに夢中になっていると、すぐ近くにいたおじいさんは、静かにどこかに消えていた。お礼を言おうと思っていたのに、おじいさんの姿はどこにも見つからない。杖をつき、ゆっくりとした足どりで小樽の街を愛し続けていたそのおじいさん。偶然の一瞬で会うことができたそのことに、私はなんだか妙にありがたみを覚えていた。
思うままに足をすすめていると、植樹の仲間から電話が入る。その後小樽駅へと向かい、仲間と合流後、電車でやってくる宮脇昭先生をお迎えすることにする。改札でいまかいまかとお待ちしていると、先生が爽やかな装いでお見えになる。
「せんせ~、お待ちしてましたぁ~。お疲れじゃないですか~?」とご挨拶すると、「やぁやぁ、あやのちゃん、よくいらっしゃいましたね」としっかりといつものように握手をして頂いた。どうやら先生は、陸路、つまり電車で津軽海峡を越え、小樽までやってきたらしい。「列車の旅はいいですね」と、先生はいつもよりリラックスしたご様子。長旅でお疲れではと思ったが、ひとりでの時間をどうやらゆっくり楽しまれたようで、ほっと一安心である。
その後、宮脇先生や植樹祭関係者、そして仲間達と明日の植樹祭予定地を視察した後、小樽駅から少し離れた朝里川温泉地区へ。夜はバーベキューで小樽の幸を楽しみ、近所の温泉に入って、北海道の夜を満喫する。
涼しく快適な夜のコテージで、いつもより何時間も早く眠りにつく。
久々の熟睡で、初めての北海道が気持ちよく過ぎていく。
(たくさんの写真は、またまとめてアップします☆)
September, 2007 デジタル一眼への道 ~vol.4 ようやく決心~
2007/8/24
(前回より続く)
デジタル一眼を買おうと決めてから、メーカーを絞り込むまでに10日ほどが経っていた。Canonにしようと決めた後、次に選ばなければならないのは、その機種である。今発売されているCanonのデジタル一眼レフは大きく分けて3つのジャンルがある。プロ、セミプロ用と思しきEOS Markシリーズ、そして一般ユーザーでも比較的手が届きやすいEOS Dシリーズ。そして、入門機としても使えるEOS Kissシリーズである。私の中では、価格と重さが重要なポイントであったが、迷ったのはEOSの30D、Kiss Digital Xの2つである。この2種の違いは、重さ、価格、クオリティーと色々あるのだが、私はどちらにしようか、かなりの間悩んでいた。ネット上の口コミやレビューなどありとあらゆる情報を入手したのだが、読めば読むほど、知れば知るほど、悩むのである。中級クラスの30Dか、それとも初~中級クラスまで使えるKiss Xか。700グラムある30Dか、500グラム少々のKissXか。価格が10万以上する30Dか、7万以下で買えるKissXか。悩み悩み、考え抜いたが、結局なかなか決められない。私は、銀座にあるCanonのお店や、有楽町のビックカメラまで足を何度も運び、どっちにしようか迷ったのである。
実のところ、ファインダーをのぞいて撮ったときの感覚は、30Dのほうが圧倒的にいいのである。もうそれは、できることなら、「これください!」と30Dを指差してしまいたいほどなのである。が、いかんせん、高い、重い、ごついと、私には厳しい条件が並んでいる。それに比べてKissXは、30Dまでの快感は得られないが、軽く、持ちやすく、そして値段もぐんと手ごろなのである。私はひたすら悩んだ挙句、結局、ネット上の口コミにあった、「30Dのサブとして買ったKissXだけど、今じゃどっちがサブかわからないほど、KissXのほうを使っています」という言葉を信じたのである。中には、「デジタルカメラはアナログカメラと違って、パソコンのようにサイクルが早いから、あんまり高いのを買っても数年しか持たない」という意見もあったのだ。これを読んだとき、私は「たしかに、そうだよな」と思い、KissXに決めたのである。そんなに高いものを買っても、私には、もったいないし、使いこなせないだろう。
機種を決めた後、私は色々情報を集め、ようやく最安値と思しき6万円ちょっとでKiss Xのボディを購入した。レンズはアナログ一眼と共有できるし、これからはもっと気軽にシャッターを切ることができるだろう。
とは言え、同時に、私はアナログの、とりわけリバーサルフィルムの美しさだけは絶対に残したいと思っているのだ。この世で一番きれいな写真は、リバーサルフィルムによって表現されると思っている。リバーサルフィルムから撤退する写真メーカーがこれ以上増えないように、フィルム文化が絶えないように、それだけは一写真好きとして願って止まない。
どうか、デジタル化の裏で、フィルム文化がなくなりませんように。 September, 2007 デジタル一眼への道 ~vol.3 さぁ、どれにしよう~
2007/8/23
(前回より続く)
デジタル一眼を買おうと決めてからというもの、私はいつもより残業時間が少ない8月であることをいいことに、時折仕事帰りにビックカメラやさくらやなどをのぞいては、どれが一番しっくりくるだろうかなんてことを考えていた。
まず最初に気になったメーカー、それは長年愛用している一眼レフと同じCanonだ。ずっとCanonのEOSシリーズを使っている私には、デジカメであっても同じシリーズなのが、一番しっくりくる。とは言え、やはり値段は安くなく、重さもまだそれほど「超軽い!」と言えるほどまでは進化していない。そんなわけで私は、Canonに始まり、Nikon、オリンパス、ペンタックス、SONY、富士フィルムと、それはそれは色々なメーカー、機種を手にとり眺めては、うーんと悩むということをひたすら繰り返したのである。
私がデジタル一眼を選ぶ際に、最重視したもの。それはやはり軽さ、つまり携帯さと、シャッターが切れるまでの反応の早さである。画素数やバッテリーの持ちなども大切といえば大切なのだが、私はそれよりも、いかに気持ちよく撮れるかという事を最重視したのである。そんなチェックポイントを頭に入れながら、実物やネットで色々選んでいると、実に見事に、そして悲しいかな、どんどんとふるいにかけられてしまうわけである。ほとんどのデジタル一眼がいまだにかなり重めのため、私の中の目安である、「本体は500グラム前後まで」というものに引っかかってしまうのだ。カメラのボディだけで600グラム以上すれば、レンズを入れると800~1000グラムになってしまう。そうなると、首からかけて歩くのは、私にとってはかなりしんどいものになる。1キロもあるものをずっと持って歩くなんて、さすがに弱っちい私には厳しいのだ。どんなにクオリティーが良くても、持ち歩くのが億劫になるようでは何の意味もない。結局、重さのふるいをかけていくと、残るのは数種類の機種のみ。あとは、スピードと好みの問題であったのだ。
どのカメラもここのところ、ぐんぐん進化しているということもあり、シャッターが切れるまでの反応は以前のよりも大分いいのだが、いかんせんデザインや持った感じでしっくり来るものが残念ながら少ない。女の私にとって、みんなの憧れである名機Nikonは少々大きく、そしてまた最近出たばかりのオリンパスでは小さすぎて少々あぶなっかしく感じてもしまう.。Sonyはといえば、私の中ではなんとなくカメラメーカーのものじゃないので、NGになってしまう。まぁ、これはただ単に好みの問題なのだが、どうせ一眼レフを持つなら古くからカメラをメインに扱っているメーカーのを持ちたいというのが、私のささやかなプライドなのだ。もちろん、かなりクオリティーはいいようなのだが、それでもやはり持つならば・・・と妙なこだわりというか、意地があったのである、
そんなこんなを繰り返し、結局私の中で最初から欲しいと思っていたCanonのEOSシリーズに戻ったのである。チェックポイントである軽さ、スピードの速さはクリアできるし、それに今まのグリップ感とそれほど違いがないのがいい。さらには、デザインもボタンの配置もそれほど違いがなく、今までと同じような慣れた感覚で扱うことができる。
そして、一番のメリットは、これだった。そう、レンズの互換性だ。従来使っていたアナログCanonのEFレンズが、デジタル一眼でも問題なく使えるということだ。つまり、同じ一本でアナログにもデジタルにも対応できるのであれば、気合を入れて海外など出かける際に、リバーサルフィルム用のためにアナログカメラのボディも持っていっても、それほど重さ的に問題がないのである。私のアナログ一眼のボディは340グラムとかなり軽量であり、デジタル一眼一式の重さに加えたとしてもさして問題がない。さらには、フィルムでかさばっていた分がぐんと減るわけで、総量的にはさほど遜色がないという計算になるのである。
Canonではアナログとデジタルのレンズの互換性があると遅まきながら知ったとき、私にはもう、迷う必要もなくなっていた。今までと同じ感覚で、軽く、素早く使える上に、レンズも買う必要がない。そう、これ以上悩む理由も全くないわけだ。そうと決まればことが早い。私は、メーカーはCanonに決め、あとは機種を決めるのみというところまでようやくたどり着いたのであった。
次回に続く。
September, 2007 デジタル一眼への道 ~vol.2 ワガママなカメラ好き ~
2007/8/22
なぜ私は、ある日突然、デジタル一眼レフカメラが欲しくなったのだろう。それまでは、「うーん、どう考えてもクオリティーは紙焼きに勝てないしなぁ」と思い続けていたというのにもかかわらず、なぜいきなり、そう、なんの前触れもなく、ふっとデジタル一眼が欲しくなったのか。
おそらくその答えは、実は、紙焼きフィルムの「時間」にある。いや、紙焼き写真自身の「時間」ではなく、自分自身の中の「時間」が問題なのだ。とにもかくにもネガフィルムやポジフィルムを使って撮るのは全然、全く、何の問題ないのだが、いかんせん、今の私には現像を出しにお店に行く時間があまりないのが問題なのだ。もちろん、夜10時までやっている店はあるのだが、お店に現像を頼んで、翌日にはできているのにもかかわらず、取りに行くまでに1週間も経ってしまうなんていうことがザラなのである。しかも、ポジフィルムつまりリバーサルフィルムの場合は、同時プリントではなく、現像した後に出来具合をチェックし、プリントを頼んだりするので、さらにさらに時間がかかる。つまり、下手をすると、紙焼き写真を手にするまで2~3週間くらいゆうにかかってしまうわけである。いや、もちろん、クオリティーとカメラの楽しさを追求すればこれはこれで何の問題もない。むしろ、この「待つ」時間が楽しくも、愛おしいくらいだ。が、しかし、最近はあまりにも時間がない上に、なるべくすぐに渡したい、つまり、できる限り早いうちに写真をデータとして差し上げたいということが増えてきたのである。そうなると、色味やクオリティーを重要視するよりも、ある程度の品質でスピーディーなほうがいいという、ごくごく当たり前な結論に至ってしまったのだ。
デジタル一眼レフが一般ユーザー向けに発売されてから、もう数年が経つのだが、私はとにもかくにもカメラの「重さ」、そして起動かつシャッターが切れるまでの「反応の遅さ」があまりにもネックで(シャッタースピードではない)、これまで手をつけてこなかった。興味がなかったわけではなく、周りでデジタル一眼を買ったと聞けば、ちょっと触らせてもらったりしたのである。しかし、いかんせん、重く、遅く、はっきりいって、「こんなので撮れるかっ!」という有様だったのだ(もちろん、普通のカメラメーカーのである)。そして、何より、価格も恐ろしく高い。それなりのクオリティーで10万切るまでには相当時間もかかるだろう。そんなわけで大分長い間、、「まだまだデジタル一眼は買っちゃダメだな」と私はずっと思ってきたのである。
さらには、デジタル一眼を買おうと決めても、すでにアナログ一眼を何年も愛用しているワガママな人間にとっては、初めての一眼レフを買い求める人よりも、買い物のハードルが高いわけである。アナログ一眼レフと同じような軽さ、そして速さのが欲しい。
そんなワガママなクオリティーを求めて、ひたすら私は情報収集に勤しむことにした。
つづく。
デジタル一眼への道 ~vol.1 ある日突然~
2007/8/21
ごくごく普通なある日のこと。
ふっと、突然、あるものが欲しくなった。今まではさして欲しいとも必要とも思っていなかったもの。そんなものが私はいきなり欲しくなった。いや、ただ単に欲しいというよりも、必要に迫られて、手に入れたくなったのだ。
そんな突然欲しくなったもの。それは、デジタル一眼レフカメラだ。
以前より、「アナログカメラ」そして「ポジフィルム(リバーサルフィルム)」を愛用し、「アンチデジカメ派」(でもケータイカメラは使うけど)として自他共に?認めていた私が、この場に及んでデジタル一眼を欲しくなった。理由は色々だが、最終的に私は、欲しくなってから約3週間後に、Canonのデジタル一眼を悩んだ挙句、買い求めたのだ。
そんなこんなで、私がデジタル一眼レフを手にするまでの紆余曲折を、これからつらつら書きつづっていくことにしよう(面白いかは、、、謎だけど)。 September, 2007 次のケータイはこれ!
2007/8/20
とある夜、ふらっと立ち寄ったビックカメラで携帯電話のコーナーが気になった。特段今のケータイに不満がないので、滅多に新商品をチェックしないのだが、どういうわけか今日はなんだか気になり、auのコーナーへと向かってみたのである。私が持っているのは、一年と少し前のモデルなので、今はもちろん同じものは売られていない。そして何より、すべてのデザインが様変わりしており、「ケータイってあっという間に変わっちゃうねぇ」なんてしみじみ思っていたのである。
しかし、私がふと目を上げると、そこには極めて斬新かつ素敵なデザインのケータイがディスプレイされていた。しかも、販売開始直後だというのに、「入荷待ち」のシールが貼られている。その新しい携帯、それは、CASIOのW53CA 、EXLIM。このケータイ、驚くべきことに、カメラの画素数がなんと5.1メガだという。
私は見た瞬間、「は?5メガ超えたって何さそのケータイは?!」と思わず突っ込みそうになってしまったのだが、恐るべしというほどの、高性能カメラ付きケータイであることに違いない。しかも、デザインもいいし、何よりも私が持っている今のCASIOちゃんと、使い心地も大して変わらないようである。大抵ケータイについているカメラというのは、2メガとか3メガが普通だと思うのだが、これはいきなり5.1メガである。信じられない。こうなると、「撮れるケータイ」ではなく、完全に「喋れるカメラ」である。いやはや、やはりこういう時代になってきたか。コンパクトデジカメはそのうちケータイに入っちゃうだろうと予想していたので、ま、それほどびっくりはしないのだが、ここまでくるといかんせん、日進月歩の技術力のほうに驚いてもしまう。
そんなわけで私は一目見ただけで、「次はこのケータイ!!」と決めてしまった。とは言え、私の愛用CA|SIOはまだまだ現役中。しばらくリーズナブルな価格になるまでは、今のケータイでいくことにしよう。
年内には新ケータイになるかしらん。 夏の青空に富士山をみて
2007/8/19
久々に涼しい夜で熟睡でき、朝、ぱっちりと眼を覚ます。山中湖の朝は本当に爽やかだ。朝ごはんを用意していると、富士山がよく見えるという。前日はあいにくの曇り空だったが、今日は恐ろしいほどに快晴である。晴れ女パワーなのかは知らないが、きれいな富士山を見て、なんだかパワーを頂くような気がする。
身支度を済ませた後、車で富士山が一望できるというスポットへと向かう。話には聞いていたが、あんまりにも素晴らしすぎる光景で、私は心底驚いてしまった。そのスケールと美しさでは、人生で一番素晴らしい富士山だ。なんだかご利益がありそうなほどに壮大で美しい富士山をしばし眺めたのち、山荘のオーナーなどにお礼を告げて、山中湖での時間も終了となる。
神奈川方面への帰り道、車で山梨県道志村の道の駅やそば処「水源の森」に立ち寄りながら、山梨の地の物をいくつも堪能し、さらにはお土産を買い求める。水も旨いし、野菜も旨い。そして、蕎麦もおいしいし、なんだかいいところである。途中、川に降りて冷たい水で足を冷やしたり、ソフトクリームを食べたりと、ちょっと夏休み気分である。天気もいいし、行楽日和の日曜日。あちらこちらで家族連れが残りの夏を満喫している。いい、夏の光景である。
少々の渋滞をなんとかくぐりぬけ、夕方、横浜駅へと到着。カフェで一休みをした後、帰宅の途へ。
こうして夏は、徐々に終わりに向かってゆくのだなぁ。
September, 2007 夏の緑と山中湖
2007/8/18
お昼過ぎ。上司たちと車まで一路、山中湖方面へ。今日は前々からの約束で、上司など5人と山中湖でバーベキューとなっていた。目的地の山荘へと到着後、ゆるゆると自由時間を過ごせることになったので、私はひとり、てくてくと歩きながら、林の中を散策することにした。ここ山中湖あたりは、東京から比べれば気温が5度近く低く、そして湿度もぐんと低くて実に爽やかである。久々にきれいな木々の緑を眺めながら、私は小一時間の散歩を楽しむことにした。夏でも涼しく、標高が高めということもあり、このあたりの木々は東京近くとはだいぶ様子が異なっている。私が気がついたのだけでも、ミズナラ、ホオノキといった落葉広葉樹があり、日頃なかなか眼にできない木々があちらこちらに育っていて、私は妙に嬉しくなってしまう。
じんわりと汗をかく程度に散歩を楽しんだ後、近くの温泉へ。夏休みシーズンということもありごった返した温泉だが、さっぱりとして気分がいい。爽やかな空気の中、みなで買出しに向かい、スーパーで今宵の食材を買い求める。山荘へ戻り、バーベキューを楽しみながら、酒は進み(私は飲んでないけど)、話も盛り上がり、真夜中まで和気藹々と時間を過ごす。
50代男性ばかりという中、よく自分も話がここまで合うものだといささかの驚きを覚えつつも、あっという間に夜が更けていく。
金曜のゆるゆる
2007/8/17
夕方6時半ごろ。ふと気がつくと、オフィスに人がいなくなっていた。普段、こんな時間に人がいなくなることなんてないのだが、お盆シーズン、夏休みシーズンかつ金曜日ということもあり、みな早めに引けてしまったらしい。
やっぱり「金曜日」というのは、どこか特別な感がみなにあるのだろう。「金曜くらいは早く帰りたい!」。そう思いながら、7時過ぎにオフィスを閉め、ゆるゆると銀座方面へと向かう。
もっともっと、日本全国、ゆるゆるした時間があってもいい。
そう思うのは、私だけだろうか。 September, 2007 温度設定に思う
2007/8/16
最近気になっていること。それは、電車の温度設定はどうなっているのだろうということだ。
私は万年冷え性人間なので、移動の際の冷房対策には余念がないのだが、最近どうも、長い時間乗る電車ほど、意外と寒くないということに気がついたのである。新幹線や特急など、意外と寒そうだが、予想以上に冷えないのだ。逆に、短い時間しか乗らないような電車のほうがぐっと車内が冷えている。まぁ、ドアの開閉が頻繁にあればあるほど、外気の熱が車内に入るため、設定温度を低くしないといけないのだろうが、意外と新幹線のほうがほのかにあったかくて私にはありがたいと密かに思っているのである(スーツ姿のサラリーマンのみなさまには暑いのだろうか?)。
そんなんだから、JRや私鉄の会社も色々考えているんだなぁとかなんだか最近思ってしまう。
でも、飛行機は、いつも寒いんだよねぇ。上空だから、仕方ないのか。どうしたもんだろう。
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