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漢字の不思議 その参
2009/5/12
「門」の前で「耳」にするのが、「聞」く。
「耳」に「目」と「心」を「プラス」するのが、「聴」く。
よくできているものです。
漢字というのは、実に実に。
漢字の不思議 その弐
2009/5/11
「口」から「プラス」で、「叶」うの字。
「口」から「プラス・マイナス」で、「吐」くの文字。
できるだけ、プラスのことを口にしていたいものだと、常々思います。
そう、簡単なことでも、ないのですが。
June, 2009 漢字の不思議 その壱
2009/5/10
「人」に「云」うと書いて、「伝」えるの字。
誰かに、思いや考えを伝えるというのは、ごく普通で当たり前なことです。
が、同時に、実はごくごく難しいことだと、最近、至極、思ったりもします。
June, 2009 ReNaFoの森づくり vol.6
2009/5/9(分)
(前回から続く)
3000本の苗木が無事に植えられた植栽地には、恵みの雨が降り始めていた。ポツポツではなく、ざぁざぁと、だ。大粒の雨を全身で受けながら、人もまばらな植樹祭会場で片付けに勤しんでいると、声がかかった。いったん、お昼にしましょうと。
びしょ濡れになりながらも一度宿泊先へと戻り、ご飯を食べてリセットしたところで、再び雨の植栽地へと舞い戻る。片づけは終わっていたが、植栽地の手直しがまだだった。斜面の厳しい場所や、面積の広いブロック、また、慣れてない方が多かった班というのは、最後のチェックと手直しが欠かせない。苗木が倒れていないか、きちんと植えられていないか、稲わらがきちんと敷かれているか、ロープはしっかり結ばれているか。そんなことを、雨でぐしょぐしょになりながら、植栽地にはりついて確認する。雨に打たれながらの作業というのは、普段の数倍の疲労感がある。なぜだろうか。視界がさえぎられ、体温が下がり、そしてエネルギーが奪われていくのが、よくわかる。周囲に飛び散った泥まみれの稲藁を手で集め、敷き藁の追加材料にするが、やはり雨でぐちゃぐちゃになった藁というのも、普段の数倍、扱いが難しい。天気によって、作業の効率がどれだけ鈍るのか。そんなシンプルなことも、今更ながら痛感してしまう。
2時間弱の雨の中の作業を終え、もう、これで十分かと全員が納得したところで、植栽地を離れる。ここまで全身ずぶ濡れになったのは、小学生か中学生の頃の、夕立ちの帰り道以来か。冷えて重い体を引きずりながらも、心はなんだか満たされていた。最後まで、よくやり抜きましたという達成感と言えるだろうか。とはいえ、再び宿泊先へ戻り、シャワーを浴び、身支度を整えたところで、私のエネルギーは完全にゼロになった。立っていられず、ひたすら横になり、荷物も運んでもらう始末だった。
帰り道のエネルギーくらい、残しておくべきだっただろうか。
よく働き、よく動き、よく笑った、ReNaFoの森づくり。
この植樹祭は、きっと一生、忘れられないだろう。
ReNaFoの森づくり vol.52009/5/8(分)
(前回から続く)
宮脇昭先生や来賓の方の植樹ブロックでは、驚異的な早さで作業が進められていた。苗木を植え、稲藁を敷き、そしてロープで藁をおさえるという一連の作業が、見る見るうちに終えられていく。さすが、先生の気迫があると、早さも違う。あれだけすごい数のカメラに囲まれながらも、宮脇先生や来賓の手が止まらなかったのだから、やはり木を植えることに夢中になっていたということだろうか。不思議な魅力と、奥深さが植樹にはある。これまた、いつもながら納得である。
作業がひと段落したところで、託されていた宮脇先生のカメラを先生に返し、私は自分のブロックに移動することにした。ぬかるみの中を進み、自分の班へ向かう。すると、そこには、まだまだ作業が進んでいない、折り返し地点といった様子が広がっていた。
「なんで、こんなに作業が進んでないの・・・?」
あまりの様子に、思わずそう目を疑ってしまう。そこでよく観察してみると、どうやらほぼ全員が初めての植樹であり、そしてまたほぼ全員が、「汚れちゃ大変」という格好の参加者のようであった。そうなれば、作業に時間がかかるのも納得である。とりあえず、終わらなければみんな困るわけで、私はなかなか進まない作業をえーいと後ろから進めてしまうことにした。が、ほぼ同い年と思しき女性が沢山いらっしゃったので、作業をしながら、「うーん私、女の子らしさ、ゼロだな」といささか反省する。キラキラで可愛いネイルを施した女性らしい手に、ふとそんな引け目を感じてしまった。
他の班に大きく遅れをとりながらも、なんとか作業は終了した。傾斜がきつい植栽地ということもあり、手直しは必要だったが、それでもとりあえず終わった頃には、ほっと安堵を覚えていた。
「お疲れ様でした~」
そう声をかけながら、楽しそうな顔で帰っていく参加者を見送り、片付けに勤しむ。植栽地を片付け、ありとあらゆる物を運び、ふっと気がつくと、なんと灰色の空から大粒の雨が降り始めていた。
「あ、降ってきた」
植樹祭の間は、天気もきっと味方してくれたのだろう。しかし、驚いたのは、その後だった。
そう、なんと少し前に、宮脇先生が会場を離れられていたのである。
「先生、もうちょっといてください~」
冷たい雨を全身で受けながら、仲間とともに、そんな言葉を口にしていた。
June, 2009 ReNaFoの森づくり vol.42009/5/7(分)
(前回から続く)
グレーのどんより雲は、今にもわぁっと泣き出しそうな顔をしていた。しかし、植樹祭はとりあえず無事に始まっていった。宮脇昭先生のカメラを片手に植栽地へと移動するが、前日までの大雨で、植栽地までの道はすでにぐちゃぐちゃどろどろ状態になっていた。レインブーツを履いていても、そのぬかるみに苦戦するのだから、スニーカーやサンダルで来ていた人は、よほどのことになっていたに違いない。
ぐちゃぐちゃの道を進み、植栽地に到着るやいなや、宮脇先生は苗木を片手に、すごい勢いで自ら木を植え始めた。すぐそばにいらっしゃった来賓の松沢神奈川県知事や小林麻央ちゃんも、先生の声と勢いに押されるように、次から次へと木を植えている。もちろん、周りはマスコミや広報関係者、それに一般のファンの方がぐるりとかこみ、写真ラッシュですごいことになっている。しかし、当のご本人たちはとても楽しそうに、そして夢中に、木を植え、稲藁を敷きと作業をしているのだから、なんだか私は面白くなってしまう。
カメラ片手にあちこち飛び回っていると、ふと空の変化に気がついた。雨の気配が、完全に消えていたのである。さっきまでポツポツ雨粒が落ちていたのに、気がつけばそんなことも忘れてしまうほどだった。相変わらず、宮脇先生は、「天気図を変える男」だ。何度も経験しているので、いまさら不思議とは思わないが、先生は本当に、不思議な力を秘めている。いや、逆に、自然が味方をしてくれると言ったほうがいいだろうか。そのどっちでもあるとは、もちろん言うまでもないのだが。
空を仰ぎ見ながら、私はただ、敬服するしかなくなっていた。
ReNaFoの森づくり vol.3
2009/5/6
湘南国際村で迎える最後の朝。連休の最終日に行われる「NPO国際ふるさとの森づくり協会」主催の植樹祭、当日である。お天気は生憎の曇り空だが、なんとか雨はもってくれるだろうか。そんないささかの不安を覚えたまま、身支度を整えて植樹祭会場へと向かう。前日まで準備していた植栽地は、なんだか気持ちが良さそうに見えた。3000本の苗木が植えられたあと、この景色はきっと一変するのだろう。
会場には、植樹祭関係者、地元スタッフをはじめ、多くのボランティアの方が続々と集まり始めていた。時折雨粒が落ちる空の下、準備作業をしていると、次から次へと人が集まり、次第ににぎわいを見せてくる。宮脇昭先生やご来賓の方々、そして日テレNEWS ZEROの取材クルーに、小林麻央ちゃんの姿も見える。こうなると、嫌でも会場はそわそわしはじめる。傾斜のある野原で開会式が行われることになっていたが、小雨が時折降ることもあり、傘を差す人もところどころいる。なんとなく心配な、天気模様である。
いつものように宮脇先生にカメラを託された後、写真を撮るために開会式会場をあっちこっちに移動していた。時々、おーいと声をかけられたり、手を振られたり。そこかしこに知り合いがいて、なんだか不思議な楽しさである。周りには、レインコートを身にまとい、長靴を履いてのばっちりさんもいれば、ハイヒール姿でよく知らずに来ちゃいましたさんもいて、それはそれで、なんだかちょっと面白い。それでも、みな、木を植えに来ているのだから、楽しみ方は人それぞれというものだろう。私はと言えば、当たり前だがそれなりに汚れてもいいような恰好なのだが、植樹の現場でしか会わない人たちは、きっと普段の私を見ても気がつかないかもしれない。それくらい、最近、「なんか、完全に現場関係者だね」と言われてしまうのである。まぁ、オンとオフできちんと切り替えができていればいいのだろう。どちらがオフなのか、それはある意味自分でもよくわからないのだが。
主催者挨拶、来賓挨拶と続き、宮脇昭先生の植樹指導が始まると、会場内は一層笑いが起こる様になっていた。なにせ、宮脇先生が、神奈川県知事や小林麻央ちゃんにもステージ上で苗木を持たせ、いつものように木の名前を大声で3回、いやそれ以上繰り返させるのだから、面白くてみな大笑いである。宮脇先生は、いわばある種の、エンターテイナーとも言えるのかもしれない。数え切れないほどの現場で見てきて、私はそんなことを思うようになっていた。
大盛り上がりの開会式が終了し、参加者はそれぞれのブロックに移動を始めていった。時々雨粒は落ちてくるが、まだ空は味方をしてくれている。
「あと1時間、ちょっと待ってて。」
心の中で祈りながら、宮脇先生を追うことにした。
June, 2009 ReNaFoの森づくり vol.2
2009/5/5
湘南国際村で迎える朝。早くから朝ごはんを作り、身支度を整えて、9時前にIGES、地球環境戦略研究機関の育樹祭へ。ちょうど1年前に植樹祭で行ったIGESでは、1周年を記念して育樹祭が開かれることになっており、昨年同様お手伝いを頼まれていた私は、仲間とともに裏方として働くことになっていた。
連休中にもかかわらず、朝早くから約100名の参加者、関係者が開会式の会場へと集まっていた。大抵が、昨年も参加した方々で、1年ぶりにお会いする方が何人もいらっしゃった。現場での再会というのは、なんだかいいものである。リーダー研修後の開会式ではIGES理事長のご挨拶、そして宮脇昭先生の熱とユーモアのこもった育樹指導と続き、会場内は笑いに包まれていた。
朝から天気が危ぶまれていたが、雨が降ることもなく、曇り空の下参加者が現場へと移動していく。1年で苗木は着実に大きくなり、その成育ぶりに感嘆の声さえ聞こえる。木の高さを自分の体で測ったり、写真をとったり。1年という目に見えない時間の流れと、目に見える木々の成長。参加者は、そんな大きくなった木々に囲まれながら、雑草を抜く作業に没頭していく。一見、苗木か雑草か判断できないほどに、雑草がたくましいのだが、実際、抜くのもかなりの一苦労である。大人2人がかりで、ひぃひぃ雑草と格闘したりもする。しかし、そんな雑草たちも、抜いたあとは裏返しにして、敷いてある稲わらの追加材とさせる。それにより、いずれ土に分解されて苗木の栄養になる。そしてまた、IGESで出された生ごみも、堆肥化されて、この苗木たちの栄養となる。無駄にせず、すべてを有効活用だ。
小一時間の作業を終えたころ、参加者は汗だくになりながらも、顔には笑みがこぼれていた。満足そうに木々を眺めたり、記念撮影をしたり。それぞれ、充実した時間を送られたようだ。作業終了後には、全員で記念撮影、そして閉会式を迎える。宮脇先生から高評を頂き、また1年後もぜひ育樹祭をという言葉で、幕は閉じられた。
片づけを終えて関係者にご挨拶をした後、次は大急ぎで「ReNaFo(NPO国際ふるさとの森づくり協会)」の植樹祭準備へと向かう。時間が押していたため、お昼ごはんもろくに食べず、降りだした小雨の中、ひぃひぃ言いながら重い苗木をひたすら運ぶ。本来ならトラックに載せる苗木を、急遽手で運ぶことになったのだが、なにせ、20本の苗木をトレイに乗せて10分以上歩くのは、かなりのしんどさである。やっとの思いで植樹祭の現場にたどり着いたところ、雨はほとんどあがっていた。
お昼過ぎから行われたリーダー研修には、地元のボランティアや関係者が多く集まっていた。運良く雨もやんでおり、植栽地を前に、宮脇昭先生の指導にも熱が入る。いつもより、どことなく、気迫が強い。全国各地の植樹祭でご一緒させて頂くが、現場現場によって主催者も関係者も、そしてボランティアも変わるわけで、宮脇先生の指導も相手に応じて変化する。今回は、初めてリーダーを受け持つ方、初めて木を植える方も多かったためか、先生は普段より懇切丁寧に、そして同時に厳しく指導にあたっていた。雲はもう、どこかへ消えたようだった。
気合いに満ちたリーダー研修が終わり、宮脇先生が現場を離れた後、雲行きが一気にあやしくなり始めた。そして、土砂降りの雨である。晴れ男の異名は、やはり、伊達ではない。「先生、お願いだから、もうちょっといて~」、そんな声が、あちこちから漏れるほどだ。そして、翌日の植樹祭を控えていた私たちは、苗木3000本を運ぶという、雨の中には最もふさわしくないような作業に勤しむことになる。苗木を置かせてもらっている場所から、車2台で植栽地へとピストン輸送。車で一体、何度往復したのかわからない。レインコートを着ていなかった私は、頭からびしょぬれで、滝での荒行のようになっていた。とはいえ、総勢30名近くのボランティアスタッフは、全員作業の手を休めることもなく、ただひたすらもくもくと苗木を運ぶ作業に傾注していた。多くの人の心と、努力がなければ、植樹祭は成り立たない。またしても、そんなことを大雨の中、体感していた。
夕方4時頃、大雨の中の作業がようやく終了する。恐ろしいほどに寒く、このまま風邪をひいて熱を出すのではないかという不安さえ覚えてしまう。大急ぎで宿泊先へ戻り、熱いシャワーを浴びてほっと一息ついたところで、前日と同様に買い出しに出掛け、夕食を作りという時間が過ぎていく。そしてふたたび、「こんなに料理をする人だったとはびっくりだ」、「人は見かけによらないねぇ」という、褒められているのか、けなされているのかよくわからない言葉を頂きながら、1日を終えた私なのであった。
ReNaFoの森づくり vol.1
2009/5/4
朝早く、電車とバスを乗り継ぎ、神奈川県の葉山へ。葉山というと聞こえはいいが、別にバカンスでも避暑でもなんでもない。連休シーズンとは言え、私はまたしても働いていた。仕事というよりも、ボランティアの作業である。
目的地の湘南国際村に到着し、仲間や関係者と合流する。ここ、湘南国際村で行われる「NPO国際ふるさとの森づくり協会/ReNaFo」主催の植樹祭が2日後に迫っており、その準備作業のお手伝いにやってきたのである。
朝10時に、作業現場としてお借りしているIGES、地球環境戦略研究機関で全員と合流後、植樹で使われる縄を用意するという地味ぃな作業に10名弱で没頭する。植樹祭では、苗木を植えた後、稲わらを敷き、そのわらが飛ばないように縄でおさえるのだが、そのための縄の準備作業を行うのだ。業務用の100メートルの縄を12メートル、18メートルに切り分け、作業しやすいようにまとめるという手順。これを、何十回も繰り返す。午前中に2時間、午後にも2時間ほどこの単純作業を繰り返すが、何せ、単調なので、時折面白い話をはさんだり、笑い話をしながら手を動かす。しかし、こういう地味ぃな作業があるからこそ、植樹祭は成り立つのである。当日の華やかな植樹祭の陰には、多くの人の力がある。そんなことを、身をもって感じ入る。
爽やかな暑さのなか、ひたすらロープに向き合ったのち、IGESから歩いて10分ほどの植栽地へ移動し、縄の取り付け作業へと取り掛かる。当たり前だが全て手作業。しかし、現場での作業は、やはり楽しい。海も見えるし、心なしか、テンションが上がる。縄の配置や、他の準備を終えた後、4時頃に当日分の作業をひとまず終了。市民主催の植樹祭は、多くの人の善意と努力の賜物だ。そんなことをしみじみと痛感しながら、みなで現場を離れた。
宿泊先へ戻り、仲間と買い出しに出掛け、その後共有のキッチンで夕食作り。のん兵衛は早々に飲み始め、私を含めた女子は夕食やつまみ作りに勤しみ始める。が、人並みに夕飯や、お酒に合うようなおかずを作ったところで、一緒にいた大人の男性陣から口々にこう驚かれる。
「いやぁ~、人は見かけによらないねぇ~」
「こんなに料理ができるとは、びっくりだ~」
褒められているのか、けなされているのか。口をそろえて、「褒めてるんだよ~」と言っておられるのだが、私にはどうもしっくりこない。どうやら、「お酒は強そうで、料理は出来なそうな女子」というイメージがあったらしい。実際には「全く飲めない下戸で、人並みに料理も好きな女子」なのだが、どうやら世間が持つイメージと実物にはかなりのギャップがあるらしい。ハッキリ言って、腑に落ちないし、いささかのショックである。
わいわい飲み、がやがや騒ぎの大人たちを見ながら、学ぶことの多い一日が過ぎていった。うーむ。
秦野・千年の杜植樹祭へ vol.5
2009/5/3
(前回から続く)
初夏を思わせる暑さの中、千年の杜植樹祭が始まっていった。傾斜のきつい植栽地にたどりつくと、20名ほどの参加者は、よいしょとよいしょと植栽地の段々を登っていく。なぜか私は、傾斜の厳しい植栽地や、子供たちの多いブロックなど、少々大変な班をリーダーとして受け持つことが多い。誰が班分けやっているのかよくわからないが、ま、当てにされているのか、過酷な場所でひぃひぃ頑張りなさいということなのか、それはいまいちよくわからないが、この日も少々きつい環境のブロックを担当することになる。
とは言え、参加者の多くの皆さんは、「去年も来ました」というような頼もしい方たちで、一連の説明をしたあと、すぐに手際よく作業は進んでいく。周りを見渡せば、7000本強もの苗木が、参加者1000名の手によって、見る見るうちに大地に植えられている。私の班には、なんとなく連れてこられた風な小学生と思しき男の子もいたが、次第に自分から進んで動き始め、苗木を植え、稲藁を敷き、縄を張りと、手を止めることなく、作業に没頭していた。1時間弱の作業も、熱心に、途中で帰ることもなく、最後の片付けまで手伝ってくれたのである。もしかしたら、途中で何か楽しさに気がついたのだろうか。そうだとしたら、なんだか嬉しい。
自分の担当班が植樹を終了したのち、手直しをし、近くの班の手伝いをし、片づけをしとしていると、あっという間に夕方になっていた。真上にあった太陽も、気がつけば遠く斜めから、控えめに照らしている。暑さも涼しさへと変わり、一日が過ぎようとしていた。
作業に使われたスコップや苗木のトレイ、バケツやごみなどの片づけを手伝い、人のいない植栽地を眺めたら、なんだか清々しい気分になっていた。3年後、5年後には、神奈川病院の前に、きっと気持ちのよい森が出来ていることだろう。癒しの森になるか、生命力あふれる森になるか。きっとエネルギーに満ちた、健やかな森ができあがるのだろう。
そんなことが、今からもう、楽しみになっていた。
June, 2009 秦野・千年の杜植樹祭へ vol.4
2009/5/2
(前回から続く)
植樹祭のリーダー研修を終えた頃、すでに開会式となる神奈川病院前の体育館には、1000名近い参加者が集まっていた。秦野の「いずもさん」こと、出雲大社相模分祠が中心となって行われる千年の杜植樹祭は、これで3年目になるだろうか。会場内には毎年参加している人もあれば、新しく初めて訪れた人もいらっしゃる。そして、3年前の植樹祭にも参加されていた伊勢ヶ濱部屋の力士のみなさんも大勢駆けつけていた。会場内には、どことなく鬢付け油の香りが漂っている。主催者、来賓が並ぶ壇上には、なんと後に初優勝を飾ることになる大関日馬富士の姿もある。なんだか、不思議で面白い植樹祭の開会式である。
約1000名の参加者を前に、主催者挨拶、来賓挨拶が続き、宮脇昭先生の恒例の植樹指導となる。いつもどおり、歯に衣着せぬ面白い宮脇節ではあるのだが、なにせ、大関にまで苗木を持たせ、木の名前を3回繰り返させるのだから、観客はもう大喜びだ。どうやら社会貢献のできる、新しいタイプの相撲部屋を目指しているらしい伊勢ヶ濱部屋だが、これからの相撲界はなんだかすごいことになるんじゃないかと、内心楽しくなってしまう。
笑い溢れる開会式を終えたのち、それぞれの班に分かれ、植栽地を目指して移動を開始することになる。宮脇先生のカメラ係と植樹リーダーを兼ねている私は、いつもこの段階で大わらわだ。宮脇先生にカメラを返すと同時に、植栽地に向かって全力疾走。どっちも外せないわがままな私がいけないのかもしれないが、このときもまた、もう一人のリーダーに誘導をまかせつつ、ダッシュで植樹班に合流することになる。毎回ギリギリセーフといった具合だが、どっちもボランティアだから多めに見てね、そんなことを思ってしまう。
傾斜厳しい植栽地に到着したところで、いよいよ植樹の開始となる。
まぶしいほどの爽やかな空の下、体と心を解放させる時間が、こうしてようやく始まっていった。
(次回へ続く)
June, 2009 秦野・千年の杜植樹祭へ vol.3
2009/5/1
(前回から続く)
宮脇先生と合流したのち、この日のリーダーを集めての事前研修へと向かう。いつも植樹祭では、当日か前日に全てのリーダーを集めて研修を行うのだが、ここでの宮脇先生というのは非常に熱と気合いが入っていて、慣れている私でも気が引き締まる思いである。この日集められたリーダーたちは、経験者も多かったためスムーズに事が進んだが、急斜面であること、植栽地の奥行きが狭いということもあって、大の大人たちが奮闘している。
「動かない!踏んでも土が硬くなる!」
植栽地のマウンド、つまり土というのは、いわばスポンジケーキのようにふわふわと空気が入っていることが望ましいのだが、人間が歩きまわり土を固めてしまうと、まるでこんにゃくや羊羹のようにぎっちりと固くなってしまい、空気が入る隙間がなくなってしまう。こうなると、植物にとっても酸素をとりにくく、根を張りにくく、生育が妨げられてしまうわけだ。そのため、宮脇先生は、「できるだけ、動かないように、バケツリレーで渡してください」と、毎回どの植樹祭、リーダー研修でも口にされる。植樹前に歩きまわって土を固めてしまった場合には、必ず大きなシャベルで土を掘り返し、空気を入れるように指示をされる。この作業、実に地味で、実にしんどいのだが、一度でも経験をした者であればその重要性はわかる。マウンドの状態か良いか悪いかで、木の生育に大きな影響が出ることは明らかなのだ。
宮脇先生の檄が飛ぶ中、大勢のリーダーは苗木を植え、稲藁を敷き、縄を張るという一連の作業を終えていく。
「本番は、みなさんが、宮脇昭以上になって指導してくださいね。リーダーですから」
そう言って、笑いをとる宮脇先生。優しいまなざしが戻る瞬間だ。
麦わら帽子が大活躍の、晴れ渡った空の下。
現場をいったん離れ、開会式へと向かうことにした。
(次回へ続く)
June, 2009 秦野・千年の杜植樹祭へ vol.2
2009/4/30
(前回から続く)
植樹祭の現場へと到着した私は、まず最初にと宮脇先生のもとへ走って向かっていた。
「せんせ~、おはようございます~」
そんな風に声をかけながら近づくと、先生はあっと気がついて、こちらを向かれる。
「やぁやぁ、あやのちゃん。よく来ましたね。今日もよろしくね」
毎回、先生との会話はこんな感じで始まっていく。
「先生、昨日どこでした?」
見たところ調子が良さそうな宮脇先生。前日、どこにいらっしゃったかは、毎回私が質問するポイントだ。
「外モンゴルから帰ってきたばかりでね、でも、元気ですよ。モンゴルは黄砂がすごくてね」
どうやら、モンゴル政府から頼まれて植生の調査に出かけていたようだ。しかも今回は、News ZEROの取材クルーも密着していたらしい。相変わらず、81歳の宮脇先生は、いつどこでお会いしても常に忙しい。
「じゃあ、あやのちゃん、これよろしくね。好きなだけ撮っていいですから。アップでね」
そう言われながら、私は先生のカメラを託される。植樹祭での私の役目は、先生の写真係だ。いつからそうなったのか、はっきりは覚えていない。しかし私が現場にいれば、毎回必ず先生からお役目を頂くのだから、ありがたやというものだろう。
「麦わら帽子、ひとつ余ってますから。あやのちゃんも、かぶりなさいね」
先生にそう言われて、私もなぜか麦わら帽子をかぶることになる。
先生の、トレードマークの麦わら帽子。はたして、私は似合っているのだろうか。
麦わら帽子の時間が、こうして始まっていった。
(次回へ続く)
秦野・千年の杜植樹祭へ vol.1
2009/4/29
本厚木から小田急線に乗りこんだ私は、ぼけっとしながら1年前のことを思い出していた。毎年この春の季節に、私は秦野へやってくる。目的は決まって植樹祭。今回も祝日のこの日、お手伝いへと秦野に向かっていたのである。
秦野駅からバスに揺られ15分ほど。到着したバス停は神奈川病院前。病院に向かう人よりも、きっと植樹祭に参加する人のほうが、乗客には多かったのだろう。周りはリュックを背負い、作業がしやすいような人が幾人もいた。まだ、受付開始時刻までだいぶあるというにもかかわらず。
会場へとたどり着くと、あちらこちらで知っている顔が目に入ってきた。植樹の現場責任者や、今回の主催者陣、お手伝いや報道関係の方。どこに住んでいるのかも、何歳なのかも知らないのに、なんだかみんな仲間なのは、やはり現場で同じ経験を積んでいるからだろうか。全国あちこちの植樹で顔を合わせているうちに、不思議な連帯感が生まれている。これも、知らないうちに出来ていた、人とのつながりなのかもしれない。
「宮脇先生は~?」
現場に着いてまず確認することは、やはり何と言っても、宮脇昭先生がいらっしゃっているかどうかということだろう。
「先生、もういらっしゃってるよ。あっちにいるはず。」
仲間からの言葉を聞いて、私は毎回まず挨拶に向かう。
「じゃぁ、先生のとこ、行ってくる~」
爽やかな空の下、植樹祭が始まっていった。
(次回へ続く)
June, 2009 夜、ロマンスカーで
2009/4/28
平日の夜、8時過ぎ。仕事をしながら、どうしようか悩む。神奈川の本厚木に行かないといけない私は、いつ乗っても混んでいる小田急線に乗ることを拒んでいた。「小田急に乗る」イコール「ずっと立ちっぱなし」という公式が出来上がっている私には、夜の混雑した車内で1時間以上立ち続ける気力と体力はなかった。すでに、ぐったりしていたのである。
しかし、ふと調べると、極めて本数は少ないながらも、千代田線経由でロマンスカーが走っていることに気がついた。大手町を出発して、新宿を経由しないまま本厚木へと到着できるというのだから、私には驚きの事実である。私はすぐさま時刻を調べ、時間ぎりぎりまで仕事をしたのち、大手町へと向かっていた。いやもちろん、ロマンスカーで行けば料金も安くないが、時間は節約できるし、ゆっくり座れるし、誰にも邪魔されず本も読めるのだ。コストパフォーマンスの高さを選んだ私は、大手町からおしゃれなロマンスカーに乗り込み、ゆったりと時間を過ごすことにした。
霞が関、表参道、代々木上原を通り過ぎ、静かに本を読みはじめる。
美味しく、力強く、希望あふれるノンフィクションストーリー、『庄内パラティーゾ』。
気がつけば、幸せな気持ちのまま、終着駅へと辿り着いていた。
June, 2009 「Touch!ECO」生放送のお知らせ
2009/4/27(分)
~おしらせ~
今年も日テレスペシャル番組「Touch!ECO」で、宮脇昭先生の植樹祭が生放送となります。
ご興味あるかたはぜひぜひご覧ください。私もどこかで、地味に働いてますので。
≪ズームイン!!SUPER × NEWS ZERO Touch ! eco 2009 いま、私達にできること≫
日 時 : 2009年6月7日(日) 13:30~17:25 放送局: 日本テレビ系列 http://www.ntv.co.jp/ecotv2009/
以上、お知らせでした。
直球ふたたび
2009/4/27
いつだったたか、少し前、私を知るとある人たちから、いきなり直球を投げられた。
しかも、ばらばらの日に、全く違う人たちからだ。
「あれ?いま何歳だっけ?」
「もう、30超えたんだっけ?」
「婚活しないの~?」
「なんで、結婚しないの?」
「歯に衣着せず」、とはよく言ったものである。
直球を投げる時は、何かしらサインくらい出してほしいと思ってしまう。まるで、顔面でボールを受けてしまったような、そんな衝撃が走るではないか。
まぁ普段、人に対して、辛口なことを何の気なしに言ってしまう私であるため、たまにはそれくらいの痛手を受けたほうがいいのかもしれないが、それでもやっぱり、いきなり投げられた直球をどう返すは難しい。
うーむと思う、今日この頃。
小動物な私 vol.3
2009/4/26
ある時はペンギン、そしてある時はポニーに例えられる小動物系な私。
まるでペットか家畜扱いなわけだが、実際のところは、動物の持つあたたかさや優しさを欲しているのは、私のほうなのである。
もともと動物好きの私だが、ここ数カ月はとりわけ、動物園や水族館、そしてありとあらゆる動物に触れるような機会を体と心がじぃっと静かに欲している。しかも最近、たまたまもらった雑誌に「猫カフェ」なる空間の紹介が載っており、私は密かにこの不思議なカフェに行ってみたいと思っている。
どうやらそれは、ここ数年、都内などで流行っている場所であり、部屋の中に何匹ものネコにゃんがいて、遊んだり、寝たり、ふらふらしているという。その猫世界にお邪魔した人、つまりお客さんは、お茶やらコーヒーやらを頂きながら、その猫たちを眺めたり、遊んだりできるという空間だというのだから驚きだ。
飼い犬を連れていけるドッグカフェの存在は昔からあったが、今は、逆にネコに会いに行くようなスタイルのカフェが増えているなんて、なんとまぁ、病んでいるような現代人には、うってつけのカフェである。
調べてみると、わりとリーズナブルな価格で、可愛い子ネコたちを眺めたりすることもできるらしい。夜遅くまでオープンしているお店もあるようだし、私はここ2か月ほどそのカフェに興味津々である。
とは言え、まだ一度たりともその猫空間には足を運べていない。
ネコと戯れることができるとき、それはきっと、ある意味、仕事の波が穏やかになったときを意味しているのかもしれない。
小さく、体力もない、小動物系らしい私。今度は一体、どんな動物に例えられるのか。
ある意味ちょっと怖いのであった。
June, 2009 小動物な私 vol.2
2009/4 /25
ある日突然、「ペンギンみたい」と言われてしまった私は、ひょんなことから過去に言われた色んなことを思い出した。
そういえば昔から、私は小動物に例えられることが多い。
ある時は、リス。そしてある時は、子ざる。そしてまたある時はポニー、である。
その理由は実に単純だ。「ちっちゃいから」、「コンパクトにまとまっているから」、さらには子ざるにおいては、「大人にくっついてキャッキャッって遊んでそうだから」などと、はっきり言って、根も葉もない理由ばかりである。
そしてまたポニーに至っては、「勢いはあるけど、競走馬ほど馬力はないし、ゲート飛び出してもすぐ疲れちゃいそうだし、体もちっちゃいから、せめて遊園地で子供乗せてるくらいの仔馬」という意味で、ポニーと相成ったらしい。
ペンギンもさることながら、リスも子ざるもポニーも、褒められているのかけなされているのか、私にはちっともわからない。
ま、
「うーん、カバみたいだね」
とか言われないだけ、まだいいのかもしれないけど。
(カバはカバで、十分可愛いけどさ)
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