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    June, 2008

    Touch eco!日テレ植樹祭へ

     

    2008/6/8

     

    4時半過ぎ。目ざましに無理やり起こされ、本厚木のホテルで目を覚ます。いつもは、遅いと朝の4時前後にベッドに入る私が、こんな時間に起きるというのだからよほどな事態である。

     

    身支度を整え軽く食事をとり、駅へと向かう。朝5時半に人がいるのかと思ったが、どういうわけか、いや土曜日だからだろうか、それほど違和感もなく人がそこかしこにいる。世の中、こんなに早くから動いているのか。

     

    夜の続きと朝のはじまりが混ざり合う電車の中、眠くてふらふらになりながら、一路秦野駅へ。車でピックアップしてもらい、すぐに目的地である落合八幡神社を目指すことにする。時刻はまだ6時前。信じられないくらい、「早起きは三文の得」を実践していることになる。

     

    神社の境内へ到着すると、昨日とは打って変わって活気に溢れていた。日本テレビのたくさんのスタッフ、神社関係者、植樹関係者など。総勢670名といったところだろうか。今まで何度か取材クルーを目にしてきたことはあったが、生放送というだけあって、スタッフ陣の数もぐんと多い。いやでも、本番ということをひしひしと感じてくる、そんな空気である。

     

    関係者に挨拶を済ませた頃、宮脇昭先生が到着。海外調査の合間を縫われて現地入りという超ハードスケジュールだが、先生も6時過ぎには現地入りされるのだから、もう、頭が下がるしかない。お迎えをしてしばらくしたのち、全員で朝のご挨拶と自己紹介、となる。

     

    今回の植樹。企画はこれだ。「日テレ13時間生テレビ 『Touch ! eco 明日のために・・55の挑戦』」。13時間という長時間の生放送の中、20人で2000本の苗木を植えようという企画である。通常とは異なり、ある程度クローズした環境の中すべてが行われることになっていた。一般申し込みなどはもちろんないし、ギャラリーも事前配布の整理券を持った方のみ。植え手の20人には、「NEWS ZERO」の村尾キャスターをはじめ、小林麻央ちゃん、ラルフ鈴木アナウンサー、八木依子さん、そして助っ人の陣内貴美子元バトミントン選手、笛吹雅子アナウンサーが含まれている。その他の14名は、神社の氏子総代や植樹経験者のボランティアスタッフだ。朝から晩まで完全ボランティアで13時間近く働くというのだから、かなりのレベルであるだろう。

     

    そもそも、「NEWS ZERO」、一年ほど前から宮脇先生とのつながりが始まっている。村尾キャスターと小林麻央ちゃんは以前にも植樹を経験されているし、今回以前の植樹祭でも宮脇先生の取材が行われていた。そして今回の生放送植樹の企画である。度肝を抜く話ではあったが、ここまでくるとある種の開き直りである。失敗することはないだろうが、とはいえ、現場をこれまでいくつも経験してきた私には、いろんなことが心配に思える。大丈夫なのだろうか、と。

     

    全員が集まり挨拶をしている間、鈍い色の空からはパラパラと雨粒が落ちてきた。急いでレインコートを着たり、カメラ機材にカバーをかけたりと、心配な雰囲気である。天気予報は相変わらずの雨。そういえば、2日前、金曜夜の「NEWS ZERO」の最後に、村尾キャスターがこんなことを話されていた。「日曜日は雨みたいですが、僕たちは植樹です。雨が降っても頑張りましょう」。予想は当たり、雨になるのだろうか。そう心配していたのもつかの間、挨拶が終わり、各人が準備を始めているうちに、気がつけば雨はどこかへ消え去っていた。そしてそれから終了時刻まで、不思議なことに雨が全く降らなかったのである。時折日が差し込み、清々しい気分で1日を過ごすことができた。恐るべし、宮脇先生の晴れ男ぶり。やはり、「天気図を変える男」のパワーはとんでもないのである。

     

    8時過ぎの生放送を迎えるにあたり、リハーサルやらを繰り返していると、13時間テレビが遠くの東京都内ですでに始められていた。現場にいると、どんなふうに番組が進み、映像が使われているのか皆目見当がつかないのだが、それはそれで楽といえるのかもしれない。ここは秦野の街を一望できる高台にあり、神社の裏山は50年ほど前に植えられたヒノキ林が残っている。荒れたヒノキを少し間引きし、そこに土地本来の木によるふるさとの森、そして鎮守の森をつくろうというのが今回の目的だ。ヒノキの間伐をはじめ、植栽地を作り、耕し、倒したヒノキの木で土留めを作る。そのような作業もたくさんのボランティアの方によって行われたという。まさに、手作りの植樹祭である。

     

     

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    番組が始まり、中継を進めていると、私はあることに気がついた。もともと、植えること自体を心配していたのだが、びっくりするくらい皆さん夢中になってすごいスピードで木を植えてらっしゃるのである。それは、もう、見事な早さで、村尾キャスターや麻央ちゃんなどみなさん実に楽しそうにそして一生懸命植えておられる。しかも、このペースは最初の数十分で終わることなく、終日、本当にきちんと熱心に木を植え、稲わらを敷きという作業を繰り返されていた。私は、まわりの方から「とにかく、植えまくってくれ」頼まれていたものの、それほど植えるのには問題ないとすぐさま感じていた。

     

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    ちなみに、202000本という植樹は、ハッキリ言って常軌を逸しているレベルである。なにせ、普段の植樹祭では1人当たり10本から20本ということが多い。最近では参加者がかなり殺到し、一人あたりの本数が5本程度になるということも珍しくない。そんな中、今回の植樹では1人当たり100本という計算である。私は今まで一度に植えた最高本数はおそらく50本前後ではないかと思うのだが、これでも十分かなり疲れるものであるので、その倍となれば、どれくらい大変かは簡単に想像がつくだろう。

     

    しかし、その不安もよそに、植樹は実に快調なスピードで進められていった。私は結局、植えることに専念するよりも、それをなるべくサポートする形で動いていくことにした。植える場所を教えたり、苗木の名前を教えたり、ビニールポットを回収したり、という裏の動きだ。これはやはり、それなりに植樹の経験があるものが率先してやることだろう。そしてまた、私は今回20人のうちの1人に選ばれたもう一つの理由、つまりは宮脇先生のケア係という仕事に勤しんだ。ケアが必要な時は先生の隣に位置し続け、そしてケアが不要の時は植栽地で木を植え、稲わらを運び、縄を張るという作業だ。これを朝から晩までというのだから、結構な運動量であろう。傾斜のきつい山を上り下り、昇り降り、そんなことをひたすらずっと続けていた。

     

     

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    植樹本数300本、500本、800本、さらに1200本、1500本という節目の度に、中継が行われた。キャスター陣が実際に植え、宮脇先生が植樹について語り、そして苗木が次々に大地に植えられていく。これが日本全国に生放送で流れるのだから、ある意味極めて画期的で、刺激的なことだったであろう。実際、翌日からひしひしと感じることになったのだが、意外とこの番組、1日中流れていたということもあり、見ていた方が予想以上に多く、反響がかなり大きかったのである。

     

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    宮脇先生の哲学がテレビを通じて世の中に伝わる。そういう貴重な経験を傍で体験できるのは、ありがたいことだろう。しかし、それと同時に私はこうも感じていた。テレビというのは、本当に多くの人が長い時間をかけて作り上げ、世の中に発信しているのだなと。以前から取材クルーというのを遠目で見ていたことはあったが、生放送ではスタッフの数も格段に多いし、緊張感も全く違う。とはいえ、うまく行った時の気分はそれはそれですごく気持ちいいのだろう。そうも思う。とにかく私は1日中、テレビの世界を少しだけ眺めることができて、「テレビ」という存在への考え方が少しだけ変わっていた。人が番組を作り、テレビが何かを伝えるというのは、いろんな意味ですごいことだし、本当に大変なことだし、そして時には責任が問われることでもあるのかもしれない。朝から晩までテレビの世界にいて、そんなことを感じていた。

     

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    時折休憩をはさみながらも、植樹は順調に進められていった。怪我をする人もおらず、そして私も、できるだけスローペースを保とうと心掛けたからか、思ったよりひどく疲れることもなかった。宮脇先生のパワーで、結局まったく天気を心配することもなく、2000本植樹は成功を迎えようとしていた。最後の1本は村尾キャスターにより大事に大事に植えられたが、正直、最後の1本を無事に植え終わった時は、私も心の中でほっとした。これで、テレビ的にも植樹的にも完璧な成功である。

     

    みなで成功をひとしきり喜んだ後、クレーン車に乗せてもらえるかスタッフさんに訊いてみると、すんなりOKの返事を頂く。宮脇先生も、きっと乗りたがっていることだろうと思い、先生に声をかけると、嬉しそうな表情だ。高さ30メートルの高さから眺める植栽地はなんだか感慨深く、すべての植栽地に苗木がきちんと植わっている様子がはっきりと見える。「あぁ、ちゃんと無事に終わったんだな」。そんな再確認の気分だ。今日植えた苗木たちも、10年後には10メートルの高さになっていることだろう。いつかまた、この高いところから木々の成長を眺めてみたい。そんなことを思っていた。

     

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    すべての作業が終了後、神社関係者のご厚意で、秦野の美味しいお蕎麦がふるまわれた。労働の後のビール、そしてお蕎麦はやはり文句なしに、旨い。いやもちろん、アルコールが駄目な私は、ビールも2口くらいしか飲めなかったが、このときばかりは、なんとなく美味しいと感じてしまった。それもそうだろう。なにせ朝の6時から夕方の6時まで動きまくっていたのである。これほどまでに長い植樹は、いままでかつて経験したことがない。色々なことを知り、学ぶ、いい体験であった。

     

    みなで記念写真を撮った後、キャスター陣が会場を後にされていった。テレビと変わらない素敵な皆さんと1日一緒に過ごせたのも、これまた貴重な時間であった。これからも、平日の夜は、きっとNEWS ZEROばっかり気になって見ることだろう。そんな風に思っていた。

     

    7時半ごろ。片づけを終え、関係者にご挨拶ののち、落合八幡神社を後にする。すでに外は暗く、本当に1日が終わったんだなと実感する。よくもまぁ、これだけ動きまわって倒れなかったものだ。自分でそう、褒めたいくらいの気持ちだった。

     

    8時過ぎ。ふたたびロマンスカーのシートに沈み込み、帰宅の途へ。10時過ぎに家に着くまで、ぼけっとしつつも、明日からまた13時間の生労働が待っているのかと思うとちょっと憂鬱な私なのであった。

     

     

    長い一日、貴重な一日。お世話になった皆様、テレビを見て頂いた皆様に、感謝。

     

     

     

     

    June, 2008

    植樹祭前夜

     

    2008/6/7

     

    午後3時過ぎ。ごったがえした新宿駅の中。流れる人をかわしながら小田急線へ進んでいく。新宿駅は苦手だ。目的地はここからたった1時間半なのに、私は極めて珍しくロマンスカーに乗り込んでいた。ガラガラの車内に、ゆったりとした座席。普段であればこんな贅沢しないわけだが、今日はもう、1時間半もの間、荷物を持ったまま立ち続ける気力も体力もからきし無かった。シートに体を沈めて、すぐに目をつむる、そんな有様だった。

     

    今日訪れる土地は神奈川県秦野市。翌日に控えた日テレ13時間生テレビのボランティアスタッフとして前日に現地入りすることになったのである。しばらくロマンスカーでゆったりしたあと、5時前に秦野駅へと到着。迎えに来てもらった植樹関係者とともに、会場である落合八幡神社へ向かうことにした。

     

    夕暮れ時の神社へと到着すると、4月下旬に行われた植樹祭で植えた苗木たちが、きちんと活着し、活き活きと育っている様子が目に入ってきた。まだ1カ月少ししか経ってないが、なんとなく背もぐんと伸びた気がする。そんな木の成長を自分自身の成長のように嬉しく思いながら、傾斜のきつい階段を登り切り、神社の境内へと入る。遠くから見えていた不思議な光景は、撮影用のクレーン車だということに、空を見上げながら気がついた。

     

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    翌日の植樹祭を控え、日本テレビのスタッフ陣がもうすでに現場でのリハーサルを行っていた。植樹関係者や、神社関係者など、ありとあらゆる方にご挨拶をしていると、やはり明日の植樹祭が普通ではない極めて特別なものだということが伝わってくる。今までかつて経験したことのない202000本という植樹祭の規模。そして、生放送で全国に流れるという前代未聞ぶり。斜面を登り、翌日植えられるはずの苗木や植栽地など、いろいろな物を細かくスタッフと確認しながら、ひしひしと「大丈夫だろうか」という思いが強まってくる。体力、気力もかなり心配だが、一番ひっかかるのは天気だ。予報では降水確率70%の雨マーク。翌朝会場入りする宮脇昭先生の晴れ男パワーで、お天気がどう変わるのだろう。そんなことを思っていた。

     

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    しばらくしたのち、本番を前に安全祈願祭が行われることになる。神社の宮司さんたちによって取り仕切られる祈願祭。日テレのスタッフさんをはじめ、翌日も参加される小林麻央ちゃん、そして植樹関係者など20名ほどが参加し、新しい社殿の中で植樹祭の無事の成功が祈られた。身が引き締まる、そんな思いである。

     

    祈願祭が終わった後、みなで軽く飲み食べていると、実に和やかな雰囲気になってちょっと楽しくなってくる。もともと今回の参加者には女性が少ないので少々気になってはいたが、どの方もやさしく気さくで、そんなこと心配することもなさそうだ。夜8時前、暗闇に浮かぶ社殿を離れ、仲の良い植樹関係者2人と夕食へ向かうことにした。

     

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    9時半ごろ。本厚木のホテルへと到着。翌朝は5時前起きという、私にとっては究極至難のスケジュールが待っている。

     

    なかなか寝付けないながらも、ベッドにもぐってまぶたを閉じる。

      

     

    電源を落とした携帯に、何通もの応援メールが届いていることさえも知らないまま。

     

     

     

    June, 2008

    突然の出来事

     

    2008/6/6

     

     

     

    「どうやらテレビで植樹祭を生中継するらしい」

     

     

     

    そう耳にしたのは、2か月ほど前の出来事だった。

     

     

    私の言う「植樹祭」が宮脇昭先生の指導による植樹祭であることは、いまさら言うまでもないが、先生による植樹祭をテレビで生放送するという前代未聞な企画に、私は、「はっ?なんですかその企画は?」とすっとんきょうな声を上げていた。あまりにも寝耳に水の話で、正直ほとんど信じていなかった。てっきり、単なる話半分の企画だと思っていたのである。

     

     

     

     

    「日テレが13時間テレビをやって、どうやらその中で生植樹祭をやるらしい」

     

     

     

    そう私の耳に入ってきたのは、1か月半ほど前のことだった。第一報から少し経ったある日のことだ。

     

     

    「は・・?13時間テレビで生植樹祭・・・?なんですかそれは・・・?」

     

     

    私は完全に、その話を他人事として聞いていた。教えてくれたその方は、植樹祭関係者で私も何度もお会いしている方だ。とはいえ完全に、私には全く関係のない、遠い話として聞いていた。あまりにも話が大きく、仮に本当にテレビで生放送をしたとしても、きっとテレビの前でぼけーっと眺めるだけだろう。そう思っていたのである。

     

     

     

     

    「日テレの13時間生放送で、202000本植樹祭をやることになったらしい」

     

     

     

    第二報からしばらく経った頃、私のもとに1本の電話がかかってきた。何事かと思い話を聞いてみると、どうやら、例の日テレの植樹祭の話であるらしい。

     

     

    「はて。なんでしょう。裏方でお手伝いか何かでしょうか。」

     

     

    そう思いながら話をしていると、その予想は次第に大きく裏切られていった。いや、裏切られたというよりも、あまりにも想像を超えていて、「はっ?!?! なんですと?!?! 」としか、答えようのない予想不可能なできごとであったのだ。

     

     

     

    「じゃぁまた、詳細が決まったら連絡しますね。よろしくお願いします」

     

     

     

    しばらく電話で話をした後、私はひとり心の中で、悲鳴をあげていた。

     

     

    「ひぃぇ~っっ!なんてこったぁ~!」

     

     

    そう、生放送の植樹祭、13時間テレビ企画の植樹祭に、どういうわけか私も参加することになったのである。たった20人で2000本を植えきるという、はっきり言って常軌を逸している植樹祭。たった20人の植え手中、テレビでよく見る方が7名ほど。あとは、すべてボランティア。そのうちの一人にどういうわけか私がカウントされていたのである。

     

     

     

    恐ろしいほどに忙しい日々の最中に訪れた、ひとつの大事件。それからの約1か月、私は、気力も体力もギリギリの中、寝ても覚めても13時間生放送植樹祭のことが頭から全く離れなくなってしまっていた。

     

     

     

    私の思いとは裏腹に、本番はあっという間に近付いてきた。

     

     

    天気も気力も体力も、すべてが不安だというのにもかかわらず。

     

     

     

    June, 2008

    尾道写真アップのお知らせ

     

    2008/6/5  

     

     

    遅まきながら尾道のモノクロ写真をフォトアルバム内にアップしました。

     

    ご興味ある方はぜひどうぞ・・・。

     

     

    sandyayano

     

     

     

    宮脇昭先生インタビュー記事ご紹介

     

    2008/6/4

     

     

    そういえばブログにてお伝えするのを、すっかり忘れておりました。

     

    現在発売中の文藝春秋SPECIALに、宮脇昭先生のロングインタビューが掲載されております。

     

     

    「宮脇 昭  もっと緑を!三千万本の樹を植えて  

    ~風土に合った本物の森が地球を救う。日本人よ、樹を植えよ!」

     

    書籍:「文藝春秋SPECIAL季刊夏号 『日本人へ 私が伝え残したいこと』」

    価格:1000円(税込)

    詳細:http://www.bunshun.co.jp/mag/special/index.htm

     

     

    ボリュームあり、内容濃しの記事ですが、それ以外の筆者陣も超豪華でお得な一冊ですので、ぜひ、ご興味ある方はご覧ください。

     

    (週刊文春とも、月刊文藝春秋とも違いますので、お買い求めの際はお気を付けください~)

     

     

     

    規則正しく不規則な

     

    2008/6/3

     

     

    毎日のパターンは、大概こうだ。

     

     

    お昼休みになって、「あぁ、もうお昼だ~」、と思い、

     

     

    夕方になって、「はっ!もう夕刊の時間!」、と思い、

     

     

    終業時刻になって、「ふぅー、これから第2ラウンドか」、と思い、

     

     

    夜の8時過ぎになって、「はぁ~、おなか減ったぁ~」、と思い、

     

     

    夜の10時過ぎになって、「結局今日もこの時間まで働いてたのか・・・」、と思う

     

     

    こんな毎日がここのところずっと。

     

     

     

    規則正しく、不規則な時間を日々過ごす。

     

     

    それは、きっと、体にもよくない規則正しさなのであろう。

     

     

     

    自戒。いや、嘆き、なのだろうか。

     

     

     

    週の始まりに

     

    2008/6/2

     

     

    6月の始まり、週の始まり、私は体に異変を覚えていた。そう、2日前に激しく体を動かし、ラケットボールなんぞをやったからである。すぐにストレッチをしたため、幾分は体への負担が軽くなっているはずなのだが、やはり普段使っていない筋肉を酷使したせいで、椅子に座ったり、しゃがんだりするだけで、「ぎゃぁ~」と悲鳴をあげるほどの筋肉痛である。しかし、私だけかと思いきや、一緒にいた後輩たちに聞くと、どうやらみな同じ症状であると言うではないか。ほっ。私だけじゃなかったか。そう安堵したのもつかの間、ふと気がつくと、膝あたりが妙に痛い。しかもこれは、私に限った話であるらしい。一体全体何なのだろう、この鈍くぼんやりとした痛みは。

     

     

    しばらくして私ははっと気がついた。両足の膝あたりに、いくつもの痛ましい青あざがあるのである。よく考えれば、そういえば、ラケットボール中、何度もボールを取ろうとしたり、こけたりして床にゴンゴン膝をぶつけていたのである。やっている最中は、別段何も気にしていなかったが、終わって見ればひどい有様。しばらく、膝の出るスカートを履くのはやめておこう。そう思うほどであった。

     

     

    しかししかし。筋肉痛が運動したその日から出るのだから、まだこれはいいほうなのだろう。年齢を重ねると、1日、2日経ってから、体が痛くなるということらしいし。もっとも、体を動かせる時間がもっとあれば言うことないのだが、ま、それもあんまり文句は言わないようにしておこう。

     

     

    正直な体をもっともっといたわる様に、自戒の念を覚えたできごとなのであった。

     

     

    おしまい。

     

     

    June, 2008

    ある日の土曜日 (後編)

     

    2008/6/1

     

     (前編から続く)

     

    土曜日の寒空の中、後輩たちと合流した私は、ずるずると引っ張られるようにして目的地へと歩いていった。休日の朝からスポーツだなんて、なんとアクティブな1日なのだろう。そう我ながら、感心してしまうほどだった。いや実際には、感心している余裕などなく、「今日は絶対にバテないぞ・・・」、そう自分に言い聞かせている始末だった。

     

     

    訪れた場所は1年ぶりとなる埼玉県松原団地のスポーツクラブ。外国語のスペシャル大学である独協大学から歩ける距離にある。久しぶりに訪ねたクラブは、前よりももっときれいになっていて快適な空間が広がっていた。チェックイン後身支度を整え、久々に運動開始。ここのところ、まったくもってまともな運動ができていなかったので、ある意味、ストレス発散のいい機会かもしれない。

     

    ラケットを借り、アイガードをつけ、しばらくぶりのラケットボールを始めることにする。一緒にいるのは後輩くんやら3人だが、どう考えても私より若く、そして、体力的に見ても超元気な3人である。そんな中にこの弱った私が混じって動くのは、ある意味無謀だとも思えるのだが、やさしき彼らはそれなりに手加減してくれるので、体育の授業のような雰囲気で遊んでいた。いや、楽しく、そしてしっかりと運動していた。ラケットボールはそもそも室内の壁打ちテニスみたいな感じだが、動きも早い上に、コート内は送風なしの締め切り空間なので、少し動くだけですぐにサウナ状態になる。ある種、ダイエットに効果絶大のようにも思えるが、小一時間ほどラリーを続けると、さすがにバテる。いや、それでも、これだけ体がもっているのだから、私にしてはすごいことかもしれない。

     

    結局その後、ラリーを続け、さらには少しだけ他の運動もしてと、3時間近くも体を動かし続けていた。時折休みを入れたとはいえ、結構な運動量。これでもう、私は帰りの電車の中で爆睡してしまうだろう、そう思うほどだった。

     

     

    が、しかし。終わった時点でまだ3時前ということもあり、解散したあと、なぜか私は銀座へ向かうことにしたのである。今度は何かと言えば、ジムである。そう、いつも私が訪れているジムに行こうと思ったのである。

     

     

    「先輩、元気ですねぇ~」

     

     

    そう後輩には茶化されたが、本当の目的は、体を動かすというよりも、ストレッチをしっかりしてジャグジーにゆっくりつかることだった。重度の疲労状態で突然運動をしたからには、そのあとの反動がすごいことは目に見えている。だからこそ、少々無理をしてでも、体をゆっくりと伸ばすストレッチの時間を必要としていたのだ。

     

     

    結局私は、後輩君たちと別れたあと、4時過ぎからのタイ式ストレッチのクラスに滑り込んでいた。そして、小一時間、ゆるゆるゆるりと眠くなりながらも、体のいたるところをぐいーんと伸ばしていた。そして、誰もいないジャグジーでぼけーっとしたあと、お気に入りのカフェを実に久しぶりに訪れることにした。

     

     

     

    動と静。緊張と弛緩。そしてONとOFF

     

     

    人生にはメリハリが、やっぱり大切なんだなぁ。

     

    久々にそんなことを思った、ある日の土曜日

     

     

    ある日の土曜日(前編)

     

    2008/5/31

     

     

    本当は、ずっと寝ているはずだった。お昼過ぎまで爆睡できるくらい、とにかく深く長い眠りについているはずだった。

     

    しかしそんな土曜日の朝。私は普段とは違う、いつもの場所からずっと遠く離れた所へ向かっていた。家でもなく、会社でもなく、まったくもって馴染みのない場所を目指していた。それは、自宅から2時間以上離れた埼玉県のとある場所。朝の11時前には到着し、少し肌寒い中、人を待っていたのである。

     

     

     

    「土曜日あいてますか?」

     

     

    そう不意に訊かれたのはつい数日前のこと。「ん?土曜日?」と思い、よく訊いてみると、こんな答えが返ってきた。

     

     

    「またラケットボールやりませんか?」

     

     

    その問いを投げかけてきた後輩に、私は思わず目が点になった。

     

     

    「は・・・?土曜日・・・?」

     

     

    よく考える必要もなく、最初から答えは明らかだった。その土曜日は私にとって、ようやく精神的にゆっくりできる実に久々の休日だったのだ。そんなとっておきの休みの日に、「ラケットボール」という寝耳に水のお誘いである。

     

     

    私はあまりの突然の誘いに、一瞬くらっとめまいがしそうになっていた。「よりによって、そんな日に、何でその日にしたわけさ?」。ついついそう投げかけていた。相手の忙しさもピークに達しているはずなのに、そんなハードなスポーツとは一体全体どういうわけなんだ。そう思ったのである。

     

    が、しかし。相手は実にけろっとしていた。いや、違う、相手がけろっとしていたのではなく、私の精神状態があまりにもやばかったのだ。そしてまた、極限まで疲れていたのは、相手も一緒なのではなく、あくまで私一人のことであったのだ。

     

    疲労がピークに達していた私は、一度はその誘いを断りかけた。正直、金曜日を終えた時点で、おそらくまともに動けないくらいに疲れ切っているだろう。そう思ったのである。

     

     

    とはいえ、せっかくのお誘いを断るのも、なんだかちょっと悲しいものである。私は結局、しばらくの間うにうにと考えていたが、最終的には誘われるがまま、「じゃぁ、行く・・・・」と答えていた。結局、土曜日を、「静」ではなく「動」の休日へと変えてしまったのである。

     

     

    「こんなに体力ないのに、ラケットボールなんてやって倒れないかな・・・・」

     

     

    そういえば生まれて初めてラケットボールをやったのも、ちょうど一年前のこの季節だった。あまりのハードさにしばらく筋肉痛と疲労で悩まされたが、今年もまた春の時期に同じ場所へ向かうとは想像さえもしていなかった。

     

     

     

     

    待ち合わせの駅で待つこと15分ほど。

     

     

    現れた後輩たちと一緒に、ハードな1日が始まっていった。

     

     

    (後編へ続く)

     

     

     

    June, 2008

    吐露

     

    2008/5/30

     

     

    「やっとこれで峠越えだ」

     

    5月の終わりを迎えるころ、そんな思いが私の中に広がっていた。実は、6月の始まりに向けて、すべてのエネルギーをとある一点に注ぎ込むという日々をひたすら送っていたのである。そんな、長い峠にさしかかり、ようやく下り坂だと安堵を覚えたのも束の間、そこからの下り坂は思った以上に長く、そして終わりの見えない平坦な一本道のように見えたのである。

     

     

    「もうすぐだ」という切なる思いが見事に裏切られたとき、人は愕然とし、やりきれない思いを抱える一方で、それを振り切る強さと潔さを、自ら生み出すことも求められるのだろう。

     

     

     

    毎日の時の流れが早すぎて、もう今年も半分近くが過ぎ去っている。

     

     

    いいのか、このままで。

     

     

    そんな自問自答を繰り返す日々が、結局、いつも続いている。

     

     

    峠はどこへ、ゴールはどこへ。

     

     

    そんなことを思う、ここ数か月の時。

     

     

     

    June, 2008

    ブログについて vol.4

     

    2008/5/29

     

     

    密かに前から思っていたのだが、私のブログを読んでくださっている方の多くが、男性の読者であるような気がしている。そもそも、ブログ読者の性別など、もちろんまったくもって問わないのだが、なんとなくコメントを寄せていただける方、メールをくださる方、そして「読んでるよ」と言ってこられる方の多くが、男性であることがなぜか多いような気がするのである。

     

     

    読者のうち男性の割合が密かに多いかもということに気がついたのは、それほど古い話でもない。しかし、私のブログというのは、立ち上げ時からある種変わっているらしく、時折、そのことに触れてくる方もいらっしゃる。というのは、このブログ、いわゆる「日記」的な文章になっていないということだ。私がブログを始めるにあたり、実は最初から決めていたことがあった。それは、「今日、○○ちゃんとどこどこへ行って、何何を食べてすごく美味しかった~」的な文章を書かないということだ。それはつまり、「日記」的な文章を書かないということでもある。これを特徴とみるか、変わっているとみるかは人それぞれだが、今でも私は日記らしい文章を書かないということを、自分なりに貫いているのである。

     

    私がブログを書き始めた当初、実はお手本にしていた文章があった。それは、完全に「日記」的な文章ではなく、「ノンフィクションストーリー」的な文章であった。ブログを書き始めるにあたり、どんなスタイルにしようかと悩むことも一切なく、私は自分が一番好きな文章のスタイルを踏襲したのである。それは、2年半以上経った今でも、基本的に変わらずずっと続いている。良し悪しは別として、「長くても読んで頂けるブログ」にしたいと思っているのも、ノンフィクションストーリーをイメージとしているからだ。

     

     

    話を元に戻そう。そう、「男性」の読者についてのことである。もしかしたら、この文章のスタイルが、女性よりも男性の読者が多い理由なのではないかと、最近ふと思ったのである。そもそも、いろんな意味で女性的な要素が少ない私であるため、文章や内容自体にも、女性らしさを感じさせるようなことがおそらくさしてないというのも事実である。自分で書いておきながらも、女性的でもなければ、ユニセックス的な文章でもないなと時折思うことがあるくらいだ。つまり、男性的な文章だなと自分で思うこともしばしばなのである。

     

    まぁ、そもそもお手本となるノンフィクションストーリーが男性的な文章であるので、それはそれで当然のことなのだろう。そんなわけで、私のブログはいたって女性らしさを感じさせないだけではなく、男性的な何かを感じさせるような文章になっているのかもしれない。そして、そんな文章が、もしかしたら女性よりも男性の読者の割合が多い理由なのかもしれない。そんなことを、ふっと分析してみた。

     

     

    とはいえ、男性であろうと、女性であろうと、誰かにブログを読んで頂けるのは、やっぱりありがたいことだし、何か新しいもの、面白いもの、美味しいもの、楽しいもの、そして大切なものをほんの少しでも感じて頂けるようなブログにしたいと、ささやかながら思うのである。

     

     

     

    そういえば、数年前。ある時ふと、こんなことを言われたことがある。

     

     

    「文才あるし、小説でも書いてみればいいのに」

     

     

    小説はいまだに書いていないが、ブログはこうして今日もつらつらと書いている。プロ作家の一言が、ブログを始めるきっかけとなったように、誰かの何かが変わるきっかけとなるようなそんな文章を、いつの日か書けるようになってみたい。

     

    そんなことを思っている。

     

     

     

    今日もまた、アクセスしてくださった皆様に、感謝。

     

     

    ブログについて vol.3

     

    2008/5/28

     

     

    「お仕事は、マスコミ系ですか?」

     

     

    私のブログを読んでくださっている方から、たまにこんな質問が寄せられることがある。メール、コメント、そして直接お会いした時などに、思いがけず訊かれる言葉だ。何を思ってそんな質問を投げかけてくださるのだろう。私も不思議に思うのだが、ブログの文章や書き方、表現などからそう思われる方がいらっしゃるようで、私は密かに驚いている。

     

     

    「もしかして編集者ですか?」、「出版社にお勤めですか?」

     

     

    そんな質問をされると、驚くとともに私はちょっと嬉しくなってしまう。もちろん、私はまったくもってマスコミ系の仕事ではないし、過去に出版にまつわる職業についていたこともない。多少、仕事の中で本の編集や原稿の校正をやっていたこともあるが、それもあくまでも一時のことであり、常にその仕事をしていたわけでもなんでもない。つまり、文章のことに関しては、素人だということだ。そんな私が、「マスコミのお仕事ですか?」、「編集者さんですか?」なんて訊かれた日には、ちょっと嬉しくなってウキウキしてしまう。出版社はある種、私にとって憧れの存在であり、興味関心をそそられる分野でもあるからだ。

     

    そんな遠い存在のマスコミ系、出版系の仕事に間違えられるというのは、ある意味、私にとって光栄なことである。ブログが面白いかどうかはさておき、そう訊かれるだけでちょっと評価されたような、そんな不思議な感覚に包まれるのだ。そして同時に、もっと面白い文章が書けるようになりたいなと、自分自身で思ってもみるのである。言ってみれば、そんな質問が寄せられるたびに、ブログを続けるインセンティブが生まれるわけだ。これからも、ちょこちょこと書き綴っていきたい、そんなことを思ってもいる。

     

     

    そういえば、私のブログは少々どうやら変わっているらしい。それは次回で語ることにしよう。

     

     

    June, 2008

    ブログについて vol.2

     

    2008/5/27

     

     

    「もしかして、ブログやってませんか?」

     

     

    初めてお会いした方に、こんなことを突然訊かれることがある。大概それは、植樹関係の場において偶然お会いした方から出る言葉なのだが、まったくもって初対面の方に「ブログ、読んでます!」と言われると、嬉しいのと、ちょっと恥ずかしいので、不思議な感覚に包まれてしまう。もちろん、嬉しいのは、ブログを読んで頂いていることに対してだし、それと同時に、恥ずかしいのは、初めて会うお方なのに、密かに私のいろんな私生活をすでにご存じだという事実に対してだ。とはいえ、読んで頂いていること自体は、ありがたいことこの上なく、その偶然の出会いに感激したりもする。さらには、「面白いです」とか、「文章上手ですよね」と言って頂くと、仮にそれが大人のマナー的な社交辞令であったとしても、単純な私はちょっと嬉しくなるのである。

     

    こんなことを書いておいて、自分で言うのも変なのだが、私は全く知らない方のブログを毎日毎日きちんとチェックするという習慣が実はさほどない。自分で書いているのだから、他の人のブログも毎日たくさん読んでいるのだろうと思われていたら、それは密かに誤解なのである。自分自身、ブログを滞らせているくらいあまりパソコンに向かえる時間がないので、それほど私が読めているブログというのも実は多くないのである。定期的にチェックしているブログも、すぐに数えられるほどである。だからこそ、私のブログを読んでくださっている方がいるというのは、ありがたい事実であるし、毎日のアクセス数に対して、きちんと「更新」という行為で応えなければとも密かに思っているわけである。

     

    そんなわけで、私のことを知っている方も、知らない方も、これからもどうぞよろしくお願いいたします(最後はいつもこれになる・・・)。ちょこちょこと更新作業を続けてまいります(できるだけマメに・・・)。

     

     

    さて次回も、またまたブログネタで参ります。

     

     

    ブログについて vol.1

     

    2008/5/26

     

     

    最近、色んな方からこんなことを言われることが増えた。

     

     

    「ブログ読んでるよー。」

     

     

    大概その相手というのは、私の知人・友人だったりするのだが、ブログの存在を教えていない相手からこの言葉が聞かれると、私は一瞬動きが止まってしまう。

     

     

    「・・・・?! 何で知ってんの?! 」 

     

     

    と、仰天し、体が一瞬凍ってしまうのである。

     

     

    そもそも、このブログ。誰に見せるためでもなく、つらつらと書き始めたわけであり、決して特定の誰かに見てもらうように設定しているわけでも、宣伝しているわけでもなんでもない。しかし、グーグルやヤフーなど様々な検索でこのブログが簡単に引っ掛かるため、情報量そして記載量がそれなりに増えた今、私の知っている人がみつけてしまってもおかしくはないわけである。

     

    が、しかし。そもそも特定の相手に読んで頂くことを想定していないため、意外な方に「読んでるよ」と言われると、「ひぃ~っ」と思ってしまうこともしばしばなのである。なにせ、このブログ、ある種私生活だだ漏れ状態であり、そして、私がいかにとんでもない?生活を送っていることが一目瞭然なのである。

     

     

    そんなわけで、恥ずかしながら私のブログは、更新も滞っているし、趣味嗜好も偏っているし、変な人間であることを自分で証明しているような中身であるとは重々承知なのだが、その一方で飽きることなくいろんな方に読んでいただけるブログになればいいなぁと思っているのも、それはそれで事実なのである。

     

     

    というわけで、実在の私を知っている皆様、これからも、ご愛読のほどどうぞよろしくお願いいたします。

     

     

    このブログ話、次回へと続く…。

     

     

    June, 2008

    横浜ゴム尾道工場植樹祭へ

     

    2008/5/25

     

    6時ごろ。尾道のホテルで目を覚まし、外の様子を眺めると、昨日の大雨は嘘のように消え去っていた。ありがたいことに、天気予報は見事にはずれ、お天気の1日が始まったのである。

     

    7時過ぎ、植樹仲間と合流後、目的地である横浜ゴム尾道工場へと到着。植樹祭を迎える尾道工場では、正門あたりに植樹祭の看板が用意され、盛り上がりの様子を見せていた。現場に到着後、お手伝いをと思ったが、すでに朝5時から準備されている社員さんのおかげで準備が万全に整えられていた。特に何をする必要もなさそうなので、せっかく工場を訪れた私たちは、さすがヨコハマタイヤ!と言わんばかりのタイヤ製巨大恐竜を眺めたり触ったりして、しばらく遊ぶことにしたのである。

     

       

     

    この巨大恐竜君たち。遠目で見ても大きいが、真下で見るとものすごい迫力である。しかも、巨大なタイヤから小さなタイヤ、はたまたゴム製品などいろいろなパーツからでできており、「ひぃ~、タイヤってこんなに種類があるんですかぁ~」と私は恐れ入ったのである。大きさ、幅、そして溝の深さや模様など。それはそれは多種多様で、これら何十種類ものタイヤ製品を組み合わせて作られた恐竜君たちは、かなりリアルな代物で、私はモノづくりってすごいと感激したのである。しかも、この恐竜君たち。何気に設計から組み立てまで社員さんたち自らが行ったそうで、私はその恐竜君たちから愛社精神、愛タイヤ精神?をひしひしと感じたのであった。ちなみに、この恐竜君たちには、正門で声をかけて許可をもらえば、誰でも会いにいけるらしい。子供にはさぞかし人気者なのだろうと、お子様の私は密かに羨ましく思っていたのであった。

     

        

     

    そうこうしているうちに、宮脇昭先生が到着。しばらくしてから先生のカメラを託されたので、一緒について回ることにする。午前9時過ぎ。開会式となり参加者が恐竜君のいる広場に集う。社員さんや家族連れなど、総勢約300名の人だ。開会式は、主催者のご挨拶にはじまり、来賓ご挨拶、さらには宮脇先生の講演、さらに植樹指導と続いていく。今回用意された苗木は50種類4300本。常緑広葉樹であるシラカシ、アカガシ、スダジイなどをはじめ様々な種類があるが、関東にはないコジイがあるのが特徴的である。その土地に行けばその土地ならではの樹種に出会う。これこそまさに、旅の醍醐味だろう。しかも、植樹祭に出れば出るほど木の名前を覚えていくのだから、これもある意味学習効果だろう。早く100種類くらい見分けられるようになりたいものである。

     

     

     

    時折ユーモアとジョークを交じえた宮脇先生の指導が終わると、いよいよ植樹開始である。今回は、工場の周りを囲むように森づくりが行われるため、道路沿いの部分に用意された植栽地に移動し、苗木を植えていくことにする。前日バケツをひっくり返したような大雨だったため、かなり地面に水分が含まれ地面がドロドロだったのだが、社員さんが朝早くから水たまりやぬかるみの水を抜き、土を入れてくださったおかげで、さして汚れないで作業ができるようになっていた。ありがたい、ご配慮なのである。天気予報では雨だったにもかかわらず、時折空からは暑いほどの日光が射し、なんて植樹祭日和なんだろうと感心してしまう。毎度ながら恐るべし、「天気図を変える男」宮脇先生のパワーである。

     

     

     

    社員さんが多い植樹祭ということもあり、私は全く見知らぬ方々と一緒に木を植えたのだが、どうやら手つきが慣れていたのに気づかれたのか、そのうち「先生~」と呼ばれることになる。多少経験があるだけで、それほど他の人と何が違うわけでもないのだが、久々に黙々と植えていたせいか、動きが早く見えたらしい。「どこから来たの~?」などと訊かれながら、周りの人と一緒に着々と木を植えていく。暑い日差しを受けながら、久しぶりに汗をかきつつ、稲わらを敷き詰めるマルチング作業、そしてわらが飛ばないようにするための縄がけ作業へと進み、1時間半ほどですべての工程を終了した。最後には、班の全員で記念写真を撮り、解散。お天気も持ち、爽やかな気候のなか木をたくさん植えられ、気持ちがいい。遠くに瀬戸内の海を眺めながらの植樹。海と森が一緒に育つような、そんな不思議な感覚を覚えていた。

     

     

    植樹終了後、植栽地の手直しをいくらかし、その後身支度を整えて工場を後にすることになる。宮脇先生やお世話になった皆様にご挨拶をし、その後みんなで念願の尾道ラーメンを頂きにいくことにする。日曜日の午後ということもあり、どこのお店も混んでいる。やはり、尾道に来たからにはラーメンを一度は食べなくては。そういえば、聞いた話では、正式には「尾道ラーメン」というものはないらしい。お店には「中華そば」と書かれており、「尾道ラーメン」が通称であるということを知る。いりこの出汁が効いていて、とても美味しい。久々にラーメン屋さんで美味しいラーメンをしっかり食べて満腹満足である。これで、尾道に来た甲斐があったというものだろう。

     

     

    お腹も満たされた後、仲間たちと別れひとり尾道を後にする。電車、バス、飛行機を乗り継ぎ、一路徒東京へ。大雨だったという東京は、すでに雨上がりの空へと移り変わっていた。ありがたき、雨逃れの運なのである。

     

    7時過ぎ。家に到着。

     

    たくさんの気持ちの良い時間を過ごした尾道、そしてお世話になった横浜ゴムの皆様に、感謝。

     

      (どういうわけか調子が悪く、写真がきちんとアップされておりません・・・)

     

    June, 2008

    尾道への旅

     

    2008/5/24

     

    「尾道」と聞いて思い浮かぶのは、坂道、瀬戸内海、そして「尾道ラーメン」という、ごくごく断片的なイメージだけだった。しかし、どことなく懐かしいような、ほっとするような、そんな風景が目の前に広がるような気がしていた。どこで見たわけでもない、その尾道の情景。いつか訪れてみたいと思っていたその土地に、私は運良く降り立つこととなった。それは、めぐりあわせがもたらしてくれた、ありがたい機会だった。

     

    前夜遅く、飛行機、バス、電車を乗り継ぎ、私は尾道に入った。ホテルにようやく到着すると、時刻はすでに23時過ぎ。金曜の夜、普段であれば仕事をしている時間に移動を繰り返し、広島県までやってきたのである。目的は、おなじみの植樹祭。植樹祭でもなければ、そう簡単に広島までやってくることもできない。前々から興味のあった「尾道」という土地と、「植樹」が結びつき、今回の植樹の旅と相成ったのである。

     

    9時過ぎ。ホテルから外を眺めると、目の前にはどこかで見たような景色が広がっていた。美しい運河に連なる山々。どこで見たのだろうと不思議に思っていると、ふと思い出した。そう、私がこよなく愛する東南アラスカの風景にどことなく似ているのである。山、海、船そして雲。そんな景色が、懐かしい東南アラスカ、とりわけケチカンの情景を思い出させてきた。そしてまた、どことなく北海道・小樽にも似ているような気もする。つまり、私の好きな風景がそこには広がっていた。自然と人間の社会がうまく共存するようなその街が、私は一瞬にして好きになった。あぁ、やっぱり来て正解だったな。そう思ってしまうほどだった。

     

    ホテルを出ると少し薄暗い曇り空。とはいえ、降水確率がきわめて高い日に、傘なしで歩けるというのだから、感謝すべきことなのだろう。駅近くへと向かい、昨日は真っ暗で何も見えなかった中心地へと向かうと、いろいろなものが昼間の世界に見えてきた。きれいな風景、そして尾道大橋。島々を結ぶ橋と船が、瀬戸内海にいることを実感させてくれた。

     

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    お腹も減ったしカフェで朝ごはんでもと思っていたところで、偶然どこからか香ばしい香りが漂ってきた。美味しそうなパン屋さんである。しかも、店の名前が「パンのなる木」という。この名前に、樹木好きの私が反応しないわけがない。店内に入り美味しそな焼きたてのパンとコーヒーを買い、公園のベンチで海を眺めながらぼーっと朝食とする。天然酵母のパンは、優しく美味。あまりにも忙しかった日々をすり抜け、尾道でパンをかじっていると、なんだか不思議な気分になる。これが日常なのか。これが、非日常なのか。そんな摩訶不思議な感覚に包まれ、写真をとりながら、尾道の街をぶらぶらとする。一眼レフを片手にあちこちの場所で足を止め、ファインダーをのぞく。この街は、いい被写体が、あまりにも多すぎる。懐かしい、どこかレトロで温かい風景を、いくつも何枚も、おさめたくなっていた。

     

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    商店街をふらふら歩いていると、いろんな人が優しく声をかけてくれる。地図をくれたり、おすすめの店を教えてくれたり。やはり、瀬戸内の人は、どことなく温かい。私が昔から瀬戸内を好きなのも、やっぱり人の温かさがあるからなのかもしれない。

     

    偶然見つけた備前焼の店、そして少し前から気になっていた尾道帆布の店をめぐり、見て買って尾道を楽しむ。決して大きな町ではないが、住みやすそうな場所だなとも思う。人の生活が見える街は、やっぱりなんとなく嬉しいものだ。

     

    商店街を通り抜け、名所である「千光寺」方面へ。ロープウェーがあると知り、乗り場まで向かうと、ふと左手の方向に鳥居が見えた。どうやら神社があるらしい。とりたてて有名な感じもしないが、私はこの神社のどこからか発せられている妙な引力を感じていた。参道が長く、神社本体が全く見えないのだが、とにかく奥から異様なパワーが発せられているような気がしてならないのだ。少し迷ったが、私は結局、導かれるままにその参道を進むことにした。一体何があるのだろう。そう思いながらしばらく歩き、階段を上ると、私は思わず、動きを止めてしまった。そこにあったのは、樹齢およそ900年という天然記念物のクスノキ群だったのである。その威大なクスノキを目にし、私は、「あぁ、この木が呼んでいたんだな」、そうひとり思うしかなかった。最近の私にとって、見知らぬ土地で木に呼ばれることは、決して珍しいことではない。しかし、ここまで素晴らしい木に出会えるのは、そうそうやはり、ないのである。まるで神社を鎮る(まもる)かのように生きているそのクスノキに出会い、「尾道にきて良かったな」、また素直にそう思ったのである。

     

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    どこからどう構えても、すべての姿をおさめることができないほどに巨大なそのクスノキを前に、私はしばらくシャッターを切っていた。樹木に出会えるのも、旅のひとつの醍醐味だ。木に触れ、葉に触れ、ささやきを聞く。地味といえば地味だが、私にとってこれはまぎれもない至福の時だ。誰に邪魔をされるわけでもなく、誰にせかされるわけでもなく。ただじっと木を仰いでカメラを構える。この時間がないと、たぶん、私はもう、ストレスと過労でこの世から消えてしまうのではないか。そう思うほどだ。私はしばらくそのクスノキが宿る、神社の境内で時間を過ごしていた。名前は、「艮神社」といった。読めなかったが、「うしとら」と読むそうだ。不思議な引力と素晴らしい樹木の出会いに嬉しくなりながら、私はロープウェー乗り場へと戻ることにした。

     

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    名だたる文豪ゆかりの地である尾道を一望するには、やはり高台から眺めるのが一番なのだろう。ロープウェーに乗り込むと、眼下には艮神社の巨大なクスノキ。新緑の芽吹きで爽やかな気分になるとともに、海と山とに育まれた尾道の豊かな自然を遠くに眺め、あぁいい場所だなぁとしみじみ思う。初めて訪れる場所なのに、どこかほっとするような気分になるのはなぜなのだろう。3分という短い空の旅を終える頃には、うす曇りの空に太陽の光が射し込み始めていた。天気予報が外れたのか、それとも雨逃れ女のパワーなのか。どちらにしても、雨に当たらず、傘もささず、ちゃんと気分よく観光できているのだから運が良いとしかいいようがない。千光寺から階段を下り、ふらふらと散歩しながら尾道の街並みを楽しむことにした。暑すぎず、寒すぎず、実に穏やかで気持ちの良い休日の尾道。美しい瀬戸内を眺めながら、文豪や画家たちが数多の作品をここで生み出していったのが、なんとなく私にもわかるような気がしていた。

     

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    高台から下り続け、商店街へと戻るころ、時刻はすでにお昼を大きく回っていた。どこかでお昼をと思い、駅近くで見つけた素敵なカフェで、しっかりとした和食ランチとデザートを頂いた後、ホテルに戻って一息つく。本当は、日帰り温泉施設に行きたかったのだが、歩き疲れて危険信号が出始めたのだ。夕方には予定も入っているため、ここでバテるわけにはいかないと、ホテルでお昼寝モード。とにもかくにも、体を酷使させないことを、今は一番気をつけなければ。そんなことを自分で自分に言い聞かせていた。

     

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    夕方4時前。外に出ると、信じられないことに大雨である。私がホテルに戻った頃にパラパラと落ち始めていた雨粒は、知らぬ間に滝のような流れに変わっていたらしい。観光していた時には全く雨が降らなかったのだから、これまたありがたい雨逃れ女ぶりである。しかし、これから出かけるというのに、どしゃぶりの雨。タクシーを捕まえるべきだったにもかかわらず、傘をさして15分ほど駅まで歩くと、一体全体何年ぶりだ?というほどに、びしょ濡れになる。日ごろ、よほど雨に当たってなかったんだなぁと、ある意味感心してしまうほどだった。

     

    藍色に変わったジーンズを気にしながら、電車に乗り込み一路、東尾道へ。尾道からひと駅分動いただけだが、実はここでサプライズのお迎えをすることにしていた。翌朝の植樹祭のために尾道入りする、宮脇昭先生を迎えるためだ。今回の植樹祭の主催者は、ヨコハマタイヤで有名な横浜ゴムさん。以前から植樹祭でお世話になっていたが、今回はこの横浜ゴムの道工場で植樹祭が開かれることになっているのだ。午前中、名古屋で開かれていた別の植樹祭を終えた宮脇先生や横浜ゴムの関係者のみなさんがそろって東尾道へと入られたのである。改札でお迎えすると、宮脇先生は一瞬驚いたご様子。それもそのはず、ここに来るとは伝えてないのである。「あやのちゃん、先に来てたんですね」と先生たちと合流し、お言葉に甘えてそのまま尾道工場へと連れて行って頂くことにする。

     

    移動中、偶然見つけた艮神社のクスノキの話をし、デジカメの写真をお見せすると、先生は一発でこう見抜かれた。「天然記念物じゃないですかね」。さすが、先生。大正解である。県の天然記念物に指定されていたのである。「この写真はいいですね。これは使えますね」。そんな風に写真を見て頂きながら、翌朝の植樹会場である尾道工場へと向かっていた。

     

    どしゃぶりの雨の中、尾道工場に到着すると、ほどなくして社員のみなさんのリーダー研修が始められた。私や合流した植樹仲間も、その中に加えて頂き、宮脇先生の熱のこもった指導をしばしの間受けることになる。用意された50種類の苗木を見せ、実際に植え方を説明する先生は、今日午前中に名古屋で他の植樹祭を終えてきたばかりとは思えないほどにお元気だで、ほっとする。レインコートを羽織りながらの研修ではあったが、社員の皆さんが楽しそうに、真剣に先生の話に耳を傾け、そして試行錯誤しながらやり方を覚えているご様子に、私は翌日の植樹祭がますます楽しみになっていた。雨の中、寒さの中、現場を見、苗木に触れ、そして準備の大変さを、身をもって知る。それも、やっぱり学びのいい機会だと思う。風邪をひくかと思ったが、そんなこともなく、私はリーダー研修にお邪魔させてもらったことをありがたく思っていた。

     

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    宮脇先生や関係者にご挨拶をしたのち、仲間とともに尾道方面へ。やむことのない大雨の空を眺めながら、翌日の天気を何度も何度も案じることになる。天気予報では、雨、なのだ。今夜中に雨がやむのだろうか 。そんな思いを胸に、尾道駅近くの和食処「花あかり」で仲間や関係者と合流し、夕餉。久々に、温かく、心のこもったちゃんとしたご飯を頂けて、心底幸せである。尾道の海の幸をたらふく頂きながら、美味しい魚をぱくつきながら、仲間とわいわいやること4時間近く。

      

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    美味しく居心地の良い店に巡り合えたことを嬉しく思いながら、雨の夜が更けていった。

     

     

     

    June, 2008

    宮脇昭先生テレビ出演情報(6月8日)

     

    2008/5/23(分)

     

    本日はテレビのお知らせです。

     

    宮脇昭先生(横浜国立大学教授&国際生態学センター長)、そして植樹祭にご興味のある方はぜひご覧ください。

     

    生放送なので、放送時間が確定しておりませんが、朝から晩までちょこちょこ流れる模様です。

     

     

    日テレ13時間生放送「Touch ! eco 2008 明日のために・・ 55の挑戦?スペシャル」

    日時:200868日(日) 8:0021:00 

    番組WEB: http://www.ntv.co.jp/ecotv/index.html

     

     

     

    以上、お知らせでした。

     

    sandyayano

    (2008/6/6)

     

     

    June, 2008

    しみじみと思うこと  ~ 文字 ~

     

    2008/5/22

     

     

    最近、手書きの文章を見る機会がめっきり減りました。人のことは言えませんが、筆が遠のきやすくなっているのも、悲しいけれど事実です。

     

     

    Eメールに馴れた今、直筆の手紙をもらうととても嬉しく思います。そこには、手間ひまだけではなく、相手の思いが文字となってはっきり見えるような気がするからでしょう。パソコンで書かれた文章でも、サインだけは直筆で、というのもよく目にするものです。印刷された年賀状も、必ず直筆で一言加える、住所だけは手書きで書く。そんな方もいらっしゃるでしょう。人間としての温かい心と相手への思いを、少しでもあらわそうとしている。そんなようにも、私には思えます。

     

     

    一筆箋、絵ハガキ、レターセットにミニカード。ありとあらゆる種類の文が、今なおたくさん店頭で売られています。これらがなくならない限り、人というのは、人間らしい心を持ち続けていけるのかもしれません。

     

     

    最近、手書きで、何か書きましたか?

     

     

     

     

    June, 2008

    しみじみと思うこと ~ 生と死と ~

     

    2008/5/21

     

     

    しみじみと、思うこと。

     

     

    「この一瞬も、自分はまた死に向かって、歩んでいる」

     

     

    いつかもたらされる「死」を意識しながら人生を歩んでいくのは、決してネガティブなことではないはずです。自分のリミットを考え、それまでの人生をいかに暮らしていくかを考える。なくなって初めて気がつく大事な物の存在のように、「死」をどこかに感じながら「生」を全うするのも、それはそれで大切なことだと、時折、思います。

     

    そしてまた、自分の大切な人の命さえも、決して永遠でないことを思えば、きっと人間は、もっと、ずっと、やさしくなれるのでしょう。

     

     

    そんなことを、考えています。

     

     

    しみじみと思うこと ~ つながり編 ~

     

    2008/5/20

     

     

    しみじみと、思うこと。

     

     

    「人脈は、ぼーっとしてちゃ、築けない」

     

     

    あんぐりと口をあけ、何もせずに待っているだけでは、人脈もそして信頼関係も、何も築けないのです。

     

    成功を収めている方の多くが、そして、心が崇高で素敵な方の多くが、常日頃から筆まめで気配りのできる方だと身をもって感じられるのは、ありがたいことなのだろうと、ふと思います。

     

     

    そんな人にあやかるべく、筆まめで気配りのできる人間を目指したいと思う、今日この頃です。