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May, 2008 金曜の夜は (前編)
2008/5/16
金曜夜。9時少し前。
どうしてもこの日中に買いたいものがあった。必要な日が迫っている大事なものだ。
9時閉店の数分前、私は大慌てで目的のデパートへと駆け込もうとしていた。時間はさしてないが、きっと直感が働いて、迷わず5分足らずで買えるだろう。そんな気がしていたのである。ごった返した金曜の駅を走り抜け、私はわき目もふらず、目当ての店へと向かっていたのである。
時間はあと残り数分。でも選び始めれば、きっと店員に追い返されることもないだろう。そんな思いを胸に私は店へとたどり着いた。まだ賑わいを見せているそのデパート。私はエスカレーターで上にあがるべく店内を走っていた。
あと残り3分。私は焦りながらエスカレーターへと向かっていた。するとその直後、予想だにしない光景が目に入ってきた。エスカレーターの前に何やら立て看板が立っているのである。見慣れぬその立て看を見て私は思わず足を止めた。そして次の瞬間、こんなことを口にしてしまっていた。
「えっ、うそっ、なんでよ」
私の目に入ってきたのはそう、こんな言葉だったのだ。
「上の階の営業は8時で終了しました」
私はその瞬間、がっくりと肩を落としていた。何のために大急ぎで仕事を片付け、そして何のためにあんなに慌てて走っていたのかと。
金曜の夜だというにもかかわらず、私は何をしているのだろう。
私はしばらくの間、ただひとり、うなだれていた。動かないエスカレーターを前に、ひとり、足を、止めていた。
(後編へ続く。)
May, 2008 ある日の5月
2008/5/15
5月15日。まったくもって記憶がない1日。
仕事をしていたのは確かだろうが、私はどんな24時間を送っていたのだろう。今となってはその断片を、思い浮かべることさえない。
そんな時間。そんな1日。
ちょっと、自戒。
May, 2008 命の重さ
2008/5/14
法外な金で貸しに出されるパンダがいる。
食べる物さえ見つからず、命を絶たれる白クマがいる。
命の重さはどれも平等なのに、世の中はどこか何かが不公平だ。
そう思うのは歪んでいるだろうか。
いただきます
2008/5/13
とある平日の夜、21時頃。ようやく仕事を片付け、急いで日本橋のバーへ。実に久しぶりに、お気に入りの店へと向かうことができた。そして、これまた久々に、友との食事の時間である。
平日の夜にきちんとした食事を頂ける機会というのは、ここのところ、情けないほどにぐんと減っている。この日も、「こんなまともな夕食、いつぶり・・・?」と、記憶をたどるほどに、久しぶりの温かい食事だった。新鮮な野菜やお魚を頂き、体にじんわりと潤いと栄養が広がっているのさえ感じてしまう。1日の食事時間が、3食で20分程度という日々を送っている人間にとって、1回1時間以上の食事というのは、もはや、贅沢の極みに達している。
食べるとは、心と体を保つこと。
そんなことを身にしみて思うようになったのは、歳を重ねたせいだろうか。いや、それとも年老いたということだろうか。
答えはいずれにせよ、食べるとは、かくも美しく幸せなことかと感じ入った、平日の夜。
大手町での休日 (後編)
休日の朝、大手町に集まったたくさんの人。休みの日にはなかなか見られないこの人の集まりぶり。何かと言うと、神田祭のお神輿担ぎのための人の群れなのである。ご存知の方も多いと思うが、大手町には「将門塚」というものがあり、平将門の御首が祀られている。しかも今の将門塚は、もともと神田明神創建の場所であるようだ。この将門公を祀るための神輿というのは江戸時代から行われていたのだが、東京大空襲で神輿が紛失されてからというもの、その伝統は約60年にわたり消えさられていた。しかし、数年前から史蹟将門塚保存会が発足し、大手町、丸の内の企業も協力して神輿が復活されたのである。今年は2年に一度の「宮入り」の年ではないため、神田明神までは向かわないが、日本経済の中心地でもある大手町、丸の内界隈をお神輿が練り歩くことになっており、そのために多数のボランティア参加者が手を挙げた。つまりそう、私も、これに加わったというわけである。
お揃いの半纏を身にまとい、地下足袋を履いて外に出たところ、小雨がぱらぱらと降ってきていた。どうやら、雨逃れ女のパワーも今日はいまいちらしい。本降りにはならなかったものの、道路は雨で濡れている。外に出て待っている時点で、足袋はもう、完全にびちょびちょだ。言ってみれば、冷たい水たまりに素足を浸しているようなものだ。しかも気温は10度ばかり。もうこうなると、滝に打たれるような「荒行」にも近い。とはいえ、集まった人たちは、日ごろ周辺の企業で働くいわば普通のサラリーマンたち。当たり前だが、修行のノリではないのである。私も日ごろお世話になる企業との御縁もあって、昨年に引き続き参加したわけだが、すぐに風邪をひきそうなほどに寒い。雨は、いつまで降り続けるのだろう。
将門塚前に集合し、ご祈祷があったのち、いよいよ神輿が動き出す。約600キロの重さを支えるには、相当な人数が必要だが、男性ばかりの中では、小さい私はまったくもって役に立たない。なぜって、背が低すぎて届かないのである。とはいえ、女神輿になればなんとかそれなりに雰囲気もある。動き出してから小一時間ほどで、ありがたいことに雨がぴたりとやんだ。これでもう、寒い寒いと震えることもないだろう。そう思ったのも束の間、担ぎ手はそれなりに動いて温かくなるのだが、周りでただ歩いている人間はやはり寒いのである。休憩中も、いつもなら飛ぶように売れるビールや冷たい飲み物よりも、温かいお茶のほうに人が殺到したのだから、よっぽどの冷え込みである。始まった頃には700人前後と思しき人の群れも、お昼を前に、ぐんと少なくなった気がしていた。
誰もが風邪をひきそうな天気の中、大手町をめぐり、丸の内を練り歩き、気がつけば新丸ビルの近くまでやってきた。まだ新しい新丸ビルの左手には、古き良き時代を感じる日本工業倶楽部。そして、視線の先にはレンガ造りの東京駅。そして、真新しいGranTokyo Tower。いくつもの時代が融合したこの不思議な空間の中、伝統の象徴ともいえるお神輿が、数百人に支えられて練り歩いていく。その姿は、なんとも言葉にできない。一体何なのだろう、不思議で実にエキサイティングなこの風景は。担ぎ手の目に映るレンガ色の東京駅。無数のカメラがおさえたファインダーの絵図。外国人観光客の興味深そうな表情。かっこよく、誇れる東京の風景だったように思う。その一瞬に自分もいられたことが、なんとなくちょっと、嬉しいような感じがしていた。
朝10時から出発したお神輿も、午後3時過ぎに将門塚へと再び戻る。最高潮の盛り上がりを見せたフィナーレを迎え、盛大な拍手の中、今年の神田祭が終わりを迎えた。
目に見える伝統も。目に見えない伝統も。きっとそれを引き継ぐ者は、どこかの遠い誰かではなく、きっと身近な自分たちなのだろう。
貴重な1日に、感謝。
May, 2008 大手町での休日 (前編)
2008/5/11
爽やかな5月のイメージとは全く正反対の1日があった。気温は10度少し。低気圧でどんよりとした雨雲。見上げるだけで、気分がおもーくなるような日である。前日から天気予報を幾度となくチェックし、「うーん、どうなるんだ明日は」、そう思いながら朝を迎えたのである。
結局、翌朝外に出たとき、ほとんど雨は降っていなかった。曇り空である。「ほっ、よかった」。そう思ったのもつかの間、目的地に着いていくらかすると、ほんの少しだけパラパラと雨粒が落ちてきた。まるで冬のような寒い朝だ。
そんな中、私は大手町で身支度を整え、外に出ることにした。とは言え、別に一人でいるわけではない。周りには600人、700人という人の群れだ。日曜の朝、わざわざ大手町に集合した人にまぎれ、私は1日を始めることにした。
(後編へ続く・・・。引っ張っているわけでも、勿体ぶっているわけでもなんでもないんですけど・・・。)
May, 2008 続 お風呂の話
2008/5/10
(前回から続く)
お風呂が危険地帯とは一体どういうことだろう。そう思う方も多くおられることだろう。実際、お風呂は、リラックスする場所だし、きれいになってリフレッシュする場所である。が、私にとって、とりわけ忙しい時期の私にとっては、お風呂は危険な場所と化す時があるのである。
それは一体どういうときか。大抵は、体が疲れている時であることは言うまでもない。そして、できるだけ早く寝たい時であることにも違いない。つまり、早めにお風呂を出て、そして早めにベッドにもぐりたいと、心も体も思っている時なのである。
しかし、そんな時。そういう時こそが、一番危険な状態なのだ。というのも、お風呂に入り、「はぁ~、今日も疲れたぁ~」とふっと目を閉じて、束の間の平穏をゆっくりと楽しむ態勢になっているからだ。問題は、そう、ここからである。ふっと一瞬目を閉じた時点で、知らない間に眠りに落ちているのである。しかも、その眠りは、かなり半端じゃないレベルなのである。
平均的なのは、こんな感じだ。大抵、深夜12時半から1時位の間にお風呂に入り、はっと気がついたら、2時過ぎというものである。とは言えこれは、いたって序の口である。一番怖かったのは、12時前に入って、気がついたら、3時半だったという時だ。さすがに、お風呂のお湯も相当ぬるくなっていた。もちろん、疲れていれば疲れているほど、眠りが深く長くなってしまうわけで、早くきちんと寝たかった時に限って、お風呂でうっかり寝てしまう。そう、負の循環が生まれているわけである。しかも、移動中などでは眠りに落ちることができない私なのに、お風呂では、寝られてしまうのだ。
もちろんお湯に浸かりながら寝ているわけで、ある意味かなりの半身浴にはなっている。そのため、お風呂から出た時には体中の血のめぐりが良すぎて、ぐるんぐるんいっている時もままある。そして、異様なほどに喉が渇いている時もある。体重計に乗ったら、いっときであるとはいえ、すとんと体重が落ちている時もある。
そうして私は、はっと眠りから覚め、「またやっちゃったっ」と急いで身支度を整え、きちんとした眠りにつく準備をするわけである。が、体中の血がめぐりめぐりすぎてぽっかぽっか状態のままベッドにもぐっても、逆に眠りつけないというのが、常である。いやはや、眠いから、疲れているからこそ、お風呂に入ってベッドでゆっくり寝たいにも関わらず、お風呂の中で爆睡してしまうと、結局ちゃんとベッドで眠りにつくのが明け方になってしまう。そして翌朝は眠く、そしてまた夜になったら眠くなってお風呂の中で寝てしまうという、極めて不合理な悪循環なのである。しかも、どういうわけか、お風呂の中でいくら寝ても、ちゃんとした睡眠時間にカウントされていないような気もするのだ。まぁ、プールの中で、海の中で寝ているようなものだからだろうか。それだけ体に負担がかかるということか。とはいえ、湯船に浸からないで、お風呂に入らないで、そのままベッドで眠りに落ちてしまった朝よりは、まだ体がマシなのも事実である。そんなわけなので、多少?眠りに落ちたとしても、お風呂の効果はやっぱりあるのだなぁと思う今日この頃なのである。
とはいえ、1度か2度、本気で眠りに落ちすぎて、溺れそうになったこともあるので、それはそれでちょっとまずいし、何より、お風呂の中で朝3時半を迎えるときほど、自分がイヤになる時もないのである。
大丈夫だろうか。この、悪循環。目標は、半身浴をしても、1時半にはベッドに入って眠りについていることなのだが、それもほとんどできていない。
さて、この危険な状態。どうにもこうにも、困ったちゃんなのであった。自戒。
May, 2008 お風呂の話
2008/5/9
どうでもいい話ではあるが、私はお風呂が好きである。しかも、相当のお風呂大好き人間である。確か中学生の頃から、毎日のように半身浴をしたり、お風呂の中で本を読んだり、テスト前には暗記モノにいそしんだりもしていた。つまり、私にとってのお風呂というのは、シャワーではなく湯船にしっかり浸かるということを意味している。そんなわけだから、海外に行ってバスタブのない生活が数日間続くと、体がかなりしんどくなる。なんか、こう、体中が重く、いろんなものが滞って詰まっているような感じがするのだ。お湯に浸かるか、浸からないかだけで、これだけ体は変わるのかと驚くほどの違いなのである。
そんなお風呂。たいてい私は毎日なにかしらの入浴剤をバスタブに入れている。ローテーションがあるわけではないが、タラソテラピーのお塩のものや、海水と海草のエキスでつくられたとかいうもの、はたまた、お風呂用のブレンドアロマオイルやら、ごくごくシンプルなラベンダーやモミの木、ヒバなどのアロマオイルなどがある。気分と体調に合わせて、これらを毎日使って、お風呂を楽しんでいるというわけである。
さて、このお風呂。実は密かに深刻な問題があるのである。とはいえその問題は、別に入浴剤にあるわけではない。そうではなく、私にとって真夜中のお風呂というのは、ある種の危険地帯であることを私は言いたいのである。入浴剤ではなく、他の何かのもの。
それが何かはまた次回に書くことにしよう。
「平日」のはなし
2008/5/8
ここのところ平日は朝から晩まで仕事しかしていない。本当に我ながら感心、いや呆れるくらい、仕事しかしていない。そのため、平日にいたっては、まったくもって面白いネタも出来事もない。プライベートがほとんどないので、ブログに書けることも少ないというわけだ。
が、しかし。そういえば、夜中のネタは少々書けるではないか。別に取り立てて面白い話でもない。が、ちょっとお風呂の話をつらつらと書いてみようかとふと思う。
別にもったいぶっているわけではないけれど、そんなお風呂の話は次回へと。
May, 2008 休み明けの試練
2008/5/7
休み明けの仕事というのは、何度経験しても辛いものである。しかもそれが、長い連休明けだったりすると、休みボケもいいところで、「えーっと、何やるんでしたっけ・・・?」と自分で己に訊いてしまうほどのひどい有様である。
とはいえ、休み明けというのはメールも溜まっているし、やることも山積みだし、ふっと気がつけばあっという間に1日が過ぎているものでもある。
「へっ?!もう6時?!早すぎるっ!ちょっと待ってよっ!」
結局そんな焦りを感じながらも、毎夜毎夜、遅くまで残業に勤しむ日々なのであった。
「休日」はどこへゆく
2008/5/6
よく思うのだが、休日に入る前の心境は、大概いつもこんな感じである。
「はぁ~、休みだ~。やっと寝れる~。 (注:正しくは「寝られる」である)」
「明日、なにしよっかな~」
しかし、休みというのは、あっという間に過ぎ去っている。いや、時間を過ごしているのは正真正銘、この私自身なのだが、どういうわけか、休日の最後はいつも決まってこんな感じになってしまっている。
「はっ!明日仕事じゃんっ!」
「へっ?!もう連休終わりっ?!」
「えぇ~、一体何して過ごしてたのよぉ~!」
結局、休みというのは、「わくわく」もしくは「ほっ・・・」に始まり、「ひぃ~!」もしくは「えぇ~?!」あるいは「しまったっ!」で終わるものである。
小学生でも、大学生でも、いや、社会人でもこの法則はあんまり変わらないような気がしてしまう。
どこかにおられないだろうか。
「こんなに休みあっても困っちゃうんだけど~」
というお方。
私に、休みを、分けてちょうだい。
ま、あり得ない話なのだけれど。現実逃避の今日この頃。
May, 2008 IGES設立10周年記念3000本植樹祭へ
2008/5/5
朝7時前。(財)地球環境戦略研究機関(IGES)の宿泊施設で目を覚まし、身支度を整え、食事をとる。朝から植樹仲間とご飯を頂くと、修学旅行のような気分で、なんとも面白い。その後、すぐに植樹祭の現場へと向かい、朝の8時から動きまくることにする。
今日ここで行われる植樹祭。規模は3000本であり、苗木の種類はタブノキ、スダジイ、アカガシ、シラカシなど常緑広葉樹を中心とした25種類だ。これらの木々をきちんと植え、豊かな森にするためにも、朝一番からまたしても土の掘り起こし作業にとりかかることになる。とりわけ、人がよく歩くために硬くなっている部分の地面を、昨日と同じように大きなシャベルでえっさえっさと掘り起こすのだ。まだ朝の8時過ぎというのに、全身汗だくになり、下手するとくらっと倒れそうになる。天気も少々うす曇りで、ある意味これもありがたい。朝から1時間半ほど土と格闘していると、10時の開会式を前に、次々と人が集まりはじめてきた。
植栽地でシャベル片手に奮闘していると、あっちこっちから声がかかる。大笑いしながら、写真を撮る人さえいる。何かというと、そう、私のことだ。私がラバーブーツを履き、シャベルをもって硬い地面と向き合っているのを見て、驚き、笑っているのである。というのも、実は私はあんまり体力がなく、人並み以下の力しかない。しかも、重いものも運べないし、まったくもって肉体労働に向いてない人間なのである。しかも、いつもラバーブーツなんて履かないし、作業っぽい格好をもしていない。そんな私が、シャベル片手に働いているのだから、周りは大受けであったらしい。「いや~いいね~その格好~!」と何人にも笑われる始末である。「土が硬くて、大変なんだよぉ~!」と反論したが、きっとそれも、みな、植えた時に理解されたことだろう。いやはや、準備とは地味で大変だが、やりがいのある労働なのである。
その後、10時になり開会式が始まる。集まった参加者は500名以上。実は当初200名ほどの参加者を予定していたらしいのだが、連休ということもあり家族連れも多く、予想をはるかに超えた人が様々な場所から参加されたという。主催者挨拶や来賓挨拶に続き、宮脇昭先生の熱のこもった指導へと続く。
実は今回の植樹祭、ある種の特徴がひとつあった。それは、会場内のすぐ裏にある小高い丘に、森が見えたということだ。昨日初めて訪れた際から気がつき、心底驚いた事実だったのだが、実は、IGESが設立された10年前に敷地内に宮脇先生指導による森が作られていたのである。それは、もう誰が見ても人工林とは思えない立派な森で、誰しもが「昔からある森」と思うような自然で豊かな森だった。しかし、話はそれだけではない。実はその森の手前に、ポツンポツンと木が植わっている部分があるのである。よく見ると、背の高い木からまだ1メートルくらいの木までいろいろなのだが、樹種はというと、シラカシやタブノキなどの、今回の植樹祭でも使われる木々なのである。私は最初その景色を見た際に、「最近植えたんだろうか?」と思ったのだが、実はよくよく聞いてみれば、10年前にIGES設立記念で宮脇方式の森が生まれたのち、同じ木の種類を違うやり方で植木屋さんが植えたというのである。が、その姿は「森」とはいえず、それほど成長もしていない。同じ木の種類でも、植え方が違うと、ここまで違うのか。現実を目の当たりにし、私だけではなく、周りの人すべてが同じことを思っていた。それは、植樹関係者だけではない。今日初めて木を植える人にとっても、その姿は一目瞭然だった。「今日植えたら10年後、みなさんの木はあの森になります」。そう目の前で見せられたら、ぼんやりとしたイメージは一気にリアルな姿になる。これほどまではっきりとした効果、つまり以前に植えられた森を見ながら、新たな木を植えるというのはなかなかそうあることではない。私は、海外ではこのような経験があったものの、日本では経験したことがなかったので、「百聞は一見にしかず」の言葉を痛感したのであった。
盛り上がりの開会式ののち、参加者は8班に分かれそれぞれのブロックへと向かっていった。私もスタッフとしてお手伝いすることになっていたので、担当ブロックの参加者の皆さんに植え方を説明し、苗木の扱い方を説明した。そして、「今日みなさんが愛情込めて植えれば、10年後はあの森になります」と何度も繰り返した。参加者の多くの方は初めて木を植える方ばかりだったが、目に見える森の姿を想像しながら苗木を植えると、やはりやり方も思い入れも変わってくるのだろ。私は今までいろんな場所でたくさんの人と一緒に木を植えてきたが、これほどまでに参加者の方が意欲的で、協力的だったのは、そんなにしょっちゅうあることではない。やはり、「百聞は一見に如かず」が功を奏したのであろう。みなさん、実に楽しそうに元気に、そして夢中になって木々を大地に植えていく。昨日1日かけて、大変な思いをして、みんなで土を掘り起こしたのも、これできっと報われるだろう。そう思いながら、約1時間にわたり、参加者約50名で400本弱の苗木を植え、マルチング用の稲わらを敷き詰め、さらに藁を飛ばないようロープ張りまでの作業を終えた。中には、2歳の男の子から70代と思しきお歳の方までいらっしゃった。家族連れの方、友人同士の方、ご近所の方と一緒の方。ゴールデンウィークのこの日。みなさんがどんな思いで、一本一本の苗木を植えていかれたのだろう。そんなことを思うと、やっぱり、ちょっと嬉しくなる。最後の片付けまで手伝ってくれた方もいた。お腹の大きいママさんもいた。幼いお孫さんをはじめ3代そろったご家族もいた。まったく知らない人同士、ふと気がつけば、お互い楽しみながら、協力しながら一緒に木を植えていく。そんな植樹祭の醍醐味と、素晴らしさを、私はまたしても改めて強く感じることとなった。
すべての作業を終えてご挨拶をしたのち、参加者の皆さんはイベントのために、開会式会場へと戻っていかれた。「森づくり讃歌」を実に美しく清らかな声で歌う、クラシック歌手雨谷麻世さんのコンサートである。今回のこの歌は、クラシックとポップスの融合という感じのなじみやすい曲調で、会場内は手拍子で沸いている。離れた植栽地からその透き通る歌声を聴きながら、私は最後の片付けと苗木のチェックに傾注することにした。
すべてのイベントが終了したころで、ようやく私の作業も終わりに近づいてきた。そんな頃、あっちこっちで参加者の皆さんが記念写真を撮っていることに気がついた。いつもよりも、家族連れが多いせいだろうか、連休だからだろうか、植えた苗木の前で嬉しそうに記念撮影をしている方が非常に多いのである。私はできる限り、写真を撮ろうとしている方に声をかけるようにした。やっぱり、全員集合の写真があったほうがいいではないか。たった一人欠けてても、やっぱりちょっともったいない。せっかくの貴重な植樹祭なのだから。写真をお撮りすると、いろんな方から質問が寄せられる。「どれくらいで木は大きくなるんですか?」、「つぎ、どこか植樹祭がないですか?」などなどだ。「早ければ、1、2年後には、みなさんの背を超しますよ~」というと、大抵の方が「えぇ~、そんなに早いの~」と驚かれる。さらに、「毎年来て同じ場所で写真を撮る方もよくいらっしゃいますよ。成長がよくわかりますからね」と付け加えると、みなさん納得される。「また来ようね~」と家族でお話しされる方、「楽しみだね~」と嬉しそうに語る方。お腹に新しい命を宿したママさんが、「この子のためにもね」と語られたりすると、私はもう、ちょっとうるっと来てしまいそうになる。参加した人の心や気持ちが見える、こんな瞬間が、私はやっぱり好きなのだ。
写真を撮ったりしていると、あちらこちらから次々と声がかかる。同じ班だった方、久々にお会いした方、どこかの植樹祭でご一緒していたという方。記憶にある方も、恐縮ながら記憶にない方もいらっしゃったが、どこかでご一緒したことを覚えて声をかけてくださった方がいることに、驚きつつも嬉しさを感じていた。記念写真を撮ったり、連絡先を交換したり。植樹祭での出会いは、不思議なほどに気持ちがいい。またどこかでご一緒できる機会があればいいなと思いながら、たくさんの人に「おつかれさまでした~」と声をかけ、何人もの子供たちに手を振った。
参加者のみなさんが帰られた後、最後の片付けまで手伝い、すべての作業を終了する。明日の植樹祭開催地へと向かう宮脇先生をお見送りしたのち、午後1時過ぎにようやくお昼となる。もう、走り回り、動き周りで、私のスイッチは一気にオフになりかかっていた。ご飯を食べるだけでふらふらになり、身支度を整え、お世話になった皆さんにご挨拶をしたところで、完全に眠りに落ちそうになっていた。エネルギーを消耗しすぎて、記憶が飛びそうになっていた。とはいえ、帰り道は、大混雑した路線バス。乗車率300%というほどのバスに揺られ、予定時間の2倍の約1時間をかけて、ようやく最寄り駅の逗子駅へと到着する。ふらんふらんになりながら、仲間と別れ、ひとり近くにあったモスバーガーで一休みとする。このままでは電車にも乗れない。久々にモスでデザートとカフェラテを頂き、30分ほどしたところでようやく正気が戻ってくる。さすが、甘味とコーヒーの力はいつもながら偉大だ。
その後、電車に揺られ、一路東京方面へ。一瞬眠りに落ちて、体がふっと軽くなる。普段、移動時に寝られない厄介な私にとっては、ありがたき睡眠だ。重いスーツケースを引っぱりながら銀座へ向かい、ご褒美にとファンケルでフェイシャルエステを受ける。苗木に水が必要なように、私の火照った肌にも、潤いが必要だ。
横になり、やさしい手に癒されながら、すとんと眠りに落ちていった。
お世話になったみなさま、ご一緒したみなさまに、心から感謝。
May, 2008 植樹祭を目前に
2008/5/4
朝7時半、家を出て一路神奈川県・葉山へ。電車とバスを乗り継いで、2時間以上の長い道のり。1時間に1、2本しかない貴重な路線バスに揺られながら、目的地の(財)地球環境戦略研究機関へと到着する。IGESの名で有名な、日本を代表する環境系の研究機関である。
今日ここを訪れたのにはわけがある。ゴールデンウィーク期間に、ここIGESで宮脇昭先生指導の植樹祭が行われることになっているのだ。宮脇先生は横浜にある国際生態学センター(JISE)のセンター長であるが、このJISEは1年前にIGESと統合しているのである。ちょうどIGES、JISEが統合して1周年の節目であり、さらにはIGESの設立10周年を記念して、IGESの敷地内に本物の森を作ることになったのである。
10時前にようやくIGESにたどり着くと、すでに数日前から準備作業に入っているスタッフの方々や植樹仲間と合流する。今回の植樹祭は、IGESのスタッフ、そしてJISEのスタッフが中心となり、かなり手作りで準備が進められている。そのため、ゴールデンウィーク期間もスタッフのみなさんは休み返上で植樹の準備作業に勤しまれていた。私も、そんな手作りの植樹祭をお手伝いするべく、植樹祭の前日から現場入りさせて頂くこととなった。到着するやいなや、身支度を整え、今日初めておろすラバーブーツ、つまりは可愛い長靴にはきかえ、現場に立つことにする。するとちょうどタイミング良く、宮脇先生が現場に入られる。ご挨拶ののち、宮脇先生の熱心な指導のもと、スタッフ約30名が一気に作業へとりかかることになった。
今回の植栽地は、もともと石の多い地質であること、さらには若干粘土質ということもあり、掘り返すのも容易ではない。大きなシャベル(正確には剣先スコップ?)の上にぴょんと飛び乗って、土をやわらかくほぐしていくのだが、これが一筋縄ではいかない。が、みなで一心不乱に作業を続ける。なにせ、植物にとって、土は一番大事な要素だ。土が硬いと根が張りにくく、また最初に起こさないと酸素が入りにくい。そして、水はけが悪いと、植物の根が腐ってしまうこともある。私流に例えてみれば、植栽地の地面はスポンジケーキやシフォンケーキのようにふわふわと空気が入っているほうがよく、これであれば根が張りやすい。しかし、硬いままの土であったり、足で地面を踏んでぎゅっと固めてしまったりすると、どんどんと土は硬くなり、あたかもぎっちりとしたパウンドケーキや羊羹やういろうや、はたまたこんにゃくのように空気が抜けて、根が入りにくいのである。そのため、ほぼ朝から夕方までかけて、みなでスコップ片手に格闘しまくることになる。シャベルを地面に刺しては、ぴょんととび乗り、ぐらぐらとゆらして土を起こす。この繰り返し。何度も何度もこの繰り返し。しばらくやっていると、手は真っ赤になり、タコやマメができそうになる。長靴を履いているとは言え、すでに足の裏も痛くなってくる。腰も、肩も、腕も痛い。みなで、「ひぃ~、土が硬いぃ~」、「腰がいだいぃ~」なんてことを時折言いながらも、私たちは汗をかきかき、土を掘り起こしていった。
時に笑い、時に黙々とだまる。途中お昼休憩をはさんだ頃には、午後を乗り切れるだろうかというほどに疲れ切っていた。お弁当を頂き、そして10分ほどストレッチをし、ちょっと休むとだいぶ体が回復した。ストレッチしないでこの日を終えたら、おそらく1週間は体が言うことをきかないだろう。それくらいに私もみんなも体をつかいまくっていた。私の人生史上、もっともよく働いた1日であることは間違いない。準備が大方終わった頃、翌日の本番に向けてのリーダー研修。宮脇先生の真剣な指導で、みんな一生懸命だ。環境分野にもともと馴染みが深い方ばかりということもあり、先生の指導も普段より専門的で私にとっても得るものが多かった。さすが、IGESでの植樹祭である。研修が終わると、再びシャベルで土と格闘し、米俵のように巨大な稲わらを運ぶ。そして、ありとあらゆる準備にみなで勤しむ。日が暮れ始めた夕方6時頃にはとんでもない疲労感とともに、得も言われぬ達成感にみな包まれていたことは言うまでもない。ありがたいことに1日中曇り空だったので、それほど顔も赤くならずに済んでいた。晴れていたら、どれほどに日焼け止めを塗りたくっていても、きっと相当赤くなってしまったことだろう。いやはや、助かった。
夕方6時半過ぎ。長いようで短い準備作業の一日が終了する。植樹祭を行うには、多くの人の善意とご尽力がかかせない。スタッフ手作りの植樹祭。1日だけでもフルに準備をお手伝いできたのは、私にとっても実に有意義で楽しく、素晴らしい経験だった。
夜7時半ごろ。作業を無事に終えた後、20人ほどの大所帯で仲良く夕食を囲む。お酒も入り、ようやくビールにありつけたというみんなは、実にご機嫌だ。アルコールを受け付けない私も、美味しいご飯をひたすら頂き、労働の後の至福の時間をみなと楽しく過ごすことになった。
食べ、飲み、しゃべり。食べ、飲み、笑い。久々に夜中まで笑いあかし、しゃべりあかす。
よく働き、よく笑った1日は、あっという間に、過ぎ去っていった。
May, 2008 お手本な休日
2008/5/3
それは実に気持ちの良い1日だった。有意義で無駄のない、充実した土曜日だった。
確か天気予報では、1日雨と言っていたはずだ。しかし、朝9時頃。家を出ると曇り空だったせいで、私はそんな天気予報のことなんてすっかりどこかへ忘れていた。うっかり、傘を持たずに家を出てしまったのだ。
10時前。東京に到着すると、ポツポツと雨が降り始めていた。地下街に入ったため全く濡れなかったが、傘を持たない私はこれからの天気をちょっと案じていた。いくら雨逃れ女でも、今日1日逃れきることなどできないだろう。
そんなことを思いながら、10時の開店数分前のタータンショップヨークに駆け込んだ。のだめちゃんでおなじみのタータンチェックのお洋服屋さんである。シャッターは少ししか開いていなかったが、中をのぞくと仲良しの店員さん。ありがたいことに、中に入り、ものの3分で用を済ませた。今日は、買うのではなく、出すのである。以前に買ったワンピースの丈つめをお願いし、「じゃね~」と開店前に店を出る。そしてそのまま走って山手線に駆け込み、10時10分には有楽町駅近くの眼科に駆け込んでいた。実は数日前に訪れたところ、平日夜だったこともあり、コンタクトレンズのための検査と診察で1時間半という恐ろしい待ち時間で購入をあきらめていたのである。が、うって変わって、今日はゴールデンウィークの朝一番ということもあり、ものの30分程度で会計までが済んでしまった。混雑が、いかに時間を浪費するのかを、身をもって実感した。
その後、パラパラ雨を逃れながら、走って東銀座へと向かっていく。コンタクトレンズを買ったのが10時40分。そして、目的地の新橋演舞場に到着したのが、10時57分。開演前ギリギリで、滑り込みである。
実はこの日、新橋演舞場を訪れたのは、突然舞い込んできたチケットのおかげであった。実にありがたいことに、かなりいい席のチケットを譲り受けてしまったのである。しかも、今月の舞台は五月大歌舞伎。私の好きな歌舞伎、そして舞踊が見られ、さらには超豪華キャストが目白押しというのだから、それはそれはもうありがたいことこの上ない。久々に新橋演舞場を訪れ、大急ぎで指定の座席へ。ほどなく場内が暗くなり、私はどっぷりと伝統芸能の世界へと入り込むことになる。実に、久しぶりの、和の世界に、だ。
11時から始まった午前の部は、途中2回の幕間をはさみ、15時半過ぎに終了という非常にたっぷりとした充実の時間であった。キャストには、歌舞伎を知らない方でも名前はご存知であろうという方ばかり。中村吉右衛門氏、市川染五郎氏、市川亀治郎氏に、中村福助氏などなど。こんな素晴らしいキャストを見られるなんて、実に贅沢な舞台だ。1時間半に及ぶ歌舞伎「毛谷村」ののち、舞踊が3本。超有名な「藤娘」に始まり「三社祭」、「勢獅子」と続く。さらに、最後にはまたしても1時間半もの歌舞伎。私は、以前から日本舞踊を少々かじっているせいか、歌舞伎よりも舞踊を見るときに、気合いが入ってしまう癖があるのだが、今回もそれはそれは素晴らしい舞台で、私は心底日舞の世界に酔いしれていた。
女形として名高い中村福助氏の「藤娘」も実に艶やかでかわいらしく、非常に素晴らしかったが、実はこの日、私が一番脱帽したのは、市川染五郎氏の舞踊であった。歌舞伎の役ももちろん良かったのだが、市川亀治郎氏との2人踊り「三社祭」を見て、私はとにかく驚愕してしまった。以前、確か染五郎氏の何かの踊りを見た気もするのだが、これほどまでに踊りの名手だったとは、と心底驚いてしまったのである。名実ともに知られる染五郎、亀治郎両氏だが、この二人があわさると、こんなにも素晴らしい舞踊が生まれるとは。私の期待はいい意味で大きく裏切られ、その実力とセンスに脱帽するしかなかった。間の取り方、息の合わせ方がもちろんぴったりなのは言うまでもないが、それ以上に空気の作り方とみなぎるエネルギーに圧倒され、吸い込まれるようだった。「三社祭」はテンポが早い上に、手数も多く、飛んだり跳ねたりという大きな振りも多い踊りである。一呼吸も十分に置く余裕がないようなノンストップの動きなのだ。しかも、信じられないことに、その直前には1時間半の歌舞伎を魅せており、さらに直後にはいくつもの違う演目が待ちかねている。午前の部で4時間近く舞台に立ち続け、そして夜の部でも通し狂言に出演する。これをほぼ毎日1か月続けるというのだから、ある意味、歌舞伎役者は、様々なジャンルの舞踊の中でも、最もハードな演じ手、踊り手に違いない。今まで歌舞伎を何度も見てきたにもかかわらず、これほどまでに役者のタフさとプロ意識を感じたことがなく、私は改めて歌舞伎の奥深さ、そして花形役者の真の力に恐れ入ったのであった。終わった瞬間、割れんばかりの拍手が起こったのは言うまでもない。できることならば、この日の舞踊をもう一度生で見てみたい。いや、できることならば、DVDで発売してくれないだろうかというほどに、素晴らしすぎる舞台であった。
大満足すぎる歌舞伎の世界ののち、新橋演舞場を出ると、雨上がりの空が待ち受けていた。爽やかな風を受けながら、時刻を見ると、3時45分。ちょうど4時15分からのジムのレッスンに出られる。私はごった返した銀座の街をすり抜け、遅刻することなくジムへと到着した。その後、1時間ゆったりと体を動かしジムを出、さらにいくつかの買い物をスムーズに済ませ、7時頃に帰途に就くことにした。
平日ではできないようなことばかりをぎゅっと凝縮した土曜日の休日。買い物に、病院に、歌舞伎に、運動。ありがたいほどに時間の流れがよく、雨にも降られず、いい休日のお手本のような1日だった。
こんな日はちょっと、やっぱり得した気分だ。それが人間というものだろう。
May, 2008 新緑の頃に
2008/5/2
4月から5月にかけて、垣根など街中のいたるところが朱のような赤色で染まっている。新緑と同時に目を楽しませてくれる、葉っぱの赤ちゃんたちだ。まだ葉緑素を持たない赤色の葉っぱを見ると、あぁ、春だなぁとしみじみ思う。深緑の大人の葉っぱもあれば、薄黄緑色や真っ赤の赤ちゃん葉っぱもある。いずれ同じ緑になる常緑樹の葉っぱでも、形も色も違うこの時期は、なんだかちょっと嬉しくなってしまう。
風薫る5月。この新緑の季節、健やかな日々が皆さまにもたらされますよう。
May, 2008 長いもばなし
2008/5/1
夜、珍しく大人数で会食へ。初めて訪れたお店だったため、雰囲気もお味も皆目見当がつかなかったが、有機野菜を売りにするヘルシーな和食屋さんでほっと一安心である。普段あんまり夕食をきちんととらない私にとって、しっかりとした外食が二晩も続くというのは、かなりキツイものがあるのだが、野菜を中心としたあっさりとしたコースだったため、少々助かる。
中でもこの日、一番美味しく面白かったのは、長いもの素揚げであった。まるでフライドポテト20本分はあろうかというほどに大きくて太い長いもが、皮つきで揚げてあるのである。お皿に盛られて出てきたその姿を見た時は、「これ、ガーリックトーストですか?」と聞きそうになるほどに、長いもとは似ても似つかない見た目であった。つまり、長いもの素揚げだとは誰ひとり気がつかなったほどなのだ。が、恐る恐る口にしてみると、その巨大な見た目とは裏腹に、カリッ、サクッ、ほわっ、とろっ、そしてまたシャキッという全く異なる繊細な食感が次から次へとやってくるではないか。しかも、長いもの持つ自然で豊かな甘みが口の中でばぁ~と広がり、「えぇ~、長いもってこんなにおいしかったの~!?」と衝撃すら覚えるほどであったのだ。いやはや、今まで長いもと言えば、すり下ろして「とろろ」にするだとか、千切りにして生で頂くとか、はたまた「とろろ」を海苔で巻いて揚げるだとか、そんなものしか知らなかったが、素揚げでこんなに美味しいとは、まったくもって驚きなのであった。
しかし、そういえば、前夜にカイバルで頂いた温野菜サラダにも、蒸した長いもが入っていて、実に美味しかったっけ。とはいえ、やはり単に素材がいいだけではなく、揚げ方や蒸し方の腕も実に良かったのだろう。家で自分でトライしてみても、あの味が再現できるとはちょっと思いにくい。そんなわけで、久々に新しいお店に行き、素晴らしき長いもと出会えたのは、私にとって新鮮で楽しいできごとなのであった。
長いもくん、ばんざい。
美味しく楽しく健康に
2008/4/30
夜8時ごろ。銀座のお気に入りのレストラン、カイバルへ。
当夜は後輩たちとの楽しいお夕飯である。私の大好きな北インド料理カイバルを久々に訪れ、皆でひたすら美味しいお料理を堪能することになる。いつも頂くお気に入りメニューをチョイスしたが、やはり何度頂いても、ここのメニューはとにかく素晴らしく美味である。しかも、野菜の使い方、香辛料の使い方が抜群で、「野菜ってこんなにおいしかったの~」、「香辛料ってすごいぃ~」とそれはもう感激の連続なのである。
そしてこれは、なんとなくの気のせいかもしれないのだが、ここのお料理を頂くと、普段とらないスパイスやハーブといった食材のおかげなのか、非常に睡眠が深くなり、次の日にはどことなく体の調子が良くなっている気がするのである。まぁ、カレーなんかだって、薬膳みたいな効果があるのかもしれないし、体が元気になるのも当然と言えば当然なのだろう。そんなわけで、美味しく、楽しく、そしてヘルシーで素晴らしいお料理の数々にまたしても感服した私なのであった。
カイバル、ばんざい。
May, 2008 落合八幡神社千年の杜づくり植樹祭へ
2008/4/29
朝7時過ぎ。厚木のホテルを出て朝食を軽くとり、そのまま小田急に乗り神奈川県の秦野駅へ。今日はこの秦野の地で植樹祭が開かれることになっている。駅からバスに揺られること10分弱。目的地の落合八幡神社へと到着する。今回は、出雲大社相模分祠が中心となり、落合八幡神社、毎日新聞や秦野市、さらに地元の森林組合が協力しての植樹祭だ。昨年春に、秦野の出雲大社で植樹祭が開かれた際にもお手伝いに伺ったが、今回もスタッフとしてお邪魔させていただくことになった。
仲間とともに会場へ向かうと、驚くほどに傾斜の厳しい山の中腹に神社が位置していた。どうやら今回の植樹祭、神社の社殿が昨年作り変えられたことを記念として企画され、社殿を囲む鎮守の森をつくるということらしい。開会式を前に行われたリーダー研修では、そんな植栽地の中でもトップクラスの傾斜の場所に木を植えることになる。今回のリーダーはほとんどが経験者なのでさして問題はないが、まるで壁のような植栽地に思わず驚いてしまう。いや、植えることに驚くのではなく、「よくこんなすごいところ植栽地にしたなぁ」という準備の大変さのほうである。新しい社殿を大きく囲む形で植栽地は作られているのだが、なにせ傾斜のきつい山であり、相当に大変な作業であったことが簡単に見て取れるのだ。おそらくは昔に植えられたであろうスギやヒノキをある程度残しながらも、植栽地を作るためにみごとに開墾されている。聞けば、3月から準備作業がはじめられ、延べ人数で約300名のボランティアが尽力されたという。やはり、多くの人の善意と力のおかげで植樹祭が行われているのである。
木目の新しい社殿を前に、境内に集まった人はなんと700人近く。予想の2倍近くの参加者である。神社の氏子や一般参加の方が休みの日にこの落合八幡神社へと詰めかけ、かなりの盛り上がりの中、開会式が始まった。主催者挨拶、来賓挨拶と続き、宮脇昭先生の植樹指導が始まると、会場内に何度も笑いが起こる。単なる植樹指導ではなく、時折シニカルなジョークやユーモアをたっぷり交えるのが宮脇先生流だ。さらには、テレビの取材で訪れていた「NEWS ZERO」キャスター小林麻央ちゃんも舞台に上がり、会場内は沸きに沸いていた。
盛り上がりの開会式が終了すると、いよいよ植樹開始である。700人近い参加者は12ブロックに分かれ、それぞれの場所へとゆっくり移動していく。傾斜のきつい坂を上りきり後ろを振り返ると、眼下には秦野の町。天気もよく、空気もすがすがしい。そんな爽やかな陽気の中、40名ほどの方々と一緒に木を植えることにする。今回植えるのはタブノキ、スダジイ、アラカシ、アカガシ、シラカシ、ウラジロガシ、サカキ、ヒサカキなどなど常緑広葉樹を中心とした苗木たち約5000本。参加者の多くは、日ごろ土に慣れていそうな方ばかりで、少し植え方を説明すると、ものの見事に理解される。みなさん、手なれた感じで楽しそうに木々を植栽地に植えていく。私の担当ブロックは、大人ばかりということもあり、要領よくてきぱきと作業が進んでいった。
苗木を植えた後は、たくさんかき集められていた落ち葉を地面に敷き詰めていく作業に移る。これをマルチングといい、宮脇方式の植樹では稲わらを使うことが多いが、今回は落ち葉でのマルチングである。他にもマルチングの材料としては、枝打ちしたヒノキの枝葉や、収穫後のサトウキビ、はたまた枯れ草など、その土地で手に入る様々な植物で代用することもできる。このマルチングでは、水分の蒸発を抑え、乾燥を防いだり、苗木が風で倒れるのを防いだり、はたまた分解されて土に還り、ゆくゆくは苗木の養分になったりといろんな効果がある。そんなマルチング用の落ち葉をトレイに入れ、次から次へと手渡しで渡していると、自然と参加者みんなが協力していくのがよくわかる。植樹祭のいいところは、見ず知らずの人と自然に協力して、最後には笑顔になってしまうところだ。しかも、この植樹祭。何度やっても全てが違い、何度やっても全てが新鮮なのである。すでに私は、数十回宮脇先生の植樹祭に出ているが、毎回学ぶことが、感じることが非常に多く、まったくもって飽きるということがない。これは、私以外の多くの人も同じように感じていることであり、実際、「去年の出雲大社の植樹にも行ったのよ」という参加者の方もまわりにたくさんいらっしゃった。
「何度やっても楽しい」。そんな思いを一人でも多くの方に知ってもらいたい。そんなことを思いながら、今回もすべての作業を無事に終了する。約1時間の作業を経て、参加者の方々は満足そうな表情でそれぞれの帰途についていった。
植栽地のチェックを終え、宮脇先生をお見送りしたのち、片付け作業に入ることにする。苗木のビニールポットやトレイ、バケツ、ほうきなどいろいろな物を片付け、水洗いする。木を植えるだけではなく、準備や片付けまで手伝うのが、大切で楽しいことだと最近よく思う。お昼も過ぎ1時半ごろ、関係者に挨拶をし、植樹会場を後にすることにした。今日もまた楽しくも貴重な経験をでき、心がちょっと穏やかでいい気持になる。
仲間と落合八幡神社を離れ、秦野駅近くで遅いランチ。お腹いっぱいになったところですっかり眠くなり、電車に乗り込むと、ついついうとうととしてしまう。
小田急から千代田線へと乗り換え、いつもの都心へ戻ることにした。
充実の一日。お世話になった皆様に、感謝。
May, 2008 眠れない夜
2008/4/28
夜、8時半過ぎにオフィスを出て、電車を乗りつぎ、神奈川県の厚木方面へ。久々の小田急線は、休みの合間ということもあってかいつもより少し空いている。とはいえ、結局1時間半近く座ることもできず、目的地についたときにはぐったりとしてしまっていた。
夜10時半ごろ厚木のホテルへチェックイン。翌朝の早さを気にしながらも、なぜかほとんど眠りにつくことができない。体は疲れているのに、どうして眠りに落ちないのだろう。結局まともな睡眠をとることもなく、朝を迎えることになる。さて、大丈夫なのだろうか。この体。
正直な体
2008/4/27
密かに最近私が気になっているのが、手の爪のことである。日ごろ、そんなに気にしていなかった爪の存在だが、どういうわけかこの1カ月ほど不調に悩まされている。何かといえば、二枚爪だ。今までこんなことほとんどなかったのだが、なぜだかここのところ、すぐに爪がおかしくなってしまう。理由が何かいまいちわからなかった私は、この「二枚爪」をネットで調べてみると、どうやら乾燥と食生活の乱れ、とりわけタンパク質やアミノ酸の不足というのが原因であるようだ。そういえば、4月はとりわけ仕事が忙しく、まともな食事がとれないことも多かった。野菜不足だけは常日頃気にしているが、あまりタンパク質を気にしたことはない。そして、春先の乾燥も体のあちこちで感じでいた。そして、そんな食事の乱れと乾燥があわさり、爪にまで影響が出たということらしい。正直と言えば、ほんとに正直な体である。ひたすら保湿クリームを塗り、食生活に気をつけるということを心がけているが、まだまだ治るのは先のことになりそうだ。
今の体の状態は、自分自身が作り出しているんだなぁと妙に実感している今日この頃なのであった。
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