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March, 2009 こぶしの花
2009/3/12
ある日の朝。通勤途中。ふと気がついたら、こぶしの花が咲いていた。
青空の下、やさしいアイボリーの花が、まばゆいほどに映えていた。
おおきなリボンをつけたような、そのこぶしの木。
静かに春の訪れを告げる梅でもなければ、豪華に咲き誇る桜でもない。
3月の頃、ふわっと咲いているこのこぶしの花が、私は昔から大好きだ。
あぁ、今年も春が来たんだなぁ。
ひとときのやさしさを見せる、こぶしの花。
気がつけば、ふと、時の移ろいを感じていた。
March, 2009 くるりんふたたび
2009/3/11
休日のある夜。久しぶりに銀座の美容院へ。気がつけば2か月も髪を切っていなかった私は、もう限界とばかり予約を入れて、久々にパーマをかけることにした。すっかりくるくるも落ちて、まっすぐストレートになっていた私の髪。髪がおとなしくなると、性格までおとなしくなる気がするのはなぜだろう。気合いというか、やる気がでず、どうも内向きになってしまうのだ。
美容室にお邪魔してから2時間後。しばらくぶりにふわふわくるりんと弾む髪を見て、なんだか気分まで軽くなる。やはり、こっちのほうが私は楽だ。
ふと、思ったが、くるくるふわふわ髪がトレードマークの人には、こんな方々がいる。
葉加瀬太郎氏、パパイヤ鈴木氏、篠山紀信氏もくるくる髪だし、小澤征爾マエストロもふわふわ髪だ。
音楽、踊り、写真など、芸術肌の方が多いのは、気のせいか。まぁもちろん、会社勤めのサラリーマンは無理だろうが、内なるものを外に出すという表現者が多いのは、なんとなくわかるような気もしてしまう。では女性は?と言われると、あまり思いつく方もいないのだが、ころころ髪型を変えられるからだろうか。
ピアノも歌も、踊りも写真もやってきた私だが、職業は芸術家とは程遠い。いや、もちろん、芸術家のようなくるくる髪まではもちろんいかないのだが、なぜそれなりに普通のくるりん髪じゃないとしっくりこないのかは、自分でもいまいちよくわからない。
一種の精神安定剤のようなものだろうか。内を外に出すという表現であると同時に。
手旗金麦
2009/3/10
「ハ!ル!ダ!ゼ! 金麦ガ!アタラシクナッタ~!ゼ~!」
そう勢いよく手旗信号を送りながら叫ぶ、金麦嬢檀れい様。
あんなに手旗信号を振るのが似合う女優さんも、やはりそうそういないであろう。
しかし、金麦のCMというのはどうしてこれほどまでに、毎回期待を裏切らないのだろう。
ブランコに揺られながら「あ、カツカレ~」と叫ぶこともあれば、寒い冬の中、大根片手に叫ぶこともある。そして、今回の手旗金麦である。広告代理店の狙いは、ビールを飲まない私にでさえ的中しているのだから、世の中のビール愛好家にはもっとぐっとくるCMになっているに違いない。
それにしても、檀れい様は本当に美しく、そして本当に可愛らしい。
叫ぶ金麦嬢を目にしては、じぃーっとテレビに釘付けになってしまう、ビールに縁のない私なのであった。
朝の直感
2009/3/9
朝、着替えようとピンク色のシャツを手にすると、ふっと不思議な予感がした。
「今日は、ピンクは、着ちゃいけない」
なんとなく奇妙な感覚に、私は仕方なく、すぐ隣にあった白いシャツを手にとった。チェックのネクタイを合わせようかと思ったが、それも何だか妙に気が引けた。結局私は、白いシャツと黒のベスト、黒のスカートという格好で、いつものように家を出た。
驚いたのは、その数時間後だ。突然、訃報が入ったのである。
お通夜に出ようか迷っているところで、私ははっと気がついた。朝の直感のことである。ピンク色のシャツを避け、そしてチェックのネクタイも避け、結局白と黒という地味な洋服を選んだのは、もしかしたらこの訃報があったからか。
結局私は、不思議な直感に従い、仕事を終えた後、斎場に向かうことにした。
しかし、驚いたのはそれだけではなかった。電車に揺られながら、自分の格好にまたしても驚いていた。
白のシャツ、黒のベスト、黒のスカートに黒のタイツ。黒のコート、黒のマフラーに黒の靴に黒の鞄。どこからどう見ても、おかしくない格好である。
手を合わせ、御冥福を祈る。
朝の直感は、誰が私に、もたらしてくれたのだろう。
March, 2009 ブログについて vol.4
2009/3/8
いつも思うのだが、「私」の塊であるブログは、「公」の中での自分のあり方とはかなり違っている。もちろん、どれくらい違うかは、人によって違うだろうし、置かれている環境や書いている内容によっても、大きく変わってくるだろうと思う。が、私にとってブログというのは、私生活そのものであるし、仕事をしている際の「公」の面とはかけ離れている。だからこそ、「公」の中で私を知る人に、「私」のブログの存在を知られると、ものすごく焦る。恥ずかしいというのもあるが、一瞬、冷やっとしてしまう。別に、何にも悪いことや危ないことを書いているわけではないのだが、「中は、こんな人間です」という見えない部分を知られることに、一瞬どぎっとしてしまうのだ。おそらく、ブログがごく一般的になってきた今、こういう思いを抱く方も、それなりにいるとは思うのだが、どんな風にバランスをとっておられるのだろう。いや、それよりも、社員のためのブログを作って、コミュニケーションを図らせるという会社もあるらしいし、あんまりオフィシャルとプライベートをくっきり分けないというのも増えているのだろうか。
そんなわけで、私生活だだ漏れの本ブログは、「私」の塊であって、「公」をほとんど意識して書いていない。
完全に「私」の本ブログ、引き続きどうぞごひいきのほどを。
ブログについて vol.3
2009/3/7
ブログをやっていると、時折こんなことを言われることがある。
「自分の写真、載せないよね」
とか、
「人が映っていない、風景の写真が多いよね」
などという、写真の話である。
そもそも私は、どうして世の中の多くの人は、自分の写真をネット上にばしばし公開できるのだろうと不思議に思っている。私はこれまで自分の写真を公表したことは皆無に近いのだが(日本舞踊の舞台写真は完全に別人なので載せているが)、ブログ上に顔がよく分かる写真を載せられている方も多いようで、私はちょっと不思議に思ってしまう。もちろん、そもそも世間的に有名な方なら問題ないだろうが、一般の方の名前や顔写真、プライベートを全部だだ漏れにして、怖くないのだろうか?と。
密かに私がブログを続ける上で、決めていることがある。それは載せる写真については、顔が特定できないようなものを使うということだ。誰かが撮った自分の写真が、勝手にWEB上に載せられていたら、それはちょっと困るだろう。もちろん、植樹の神様宮脇昭先生の写真については、先生に快諾頂いているので問題なく載せているが、それ以外はほとんど載せることがない。自分の写真も公開しないし、これからも載せることはないだろう。いや、そもそも、自分の顔が大好きとか、自信がある人が自分の写真をどしどし載せるのだろうか。
まぁその辺りはよくわからないが、これからも写真については、自分のルールを守っていくつもりである。
写真のルール、どうぞ、何卒、ご了承のほどを。
March, 2009 ブログについて vol.2
2009/3/6
ブログを3年半続けていて思うこと。それは、どうやら私のブログは少々変らしい。ということである。
初めてブログを読んでくださった方や、普段読んで頂いている方は、時折こんなことを口にされる。
「よくあんなに長い文章書けるよね。」
「あんなに長い文章、一体いつ書いてんの?」
大概が、私のブログの「長さ」と「量」に驚くというのである。
そしてまた、
「ずいぶん色んなことやってんだね」
とか、
「ほんと、ジャンル広いな」
とか、
「充実してそうで、羨ましい」
というようなコメントも時折ある。
確かに考えてみれば、ブログの文章自体は長いのだが、別にはじめから長い文書を書こうと思って書いているわけではない。しかし、どういうわけか、長いらしい。人によっては、「長すぎて、読むの諦めた 笑」とか、「あまりに文字が多すぎて、一回、閉じちゃった 笑」という方もいらっしゃる。
私のブログが長くなる傾向にあるのは、おそらく、私がもともとブログを始めるにあたり、「こういうブログだけは書かないにしよう」と、自分で決めごとを作ったからであろう。あえてその例は出さないが、いかにもブログらしいブログを書く気は毛頭なかった。さらには、自分のイメージとする文章、つまりそれはノンフィクションストーリーの文体をお手本として書こうと思ったのである。もちろん、いい文章が、短い文章であるということは百も承知である。が、ノンフィクションストーリーを頭の中でイメージすると、なぜか文章が長くなる。言い訳、にしか聞こえないかもしれないが、手をあまり抜かないで書こうと思うと、それなりに長くなるし。そしてそれなりに、時間もかかってしまうというわけである。
そんなわけで、毎度毎度、「よくあんなにブログ書けるね~」と、褒められているのか、呆れられているのかはよくわからないが、多くの方が長さと量について言及されるので、やはり普通のブログよりも圧倒的に文字が多いのだろうと思う。顔文字も滅多に使わないし、基本は文字のみの使用である。が、私はそれでいいのである。私は、「見るブログ」ではなく、「読むブログ」を目標としているのだ。たまに、「きれいな日本語でびっくりした」とか、「ちゃんとした文章だね」と言われると、私はちょっと嬉しくなる。ブログだからといって変な日本語を使うのも少々気が引けてしまうし、それをきちんとわかってくださる方がいるというのは、ありがたいことだと思っている。
というわけで、私のブログは、文字が多い。そして、長く、量も多い。そのため、少々変わっているとは言われるのだが、それはそれでいいだろうと思っている。
自分の好きなように書いて、それをいいと思ってくださる方が少しでもいれば、私はそれで十分だ。
そう、思っている。
March, 2009 ブログについて vol.1
2009/3/5
ふと気がついたら、私のこのブログ、なんと3年半近くも続いていた。我ながら、よく続いているなぁとちょっと感心しちゃったが、それよりも何よりも、私の実像を知らずにアクセスして頂いている方々、そして、私の(はちゃめちゃな)実像を知っているにもかかわらず(苦笑)アクセスしてくださる方々には、日々感謝としか言いようがない。実はこれを機に、本ブログを終わりにいたします。なんていう報告ではもちろんなく、これは純粋に日々思っている感謝の気持ちである。これからもなにとぞひとつごひいきに・・・と思うばかりなのである。
そういえば、とある友が以前こんなことを言っていた。
「なんだっけ、ブログのタイトル。森好き旅好きガンダムノートだっけ? 笑」
もちろんこれは、ジョーク以外の何ものでもないのだが、私のブログのタイトルは、結局のところ一度も変えず、ずっと3年半同じままである。もともとは、アラスカ好きを前面に出そうかと、英語のタイトルをつけようとしたのだが、いろいろ考えてこのタイトルに落ち着いた。今では、このタイトルをグーグルなどで検索して飛んできてくださる方もいるようなので、今更変えようとも思わなくなっているし、これ以上にしっくりくるものも浮かばないので、そのまま維持していくつもりでもある。
そんなわけで私のブログはガンダムノートではなく、ランダムノートなわけであるが、これから数回、ブログについて少々書いてみたいと思っている。
きっかけはまぁよくわからないのだが、ちょっと書いてみることにしよう。
普段私が思っているようなことを、少しばかりに。
March, 2009 過ぎる日々
2009/3/4
如月二月、弥生三月と忙殺の日々が続いている。自分の部屋のカレンダーが2月のままだと気がついたのは、3月ももう1週間を過ぎた頃だった。それくらい、自分の時間がとれず、本も読めず、もちろんブログも書けず、ありとあらゆることが滞っていた。が、気がつけば、メールさえも滞っており、プライベートのメールチェックしていなかったことに気がついたのも、かなり時間が過ぎてからだった。返信ができていないどころか、メールの存在すら忘れていたのである。
そんなわけで、私は極めて恐縮ながらも、いろんなものが滞っている。できるだけスムーズに流したいのだが、ちょっとどうなるかは自分でもよくわからない。
このまま、何がどうなることやら。
呆れつつも、そう思っているのが、正直なところ。
ある日の出来事
2009/3/3
その日は朝からさんざんな1日だった。
携帯電話を家に置き忘れ、はっと気がついた時には、時すでに遅かった。モバイルスイカで普段の買い物や交通費を済ませている私にとって、携帯を忘れることは、メールや電話ができないこと以上に面倒なことだ。
とは言え、仕事が忙しかった私は朝から夜までとにかく忙殺され、携帯を忘れていたこと自体もすっかり忘れていた。ミスも多く、メンドクサイことも多く、夕方にはすでにぐったりモードに陥っていた。そして、この日ももちろん残業である。しばらく籠って仕事をしていたのだが、夜にどうしても銀座に行かなければならなかった私は、大急ぎで駅へと向かった。30分程度で用を済ませ、すぐにオフィスに戻るつもりでいた。しかし、肝心のモバイルスイカはもちろんなく、昔使っていたスイカのカードで改札をとおり、山手線に乗りこんだ。そして地下鉄へと乗り継ごうとするが、やはり当然ながら、モバイルスイカはないのである。普段、切符を買うこともなくなった私は、「あぁ~めんどくさい~」と思いながら、前に使っていたパスネットがあることを思い出し、改札を通ろうとした。が、パスネット、もうすでに改札は通れないのである。「ガゴーン」と足止めされ、「なんでっ?」と思ったのだが、「はっ、パスネットってもう改札通れないんだっ」と気が付き、仕方なく切符売場へと戻る羽目になる。
「パスネットで切符は買えるのに、なんでパスネットで電車には乗れないんだ。」
そう思いながら、地下鉄にようやく乗り、銀座で20分程度の用を済ませていた。雨が降り、傘を持っていなかった私は、足早に地下に潜りこみ、またすぐに切符売場を目指すことにする。あぁ、めんどくさい。携帯一個忘れただけで、ものすごい時間のロスである。銀座から1駅分の切符を買い、私は再び電車へと乗り込んだ。1日中、走りまくってぐったりとしていたのに、再びここでも無駄足ばかり。なんだかもう凹みモードになっていた。新橋に到着し、切符で改札を出ようとする。疲れたから、ちょっとカフェでひと呼吸いれたいな。そう思って、ポケットに手を入れて、切符をとろうとした。が、ないのである。つい数分前にポケットにいれたはずの切符がどこを探しても見つからない。ポケット、お財布、カバン。何度探しても切符がない。押し出されるように人が流れる改札の近く。普段ならものの数秒で切り抜ける改札で、なんで5分ももたもたしているのだろう。
仕方なく諦め、あまりにも情けない思いのまま、駅員さんにこう切り出した。
「すいません、銀座から乗ったんですけど・・・切符を落としまして・・・。160円払います・・・。」
するとその駅員さん、慣れた口調でこう返してきた。
「あー、いいですよ、今度から気を付けてください」
ほっ・・・・・。私は妙な安堵をおぼえながら、すみませんと頭を下げ、改札を通り抜けた。携帯一個忘れただけで、こんなに調子も狂うし、時間も無駄にするし、普段いかにスムーズに事が流れていたのかが痛いほど分かってきた。
「はぁ、もう疲れた。。。」
しかし、この何をやっても駄目モード。これで終わりではなかったのである。
私はとほほの思いで、すぐ近くのカフェに入り、カフェラテとサンドイッチをオーダーした。夜遅くまで残業しなければならなかったので、ちょっと軽く食事をと思ったのだ。
豆乳ラテとサンドイッチをトレイに乗せ、私は席に着いた。
「はぁ、疲れた。なんでこんなについてないんだ今日は。」
そう自分自身に訊いてしまうほど疲れていた私は、お水を飲もうと、リキッドのレモンを手にとり、グラスに注ごうとした。カフェでは大抵、レモンがあるとお水に入れるようにしているのだ。匂いも味もさっぱりするので、私はいつもこれが気に入っている。
リキッドレモンの蓋をあけたまま、私はちょっとぼけっとしていた。時間にしたらほんの数秒の出来事だ。しかし、さてお水を飲もうとグラスに視線を落とした瞬間、私は思わず固まっていた。あまりの事態に、自分でも一瞬理解が追いつかないほどだった。リキッドレモンを入れたのは、水ではなく、なんと豆乳カフェラテだったのである。
「カフェラテに、レモン・・・・・」
私は10秒ほど固まっていた。こんなにぐったりしている今、なんでこんな仕打ちなんだ。そう思いたくなるほどに、私はどんよりと疲れ果てていた。
味はどうなるんだろう。恐る恐る口にすると、思ったよりもレモンの味はしなかった。なんだ、飲めるじゃん。そう思って、私は自分のしでかした事態を、少しでも軽くみせようとしてしまっていた。
しかし、しかしである。ピンと来る方もいらっしゃるだろう。そう、豆乳にレモンなんて入れたら、そのままおとなしくしててくれないのである。サンドイッチを食べ、ふとカフェラテに目をやると、カップの中には今まで見たことのないものが出来上がっていた。そう、凝固してしまうのだ。恐る恐るスプーンでかき混ぜると、完全にだまだま状態のカフェラテに変化していた。もう、飲み物ではなく、明らかに、あやしい食物である。
「うぅぅぅぅぅぅぅ。。。」
私はもう泣きたくなっていた。
「もうやってられない~~~」
カフェラテも、私も、ずっと固まったままだった。
携帯を忘れ、切符を無くし、豆乳ラテも固めてしまう。仕事も私生活も、ぐちゃんぐちゃんな1日である。結局夜中、家につき、ぐったりしたまま1日を終えることにした。
唯一の救いがあったとしたら、ひなまつりのお祝いに沢山の美味しいお饅頭を頂いたこと、そして友から美味しいクッキーが贈られたことだろうか。
捨てる神あれば、拾う神あり。
そう思うことにしたい、春の一日だった。
春の目覚め
2009/3/2
最近私には、はっとする瞬間がある。
それは普段、女性と名刺交換をしたりする時のことだ。相手の手に、実にきれいで可愛く、女の子らしいネイルアートが施されていたりすると、一瞬、「あっ」と心の中で思ってしまう。ネイルサロンがごくごく一般的になっている今、何を今更と思われるかもしれないのだが、爪にリボンやラインストーンが飾られたりしていると、「あぁ、女性ならこういう風にしないといけないんだな」とちょっと自戒モードに入ってしまう。とはいえ、昔から手の爪にマニキュアを塗ると、きゅーんと縮むような感覚がするのが苦手な私には、ネイルサロンはまったくもって縁のないものだし、洗いものやパソコンで手を酷使する上に、春は植樹シーズンということもあり、ますます私には縁どおい存在になっている。
それでもやはり、女性たるもの、色々気をつけないといけないことが、きっと山ほどあるのだろう。
ネイルサロンにマッサージ、エステに美容院、整形なんてのもあるか。
何を今更と思うけど、なぜかそんなことを思うのは、やっぱりあたたかな早春だからだろうか。
March, 2009 名古屋に行って思うこと
2009/3/1
名古屋に行って思ったことがある。
いや、毎回行くたびに思うのだが、名古屋のグルメはどうしてあんなに魅力と不思議にあふれているんだろう。
味噌煮込みうどんと白いご飯が合うのも不思議だし、コメダ珈琲ではコーヒーを頼むと何やらお菓子がついてくるらしいということもおおいに謎だし、なんであんこを使ったメニューが多いのかもこれまた不思議である。とはいえそこには、不思議さと魅力が入り混じっていて、極めて名古屋らしい食文化が確立されているのが、とてもうらやましいことだと思っている。
ふと、思ったのだ。東京にはなにがあるだろうと。
「東京には何でもあるし、美味しいものだらけで羨ましい」
おそらくそう思う方がきっと世の中には多いだろう。
実際、世界の中で東京ほどに、ありとあらゆるタイプの食を楽しめる街はそうそうないはずだ。
とはいえ、「じゃあ東京に行ったら、何を食べるべき?」と訊かれると、私はちょっと答えに困ってしまう。
北海道なら海鮮も野菜も牛乳もある。大坂ならタコ焼きもお好み焼きもあるし、沖縄ならゴーヤもソーキそばもある。
では、東京は?と聞かれると、なにがあるだろうか。
江戸前鮨?もんじゃ焼?
いや、でも何か、これっていうものがないような気がするのはなぜだろう。
やっぱりいつも思うけど、「郷に入れば郷を喰え」が、一番大切なことなんだろう。
それが何より、自然で美味しい、ということなのだから。
March, 2009 愛知県東海市植樹祭へ
2009/2/28
朝8時前。名古屋のホテルを出て名鉄名古屋駅へ。名鉄ではいつも迷いそうになるのは私だけだろうか。1本のホームから色々な方向へ電車が出発するのが私にはいつも妙に不思議で、ついついきょろきょろとしてしまう。
電車に揺られ30分ほどで、尾張横須賀駅へと到着。ちょうど電車で降りたところで仲間と合流し、東海市主催の養父新田緑地植樹祭を目指すことになる。2月に行われる植樹というのはまだ時期的にかなり早く、私にとっても今年初めての植樹祭である。絶対に寒いと心配して着こんでいたにもかかわらず、思いのほか気温はぐんぐんと上がっていた。汗ばむ陽気の中、そして花粉がかなり飛ぶ中の、植樹シーズン幕開けである。
式典会場には3000人以上が集まり、私の経験の中でも最も多人数、そして大規模な植樹祭が始まろうとしていた。苗木の本数はなんと、約70,000本。一般的な植樹祭の5倍から10倍という規模であり、その広さは私の想像をはるかに超えていた。式典が始まりすぐにわかったのだが、この愛知県東海市の植樹祭はすでに過去に5回ほど行われており、行政の植樹への熱意とご尽力もすごいのだが、市民の理解が深いのも非常に印象的だ。3000人以上が集まる大規模な植樹祭だというのにもかかわらず、さらには、小学生や中学生の子供たちがかなり多いにもかかわらず、騒いだり、話したりすることもほとんどなく、みな主催者挨拶や来賓挨拶、そして宮脇昭先生の植樹指導に熱心に耳を傾けていた。流れもスムーズだし、混乱もバタバタ感もないのは、やはり過去に何度も経験があり、そして準備がしっかりなされていることの表れなのだろう。
小学生や中学生が多いこともあって、宮脇先生は実に丁寧に、そして植物や命の大切さをストレートに伝えるように、わかりやすくゆっくりとお話をされていた。今回植える苗木は50種類を超えており、ステージ上で地元の子供たちに苗木を持たせ、いつものように木の名前を3回大きな声で繰り返させるのも、子供たちには非常に楽しい時間だったようだ。
式典が始まる前に宮脇先生のカメラを託されていた私は、先生のもとに戻ってカメラを渡した後、植栽地へと移動を始めることにする。式典会場から植栽地はぞろぞろ歩いて15分ほど。3000人以上が移動するのだから、かなりの時間を要するのだが、その植栽地にたどり着いたとき、あまりの広さに驚愕してしまった。なにせ、その数70,000本である。私史上一番多い本数であり、かつて経験した最大規模の2倍を軽く超えるのだ。私の植栽地は手前だったからいいものの、一番奥が一体どこにあるのかもわからない。こりゃ準備は大変だったろうなあと察すると、どうやらやはり相当に年月をかけての準備だったらしい。目の前に盛られた土を見ただけで、「これって山・・?」とたじろいてしまうほどだ。
集まった3000人以上は大きく分けられた12ブロックの植栽地へと散っていく。それぞれの班で山のようなマウンドに登り、次から次へと木を植える。シラカシ、アカガシ、アラカシ、ムラサキシキブにトベラにカクレミノ、ツバキもあればマサキもある。種類も多く、苗木を当てるのもちょっと難しいが、これだけとことん植えられる植樹祭というのも珍しい。一人20本は軽く植えられるというのは、参加者にとってありがたいことなのだ。今回の植樹では、通常行われている稲藁敷きの「マルチング」を行わず、ひたすら木を植えることに専念することになっていた。傾斜もきつく、本数も多いので、マルチングは翌日以降主催者側で行われるようだ。
結局、あっちこっちの手伝いをし、「まだ苗木がある」、「こっちもまだある」と移動していたら作業が長くなり、最後の最後まで動いていたらすっかりお腹が減っていた。朝からさして食べず、お昼過ぎまで働いていたのだから、それも当然のことだろう。気が緩むと、「味噌煮込みうどんかな~、きしめんかな~、天むすも食べたいな~、ういろうも、コメダ珈琲も、あんかけスパも~」とつい口にしてしまい、仲間からすぐにたしなめられる。だって、名古屋に来たのに名古屋グルメを食べずに帰るなんて出来ないではないか。というわけで、ランチを楽しみにしながらも、木を植え、そして宮脇先生を見送り、少々の片づけをして植栽地を離れることにする。植えた数も30本は軽く行っただろうか。心地よい疲れ、そしてお腹も減り、エネルギーがほとんど奪われていたが、みなで気持ちよく植樹祭を終えられたので、精神的に満足である。きっと、5年後、10年後には、相当な森がこのあたり一帯に広がっているのだろう。いつかまたこの地を訪れて木の成長を眺めてみよう。そんなことを思っていた。
ぞろぞろと足を進めながら、式典会場へと戻り、記念品をもらったあと、お世話になった関係者の方にご挨拶。駅までの道、そして、電車の中では、お腹がすきすぎてふらふらになっている感じだった。なにせ朝ごはんもさして食べず、朝の8時過ぎから2時過ぎまで動きっぱなしだったのである。ふにゃふにゃになっていてもおかしくないだろう。結局、私の願いは、名古屋駅の地下街にある味噌煮込みうどん屋さんで、ようやく叶うことになった。が、あまりにも美味しい味噌煮込みうどんで、私は少々びっくりする。そうか、味噌煮込みうどんって、こんな味なんだ。そうびっくりした感じである。名古屋に住む友人がお勧めしてくれただけあり、おなかも心も満たされて、私はそのまますぅっと眠りに落ちそうになっていた。
ご飯も食べ、お茶もし、ひとしきり楽しい時間を過ごしたあと、仲間とばらばらと別れ、昨日乗った新幹線「こだま」に再び揺られることにする。相変わらず、こだまのグリーンはがらがらで、2時間半強の車内はごく快適のまま過ぎていった。
次にこだまに乗るのは、一体いつどこへ行く時だろう。
そんなことを考えながら、東京の夜に帰っていった。
この日一日、お世話になった皆様に、心から感謝いたします。
March, 2009 金曜の夜、名古屋へ
2009/2/27
夜7時過ぎ。品川駅から新幹線に乗って、一路名古屋へ。東海道新幹線で出かけるのはいつぶりになるだろう。目的地は名古屋だが、私は品川から「こだま」に乗り込んだ。「のぞみ」よりも1時間近く遅いのに、私はあえてこの電車を選んだ。別に、「こだま」自体に乗りたかったというわけではない。値段の安さから、こだまを選んだのである。もともと滅多に新幹線に乗らない私は、どうやったら安く行けるか悩んだ挙句、「ぷらっとこだま」を選ぶことにした。JR東海が出しているお得なプランであり、こだまが格安で乗れるというものだ。東京から名古屋まで普通に行けば10500円程度だが、「ぷらっとこだま」でいけば7900円でいいというのが魅力である。しかも、ドリンクまでついてくるのが嬉しいサービスだ。しかし私は、せっかくだからと、あえてグリーンでいくことにした。定価でいけば14000円くらいのグリーンが、なんと8900円でいいというのだから、ありがたいばかり。もちろん、プラス1時間というデメリットはある。が、多少時間がかかっても、安く、そしてゆったりといけるのだから、軟弱な私には嬉しいサービスだ。はじめてグリーンに乗ったが、なんて快適~と私はすっかりこだまグリーンのファンになった。広いし、足は伸ばせるし、雑誌もあるし、イヤフォンを持っていれば車内ラジオまで聴ける。そして何より、車内は金曜の夜だというのにがらがらで、実際名古屋で降りたのは私の車両でものの3名程度だった。JR東海、これでやっていけるのかと思ったが、なにせ東海道新幹線はドル箱らしいし、他でいっぱい売上がでているのだろう。
そんなわけで、私は7時頃に品川を出、ゆっくりと美味しいお弁当を食べ、うとうとし、本を読み、音楽を聴き、10時には名古屋駅前のホテルに入っていた。超快適、である。普段せかせかと時間を過ごしている私には、至福の時としかいいようがない。
快適に、そしてのんびりモードのまま、名古屋の夜を迎えていた。
雨の青山へ
2009/2/26
夕方6時前。とりあえず仕事をいったん止め、青山方面へと向かう。1時間半程度の用事を済ませ、駅に戻ろうとすると、小雨がパラついていた。傘を持っていない私は、足早に駅に向かうが、ふっとあることに気がついた。なぜ青山や表参道に来る時は、いつも時間がないのだろう。他のエリアであれば、帰りにちょっとふらふらしていこうかという気持ちになるのだが、なぜかこの近辺に来る時は時間がまったくないのである。それは私が青山や表参道に合わないタイプの人間だと自分で思っているからなのか、それともこの土地に好まれない種の人間だからなのか。そんな理由はよくわからないが、いつも足早に駅を離れ、そしてまた駅に向かい、地下鉄に乗り込んでばかりいる。結局この日も、大急ぎで電車に乗り込み仕事に向かったわけだが、たまにはゆっくりカフェめぐりでもしてみたいと密かに思っている。
今度行く時は、いつどんな時になるのだろうか。
それよりも、青山が私を受け入れてくれるかどうかのほうが大きな問題なのかもしれないけれど。
March, 2009 朝の挨拶
2009/2/25
冬の朝。一日の始まりの挨拶は大概こんな感じだ。
「今日も寒いですね」
「昼間は温かくなるみたいよ」
「夜から雪が降るらしいよ」
しかし、春の足音が近づく時期になると、私への挨拶は次第にこう変わってくる。
「今日は、どう?」
「雨だと、ちょっと楽?」
「いやー、今日も飛んでるねぇ」
何かと言えば、気候ではなく気温でもない。そう、「花粉」のことである。マスクをしている人たちがうようよといる昨今、朝の挨拶は花粉の飛び具合をはかるような言葉に変わっている。2月後半から4月の終わりごろまで、きっとこの言葉がずっと続くのだろう。
「今日もすごい飛んでますねぇ」
そんな言葉よりも、
「なんか花粉感じなくなっちゃった」
こんな言葉を言えるようになりたい、春まっさかりの私なのであった。
旅の後で
2009/2/24
台湾から帰国した翌日。オフィスに行くと、1日しか休んでいなかったのにもかかわらず、仕事がなんだかえらいこっちゃになっていた。走りまわり、動きまくり、気がつけば夜遅く。体力がなくなりすぎて、夜の9時半ごろでもう今日はやめにしようと諦めた。12時間くらいでダウンしてどうすると思うのだが、最近ぐんと体力がなく、前のようにガシガシ働くとすぐに疲れてしまうという情けない状況である。サプリをとったり、マッサージに行っても、やはり基礎体力自体が人よりも圧倒的に昔から少ないので、すぐに疲れてしまうのだ。体に筋肉が少ないことが影響しているのだろうか。そんなことを思いながら、閉店直前のカフェに駆け込み、15分ほど一息入れる。家に帰る前にリラックスとリセットを少し入れると、翌日の疲れ方が違うのも、私の体が証明していることだ。
夜のカフェではぁとため息。昨日まで台湾にいたことが、なんだか遠い過去のように思えていた。
台湾への旅 vol.5
2009/2/23
朝9時過ぎ。台北市内のホテルを後にし、荷物を持って友の家へ。月曜の朝ということもあり、近くの小学校からは明るく元気な声が響いてきた。半袖でも十分なほどに暑い空の下、歩いて15分ほどのところで友に迎えられ、無事にお家に到着。初めて訪れたのはもう2年ほど前だが、これで訪れるのも最後の機会だ。今日が、引っ越しの日なのである。
バタバタと荷物を詰める作業にかかっていたのは、ペリカン便でおなじみの日通のスタッフの人たちだった。海外から日本への引っ越しなんて、いままで見たことがなかった私は妙に興味津々である。当初、どんなふうに作業をされるのか心配ぎみではあったのだが、実際のところ非常に丁寧で手際も良く、なんら日本の引っ越し屋さんと変わらないクオリティーとサービスのようだ。ボンボン投げられたりしたら大変と思っていたが、もちろんそんなこともなく実に見事な手仕事で、感心してしまう。やはり、ライバル企業の社員でさえ、海外引っ越しは日通に頼むといわれているほどに、日通の引っ越しは信頼できるものなのだろう。
次から次へと作業が進む中、なぜ私がここへやってきたかというと、そう、お手伝いである。とはいえ、業者の方々が全てやってくださるので、大して私の役目はないのだが、実は引っ越しの手伝いというよりも、裏方の手伝いのほうが重要なのだ。何かと言えば、子守である。引っ越しスタッフがあちこちに動き周り、ありとあらゆる物が動かされという中では、1歳の赤ちゃんのその安全性と居場所の確保がかなり大変である。そんなわけで、私はひょこっと赤ちゃんの面倒を見るためにやってきたわけだ。いくらベビーベッドに寝かせておいても、そのままほおっておくわけにはいかないのが、子育ての大変なところだろう。
お家にお邪魔すると同時に、まだきょとんとしている赤ちゃんにお洋服を着替えさせ、しばらくは引っ越しの手が入らない部屋でしばらく一緒に遊ぶことにする。6歳姪っ子と3歳甥っ子を生まれる前から見て、時折育てている私にとって、1歳児の赤ちゃんの面倒を見るのは、それほど大変なことではない。しかも、実にいい子で、泣かないし、ぐずらないし、人見知りもしない素晴らしい赤ちゃんだ。きゃっきゃっと楽しそうに笑いながら、私の時計やカメラに興味津々で、さすが男の子と思うほどに、メカ好きな子であった。幼い頃から興味や関心を持つものというのは、きっと大人になってからもそれほど変わらないのだろうか。3歳の甥っ子が車や電車、飛行機などの動くものに興味を持つように、6歳の姪っ子が、動物や花に興味を持っていたように、小さい頃からその子の個性などがありとあらゆるところに出ているのかもしれない。そんなことを思うと、なんとなく楽しくなった。
私がしばらく赤ちゃんと遊んでいた間、どうやら引っ越しの作業はぐんぐんとはかどっていたらしい。私はぼけっと遊んでいるだけだが、それなりに役に立ったようで何よりである。お昼になり業者の方も食事に出たため、私たちも近くの美味しい食堂に向かい、ワンタン麺や小籠包をぺろりと頂く。やはり、台北は美味しい。これで最後の食事となるとちょっとさみしいが、やっぱり何度も来たくなる楽しい街である。
ランチを済ませた後、またしばらく赤ちゃんの子守にかかる。ベビーカーに乗せてお散歩したり、抱っこしたりするが、本当に泣かないし、こっちも非常に気が楽である。いい子に育ったなぁなんて思いながら、のんびりとした時間。暖かい気候のなかで育った子が、明日からまだ寒い日本をどう感じるのかなぁなんて思ったりもした。
午後2時過ぎ。大方の引っ越し作業も終わったところで、今度は私の時間である。荷物を持ち、バスに乗り、友と赤ちゃんと松山空港へ。松山は、台北市内にある国内線用の飛行場であり、ここからバスで国際線の桃園空港へと向かうのだ。なんと、近々、羽田空港からこの松山空港までの直行便が毎日数便飛ぶようになるらしい。そうしたら、きっとこれまでより2時間近く早く着く計算になり、なんでもっと早く飛ばしてくれなかったんだ~と少々ショックである。きっと次来るときは、羽田から松山に飛ぶことになるのだろう。より近く、より楽しい台北がすぐ近くにやってきているようだ。
桃園空港行きのバスに乗り、友と赤ちゃんに別れを告げて、ふとひとりになる。振り返って考えてみれば、本当は前日の便で帰るつもりだったのだ。結局、満席のためチケットがとれず、仕方なくこの日の帰国にしたのだが、それもまた、本来であればもう一本早い昼過ぎの便で帰るつもりでいた。しかし、結局、その席も取れず、夕方のフライトをおさえることになったのである。3月までずらしていれば、もっといい条件で台北には来られただろう。しかし、どういうわけか、なんとしても2月中に台北に行きたかった私は、多少条件を譲歩させても、今回の旅程で飛行機をおさえたのである。3月にずらしていたら、すでに友一家は日本に帰っていただろう。最初の希望通りのフライトが取れていれば、引っ越しの今日、赤ちゃんの面倒を見ることもできなかった。結局、すべてのタイミングがうまく合っていたのである。どれかひとつがずれても、こんなにぴたりとはまる日程にはならなかった。不思議と言えば不思議だし、偶然と言えば偶然だが、すべての人にハッピーになる結果になって、私はなんだか少し嬉しかった。
桃園空港に到着後、スムーズに手続きを済ませ、プライオリティパスの使えるラウンジへと向かう。この桃園空港、ラウンジがいくつもあるのだが、プライオリティバスで入れる「The MORE」ラウンジは、期待をはるかに超えるクオリティーで、もちろんインターネットはあるし、シャワーはあるし、点心や軽食などもあるし、そして、個室の休息室まであってと驚きである。私はひとりでその個室を使い、ふわふわのロッキングチェアーでブランケットをかけて音楽を聴いてぼおっとしていた。目覚まし時計まであるあたり、素晴らしい配慮である。ビジネスユーザーにも、プライベートユーザーにも嬉しい施設だ。喧騒を離れ1時間ほどゆっくりしたのち、残念ながらボーイング777という私のあまり得意ではない機体のチャイナエアラインに乗り込み、日本へ向けて離陸した。パーソナルテレビがないのは少々残念だが、たった2時間半のフライトということもあり、あっという間に成田に到着。フライト時間も沖縄とさして変わらないのだから、やっぱり台湾はすぐそこだ。しかし、がらがらの成田空港なのに、着陸してから機体を降りるまでになぜか30分もかかっていた。通常の倍近くである。成田は、何がどうなっているんだろう。そう不思議に思ったけれど、やっぱり何かしら安全性や運航上の手続きなどがあるのだろう。機体の外に出た乗客が一気に走り出したのは言うまでもない。がらがらの空港なのに、よりによって、シャトルに乗らなければならないとおーいゲートに着いてしまったのだから、みな大急ぎである。平日の夜の時間を焦る日本人を見ていたら、あぁ、ここは日本なんだなと、変な風に感心した。自分も、その一人なのだが。
バッグを肩にかけ、JRに乗り込む。2泊3日という短い台北滞在だったのに、なんだかもう少し長い間日本を離れたような気がしていた。
今度台北を訪れるのは、いつになるだろう。
そう思いながら、電車に揺られ、日常に戻ることにした。
お世話になった友一家、そして大好きな台北の街に、心から感謝。
March, 2009 台湾への旅 vol.4
2009/2/22
台北のホテルで迎える朝。外に出ると、やはり風も温かく、本当に2月かと思うのほどの快適な気候である。南京東路からふらふらと歩き、MRTの駅まで裏道を散歩する。外国にいるはずなのにあまり違和感がないのは、漢字の文化だからだろうか、それとも日式、つまり日本のお店が多いからだろうか。コンビニはもちろん、ファーストフードにカフェに、居酒屋にレストランに、ありとあらゆる日本のお店があちこちにあるためか、あまり異国にいるそわそわ感がない。私が何度も来ているからかもしれないのだが。
地下鉄の中山駅へ降り、お目当てにしていた店を探すが、どうもみつからず仕方なくそのまま再びMRTに戻り、北上することにする。途中、友一家と無事に合流し、向かった先は陽明山山腹にあるレストラン。バスで1時間もかからずに到着すると思いきや、途中渋滞に巻き込まれ、約1時間半でようやく目的地へ到着する。友が1か月前から予約を入れてくれた台湾料理の「食養山房」だ。薬膳料理のような、はたまた日本の懐石料理のような独特なお料理を出すところらしく、広々とした敷地の中で、いくつもの離れのような建物があちこちに建っていた。予約名を告げると、長屋のような建物に通され、靴を脱いで畳を歩く。日本風というべきなのか、それとも、日本が統治していた時代の流れをくんでいるというべきなのか、それはよくわからないが、実に落ち着く佇まいである。全てが予約客であり、休日ということもあってか、台湾の家族連れがほとんどの部屋を占めていた。
なんとこのお店、肝心のお料理に選択肢はなく、一人1000元のコースのみというのだから、密かにすごいお店である。1000元と言えば、日本でいえば3000円から3500円程度。台湾の物価を考えれば、決してリーズナブルとは言えないだろうが、それでもこれだけお客さんがはるばるやってくるというのだから、よほど素晴らしいお料理を出しているに違いない。
部屋に通され、外の景色を眺めながら、まずは前菜からスタート。ごま豆腐やアワビの蒸し物など、のっけからあまりにレベルが高く、正直びびる。日本語で訳されたメニューもあり、実に上手な日本語で感心したのだが、密かにひとりだけ日本人の男性が働いてらっしゃった。どうやら、銀座で修業した後、この地にやってきたらしい。確かに惚れむのも、よくわかる。味はもちろん、実に繊細な盛り付けで、お皿も素敵だし、お花などが添えてあるのがなんとも憎い演出だ。
山の緑を眺めながら、目で味わい、舌で味わい、至福の時とはこのことである。甘くて新鮮なお野菜やお魚のお造りもあれば、茶碗蒸しもあれば、果実酢でさっぱりと口直しということもある。野菜も魚介類もふんだんに使われているのだが、ひとつひとつの量も多すぎず、きちんと全体の流れが考えられているので、何を食べても本当に美味しい。アンチョビをのせたおいなりさんや、蓮や鳥などがよく煮込まれた薬膳スープなどもあり、最初から最後までの約10皿は、どこをとっても素晴らしいお料理で満足であった。これで1000元は、確かに高くない。いや、これだけやってくれれば、1000元は安いかもしれない。そう思いながら、おなかいっぱいで満たされていた。
お食事を2時間近くかけて頂いたのち、木々やちょうど見ごろの桜を眺め、お散歩したあとにバスに揺られる。1歳の赤ちゃんも風に当たって気持ち良い時間を過ごしたようで、何よりである。帰り道は1時間ほどで市内へ到着し、MRTに乗り換えた後、翌朝に引っ越し作業を控えた友一家とは途中で別れる。引っ越し前日にもかかわらず、一緒に食事を楽しんでくれた友一家には感謝感謝である。
日曜日ということもありごったがえした街中をすり抜け、中山駅あたりを散策し、台北駅の地下街をふらふらとし、その後駅から歩いてホテルに向かう途中、偶然見つけた私の大好きなマッサージ店「六星集足體養身會館」へと訪れる。普段であれば、南京東路から少し離れた店に行っていたのだが、偶然私が泊まっているホテルのすぐ近くに支店があると知り、これはラッキーと飛び込んだのである。いつもは足裏マッサージだけだが、最近疲れてぐったりモードだったこともあり2時間のマッサージをお願いする。施術が30代と思しき男性でちょっと恥ずかしい。が、2時間近くみっちりやって頂いて、4500円までいかなかったので、もともとの物価もあるが、やっぱり円高バンザイと思わず嬉しくなってしまった。単純な、私である。
眠りに落ちそうなままふらふらと夜道を歩き、途中、天仁茗茶でお茶をまとめ買い。さらには「鮮芋仙」という台湾スイーツのチェーン店で紅イモやお豆のたくさん入った甘いおかゆを買って帰る。このチェーン店、何気にとても安くてちゃんと美味しく、豆花や仙草ゼリーなどのメニューも豊富で、非常に魅惑的である。どうやらすべてお店で手作りということらしい。これまで入ったことがなく、何でもっと早くに気がつかなかったんだと、ささやかな後悔である。やはり、台北は、何度来ても美味しい。高くても、安くても、美味しいものだらけで困ってしまう街なのであった。
マッサージのおかげか、それとも美味しいもののおかげか、ベッドに入った瞬間すこんと眠りに落ちてしまう。
静かにすぅっと、台北の夜が過ぎていた。
March, 2009 台湾への旅 vol.3
2009/2/21
(前回から続く)
小さな旅行バッグだけを肩にかけ、私は成田へと向かっていた。午後2時過ぎのフライトは、30分ほど出発が遅れることになり、私は2時間以上もの時間をただゆっくりと過ごすことになった。成田空港第2ターミナル。土曜日だというのに、それほど出発客がいないのは、やはりまだオイルサーチャージが高いからだろうか。いやそれとも、この不況のあおりだというのだろうか。
台北行きを決めた後、寝耳に水の事態が起きていた。台北に住む友一家は日本への帰国が決まり、彼女たちの帰国が早いか、私の台北行きが早いかという、ごく微妙なタイミングで物事が動いていたのである。結局、本当にギリギリのところで、私の台湾渡航が一歩先になったわけだが、私が帰国する翌日には、彼女たちも本帰国というすごいスケジュールになっていた。つまり、ほぼ、一緒に帰国というわけである。今までかつて様々な旅を経験してきた私だが、さすがにこのタイミングのすごさには自分自身驚いていた。あと1日、2日でもずれていたら、旅は全く味気ないものになってしまっていたというのだから。
昨年秋から使っているプライオリティパスのおかげで、空港の喧騒から離れ、フライトの時間をラウンジでただゆっくりと待っていた。残念ながら第2ターミナルで使えるラウンジは、出国審査の前に位置するため、それほどギリギリまでラウンジを使えないのだが、それでも出発時間が遅れた状況にあっては、そのラウンジの存在が実にありがたい。ゆっくりと支度を済ませ、審査も通り、もうすぐボーディングとゲートで待っていると、私ははっと重大な過ちに気が付いた。よりによって、事前に予約手続きを済ませていたauの海外レンタル携帯を、引き取りにいかなかったのである。すでにボーディングが目の前に迫っている私は、あまりのお馬鹿さ加減に自分で呆れていた。友との連絡を取りやすくするために、事前に予約を入れたというのにもかかわらず、すっかり忘れて優雅にのんびり過ごしていたというのだから、開いた口がふさがらない。人間あまりにもお馬鹿なことをやると、しばし呆然としてしまうことが、この場に及んでよくわかった。
引き取りに行かないと、何かペナルティーでもあるのだろうか。そう不安に思いつつも、私は結局そのままチャイナエアラインの機体に乗り込んでいた。エアバスA330という私の好きな機体ということもあり、携帯のショックもすぐに忘れ、リチャード・ギアとダイアン・レインというお馴染みの2人が主演の『最後の初恋』を見ながら、機内食を楽しんでいた。失敗をいつまでもくよくよしていたって、何のプラスにもならない。そう開き直ってしまっていた。
夕方6時過ぎ。飛行機はスムーズに桃園空港へと到着した。市内までの路線バスに乗り、順調にホテルへと到着する。やはり、一度でも滞在したことのあるホテルというのは、海外の場合は特に、精神的に非常に楽である。前回は地図が法外的に間違っていたので、散々時間を無駄にしたが、今回はそんなロスもなく実にスムーズで、やはり経験というのは大切なんだなぁと、ごく当たり前のことを思ってしまう。
ホテルに到着後、友との待ち合わせのため、MRTの駅へと向かう。日本は極寒だというのにもかかわらず、台北は20度近くあって暑いくらいだ。にもかかわらず、やはり台北でも、他の国と同様にムートンブーツやシープスキンブーツがはやっており、日本のようなダウンジャケットやマフラーなどの真冬グッズに身を包んだ女の子が街中にたくさんいた。おそらく、半袖でも歩けるくらいの気温なのだが、一年中温暖な地域に住む人は寒い時の格好に必要以上に憧れるというのは本当なのだなぁ、とこれまた妙に感慨深かった。
友一家と無事に合流後、毎度おなじみの台北名物、鼎泰豐へと向かう。ちょうど友の赤ちゃんが1歳の誕生日ということもあり、通常の小籠包などのメニュー以外に、桃まんじゅうもお願いする。どうやら台湾では「お誕生日には桃まんじゅう」というのが一般的らしい。日本でも中華街などで見かけるが、やっぱり美味しいし可愛いし、言うことなしである。赤ちゃんは寝ちゃったが、大人たちだけで1歳のお誕生日をお祝いすることにする。あまりに早い1年に、驚きが隠せない私であった。
やっぱり美味しい鼎泰豐を心ゆくまで堪能したあと、これまた台湾ならではの美味しい珍珠奶茶を買って帰る。冷たいのが普通だと思っていたが、実はホットのほうが美味しいと今更ながら知る。そうか、珍珠奶茶はホットにすべきだったのか。5度目の台湾だということにもかかわらず、いささかの後悔である。
友と別れ、ホテルへの帰り道。観光気分はまったくなく、なんだか日常にある台北の風景に、妙にしっくりしてしまう。
何回も来ると、非日常も日常になるんだな。
そんなことを思いながら、台北初日の夜が過ぎていった。
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