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    March, 2008

    沖縄で思ったこと vol.2 猫 編

     

    2008/3/24

     

     

    そういえば沖縄の久高島で思ったことがある。

     

     

    島には、なぜか、猫が似合う。

     

     

    なんかこう、普通のお家が並んでいる道路に、普通のかわいいネコがにゃぁ~としているのが、実によく似合うと思うのだ。人を見ても逃げなかったり、暖かい日だまりで日向ぼっこしていたり、時々うにゃぁ~と伸びをしてあくびをしたり。ゆるゆるとした雰囲気の中に、実に、自由気ままな猫が似合う。たしか、香川の小豆島でもそう思った。そして、同じ香川の直島でも同じようなことを思った。どうして島には猫が似合うのだろう。

     

    にゃんこのような自由気ままな気分を、私も味わってみたいと思う今日この頃。

     

     

    沖縄で思ったこと vol.1 コンビニ編

     

    2008/3/23

     

     

    初めての沖縄で思ったこと、びっくりしたことはたくさんあるが、一番不思議に思ったのはこれだ。

     

    なんで沖縄のコンビニは、ほとんどファミリーマートなのだろう。

     

    いや別に、ファミマについてあれこれ言うつもりは毛頭ない。東京にもたくさんあるし、私も好きなコンビニだ。が、沖縄の那覇で見た限り、コンビニと言えばほっとんどファミマであったのだ。ローソンも少し見かけたが、異様なほどにファミマ率が高い。どうやら、沖縄ファミリーマートという会社があるらしいのだが、商品も本州のファミマとは違うラインナップになっており、沖縄独自のものが多いようにも感じた(とても楽しくて◎)。が、なぜにこんなに右を見ても左を見てもファミマばっかりなのか、気にかかる。空港に入っているのもファミマだったし、何か特別な理由でもあるのだろうか。

     

    密かにずっと不思議に思っている、私なのであった。

     

     

    March, 2008

    那覇めぐり

     

    2008/3/22

     

    9時前。那覇市内のホテルで目を覚ます。本当はすでにこの時間には観光に出ているはずだったのだが、ゆるゆると寝てしまい、結局ずるずると10時過ぎに出発。朝食もたっぷり食べて、観光へと繰りだすことにする。

     

    が、最初の目的地である首里城に着く手前に、私はひょんなことからタクシーの運転手さんにお勧めの観光コースを聞き、それから目的地を変えて琉球王最大の別邸である世界遺産・識名園を訪れ、さらに中国風庭園である福州園に行き、そして琉球王のお墓であるこれまた世界遺産の玉陵(たまうどぅんと読む)へと向かったのである。

     

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    途中美味しい沖縄家庭料理を堪能し、そして沖縄の染め物である紅型(びんがた と読む)の工房にお邪魔し、最後にメインである世界遺産・首里城をまわり、最後に守礼門をくぐった。知らない場所を旅するには、地元の方のおススメを聞くのも、いい方法だ。私は予定外の行動をとったわけだが、これはこれで楽しい旅のハプニングだろう。

     

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    その後、昔ながらの風景が残る金城町の石畳道を見に、ふらふらと散歩する。どうやら、昔NHKのドラマ「ちゅらさん」のロケでも使われた場所らしく、風情のある坂に心が和む。途中、樹齢200年とか300年とか言われる大アカギの大木に癒されたり、シーサーを眺めたり、坂を上がったり下ったりした後、再びゆいレールの首里駅へと戻る。いたるところで、見知らぬ人に道を教えてもらったり、話しかけられたりと親切にしてもらい、心が温まる那覇めぐりだった。

     

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    いったんホテルへ戻り荷物を持って、一路那覇空港へ。たくさんのお土産を手に、夜のスカイマーク便に乗り込む。行きはJAL、帰りはスカイマークという、変な組み合わせだが、スカイマークの那覇-羽田便ではお菓子セットがもらえるという嬉しいサービスもあったので、ちょっと嬉しい。単純な、私の旅である。

     

    10時頃。気温が10度以上も低い羽田に到着。寒さと花粉で、一気に東京に戻ってきたことを実感する。

     

     

    人も気候も温かくて美味しい沖縄。また行きたいなと、心底思う。

     

    お世話になった皆様へ、感謝。

     

     

    ゆるゆる沖縄

     

    2008/3/21

     

    7時過ぎ。久高島の交流館で目を覚ます。自分でもびっくりするくらいの熟睡ぶりに、実に静かで穏やかな時間が流れていたことを実感する。身支度を整え、共有スペースで朝食。若い女性スタッフがお食事を作ってくださっていたためか、まるでカフェのようなかわいいご飯で嬉しくなる。炊き立ての赤米ごはんに、豆腐チャンプルーなど、沖縄ならではのお惣菜にミニソーキそばまである。なんだか心温まるごはんで、朝からぺろりと平らげてしまう。

     

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    部屋に戻ってゆるゆると過ごしていると、外の天気が気にかかる。少し雲がかかっているのだ。しかしあと1時間くらいしたら空が晴れる予感がしたので、そのまま焦ることも急ぐこともなく、まったりと時間を過ごしていた。なんだか、久高島に来てからというもの、すべての時間がゆるーく流れており、周りにも「珍しくのんびりしてるねぇ」と驚かれたほどなのである。これが、島時間というものなのだろうか。そんなわけで、空が晴れる時間がなんとなく読めたので、しばらくして自転車でまたしても島をぶらぶらすることにした。

     

    あちこちでいろんな知人・友人と出会いながら、海を眺め、緑を仰ぎ、まっすぐ続く一本道を自転車で進んでいく。途中、「神人」以外は入れないクボーに到着し、入ってはいけない森を外からじっと眺めてみる。久高の森は、どこでもすごいエネルギーを発しているのだが、この聖地はなんだかとんでもない力を秘めているようで、私はひとり静かに圧倒されてしまう。中に入れないのでその様子はわからないが、外から見る限り、なんだかとても神秘的で強いエネルギーが貯えられているような気がした。不思議な経験だ。

     

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    実は朝から、昨日感激したカベール岬で、青空と碧い海の写真を撮り、そしてその聖地でヨガをしてリラックスしたくなっていた。ずっと空を気にしていたのは、そのためだ。交流館を出るまでずっと空とにらめっこしていたが、よし行こうと思って交流館を出てから30分ほどで、雲が動いて太陽の日差しが強くなってきたことを実感した。そしてその後、完璧なタイミングでカベール岬に到着すると、ありがたいことに青い空と碧い海が私を迎えてくれ、私は再びこの聖地の素晴らしさに感激した。昨日は風吹く夕暮れ時だったので、どこか荒々しく怖い感じもしたが、今日は波も穏やかで、実に爽やかな光景だ。しばらくは他の観光客もいたが、少しすると誰もいなくなったので、私はデジタルとアナログの一眼レフで思う存分写真を撮ったのち、草の上に腰をおろし美味サーターアンダーギーをおやつに食べ、さらにしばらくの間ヨガをした。波の音を聞きながら、そして熱い日差しを受けながらのヨガは、ものすごく贅沢だ。1時間ほど心静かに穏やかに時間を過ごし、思う存分カベールを満喫したのち、再び白く続く一本道を戻って行った。またここに、いつか戻ってきたいなと思いながら。

     

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    豊かな緑の中をくぐりながら、交流館に再び戻り、荷物を持って今度はフェリー乗り場へ。沖縄本島に戻る時間が近づいてきた。今度来るときも、またカベールでゆっくりしたいなと思いながら、フェリー乗り場でお土産に海ブドウなどを買い、お昼過ぎの便に乗りこむことにした。

     

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    フェリー内で昨晩偶然出会った女性二人組と合流、その後フェリーが安座真に到着すると、友人二人とさらに合流。結局、ありがたいことに那覇まで車で戻るという女性2人組みにご一緒させていただくことになり、全員で5人のプチ旅行とあいなった。これもまた、旅の素敵な醍醐味と言えるだろう。

     

    那覇に戻る前に、みなで平和祈念公園へと立ち寄ることにする。行かねばならないと思っていた場所だが、アクセスが難しいので今回はあきらめていたのだが、運良くご一緒できてこれまたラッキーである。初めて訪れる平和祈念公園は、とても広くきれいだが、やはりどこか灰色の、マイナスの空気を私は感じてしまい、気分が少し落ちる。カンボジアの歴史資料館などでも同じような経験をしたが、やっぱり空気がなんとなく重く、苦しい。敷地内を歩きながら、戦争で亡くなった方々の名前が全員残されている「平和の礎」を見て、さらに心が痛む。沖縄の方々だけではなく、遠くは北海道や東北、さらに関東からの多くの人が戦争で命を落とされたことに今更ながら驚かされる。さらには、当時敵国であったアメリカ兵の名前まであり、なんとなく日本らしいとも思ってしまった。2000年に行われた沖縄サミットで、アメリカ大統領としてこの地を訪れた当時のクリントン大統領が、日本だけではなく、アメリカの死者をも弔うためのこの慰霊碑を見て驚いたという話を聞き、私も心底納得する。高台から見渡せる青い海が、なんだか魂を慰めるような、人々の心を落ち着かせるような、そんな不思議な感じがした。

     

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    その後、ひめゆりの塔へと移動。思っていたよりも、ずっと小さな慰霊碑で内心驚く。観光客がわんさかと詰め寄せ、記念写真を撮る中、どうしてもシャッターを切れない自分がいる。どこの場所へ行っても、戦争慰霊費などではカメラを向けられないのである。そんな簡単に納めていいのかという思いと、納めるべきではないというような葛藤で、結局一枚も撮らないままひめゆりの塔を後にする。

     

    那覇に戻る前、琉球ガラスの実演と販売を行うお店に立ち寄り、しばらく色とりどりのガラスの中で時間を過ごす。そういえば、北海道の小樽でも、ガラスを作っている場所がたくさんあったが、小樽のガラスはどちらかというと線が細く、繊細で可憐な感じがしていた。が、一方の琉球ガラスはどちらかというと線がしっかりとしており、南国らしい色遣いと夏の爽やかな感じがして、これはこれでとてもいい。店のどこかから呼ばれているような感じがしていたが、なかなかどうして見つからず、結局30分以上ぐるぐると歩き続け、結局見つからないので、あきらめることにした。が、最後の最後で見落としていた場所にとても素敵なガラスを発見し、1秒で買うことを決める。直感が、いつもモノをいう、私の買い物なのであった。

     

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    数時間楽しんだ沖縄のドライブも、那覇空港で終わりを迎える。本州に戻る4人とはここでお別れ。私はもう1泊滞在し、那覇を楽しむ予定である。お礼と別れを告げ、一人ゆいレールに乗り込み那覇中心部へ。ホテルにチェックイン後、今度は近くのホテルでスパとマッサージを楽しむ。沖縄の夜は長いと聞き、夜のカフェでぼーっとしようかと思ったが、マッサージの効果か、眠くなりすぎてホテルへ戻る。

     

    とにもかくにも、急がず焦らずのんびりと時間を過ごす、沖縄の旅。すぅっと、静かに眠りの中へ。

     

     

    March, 2008

    久高島植樹祭へ

     

    2008/3/20

     

    6時過ぎ。なんとか目を覚まし、那覇のホテルでカーテンを開ける。外は、ありがたく、青空だ。前日には大雨が降っていたらしいが、いつものように運良く雨を逃れている私である。身支度を整え7時半ごろにホテルを出発。仲間と合流後、タクシーで一路フェリー乗り場へと向かう。これまたラッキーなことに、たまたま出会ったタクシーの運転手さんが、実によく植物を知っている方で、見慣れない南国の木々の解説をしてくれるのが実にありがたい。

     

    車に揺られ到着した先は、南城市の安座真フェリー乗り場。実はここから船に揺られ、離島に入ることになっている。石垣島や久米島のように誰もが知っている島というよりは、沖縄通が知るという神の島、「久高島」である。実はこの久高島で、植樹祭が行われることになっていた。沖縄が初めての私には、那覇も久高島ももちろん全てが未知の世界。フェリー乗り場は、今日午後から行われる植樹祭に参加する人々でごったがえし、すでに盛り上がりの様相を見せていた。

     

    フェリー乗り場でいろいろな方と合流し、出発時間を待ちながら、売店でお土産を見たり、おやつにサーターアンダーギーを買ったりする。やはり、沖縄と言えば、このサーターアンダーギー。地元の方の手作りという黒糖味を一つ食べると、なんとも素朴で美味。あぁ沖縄に来たのねぇとひとり浮かれながら、ウキウキの足取りで船に乗り込む。が、小型高速船であったせいか、ものすごい揺れで、まるでジェットコースターのようである。あとちょっと激しかったら確実に酔いそうなほどだ。20分ほど揺られ、なんとか正常な体のまま久高島に到着。海はと言えば、信じられないくらいに青い。いや、碧いと書くべきだろうか。とにもかくにも、私にとって今まで出会ったどんな海よりも美しくて感激である。こんなに碧い海が日本にあるなんて。いやはや、世の中、まだまだ知らないことばかり

    だ。そんなことを思ってしまう。

       

    たくさんの仲間と合流後、フェリー乗り場から歩いてすぐの植樹祭会場へ。今回は、久高島小中学校と、島の憩いの広場でもある「うっちぐゎー広場」で植樹祭が行われることになっている。どうやらこの久高島、「神の島」と呼ばれるほどに神聖な土地であるらしく、珍しく女性が「神人」(かみんちゅ)として様々な儀式を取り仕切るという神秘的な島なのである。実際、島の中には男性が入ってはいけない場所や、女性でも足を踏み入れてはいけない神聖な場所がいくつもあり、非常に神秘的というかスピリチュアルというか、特別な場所であるということを至る所でひしひしと感じるような島である。実際、石や草木など、自然のものを島外に持ち出すことは禁止らしく、隠れて持ちだした人には悪いことが起きるという話もある(そして、仕方なく島に戻すということもあるらしい)。そんな超神秘的な久高島で植樹祭が開かれるわけだが、この久高島の植生は、さしてはなれていない沖縄本島ともだいぶ異なっているらしく、やはり珍しい木々が多いようである。しかも、生物学的にも、宗教的(?)にも、もちろん他の場所から苗木を持ってくるわけにはいかず、島の中で見つけた木々の種子を大事に育てて、今回の植樹祭のために準備をしたというのだから、これまた貴重な植樹祭であることに違いない。

     

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    植樹祭の会場に到着後しばらくすると、お昼時間と相成った。今回は植樹の前にお昼ごはんを頂けるというので、楽しみにしながら会場へ向かうと、なんと「ソーキそば」がふるまわれているではないか。しかも、人生で初めての本格ソーキそばが久高島とはなんとも素敵である。さらには、もずくの天ぷらまでのっていて、抜群に美味。私は、この手作り感満載のソーキそばを頂いただけで、「沖縄来てよかったぁ~」とえらく感激したのである。そのうえ、これまた美味の手作りのおむすびやらお漬け物。沖縄では広く生息している「月桃」(げっとう)の葉っぱでくるんでいただくおむすびは、とにもかくにも格別である。どうやらこの「月桃」、笹の葉のように殺菌効果がある植物らしく、おむすびなどを包んでおくと、悪くならないらしい。しかも、使い終わったらその辺に捨てても土に還るという、まさしく「エコ弁当」である。しかもこの葉、化粧品に使われたり、壁紙に使われたり、アトピーにも効くとかで、様々な効能があるようである。いやはや、これまた郷に入れば、郷ならではの特色があるものだ。気候、風土、食生活、いろいろなものが混ざり合って、その土地ならではの独特な生活環境が作られているのだなぁと思うと、感慨深い。美味しいソーキそばに美味しいおむすび、さらにはこれまた沖縄名物の「さんぴん茶」を飲みながら、初夏のような日差しを受けつつ、満足満足とみなでお昼ごはんを堪能したのであった。

     

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    お腹もいっぱいになったのち、今宵投宿する久高島交流館に一度お邪魔し荷物を預かっていただく。初めて訪れるあったかい南の島を歩いているだけで、なんだか心が躍ってしまう。時折、民家を守っているシーサーを見たりすると、沖縄に来たんだなぁとまたしても実感する。単純な私である。そんな風にてくてくゆるゆる歩いていると、時折「こんにちは~」とどこからか声がかかる。中学生や小学生が、見知らぬ私にも挨拶をしてくれるのである。最初はたまたまかと思ったが、どうもそうではないらしい。いつでもどこでも、そして誰でも、通りすがりの私に「こんにちは」と声をかけてくれるのである。今や、「知らない人に話しかけちゃだめよ」、「挨拶されても近寄っちゃだめよ」と親が子供に教えるような時代にあって、この人と人との温かい交流に、私はなんだかぐらっときた。自分がいかに、砂漠のような渇き切った環境にいるかを痛感してしまったのだ。近所の知り合いならまだしも、見知らぬ人に挨拶をするというその心が、私の中で完全に薄れていた。反省、である。

     

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    暖かな空気と温かな人との交流の中、植樹祭開会式の準備が始まっていった。次第に会場には人が集まり、聞けば予想をはるかに超えた400名近くの方が植樹祭に参加したという。私自身も含め、島外からは250名近くがフェリーで久高島に渡ったらしい。会場には、どことなくゆるく、そしてゆったりとした空気が流れている。それは、私が今まで経験したどの植樹祭とも違う、穏やかでのんびりとしたいい空気だ。これはやはり、離島ならではなのだろうか。それとも、沖縄の風土なのだろうか。見るものすべてが初めてという私には、その答えがよくわからないのだが、とにもかくにものんびりほんわかした空気の中、植樹祭が始まっていった。沖縄文化である三線で琉球音楽が奏でられ、会場が盛り上がったのちに、関係者挨拶、植樹指導などがいいペースで続いていく。そしてまた島ならではの儀式として、「神人」による祈祷が行われていた。郷に入れば、郷に従う。それが植樹祭のルールであり、マナーでもあろう。御祈りが無事に終わり、約400名の参加者は、2つの会場へと移動を始めた。子供もいる。大人もいる。おじいも、おばあもいる。すべての世代が混ざり合い、木を植えるというただ一つの行いにすべての人が傾注する。わたしにとって、これが2008年最初の植樹だ。久々に触れた大地、久々に愛でた苗木。久高島独特の濃くて厚い葉を持つ緑が、妙に私には新鮮に映る。今回植えるのは、「アカテツ」を主木とした14種類の木々、その数約3300本である。アカテツ以外には、モクタチバナ、インドシャリンバイ、アワダン、リュウキュウガキ、マサキ、ヤマグワ、ハマビワ、トベラなどが用意されているが、私には馴染みの全くない木々も多く、南国独自の植生にやはり驚かされてしまう。本州で見る苗木とは、なんだかたくましさが違うような感じもする。温かい土地では、それだけ木の成長も早いので、植えられた木々は3年で軽く3メートルを越え、5年もたてば、はたからは人工の森とはわからないほどになっているかもしれない。そう思うと、やっぱり、なんだかわくわくする。前日に大雨が降ったらしく、神人にお祈りをしてもらうほどに、関係者はひやひやしていたというが、今日はまぶしいほどの青空。おかげさまで、私の植樹祭晴れ記録もこれでまた更新である。何十回も植樹祭には出ているが、どういうわけか、雨に当たらない。前日降っていても、当日降っていても、植樹祭中に雨に降られたことがない。ありがたや、雨逃れ女なのである。

     

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    苗木を大地に植えたのち、通常であれば「稲わら」を敷き詰める「マルチング」と呼ばれる作業に入るが、今回はなんと収穫しおわった「サトウキビ」の殻を大地にかぶせていくという。これぞ、まさしく沖縄の植樹祭。かつて茨城県の筑波山では、枝打ちしたヒノキの葉を大地に敷き詰めたことがあったが、ここではサトウキビである。自然に還るものであれば、その素材にはそれほどこだわらないである。このマルチング作業によって、大地の乾燥を防ぎ、さらには雑草の防止にもなる。斜面であれば、雨で土が流れるのをも抑えてくれるし、いずれ腐って分解されれば、土と苗木の栄養にもなる。そんなマルチングにサトウキビを使うというのは、私にとって初めての経験であるし、開眼させられたことでもある。やはり、「土地ならではの」植樹祭は、いろんな違いがあって、面白いものである。

     

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    久高島小中学校の敷地内で、たくさんの子供が楽しそうに木を植え、サトウキビを運び、そして苗木にやさしく水をあげていた。今回のこの植樹祭。どうやら学校の校舎改築のタイミングにも合っているらしく、新しい校舎ができたあと数年で、きっと森が学校の敷地を囲むようになっているのだろう。自分たちが植えた木々に囲まれて毎日を過ごすというのは、今までの学校生活にひとつ楽しみが増えたような感覚になるのだろうか。自分が植えた木が、ものの1年、2年で自分の背を越してしまうのだから、何か新しい発見や驚きをもたらしてくれるといいなと、私は密かに思っている。

     

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    植樹祭が終了後、関係者や仲間に別れを告げ、いったん交流館へと戻る。ほっと一息入れたのち、一周8キロという久高島を自転車でのんびりめぐることにする。緑は濃く、海は不思議に碧い。砂浜は白く、どこを見ても、エネルギーが充満しているような、そんな不思議な感覚に包まれる。しょっちゅう自転車を止めては、海を眺め、木を仰ぎ、そしてゆるゆると時間を過ごす。運良く、島北部のカベール岬にたどり着いたとき、西の空と海に太陽が沈もうとしていた。もう少し遅かったら、きっと見られなかっただろう。東の空には、ぼんやりと小さな十三夜月。もうすぐ満月だ。沈む夕日を眺め、浮かぶ月を仰ぎ、強い潮風を受けながら、琉球の祖神・アマミキヨが降りたったというカベールの岬でひとりしばらくの時間を過ごしていた。ここが、日本なのか。不思議な驚きに満たされながら、再び自転車を漕ぎ、暗がりの中、もと来た道を戻って行った。

     

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    8時前。港近くのごはん処にお邪魔し、仲間たちと合流。久高島は海ぶどうが有名だが、ここでは抜群の海ぶどう丼を頂けると聞き、心が躍っていたのである。さらには、偶然久高島へ訪れていたという素敵な女性2人組とも合流し、ひょんなことから5人で大盛り上がりの宴となる。海ぶどう丼はもう信じられないくらいに新鮮で、口の中でプチプチとはじける食感がたまらない。そして、お昼にも頂いたが、もずくの天ぷらもまたしても美味。あぁ、なんていいところなんだ沖縄って。空気は暖かいし、人は温かいし、食べ物はおいしいし、さらには花粉症にも悩まされないなんて。そんなことをしみじみ思いながらも、素敵な縁と運と出会いに私はひとり感謝していたのであった。

     

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    とんでもない日差しで、顔が焼けたけど、それくらいはよしとしよう。美味しく、楽しく、ありがたい一日。

     

    生まれて初めての沖縄が、久高島で良かったな。

     

     

    March, 2008

    沖縄へ

     

    2008/3/19

     

    8時過ぎ。大雨が降りだした東京を離れ、一路沖縄那覇空港へ。JALの機内誌をめくっていたら、どこかで見覚えのある方が載っていた。じっと考えていると、確かもう1年くらい前に放送されていたTBS情熱大陸で紹介されていた方と思い出した。パリに店を構える日本料理人だ。映像の力って、すごいなぁとふとと思ってしまう。かなりの時間が流れているにもかかわらず、20分ほどの映像が、ぱっと頭の中で鮮やかに蘇ってくるというのだから。

     

    機内誌を眺めた後、楽しみにとっておいた雑誌を手にする。発売したばかりの『Number700号だ。ゆったりと雑誌を読みながら、温かな沖縄へと飛行機は向かっていく。離陸の遅れで到着は深夜だが、それほどイライラとすることもない。

     

    平日の夜とは思えないほどにゆるやかな時間。ゆったりとした沖縄の旅の、序曲のような時間がゆるゆると過ぎていく。

     

     

     

    March, 2008

    そう来るか

     

    2008/3/18

     

     

    そういえば、2月下旬くらいに見て度肝を抜かされたCMがあった。何かといえば、マックことマクドナルドのCMである。もうすでに放送は終了してしまったのかもしれないが、あの雅楽師の東儀秀樹氏がマックのコーヒーのCMに出ていたのを見た時は、あまりの展開に我が目を疑った。まさしく、異色すぎる組み合わせ。まったくもって考えつかない映像が流れた時は、「えぇっ?!そう来るわけ?!」と驚愕してしまったのである。

     

    さて、そんな楽しい?CMだが、最近やはり驚いたCMと言えば、SoftbankCMだろう。なにせ、あの、樋口可南子さん演じるお母さんが、なんと「校長」だったというのだから。つまり、Softbankの中では、未だにずっと昔のキーワード「予想外です」というのを裏で続けているということなのだろうか。こればかりは、10年来auユーザーの私も(IDO時代を含むだが)、気になってしまうCMなのであった。

     

    おしまい。

     

     

     

    月曜、宴

     

    2008/3/17

     

    8時前。職場の後輩たちと一緒に日本橋の和食処へ。最近忙しくて全然足を運べていなかったが、久しぶりにお気に入りの店の暖簾をくぐることになった。

     

    全員が揃ったのは夜9時を大きく回ったところだったが、それでも鮮度抜群の桜鯛、スズキ、カンパチのお造りに始まり、だし巻卵、桜鯛の塩焼き、マグロと長いものユッケ、ホタテと白魚のかき揚げ、さらには牡蠣鍋などなど、文句なしに美味しい旬のお料理をひたすら皆で堪能する。さらには雑炊をつくり、〆にはデザートまで。それはそれは楽しく、そして幸せな時間である。美味しいものを楽しく、美味しく、ありがたく頂く。これほど幸せな時間に感謝しなかったら、きっと罰が当たるだろう。

     

     

    美味しく食事を頂けることに、常に感謝の念を持っていたい。

     

    そんなことを思う今日この頃なのであった。

     

     

    春の休日

     

    2008/3/16

     

    お昼前。身支度を整えて、とある場所へ向かう。花粉症の時期ということもあり、滅多に昼間に外に出ない私だが、今日は特別な用があって外に出ることにした。春の暖かな日差しを受けながら、目的地まで約2時間弱の移動。普段全く訪れることのない場所に行くというのは、少しだけソワソワするものだ。

     

    目的地到着後、1時間ほどで用を済ませ、その後帰り道に見つけたカフェで一息入れる。禁煙席は窓側のカウンターしかなく、座ってほっとしていると、窓越しの日差しが強く、痛いくらいだ。なんだか春を通り越して一気に初夏がきたような感じさえしてしまう。

     

    紅茶を飲みながら、ぼーっとすること20分ほど。1年ってほんと早いなあ。そんなことを思いながら、半そででも歩けるほどに温かい春の陽気の中、ゆっくりゆっくり帰途に着くことにした。

     

    今年は穏やかな春がくればいいなぁ。なんて、ひとりごと、なのだけれど。

     

     

     

    弥生三月、確定申告

     

    2008/3/15

     

      

    私の中で3月と言うと、どういうわけか昔から「確定申告」のイメージが完全に出来上がっている。私自身、確定申告に縁があるわけでもないのだが、母がこの時期になるとやたらと電卓を叩いている光景を昔から見ていたせいか、3月になると、「確定申告」の文字が妙に気になってしまうのである。

     

    そんな、他人事の「確定申告」。実は今年から私にもちょっと関係ができた。いや、別に、自分で商売を始めたとか、会社を辞めたとか、そういう類の話ではない。ただ単に、「寄付金控除」のために確定申告をすることにしたのである。もちろん、私がいろいろなNPO法人などに寄付しているのなんて微々たる金額ではあるのだが、寄付金全体の1割程度が戻ってくると知り、ちょっとやってみることにしたのである。とはいえ、まったくもってわからないので、ほぼ母に教えてもらったわけだが、実際にはややこしい上に、言葉も難しく、「こんなに面倒じゃ、やらないほうがいいんじゃないか?」と正直思うほどであった。とはいえ、約1割戻ってくれば、それをまた寄付することだってできるわけで、新たなお金を使わずして、お金を生み出せるというのだから、まぁ、やってもいいかなぁと思ったのも正直なところである。しかし、NPO法人などに寄付をするといっても、それが寄付金控除の対象として政府に認められている団体は、今もって極めて少ないようである。ある程度の控除が適用になれば、寄付する人のインセンティブも高まると思うのだが、現実には認定団体は少ないし、戻ってくる額もそれほどではないので、寄付金控除のメリットがそれほど感じられないのも事実である。ま、大金を寄付している人にとっては、もちろんメリットもあるのだろうが、ごくごく庶民の私にはさほど魅力的なシステムとも考えにくい。ま、そんなことを言っている時点で、寄付の在り方が問われそうなので、あんまりつらつら書くのもやめにしよう。

     

    毎年毎年、確定申告に苦しんでいる世の中の数多の人の気持ちが、今年は少しだけわかったような気がした弥生三月なのであった。

     

     

     

    March, 2008

    上がる上がる物価が上がる

     

    2008/3/14

     

     

    最近、原油高、穀物高などなどの影響で、ありとあらゆるところで物価が上がっていくのを、ひしひしと感じている。いたるところで「○月○日より、価格を変更させていただきます云々」という張り紙や、ニュースリリースをよく目にするのである。給料は上がらないのに、身の回りの物価が総じて上がるので、苦しい感じである。ま、社会全体がそうだから、文句言っても仕方ないのだが、私が日々使っているカフェでも続々と価格変更が行われていて、少々痛い今日この頃である。

     

    最近では、ドトール、エクセルシオール、そしてDeanDelucaで価格変更が行われた。さらにはファーストフードのsubwayでも同様らしい。まぁ、価格上昇幅はたいてい10円から50円くらいの間なのだが、それでも積もり積もればかなりの金額になる。ま、カフェに行かなければいいのかもしれないけれど・・・。でも、そういうわけにもいかないし・・・。というわけで、思いっきり原油高、穀物高の影響を受けまくっている、一般小市民な私なのであった。

     

     

    March, 2008

    「偶然」のできごと (続編)

     

    2008/3/13

     

     

    世の中、不思議なことが起きるものである。自分では予想していなかったことが起きてしまうと、やっぱり何か不思議な力が世の中にはあるのだろうとしみじみと思ってしまう。

     

    私はつい最近、不思議な引力からポール・オースター著の『トゥルー・ストーリーズ』を手にした。これも本ブログでつらつらと書きつづっていた事実である。そしてすぐに本を読み始め、その世界にどっぷりはまっていた。オースターの独特の世界観を堪能し、ひたすらページをめくっていたのである。しかしその途中、不思議な出来事が、またしても起きた。これは、全くの、事実である。

     

    実は私が偶然書店で『トゥルー・ストーリーズ』を見つけたとき、そのすぐ左隣にある本が妙に引っかかっていた。別に、目新しい本ではない。本文こそきちんと読んではいないが、タイトルは昔から知っているし、著者も知っている。しかし私は、妙にその本が引っかかったのだ。読みたいとか、読まなきゃいけないとか、そういう類の気持ちではない。何か、この本の存在自体が、不思議なほどに心に引っかかるのである。とはいえ、それは「今、手にしよう」という気持ちとは異なっていた。ただ単に、妙なほどの印象が残されたのである。しかも、『トゥルー・ストーリーズ』の右側にあった本については、全くもって記憶がない。とにもかくにも、左側の文庫に、私はただならぬ感覚を覚えていた。それが何を意味しているかは、全くわからないというにも関わらず。

     

    結局、私がその左隣の本を買うことはなかった。しかし、メインである『トゥルー・ストーリーズ』を買った途端に、不思議なほどはっきりとした予感を覚えたのである。それは、「この本の中に何か不思議なできごとが、発見がある」という実にシンプルな感覚であった。何か今、この本を読んだら驚くべきことがあるような気がしてならなかったのだ。ちなみに、念のために言っておくが、もちろん私はこの本の内容をまったくもって知らなかった。面白いとは散々聞かされていたが、どういう話が描かれているのかは、見当もついていなかったのである。

     

    それは、もうすでに残り4分の1というほどに本を読み進めていた時のことであった。私は何の気なしに、次のページをめくっていた。部屋のベッドの上、ゆるゆるとした気分で、オースターの世界を楽しんでいたのである。

     

    そんな時である。私は突如驚きの声を上げていた。思わず、「うそ・・・」と声に出してしまっていた。私は突然の事態に、記憶を鮮明にたどるまで、少しの時間が必要だった。そう、お分かりであろう。オースターの文章の中に、とある本のタイトルが予告もなしに出てきたのである。そう、まさにその本は、私が本屋で妙に気になった、左隣の文庫だったのだ。

     

    しかし、私はまだどうも信じ切れていなかった。「たまたま、一回だけ本のタイトルが出てきただけだろう」。そう半信半疑の思いで、読み進めていた。まさかね、深い意味なんてないでしょう、という気持ちである。しかし、行を進めていくと、ますます私は不思議な気分になっていった。話は、こうだ。実は、オースター自身が自らの過去の話を書いていると、彼はふと、とある本のことを思い出した。誰もが知る永遠の名著、サン=テグジュペリの『星の王子さま』のことである。彼自身は、不思議な思いでこんなことを綴っていた。

     

    オースターにとって、『星の王子さま』は、フランス語を学んだり、フランスに住むようになるきっかけにもなったという大切な本だったという。しかし、これは彼が後に知ったことだが、オースターの母が昔ニューヨークのとある建物に住んでいたのだが、同時期になんとサン=テグジュペリが同じ建物に住んでいたというのである。しかも、その場所で、あの『星の王子さま』が生み出されたというのだ。オースターの思い出の本が、実は、彼自身の母が住んでいた建物の中で、そして同じタイミングで生み出されていたというのだから、すごい偶然である。さらには、当時そんなことをお互い知る由もなかったというのだから、これまた不思議な話だ。そしてまた、フランス人であるサン=テグジュペリが、亡命先であったニューヨークであの名著を書いているというのも、面白い偶然だろう。オースターはそんな不思議な縁を、偶然でもあると同時に必然でもあると捉えていたのだろうか。そして、そう、話は私のことである。私が本屋で突然ふっとした引力を感じ、そして導かれるようにオースターの『トゥルー・ストーリーズ』を手に取ったわけだが、その時に左隣にあったのが、不思議なほどに強い縁を感じてしまったのが、この『星の王子さま』の文庫本だったのである。まさかあの時、オースターの本の中に『星の王子さま』の話が出てくるなんて、もちろん予想さえしていなかった。ましてや、この2つが深く絡んでいるとは、信じられない偶然である。

     

    しかも、それは数百冊以上がぎっしりと並べられた海外フィクションの文庫本の棚にあり、上から下までおそらく8段くらいはあろう本棚の中で、表紙カバーが見えるようにして並べられていた唯一のコーナーであった。たしかその一段には78冊くらいしか並んでいなかっただろう。あとはすべて、背のタイトルしか見えなかったのだ。しかも、タイトルで考えても、著者名で考えても、アルファベット順でも日本語の五十音順でも、なんのつながりもない本が並んでいたのである。他はすべて、順序良く並んでいたというにもかかわらず。さらには、発売時期も全く違う。妙に引っ張られる感を覚えたこの2冊が、実は裏でつながっていたとは、私もにわかに信じがたいのである。

     

     

    しかし、私はこの不思議な感覚を覚えた途端、発見をした途端、何かが胸の中ですとんと落ちた。私が、なぜ、4年前に『トゥルー・ストーリーズ』を結局読まなかったのか。それはおそらく、この4年後のいまのタイミングに読むべきであったからだろう。そして、この不思議なつながりと偶然を自分自身で体験するために、ずっと時間が流れていたのだろう。そんなことを思ってしまう。少なくとも、4年前に『トゥルー・ストーリーズ』が発刊されたときには、どう考えても全く別のジャンルの『星の王子さま』が横に並ぶことはないはずだ。そして、4年前には、今ほど私は「偶然」や「引力」、「縁」や「シンクロ」といった、目に見えない世の中の不思議な力を自分自身で体験し、理解し、会得できていなかったのである。4年の歳月の中で、私はこういったものを自分自身の中で素直に感じ、信じられるようになったのを、この本が、この不思議な体験が今、このタイミングで教えてくれたような気がしてならない。

     

     

    世の中には、見えない何か、不思議な力がある。そんなことをますます強く思う、今日この頃。

     

     

     

    March, 2008

    「偶然」のできごと (後編)

     

    2008/3/12

     

    (前編から続く)

     

    通いなれた本屋の中。一体どこからあの引力は発せられているのだろう。そう不思議に思いながら、私は迷うことなく本棚の間をすり抜け、いくつもの角を曲がり、どこか定められた方向にただ歩いていた。新刊書のコーナーを抜け、ノンフィクションのコーナーを通り過ぎ、そして芸能関係の本、旅行関係の本棚さえも素通りし、どこかにある何かの本にただまっすぐに向かっていた。そして私は、あるところでふと足を止めた。それは、文庫本の本棚の前。しかも、和書ではなく、洋書の翻訳本のコーナーである。

     

    私は目の前にある本棚を上までじぃっと見上げてみた。数百冊ある海外フィクションの文庫を前に、私はなぜここにいるのだろうと、自分でもその理由がわからない。はて、何かほしいものなどあっただろうか。うーん、なんだろう。そう思って、また視線を徐々に降ろしていくと、私の目のどまん前、つまり、視線と同じ高さに、ある1冊の本が置かれていた。表紙が見えるように並べられていたその本。私はその本を見つけた瞬間、「あ、これだ」と、私を呼んでいた正体が目の前にある文庫本であることを確信したのである。

     

    「そうか、これが呼んでたんだ」

     

    私の目の前にあるその本は、かつて昔、かなりの興味を持っていた本だった。それは確かもう4年近く前のこと。ありとあらゆるところでその本の書評を目にし、そして圧倒的におもしろいと薦められていたハードカバーの本だった。私は何度もその本を書店で手に取り、そして確かに何度も買おうと思っていたのである。が、しかし。その時の私にはなぜだかしっくりくる感じがせず、どういうわけか結局最後まで買えなかった。そしてそののち、私はその本のことなどすっかり忘れて日々を送っていた。同じ著者の本は何冊か読んだが、なぜだかこの1冊だけは私の中で忘れられていた存在だったのである。

     

    が、今、私が目にしているその本は、タイトルも著者も同じながら、その形は大きく異なっていた。知らない間に、文庫化されていたのである。しかも、発売されてからまだ23カ月しか経っていない。私はすぐさまその本を手に取り、ようやくタイミングがやってきたかと、迷うことなくレジへ向かっていた。

     

    不思議なことにこの本は、「偶然」の連続がおりなす不思議な人生の話である。しかも、フィクションではなく、ノンフィクション。この1冊に出会った私の出来事も、これまた「偶然」のような「必然」だったのかもしれない。

     

    不思議な引力で、不思議な1冊の本に出会う。こんな素晴らしい目に見えない力なら、私は心から歓迎するし、そして心からその力に感謝したい。

     

     

    出会った本。

     

    『トゥルー・ストーリーズ』 ポール・オースター著、柴田元幸訳 (新潮文庫)

     

     

     

    March, 2008

    「偶然」のできごと (前編)

     

    2008/3/11

     

     

    とある夜のこと。ふっと仕事を片付け終わると、まだ珍しく夜の7時台。これはラッキーと私は身支度を整え、いつもより早い時間にオフィスを後にした。最近あんまり行けなかった本屋さんでじっくり本を選ぼう。そう思って私は本屋に向かい、前々から買おうと思っていた沖縄のガイドブックを選び始めた。あまり普段はガイドブックを買わない私だが、3月下旬に訪れる沖縄は、全く私にとって未知の世界。そんなわけで、てっとり早く情報をとの思いから、一冊のガイドブックを買うことにした。ごく最近出版されたばかりのシリーズで、女性の旅にはぴったりの可愛いガイドブック、「ことりっぷ」昭文社)である。見た目も中身も、そして値段もいい感じのガイドブックで、本屋ではかなりのシェアをしめていたので、きっと売れているのだろう。

     

    そんな新しいガイドブックを手にし、他に何かいい本はないかと本屋をふらふら歩いてみた。ゆっくりじっくり、時間を気にせずに本を眺められるのは久々でありがたいものだ。私はあちらこちらで目についた本を手に取り、そしてパラパラと眺め、また棚に戻すという所作を何度も繰り返していた。時間にして大体20分ほどだろうか。特に欲しくなった本もなかったが、ある程度本屋めぐりも満たされたため、私は沖縄のガイドブックだけを手にし、レジへと向かった。そしてカフェでも行って、本を読もうと思っていたのである。

     

    レジへと足を向けている途中、ふっと平棚に目がとまった。そこは人気女性作家のコーナーで、たまたまそこで足を止めたのである。別に何を眺めても、特に欲しいものもないようである。私は目線を下におろしながら、何もないことをもう一度確認して、レジへ足を向かわせようとした。

     

     

    が、その時である。私の頭が突然くいっと引っ張られたのである。それはまるで、目に見えない糸が私の頭につけられていて、遠くから誰かがその糸をいきなり引っ張ったような、そんな感覚であった。

     

    私は何の前触れもなく、頭に不思議な感覚を覚えたので、一体今のは何なんだろうと一瞬固まっていた。が、それは、まるでどこかからの引力のようだ。私は、「もしかして」と思いながら、引っ張られたその方向をたどって足を進めることにした。

     

    (後編へ続く)

     

     

    見えない力

     

    2008/3/10

     

     

    昔から不思議に思っていることがある。たまに私は妙にリアルすぎる直感、予感、はたまた引力を覚えるときがあるのである。そしてその感覚は、かなりの確率で当たる。当たった時は、あぁやっぱりと安堵するような感覚になるときもあれば、しまった当たっちゃった・・・といやな気持になる時もある。それも内容次第だ。最近、そんなことがますます増えてきている。信じられない人もいるだろうが、やっぱり世の中には目に見えない力が、言葉ではうまく説明できない不思議な力が、強く強く働いているのだろうと思う。

     

    研ぎ澄まされた感覚を、これからも持ち続けていたいと思う、今日この頃。

     

     

    March, 2008

    バランスを

     

    2008/3/9

     

    昼過ぎ。久々にゆっくりと銀座のはずれでお茶の時間。3時間以上話し続け、そういえば、最近こんなにゆっくりとした時間を送ることなんてなかったなと、しみじみと思う。ONOFFのバランスが、いかに崩れていたかがよくわかる。ONに傾きすぎると、心にも体にも負担がかかるんだな。そんな基本中の基本を、改めて学ぶ今日この頃。

     

     

    March, 2008

    花粉と砂糖の甘い関係

     

    2008/3/8

     

     

    この時期、外でマスクをしていると、こんなことをよく訊かれてしまう。

     

    「風邪?それとも花粉?」

     

    もちろん、私は後者である。あんまりはっきりとしたことは覚えていないが、花粉症歴は10年近い。

     

    「花粉です。今日、すんごい飛んでて・・」

     

     

    そんな会話をしょっちゅうするわけだが、今年は実は、いつもの年に比べて早くから様々な対策をしっかり練っているおかげなのか、例年よりも症状が若干軽い気がしている。もちろん、マスクなしで外を歩くことなど絶対にできないが、それでもなんとなく苦しみの度合いがいささか弱い気がしているのである。

     

    そして私はこんなことをふと思い出した。

     

     

    「甘いモノ好きな人には花粉症の人が多い」

     

     

    これがどの程度事実なのか定かではないが、確かに、私も甘いものが昔から大好きだ。きちんとした理由はよくわからないが、アレルギー反応みたいなものだろうと思う。とりわけ、甘いものの素である白砂糖がよくないとも聞く。実際、私も去年まで同じことを聞き続けてはいたのだが、大の甘いモノ好きの私には、とうていそんなことを聞き入れられるだけの耳も心もなく、「甘いものが食べられなくなるくらいなら、花粉症のほうがよっぽどいい!」と突っぱねていたのである。

     

     

    が、しかし。以前から書きつづっているように、今年に入って、私の体は変わり続けているのである。なにせ日常生活で、甘いものを食べることがぐんと減った。はっきりは分からないが、コンビニなどで売っているプリン、ヨーグルト、チーズケーキやらのデザート類を食べることが、以前の10分の1くらいになっているのである。カフェでケーキなんていうのも滅多になくなったし、確実に、生クリームなど大好物の牛乳系甘味物が減っているのである。そしてもちろん、他の甘いもの、チョコレートやらクッキーやらも、その消費量はぐんと減っている。もちろん多少は食べるが、少し食べただけで満足するようになったので、昔に比べて大して量を必要としなくなった。つまり、糖分の摂取が格段に少なくなっているのである。

     

    別に花粉症対策に糖分を減らしたわけでもなんでもないのだが、気がつけば結果的に甘いものを遠ざけて、それが花粉対策に一役を買っているらしいのである。もちろん、これ以外にも様々な予防策を立てているので、一概に甘いものだけが理由にはならないのだが、おそらく間違っていないだろうと、私はしみじみ思っている。

     

     

    そんなわけで、花粉症。シーズンも折り返し地点。あと、半分、ひどくならないように、つらくならないように。どうか、すっきり切り抜けられますように。

     

    そう祈るばかり。

     

     

     

     

    March, 2008

    真夜中のカラダ

     

    2008/3/7

     

     

    はっと気がついて時計を見ると、時刻はすでに315分になっていた。午後ではない。午前の3時過ぎである。

     

    怒涛の一週間をようやく終え、私は12時半過ぎにお風呂に入った。はぁ、やっと終わった。そんな安堵をおぼえたせいか、私はまたしても、お風呂の中で寝てしまった。しかも、2時間半以上という長い間。

     

     

    またやっちゃった。

     

     

    そんな思いですぐお風呂から出て、いつものように体重計に乗ってみる。そういえば今週は、さして食べもせず、朝から晩まで走り回っていた。少しくらいは痩せたかな。そんなことを思いつつ体重計の数字をみると、信じられない数値が表示されていた。こんなに少ない体重、大学時代にダイエットした時以来、見たことがない。

     

     

    実は年末に体調を崩してからというもの、私の体と食生活は大きく変わり続けている。もともと昔から、薄味を好む傾向にはあったのだが、今ではとにかく素材の味だけで十分、そしてできるだけシンプルな和食がいいというほどに、体と口が求める味が変わっているのである。更には添加物や保存料が入っていそうな味には、ときおり体がひどく拒否反応を起こしてしまうようになった。毎日のように食べていたデザートも、自分から欲することはぐんと減った。以前ならぺろりと平らげられる食事の量で、今では胃がもたれそうになってしまうことさえある。食生活はどんどんと変わり、それにともなって体重もわずかずつではあるが減少傾向である。このままどこまで落ちるのだろうと、時折ふっと怖くもなるが、すぐに太る体質の私がひどく痩せることなどありえないので、そんな心配もいらないだろう。

     

     

    そういえば、人生において私は何度かダイエットに成功している。高校時代、大学時代、カロリーコントロールで私は大幅な減量をしたが、今回は何の努力も辛さもなく、シンプルな食生活だけで体重が減っている。あぁ、ありがたい。体も軽くなるし、洋服にも余裕ができる。変なものを食べなければ、体や肌の調子もよくなるというのだから。

     

     

    怒涛の日々を終えた真夜中。体重計をながめながら、これは1週間分のご褒美かとふと思ってしまう。

     

     

    一瞬のご褒美でなく、これがずっと続けばいいけれど。

     

     

    ま、人生がそんなに甘いわけもない、か。

     

     

     

    March, 2008

    夜のできごと

     

    2008/3/6

     

     

    9時頃。残業をしていると、1通のメール。

     

    読むと同時に、受話器を手にとる。ものの数秒で、私は外の世界とつながっていた。

     

     

    メールが主流になった今、電話の価値と実用性は、以前と比べてどうなったのだろう。クリアな文字のメールに取って代わられたような、そんな感覚をどことなく覚えてしまう。でもやっぱり、電話ってすごいよなと時折改めて思うことがある。相手は今、どんな状況で、どんなトーンで言葉を口にしているのだろう。音や空気、口調やスピード。目では見えない環境と、そこにある心をすぐさま察知できてしまう、電話という不思議さ。やっぱりそこには、文字だけでは得られない、何か「生」の気配を感じるという大事な要素があるのだろうと思う。

     

     

    「やっぱり今日も、まだいましたね」

     

     

    残業時間の電話が、いつもと少し違って温かく感じるのはなぜなのだろう。いや、すべての電話に共通するわけでももちろんないが、ひと気の少ない静かなオフィス、穏やかな口調で話していると、あぁ、世の中もまだ動いているんだなと感じ入ることがあるのである。時折、誰もいないオフィスでひとり仕事をしていると、化石になったような、古い時代に取り残されたような、そんな変な感覚に包まれてしまうのだ。

     

     

    「今日も、がんばってますね」

     

     

    そんな人の温かさを垣間見されてくれるのも、残業時間の不思議な特徴だ。ましてやそれが電話となると、やはり伝わってくるものも、もちろんもっとダイレクトになる。

     

     

    「じゃぁ、無理しないでくださいね」

     

     

    その言葉を最後に、私は一瞬にして外の世界から内の世界へと意識が戻っていた。まるで、自分がどこでもドアで出かけていたような不思議な感覚だ。

     

     

    メールでも、電話でも、人が何かを伝えるには、たくさんのやり方そして手段がある。大切なのは、それをどう使い、どう表現し、どうやって思いと考えを伝えるのかということなのだろう。形式にとらわれすぎることもなく、時代に流されすぎることもなく。

     

     

     

    もう長いこと、長電話などしていなかった。そういえば、もうしばらく、長い手紙も書いていない。

     

     

    ふっと後ろを振り返っていた、夜のできごと。

     

     

    ON

     

    2008/3/5

      

    あれもやらなきゃ、これもやらなきゃと追い立てられているうちに、気がつけば1日が終わっていた。水曜日、週の折りかえし。体も心もぐったりしながら、あと2日と指折り数えて翌日に臨む。

     

     

    働きマンのスイッチが、今週はオフにならないな。

     

     

    そんなことを少し思いながら。