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    February, 2008

    適応能力

     

    2008/2/21

     

    毎日残業ばかりしていると、なんだか時間の感覚が麻痺してくることがある。大抵いつも9時、10時まで仕事モードなので、たまに8時前とかに仕事がふっと終わると、実に変な感じだ。

     

    「あれ、これから何すればいいんだっけ」と、自分で自分の時間の使い方がわからなくなることさえある。こんなに残業がなかったころは、一体毎日何をしていたのだろう。ジムかヨガか、本屋かお稽古か。はたまた飲み会か食事か、それともカフェでぼけっとしていたのだろうか。

     

    人間とは、どこでもある程度に「慣れる」ことのできる、そんな適応能力を持つ生き物なのだろう。

     

    そんなことを思う今日この頃。

     

     

    選挙に思うこと

     

    2008/2/20

     

     

    ここのところ、毎日嫌というほどに目に、耳にするのが、アメリカ大統領選挙のニュースである。お米の話はしないと言っておきながら、気がついたら米国のネタになっているが、それはもちろん関係ない。私はアメリカの話をしたいのではなく、選挙の話をしたいのである。

     

    昨年夏に行われた日本の参議院選挙で私はかなり不快な思いを抱いていた。というのも、ほんのちょっとだけ選挙の裏側を垣間見始めたからだ。別に、議員事務所で働いているわけでもなんでもないが、ここのところ、政党や議員が少しだけ近くに感じられるようになっている。そこで見えてきたものとは、「ふぅーん、世の中ってこういう仕組みなんですかぁ」というものだ。ネタがネタなのでさすがに詳しくは書けないが、世の中はこういう風にして回っているのかとしみじみ感じ入ったのである。いや、別に感心しているわけでも、開眼したわけでもなんでもない。どちらかといえば、ある種の諦めモードといった感じであろうか。まぁ、世の中の大半が、政治に対しては同じような感覚をお持ちだとは思うのだが。

     

    さて、そんな中、私がひとり強く疑問を覚えたのは、とにもかくにも変な選挙のあり方についてである。いや、選挙システムがどうこういうつもりはない。そんなこと素人の私がとやかく言う権利も知識もない。しかし、私が変と思うのは、どうも、選挙に関係する人々、団体が、選挙をあくまでも「戦い」として見ている奇異な現象のことだ。これは、日本の選挙だけでなく、もちろん今長く行われているアメリカ大統領選挙でも同じ話だろう。

     

     

    よく、候補者たちはこう言う。「長い戦いになりそうです」とか、「苦しい戦いでした」とか。実際、候補者たちや政党、支援者はこんなことを口にし、そしてさらに公文章にもしている。「○○君に勝利を!」、「わが党に勝利を!」、「この戦いだけは負けられない」、などなど。さらにヒートアップしてくると、「○○党をぶっ壊せ」、「○○に政権は渡せない」的な発言が出てくるわけである。しかし、よく考えてみてもほしい。だれがいつ選挙を「戦い」にしたのだと。確かに、得票数により、「勝ち」「負け」らしきものが決まるわけだが、実際にはそれは「勝ち」「負け」ではなく、「選ばれた」か「選ばれなかった」か、でしかない。選挙とは「選ぶこと」、「選ばれること」であり、「勝負」ではないのである。しかし、世の中に対し「勝利を!」と煽り、その勢いで民衆を先導することにより、ある種の「敵か味方か」という構図が生まれてきてしまう。人間はある意味単純な生き物なので、「正義vs 悪」のような状況に追いやられると、どうも妙に神経を刺激され、そして妙にテンションが上がり、そして「勝利」か「敗北」かの結果に翻弄されてしまいがちである。本当に大切な中身を見るというよりも、パフォーマンスやその時々に発せられる言葉の一言一言に振り回されることだって容易に想像がつく。

     

     

    候補者や議員は、自分たちに「勝利を!」と言う前に、そして相手の揚げ足の取り合いをする前に、よく考えていただきたい。選挙は候補者たちの「勝ち負け」の戦いではなく、市民、国民の治者を指導者を、市民が、国民が選ぶ機会なのだと。誰が勝つのか、負けるのかではなく、誰が今のそして未来の市民、国民に平和で幸せな暮らしをもたらしてくれるのか、なのだと。重要なのは、勝ち負けではなく、いかに幸せで正しい社会を築きあげてくれるのかだと。

     

     

    一国の主が変われば、その国の未来が変わってしまうという大事な選挙で、候補者どうしの醜い罵り合いなど、毎日毎日聞きたくもない。いや、もっと言ってしまえば、国民に選ばれた議員どうしの、党どうしの罵詈雑言など聞きたくもない。

     

     

    そう思っているのは、私だけだろうか。

     

     

    February, 2008

    お米ばなし (後編)

     

    2008/2/19

     

     

    (前編から続く)

     

    もちろん、和食だけではなく、中華やアジア各国料理の炒め物やスープなども、必ずと言っていいほどもご飯と一緒に食べたくなる。いや、実際にほぼ毎回白いご飯をしっかりと頼んでしまい、まるでアジアの屋台にありそうな「おかずのせご飯」もしくは、「炒め物ぶっかけ飯」的なものを好む傾向にあるのである。

     

    しかしながら、本場アジアであっても、ちょっと品のいい中華料理フルコースになると(もちろん自分でチョイスしたわけではなく、たまたまツアー旅行などでそういう機会になった時の話ではあるが)、前菜から始まり、スープやら蒸し物に炒め物数種が続き、最後にようやく炒飯か麺類という流れになるのだが、これが私にはかなりしんどいのである。いや、ほとんどの人が同じようなことをきっと感じているだろうとは思うのだが、油ものをご飯なしで食べ続けるというのが私にはつらいのである。そのため、子供のように、「あぁ~、ご飯と一緒に食べたいよぉ~」と言って人様に迷惑をかけるのだが(とは言え、実際にはご飯ものが出てくるまでそれなりに我慢はする)、最後の最後までそうやって我慢し続けて、結局何のご飯ものさえも出なかった時のショックはと言えば、それはそれはもうはかり知れないのである。「あぅ~、なんで油ものばっかり出すんだよぉ~、ご飯がほしいよぉ~」とわめきたくなるくらいだ。

     

    実際、某ツアーで高級中華料理を頂いた際に、最後の最後まで一切炭水化物系の料理が出ず、衝撃というか、かなり腑に落ちない経験をしたことがある。炒飯もおこげもおかゆも、さらには焼きそばもなければ、いかなる麺類もなかったのである。そんなわけで、私には高級なフルコースよりも、白いご飯もしくはシンプルな炒飯に野菜や玉子のスープ、青菜の炒め物や豆腐料理など、ごくシンプルなメニューを一緒に美味しく頂いたほうがはるかに幸せなのである。

     

     

    と、話が長くなったが、私は何度も言うように、お米が大好きである。お米でつくった麺も好きだし、ちまきもおむすびも、お茶づけもおこげもリゾットも雑炊もお餅も大好きである。どうやら、日本人のお米の消費量はぐんぐんと下がっているようなのだが、私はそれに逆らって年々愛米家になっているような気がしてならない。

     

     

    ちなみに、周りには「愛米家」の人がそれなりにたくさんいるので、私はそれほど「異端児」でもないと思うのだが、世の中ではどんな具合なのだろう。

     

    「お米なんて、キライだし~」。そんな人が仮にいたら、後ろから頭をスリッパではたいてしまいそうなほどに、私は「愛米家」である。いやはやもしかしたら、これも、歳をとった、ということなのだろうか。

     

     

     

    なお、たまたまお米の話が続いているが、特段の狙いがあるわけではないので、ご了承を。

     

    次回は、お米以外のお話にて。

     

     

     

    February, 2008

    お米ばなし (前編)

     

    2008/2/18

     

     

    少し前のことだが、とある人と食事中に話をしていると、ふといきなり、こんなことを訊かれた。

     

     

    「アイマイカ?」

     

     

    私は突然言われたその言葉に、瞬時に反応することができなかった。

     

     

    はて、「アイマイカ」とはなんのことだろう。一体「アイマイカ」とは、どう表現するのだろう。

     

     

    「アイマイカ」、「あいまいか」、いやそれとも、「曖昧か?」と。

     

     

    私はしばらく、うにに?と頭を悩ましていた。しかし、どうやってもうまく変換ができないのである。

     

     

    そこで、私は思い切ってこう訊いてみた。

     

     

    「“アイマイカ“ってなに・・・?」

     

     

    すると相手は、こう説明してくれた。

     

     

    「アイマイカよ、アイ・マイ・カ」

     

     

    そう、相手の「アイマイカ」は、「曖昧か?」ではなく、「愛米家」であったのだ。いってみれば、「愛妻家」みたいな言葉だったのだ。

     

     

    私は、今までかつて馴染みのなかったその言葉に、しばらくポカンとしていたのだが、「アイマイカ」が「愛米家」であるとようやく納得できた途端に、こう答えたのである。

     

     

    「そう!愛米家!!お米大好き!!」

     

     

    どうやら相手は、私と食事をしてる最中に、私が米好き人間であることを察知したらしい。確かに私は、以前からブログでも書いているようにご飯が大好きである。白米もいいし、玄米もいいし、雑穀米やら発芽玄米やら、ありとあらゆるタイプのお米が大好きなのである。炊き立てのご飯におだしのきいたお味噌汁、さらにはお刺身や焼き魚、野菜の炊き合わせやらお漬物やらがあったら、かなり幸せを感じてしまう人間なのである。別に、生まれてからずっとこの感覚というわけでないのだが、とりわけここのところ、この傾向が異常に強く、なんでもかんでもお米と合わせたくなってしまう欲求が強くなっているのも確かでなのある。

     

     

    (後編へ続く)

     

     

    「Free Rice」 (後編)

     

    2008/2/17

     

    (前編から続く)

     

    さて素晴らしい寄付サイト「Free Rice」、その仕組みを簡単に紹介しよう。

     

    これはある種の英単語クイズだ。アクセスすると、とある英単語が画面に見える。たとえば、こんな感じだ。

     

    quiz  means :

     

    knockoff

    client

    pocketbook 

    test

     

     

    これは実際に出てきた問題なのだが、「quiz」は「test」という意味であるため、「test」をクリックすると、「Correct ! 」と、正解したのがわかる。すると、この1問の正解で、お米20粒を飢餓で苦しんでいる人々に寄付できるというシステムなのである。たった20粒ではあるのだが、このサイトのすごいところは、「11クリック募金」とは違い、際限なくいくらでも続けられることなのだ。つまり、問題に正解していると楽しくなって次々と続けてしまうので、あっという間に数100粒とか、1000粒くらいのお米を寄付できることになるのである。画面上では、お米が増えていく様子が目で見えるので、これもまた続けてしまう楽しいポイントになる。

     

    なお、このお米は国連WFPから食糧困難で困っている方々に提供されるのだが、その資金は、画面上に掲載されている企業の広告費から出ているらしい。こういうものに協力する企業も素晴らしいが、何よりこのサイトの仕組みも実にすごいと思うのである。もちろん、単にワンクリックしてどこかの団体などに1日1円を寄付するというのもそれはそれでいいのだが、11回しかクリックできなくて、なんとなくもどかしい時も正直ある。その一方、このサイトではクイズを楽しみながら、英単語を学びながら、しかも好きなだけ寄付できるというのが、実に画期的なアイディアだと思っている。しかも、英単語のレベルは50段階くらいあるため、クイズに正解すればするほど、レベルが上がって難しい単語になるし、間違えていればレベルが自動的に下がって簡単な単語になるため、英語のレベルが高い人でも、そうでない人でも、自分のレベルにあった問題が受けられる。つまり、英語が得意でない方でも、やさしめの問題で正解すれば、同じように20粒を寄付できるというのだから、これまた素晴らしい仕組みなのである。

     

    誰もが簡単にアクセスでき、そして自分のできる範囲で、好きなだけ楽しみながら寄付できるという、このFree Rice 、ぜひ一人でも多くの方にアクセスして頂きたい。一人ひとりの寄付するお米の数はたとえ、数10粒、数100粒でも、毎日世界中の人々がアクセスしているおかげで、11億粒をはるかに超える寄付が集まっているらしい。

     

    できることから、コツコツと。

     

    楽しみながら、学びながら、そんなサイトを発案した方に、私は心底感心しているのであった。

     

    みなさまも、ぜひ。

     

     

    February, 2008

    「Free Rice」 (前編)

     

    2008/2/16

     

     

    つい最近、私のもとに一通のメールが届いた。日ごろちょこちょことサポートしているNPOからだ。時々メールで様々なお知らせが送られてくるのだが、今回のメールは特に素晴らしい内容だったため、ぜひいろんな方に紹介したいと思っている。

     

     

    そのメールの発信元は、NPO法人国連WFP協会である。よくテレビの「公共広告機構」のCMで、学校給食支援の普及を発信している、あのWFP協会である。私は以前から、わずかではあるが、ちょこっとずつ寄付をしているため、メールが届くようになっている。そんなWFPから届いたメールでは、面白くも素晴らしいアイディア溢れるとウェブサイトが紹介されていた。それは、「Free Rice」というサイトである。

     

    もしも、すでにこのサイトをご存知であれば、私が恥ずかしながら知らなかっただけなので、ご紹介できる身分でもないのだが、おそらく、英語のみのサイトであるため、まだそれほど日本での認知度は高くないようにも感じている。

     

    名前の通り、このサイトでは、無料でお米を寄付することができるという仕組みになっている。しかし、日本でもいまやかなりの勢いで広がりつつある「ワンクリック募金」とは全然仕組みが違うのだ。これが、実に目から鱗の仕組みで、昨年秋にサイトが立ち上がってから、ものの見事にその利用者が拡大し、2007年のイギリス版yahooにおけるチャリティー部門最優秀ウェブサイト賞に選ばれてしまったというのだから、驚きである。

     

     

    さて、このサイトでは「英語」がある種のカギになっている。英語と聞くと、日本人は、「英語はちょっと・・・」と思うか、「英語、好き!」と反応するかのどちらかに大きく分かれるだろうが、もしもあなたが後者であるならば、ぜひこのサイトにアクセスして頂きたい。すべての表記は英語であるため、全く英語が得意ではない方、もしくはアレルギー反応を起こすような方には、私も強くお勧めできないが、あまり得意ではない方もぜひ一度試していただきたい。それほどに、面白くも素晴らしいサイトなのである。

     

     

    (後編へ続く。)

     

     

    February, 2008

    正直な体

     

    2008/2/15

     

    8時半ごろ。仕事を片付け大急ぎで銀座へ。今宵は久々にヨガのレッスンに向かうことにした。

     

    いくらか遅れてスタジオに入った私だが、他の人に続いてすぐさま先生からごく短いストレッチを受けることになる。時間にしたらほんの30秒ほどだが、言われるがままにポーズをとり、身体に触れられていると、右肩の一部がひどく痛い。

     

    その瞬間、先生はいきなりこんなことを口にされた。

     

    「ここの部分は、人間関係のストレスが溜まるところよ~」

     

    あまりにも当たっていたので、私は思わず苦笑いしてしまい、「当たってます・・・」と答えていた。

     

    「不思議なことに当たるのよ~」

     

    ほんの少し体を触られただけで、これだけ言い当てられるとは、心底驚きである。

     

     

    ほんとに、体って、正直だな.。。。

     

    February, 2008

    富士山を眺めながら

     

    2008/2/14

     

    ここのところ、空気が澄んでいるせいか、はたまた気温がグンと低いせいか、朝の通勤時に富士山が見えることが多い。はっきり裾野まで見える日もあるし、どことなくぼんやりと山頂が浮かんでいるような日もある。とはいえ、朝早く眠たいときに富士山が見えると、なんだか心がしゃきっとする。日本人なら誰しもが似たようなことを感じるのかもしれない。

     

     

    そんな富士山を毎日のように眺めていた頃、ふいに一本の吉報が飛び込んできた。アルピニストであり、富士山清掃活動などの環境活動家としても知られる野口健さんが、植村直己冒険賞を受賞されたのである。ちょうど、植村さんの代表作中の代表作、『青春を山に賭けて』の終わり部分、しかも、私の大好きなアラスカ・マッキンリー山(もっと言えば植村さんが最期に消息を絶った場所でもある)に挑んでいる頃の話を読んでいた矢先にこのニュースが入ってきたため、「おぉ、なんてタイムリーな」とびっくりしたのであった。おりしも、この名著は、今回受賞された野口健さんの人生をも変えた本である。色々なことが重なり、私はひとり静かに驚いていたのである。

     

     

    しかし、受賞の話を聞いた時、実際には、「あれ?まだとってなかったの?」という驚きのほうが強かった。野口さんはもうだいぶ前に7大陸最高峰を史上最年少で達成されていたので、植村直己冒険賞はとっくの昔に受賞されていたとてっきり思っていたのである。ちなみにこの賞、過去の受賞者には、あの素晴らしきグレートジャーニーで有名な関野吉晴氏、また登山家として名高い山野井妙子夫妻などもおられる。選考委員には、河合雅雄氏、椎名誠氏、西木正明氏など、やはり、「おぉっ」という方々が並んでいる。なんとも素敵な賞であることに違いない。

     

     

    そんな野口さんは今回、34歳の若さでこの賞を受賞された。ちなみに、植村さんが五大陸最高峰を世界で初めて制覇し、『青春を山に賭けて』を執筆したのは、弱冠29歳のときである。今から30年以上も前のことではあるが、人生29年目という若さであの偉業を成し遂げたとは、私にはにわかに信じにくい事実である。そしてあの、あっけらかんとした強さと明るさ、そしてひたむきさを、やっぱり好きだなぁと思うのである。

     

     

    自分とそれほど歳の変わらない人々の偉業を知り、自分がいくらも前に進んでいないことを改めてしみじみと実感した。前へ、前へ、の思いは、一体どこへ消えているのだろう。

     

     

    そんなことをまた、富士山を眺めながらふと思うのであった。

     

     

    February, 2008

    沖縄への道 ~その五 沖縄久高島植樹祭情報 ~

     

    2008/2/13

     

    と、いうわけで沖縄シリーズ最後に、宮脇昭先生指導による植樹祭の情報をアップいたします。

     

    お近くの方はぜひぜひどうぞ☆

     

     

    「学校の命の森づくりin久高島&第1回南城市植樹祭」

     

    主催:学校の命の森づくりin久高島&第1回南城市植樹祭実行委員会

        毎日新聞社(毎日新聞創刊135年記念モデル植樹事業)

        南城市・南城市教育委員会・NPO久高島振興会

     

    日時 :平成20年3月20日() 午後1時~3時

     

    場所 :沖縄県南城市知念字久高(久高小中学校内・うっちぐゎー広場

     

    申込期間:2月29日まで(定員次第締め切り)

     

     

    詳細およびお申込みは、下記からどうぞ。

    http://www.city.nanjo.okinawa.jp/2/1612.html

     

     

    February, 2008

    沖縄への道 ~その四 ようやく ~

     

    2008/2/12

     

    (前回からつづく)

     

    フライトのキャンセル待ちに賭けた私は、それ以降、恐る恐る、しかし、ちょこちょことメールをチェックしていた。何回かメールを開いたものの、なかなかそれらしきものは見当たらない。やはり、そんなに簡単にキャンセルなんて出ないのだろうか。そんなことを、思っていた。

     

    待ち始めてから約20時間後。メールを見ると、何やら「JAL」の文字が入ったメールが届いている。もしやと思って開くと、待望の「チケットの用意ができました」の文字。しかも、ありがたいことに第一希望のフライトである。私は、「よしっ!これで行ける!」と思わずひとり声を上げた。そしてただちに手順に従い、予約を済ませ、支払いも完了した。さらに、帰りの便をと思い、またしてもJAL、ANA、スカイマークの各社予約状況をにらめっこし、一番安いスカイマークのチケットを確保した。帰りもJALをと考えていたが、かなり高かったので、違う航空会社と相成ったのだ。変な組み合わせだが、片道ずつ買えるのも、国内線だからなせる技かもしれない。

     

    そんなわけで沖縄に行きたいなと思ってからというもの、その行く手を阻まれ続けていた私だが、ようやく往復のチケットも確保し、ほっと一安心である。何かの理由でキャンセルをしてくれた、どこぞのお方には、やっぱり感謝ものである。

     

    初の沖縄、3月下旬にその旅は決行。

     

    今まで訪れたどの日本とも違う新たな土地との出会いに、今からわくわくなのであった。

     

     

    February, 2008

    沖縄への道 ~その参 あとは、運次第~

     

    2008/2/11

      

    (前回から続く)

     

    パソコンの画面を前に、私はしばらくの間途方にくれていた。そう、沖縄へのフライトがとれないのである。私はJAL、ANA、そしてスカイマークのホームページ画面を並べつつもじっと見つめながら、静かに考え続けていた。いやいっそ、このまま諦めて沖縄の植樹祭はなかったものとするか。

     

    半ば諦めかけたころ、私はふとあることに気がついた。正規運賃以外の座席以外はもう全てないものの、よく見ればキャンセル待ちの望みがあるようなのだ。しかし、このキャンセル待ち、一体どのくらいの確率でチケットがとれるのか私には皆目検討もつかない。かつて国際線のキャンセル待ちをしたことは何度かあったが、いい結果が出なかった記憶がある。キャンセル待ちに賭けておいて、結局予約が取れないようであれば、帰りの飛行機やホテルなどの予約を入れるのも怖い。私は一体どれくらいの期間キャンセル待ちを出来るのか、そして、何本まで予約を入れられるのか色々調べることにした。航空会社でいくらか違いがあるが、とりあえず取れたらその時点でメールがくるらしい。結局、もうこれしかないなと、私は半ば諦めモードで最後の望みに賭けてみることにした。JAL3本、そしてANA1本。合計4本のフライトのうち、いずれかでキャンセルが出れば、私は沖縄に行けるのである。

     

     

    どれくらいの確率で、そしていつのタイミングで、キャンセルが出ることになるのだろう。

     

    いささか不安に思いながら、私は全ての申し込みを終え、静かにパソコンを閉じた。

     

     

    さぁ、どこまで運は味方してくれるのだろう。そんなことを思いながら。

     

     

    February, 2008

    沖縄への道 ~その弐 阻まれた行く手~

     

    2008/2/10 

     

    三連休真ん中の日曜日。さしてずるずるとベッドで眠り続けることも無く、10時過ぎに家を出る。向かった先は、横浜みなとみらい。今日は宮脇昭先生がセンター長を務める国際生態学センターのシンポジウムなのである。

     

    カフェで一息入れた後、私は会場であるパシフィコ横浜へと向かった。手には先生の大好物の和菓子を持ち、まずは先生や関係者にご挨拶と控え室にお邪魔する。1ヶ月弱ぶりにお会いした先生もお元気そうで何よりである。その後あっちこっちでいつもお世話になる方々にお会いし、気がつけば20人近い方とご挨拶することになる。なにせ、宮脇先生の植樹祭関係者が日本各地から集まっているのだから、3歩歩けば知り合いにぶつかるというくらいである。久々にお会いする方もいれば、つい数日前に会っていた方もいるが、なんだか混ざり合った不思議な空間でちょっと楽しくなる。

     

    シンポジウムでは世界の森林の現状や、植林の有効さなど、色々なお話を様々な角度から伺い、実に有意義であった。約4時間という長丁場ではあったが、宮脇先生のいつものシニカルジョークが客席の大笑いを誘ったこともあり、あっという間に終了するような実に興味深い時間であった。

     

     

    全てのプログラムが終了後、私は先生や関係者にご挨拶をし、会場を早めに離れるつもりでいた。しかし、そこで思わぬ話が展開していったのである。

     

    話は、そう、沖縄である。

     

    お話していたのは日頃非常にお世話になる方だったのだが、ふと、「沖縄の植樹祭行く?」と訊かれたのである。私は、「いや、行きたかったんですけど、ちょっと・・・」と答えていた。すると、てっきり行くと思われていたのか、「えぇっ?!行かないのっ?!なんでっ?!」と驚愕されてしまったのである。私はあまりにも驚かれたことに、逆にびっくりしてしまったのだが、どうやら話を聞いてみれば、「行かないなんてもったいなさすぎる!」というほどに素晴らしい土地であるらしいのだ。実は今回の植樹祭、沖縄とはいえ小さな離島での植樹祭であるのだ。しかも、超神秘的な場所らしく、女性にはもってこいの島でもあるらしい。

     

     

    「とにかく、植生が本州とも沖縄本島とも違うから、絶対面白い!」という言葉を皮切りに、「ガジュマルも生えててすごいよ~!」、「女性が神の島なんだから、絶対行かなくちゃ~!」、「とにかく神秘的ですごいところで滅多に行けないんだから~!もう植樹祭ないよ~」、「それに、イラブーもいるよ~(注:イラブーはうみヘビ)」などなど、それはそれは熱烈なお誘いを受けたのである。私は、今までかつてこれほど熱心に?植樹祭へ誘われたことなど一度も無く、よほどの土地なんだろうということをすぐさま理解したのである。

     

     

    いや別に、イラブーに惹かれたわけではもちろんない。というよりも、私はヘビさんをはじめ爬虫類が大の苦手でであり、食べるなんて考えただけでも恐ろしい。しかし、イラブー君はさておき、そんなすごい特殊な植生があるとは、うーむ、イヤでも惹かれるではないか。実際問題、宮古島や石垣島ならこの先行くチャンスもあるだろうが、この離島にはそうそうこれからご縁があるとも思いにくいのである。

     

    私はぐいぐいと引かれながらも、それでもなお、こんなことをずっと訊いていた。「行かないと、後悔しますかねぇ・・・」、「そんなに超オススメなんですかねぇ・・・」。煮えきらない私の心は、他の人の意見まで求めようとしていた。すぐ近くにいた別の関係者の方にも、「いいですかねぇ・・・?行ったほうがいいですかねぇ・・?」と小心者丸出しの口ぶりで質問してしまっていた。しかし、答えはみんな、同じである。

     

     

    「とにかく、絶対、行ったほうがいいから!行こう!」

     

     

    私はそんなありとあらゆる言葉に、ぐいぐいっと引っ張られまくっていた。ゴーヤチャンプルーもソーキそばも、サーターアンダーギーも、そしてちんすこうまでもが私を誘惑し始めていた。うーむ、困った。今までかつてないほどに誘われ、そして今までかつてないほどに、魅力的な土地ではないか。

     

     

    結局私は、

     

     

    「たぶん、、、行くことになる気がします、、が、、とりあえず飛行機調べて、考えます。。。。」

     

     

    と、少し曖昧ながらも、かなり傾いた心をあらわにして、別れの言葉としていたのである。

     

     

    宮脇先生や関係者に無事ご挨拶をして会場を離れた後、電車に揺られ一路東京方面へと向かっていた。久々に予約を入れた美容室へ行き、髪を切り、そしてカフェで一息しながらも、私は頭の中でぐるぐると考えていた。さぁ、沖縄、どうしよう。私がいま確認すべきことは、航空券のことだけであった。そうして私は、カフェで紅茶を飲みながら、パソコンとにらめっこをし始めていた。そう、全ての航空会社のホームページをじっと見続けていたのである。

     

     

    色々調べているうちに、私の心は徐々に固まり始めていた。比較的手ごろな航空券を発見できたのである。

     

     

    「よし、行こう」。

     

     

    心が固まれば、あとは早い。第一希望のフライトはJALの夜便だ。しかも、見れば前売りのお得な航空券は残席2。これを逃すと一気に値段が倍になって、正規運賃になってしまう。

     

    「残席2」という数字を頭に叩き込み、私は家に帰ることにした。JALのカードがなければネットでの予約も出来ないかもしれないと思ったのである。残席は、「2」。とは言え、あと1時間や2時間くらいでなくなることも無いだろう。そう私は心の中で思いながら、家に向かったのである。

     

     

    10時ごろ。私は家でご飯を済ませ、部屋に戻りパソコンを立ち上げた。手元にはJALのカードを用意し、これで何の問題も無く沖縄への足が確保できるだろう。何の疑いも無く、そう思っていたのである。

     

     

    しかし、ものの2時間ぶりに見たJALの残席情報は、さっき見たのと全く異なるものだった。私は思わず、「えぇ~っ?!」とひとり、部屋で声を上げていた。

     

    そう、第一希望はおろか、第二希望のフライトまでもが、全て満席になっていたのである。残すは正規運賃のみ。片道で3万円を大きく超えるとんでもない額である。

     

    あまりの事態に私は焦ってANAの残席情報もすぐに調べた。が、こちらも候補に考えていたフライトの航空券はすでになくなっていたのである。

     

     

    こうして、沖縄への行く手は、またしても阻まれた。

     

    私は、がっくりと、肩を落としていた。

     

     

     

    February, 2008

    沖縄への道 ~その壱 あこがれの沖縄~

     

    2008/2/9

     

     

    少し前のこと。2月のはじめ頃、私はふと素敵な話を耳にした。何かというと、沖縄で開かれるという植樹祭の話である。

     

    意外に思われがちだが、実は私は、今までかつて沖縄を訪れたことが無い。昨年の夏に、ようやく北海道に初上陸しているくらいなので、いくら旅人の私とは言え、いまだに訪れたことの無い地域はたくさんある。なぜ沖縄に一度も訪れたことが無いかといえば、要因のひとつには私の体の特殊性がある。そう、私は密かに紫外線アレルギーを持っているのである。今ではほとんど発症することもないのだが、高校生のころある日突然強い直射日光を受けたことで、太陽の光に対してアレルギー反応を起こすことになった。それ以来、できるだけ紫外線に直接当たらないような生活をずっと続けている。もちろん、日焼け止めを塗ったり、帽子をかぶったりすればいいわけで、それほど普通の人とは変わらない生活なのだが、それでもやはり一度発症すると1ヶ月くらい症状がひかなくなるので、太陽には人よりも敏感に反応する日々を送っている。

     

    そんなこともあり、私は海やプールがぴったりの南国ムード漂う地域には、極めて縁がないのである。沖縄だけではなく、ハワイやグアムなんかももちろん縁がない。行きたくないというわけではなく、「行っても何にも出来ないし」という理由もあり、私の中の選択肢からずっと外れていた。しかし、海に縁は持てないとしても、沖縄はやっぱり一度は行ってみたいと何気に思っていた。特有の文化や風景、そして食べ物にも興味津々だし、機会があればぜひ旅をしたい場所であった。

     

    そんなわけなので、私は最初に沖縄での植樹祭と聞いたとき、一瞬にして心が躍ったのである。「いよいよ、沖縄上陸か?」。そんな思いで私はワクワクしていた。とはいえ、それもほんの一瞬であった。どうも日程が難しいようなのである。私は仕事のスケジュールを変えることもできず、「あぁ、やっぱり行けないか~」とひとり心の中で落胆していた。

     

     

    しかしその後、事態は変わっていった。どうやら日程が変わり、行けないこともなさそうなのである。思わぬ事態に私はそわそわし、どうせならこの機会に行っちゃおうかと思い始めた。さらには不思議なことに、沖縄に行けるかもと思い始めた途端、しかも同じ日の夜に、テレビで偶然、沖縄の旅行番組を2本も続けざまに見たのである。こうなると、私はますます沖縄に引っ張られているような気がしてならない。もしや、これって、沖縄に呼ばれてるんじゃ・・・・。しまいには、そう思い込み始めてしまっていた。

     

    往復の飛行機は、今まで貯めてあるマイレージでチケットがもらえる。あとは、ホテルが取れれば問題もない。私はネットでホテル予約状況を調べ、周囲の観光情報をひたすら調べた。ホテルも問題なくとれそうだし、色々見るところもあってなんだかやっぱり楽しそうである。私はネットでの情報収集に没頭し、2時間も3時間もかけて、心に決めたのである。

     

     

    「よし、沖縄に行くぞっ」

     

     

    ここまでくればもう何の問題もない。さあ、気が変わらないうちに、日が経たないうちに、航空券を押さえてしまおう。私は、沖縄に行こうか迷い始めてからものの半日後には、ネットで航空券を押さえようとしていた。そうして、マイレージを使っての特典航空券を押さえるべく、またしてもネットで航空会社にアクセスしたのである。

     

     

    が、おかしいのである。何度やっても、フライト情報が出ないのだ。少々ややこしい仕組みであるので、はじめは自分の入力間違いかと思ったが、何度やってもダメなのである。「おかしいなぁ、何がいけないんだ?」。私はそう思い、ふと、他の日にちではどうかと検索してみた。すると、結果は全く異なっていた。ちゃんとフライト情報が出るのである。

     

    「はて・・・」。私はしばらくの間、疑問符を浮かべながら、固まっていた。が、腑に落ちずにずっと色々調べていてようやくわかったのである。答えは簡単だ。すでに、席が、無いのである。普通の予約と違い、「満席」や「キャンセル待ち」などという表示が一切出ないので、気がつくまでに時間がかかったのだが、ただ単に取れるフライトがないというのである。

     

    私は、この単純な事実に気がついたとき、それはひどく落胆した。そう、一番重要な航空券がとれないのである。いくら春休み期間とは言え、どう考えてもまだ席があるだろうと思っていた私の予想は、見事にすぐさま裏切られたのだ。

     

    正規運賃は3万円以上もする航空券。往復で6万円もしてしまうではないか。

     

     

    やっぱり私に沖縄との縁はなかったのか。

     

     

    そう思い、私は仕方なく諦めることにした。どうして、ネットでホテルやら観光情報を調べる前に、航空券の予約状況を調べなかったのだろう。

     

     

    自己嫌悪に陥りながら、沖縄への淡いあこがれは、一瞬にして消えていった。

     

     

     

    February, 2008

    出会い

     

    2008/2/8

     

    金曜夜7時半過ぎ。大急ぎで電車に乗り一路日本橋へ。今日は久々にお気に入りのレストランバーへ出向く夜。2ヶ月近く伺えなかったが、久々に友人たちとの食事と相成った。

     

    通い始めて2年かそこいらになるこのお店だが、私が数え切れないほどにリピートするにはわけがある。

     

    まずは、何を頂いてもハズレが一切無くおいしいお料理であること。さらにドリンクの豊富さがすばらしいこと。時間や周囲を気にしないで楽しめる空間であり、こじんまりとして居心地のよいお店であること。お客さんの好みや習慣をスタッフが把握していること。サービスしてくれるスタッフが常に同じということ。そして、全てを含めたコストパフォーマンスが抜群であるということ。

     

    世の中には数え切れないほどのお店があるが、その中で自分にしっくりくる素敵な店に出会えたら、それはとってもありがたいことだと思う。

     

    でもやっぱり、そんな素敵な店の中には、たくさんの人の力があるのだから、店との出会いよりも人との出会いに感謝すべきなのかなと、ふと思っている今日この頃。

     

     

    ブログについて

     

    2008/2/7

      

    実は最近、思いも寄らない人から、「ブログ読んでるよ」とか、「ブログ書いてない?」と言われることが増えた。一体全体どうやってブログの存在に気がつかれたのは定かではないが、おそらくGoogleやらYahooやらでたまたま検索したときに、見つかったのではないかと思っている。

     

    が、このブログ。2年以上にわたり一応1日分も欠かさずつらつらと書いているが、あんまり知的なネタがないのである。私生活のことは色々書いているが、社会的なネタには極めて乏しく、意外な方から「読んでますよ」と言われると、そのネタの乏しさから、顔から火が出るほどに恥ずかしいのである。

     

    そんなわけで、本ブログは、あくまでもプライベートで自由気ままなブログである。

     

     

    何卒よろしく、ご理解賜りたく・・・・。

     

     

    冬の大根

     

    2008/2/6

     

     

    とある夜、居酒屋でおでんを食べることになる。大根のおでんを食べると、「あぁ、冬だなぁ」としみじみ思って、なんとなく嬉しくなるのは私だけだろうか。

     

     

    そんな冬の代名詞ともいえるおでんだが、私は圧倒的に、薄味の出汁で炊く関西風のおでんが好きである。この日も、ありがたいことにあっさりと薄めで、品よく味の染みた大根を美味しく頂いた。

     

    そういえば、「出汁」や「つゆ」の話をすると、やはり関西の人と関東の人では色んな意見が出てくるのが常である。やれ、「あんな濃い真っ黒のつゆでよく食べられるなぁ」とか、「あんなに薄い味だと物足りない」とか色々あるが、私はおでんにしろ、うどんにしろ、基本的に関西風の薄味が好きなので、関東人にもかかわらず、このときばかりは関西人の味方である。どうやらインスタントのうどんにも関西風と関東風があるらしいのだが、ちゃんと味を比べたことがないので、いまいちどのくらい味が違うのかはよくわかっていない。今度関西に行ったときに、ちょっと調べてみたいななんてふと思う。

     

     

    じんわりと温まる冬の大根。

     

    旬を旬のうちに美味しく頂けるのは、やっぱり幸せなことなんだろうなぁ。

     

     

    February, 2008

    リュックのこと 続編

     

    2008/2/5

     

     

    そういえば、少し前に私はこんなことを書いていた。

     

    そう、「リュックが欲しい」である。

     

    体調を崩し、体重が落ちたことで一気に体力がなくなった私は、バッグを手で持つのもしんどく、リュックが欲しくなっていたのである。が、すでに、今私はリュックを愛用している。そう、結局、買っちゃったのだ。

     

    お店を巡ってリュックを探す時間はなかったが、ネットで探すのはそれなりにできた。そんなわけで、通勤にも使え、それなりに物も入るステキなリュックはないかと探していたら、ひょんなところで見つけたのである。実物を見ないで買うのにはリスクもあったが、口コミのよさから買い求めたリュック。本皮と帆布で作った可愛いバッグである。それほど安いとはいえない価格だったが、クオリティーから言っても満足である。このおかげで、今まで重たくてしんどかった荷物もぐんと軽く感じるし、何より両手があくのが便利である。急いで走ったりするときもリュックのほうが楽だし、こうなると、重いバッグをこれから持てなくなりそうだなんて思ってしまう。

     

    持ち始めた日から「そのリュック可愛い!」と何人からもお褒めの言葉を頂いたこのバッグ。しばらくは、いつもこの子と一緒にいることになりそうだ。

     

     

    大人のリュック、おススメです。

     

     

    February, 2008

    柚子ばなし (後編)

     

    2008/2/4

     

     

    さて、おすすめ「柚子」の第二弾である。今回ご紹介するのは、「飲む」柚子である。

     

    そもそも数ヶ月前にこの商品を知り、興味津々だったのだが、偶然作り手から頂き、その美味しさに驚愕したのである。

     

    今回の「柚子」、作り手は、京都の老舗料亭「和久傳」である。京都では日本料理で名高いが、東京ではどちらかという「おもたせ」という贈答品などのイメージが強いかもしれない。そんな和久傳の「柚子」、名前はずばり「柚子湯」である。「柚子湯」と聞くと、「お風呂?」と思う方もいらっしゃるのだが、正真正銘こちらは食品である。しかも、冬季限定発売という一品でもある。

     

    さてこの柚子湯、柚子のエキスがぎゅっと詰まったシロップをお湯で割っていただくのだが、これが実にやさしい口当たり、そして体にじわぁ~っと染み渡るような暖かいお味で、私は一口でこの「柚子湯」のとりこになった。イメージ的には「ほっとレモン」のような感じの飲み物だが、断然私は柚子のほうが好きである。口に含むだけで、「あぁ~、この柚子おいしぃぃぃ~」と思わず声に出してしまったほどだ。柚子マニアの友人からも絶賛の声が上がっている。

     

    もちろん普通にお湯で割って楽しむのもいいが、ホットミルクに溶かしても美味しく、冬にぴったりである。おそらくは、無糖ヨーグルトなんかにかけても美味しいのではないか?と思っている。私はこの瓶を開けてからというもの、思った以上に早いペースで飲んでしまい、さして日も経たないうちに、2本目を購入した。冬にしか出会えない味というのが、これまた私の心をくすぐるのである。

     

    一口飲めば、その真摯な美味しさが体中に広がる和久傳の「柚子湯」。

     

    家庭用に、贈答用に、この時期ぴったりの素晴らしい「柚子」なのであった。

     

    おしまい。

     

     

    February, 2008

    柚子ばなし (前編)

     

    2008/2/3

     

    のっけからなんだが、私は柑橘類が好きである。とは言え、毎日欠かさず食べるとかいう話ではないのだが、とりわけ和食やら洋食やらのお料理の中で柑橘類が上手に使われていると、「ほぉ~、へぇ~」と感心して、「う~ん、これは何の柑橘だ~?」と口の中で探ってみたり、「じぃー」っとその見た目を楽しんでしまうような人間なのである。

     

    そんな私は、比較的最近、新しい柑橘系の食べ物に出会った。しかも、2種類だ。ふたつとも偶然頂いたものなのだが、これらに共通するのは「柚子」の食品ということだ。私は昔から柚子が好きなので、その偶然の出会いに感激ものだったのだが、とにもかくにも美味しかったので、ぜひともいろんな人に紹介したいと思っているのである。

     

    まずひとつ目に紹介するのは、寒い冬の時期には欠かせない「ぽん酢」である。お鍋やらサラダやら、色んな風に使える便利な調味料だが、最近頂いた柚子ぽん酢が抜群に美味しかったのである。全国でも有名な柚子の産地「土佐」、つまり高知県の柚子を使用しているらしいのだが、作り手はと言えば、同じく高知の老舗料亭「司」なのである。皿鉢料理で有名な「司」や「祢保希」といったお店は本場高知県以外でもグループ展開されており、どうやら私が頂いた柚子ぽんは、「祢保希銀座店」のものであるらしい。頂いたものなので少々このあたりはあやふやなのだが、この柚子ぽん、とーにもかくにも柚子のフレッシュな香りが素晴らしく、その美味しさには度肝を抜かれたのであった。この味を一度味わってしまうと、他の柚子ぼんに手が出ないような気がしてしまうほどである。冬にはぴったりのすごい柚子ぽんなのであった。

     

    そんなわけで最初に紹介したのは調味料としての「柚子」である。

     

    次にご紹介するのは、ステキな飲み物としての「柚子」。これまた絶品の柚子なのであった。

     

    後編へつづく。

     

     

    February, 2008

    作家の思い

     

    2008/2/2

     

     

    突然だが私はブログの原稿をいつもパソコンのWord文書で書いている。別に、ブログ本体に書いてもいいのだがWordで書いて貼り付けたほうが効率がいいので、いつもそうしている。そんなわけで、かなりのブログ原稿が私のパソコンに保存されているのだが、ふっと1月分を書き終えて気がついたことがある。それは、文字数のことである。

     

    1月分全てのブログの文字数を計算すると、どうやら約23,000文字になるらしい。400字詰め原稿用紙に換算すると、その数約58枚。それなりに多い数である。そしてこの数字を見て、私ははたと思った。今まで一体どれくらい書いているんだ?と。

     

    そこで私は、すぐにわかる過去4か月分のデータをさかのぼってみることにした。

      

    200710   17,000文字   43

    200711   26,000文字   65

    200712月  約9,600文字  約24

    20081    約23,000文字   58  

     

    この4か月分を単純に足すと、75,600文字、 189枚となる。さらに1年分を出すために、これを単純に3倍すると、1年で226,800文字、567枚である。

     

    私はこのブログを2年以上に渡って書いているため、大まかな計算でも、今まで400,000文字くらいは書いていることになる。つまり、毎日、原稿用紙1~2枚程度は大概書いているということだ。

     

    そんなことを考えていたら、この数字が一体どれほどなのかを急に掴んでみたくなった。

     

     

    ちょっと本に置き換えてみよう。

     

    四六判のハードカバーの本を考えてみると、バラつきもあるだろうが、1ページあたり700文字前後が妥当な数字ではないかと思う。そこで、1ページを700文字とし、1冊を仮に200ページとすると、その文字数は、

     

    700文字×200ページ = 140,000文字

     

    と、なる。

     

    この計算で私は気がついた。私のブログの8か月分が約150,000文字なのだ。8ヶ月間、つらつらと毎日分書き続けても、ハードカバーの本1冊程度にしかならないというわけなのだ。

     

    この事実を知った私は、今までのありとあらゆる考えを一瞬にして反省することになった。

     

     

    そう、

     

    「作家さま、ごめんなさい」

     

    と、いう思いだ。

     

     

    いやはや、原稿書くのって、大変なんだな・・・・。

     

    いまさら言ってもまったく遅いのだが、改めて作家の大変さを少しだけ垣間見たような気がした私なのであった。

     

     

    おしまい。