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    December, 2008

    今年もありがとうございました。

     
    2008/12/26
     
     
    みなさまへ
     
     
    今日から、しばらくびゅーんと旅に出てしまいますので、年内最後のブログアップとなります。
     
    今年一年も、たくさんの方にブログを読んで頂きまして、本当にありがとうございました。
     
     
    2009年もみなさまにとって実り多き幸せな日々になりますよう、心よりお祈りしております。
     
    どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。
     
     
    Many Thanks,
     
    sandyayano
     
     

    お礼まわりへ


    2008/12/25
     
     
    数日間かけて、あちこちに年末のご挨拶へと向う。仕事でもプライベートでも、ありとあらゆるところでたくさんの方にお世話になったこの1年。クリスマスとお歳暮をあわせて、手土産を持ってご挨拶。今年1年も無事に終えることができました。そんな気持ちが今年は妙に強いような気がしている。やはり、大きく体調を崩したことが、きっと心のなかにも強い影響を与えているのだろうか。だとしたら、そんな不調にも今では感謝をしないといけないのかもしれない。
     
     
    沢山の皆様、支えて頂いた皆様に、心から感謝申し上げます。
     
     
     

    クリスマスに思う

     
    2008/12/24
     
     
    クリスマスになると思い出すものがある。それは2年前のクリスマスに放送されたTBS「情熱大陸」の映像だ。
     
    この回の情熱大陸では国連WFPのスーダン代表でおられる忍足謙朗さんのドキュメンタリーが放送された。スーダンは世界でももっとも過酷な飢餓状態にある地域で、戦乱の中危険と隣り合わせになりながら、現地の人に食糧をいかに届け、いかに命を救うかという現場の大変さを垣間見ることが出来た。もちろん、25分ほどのほんのわずかの映像ではあったが、日曜のクリスマスであることを逆に最大限に活かし、食糧危機についての強いメッセージが打ち出されていたように思う。そういえば、最近の情熱大陸でも、国連WFPのインド代表である玉村美保子さんのドキュメンタリーが流れていた。これも、情熱大陸の姿勢なのだと思いたい。
     
     
    プレゼントにパーティーにと浮き足立つこの季節、クリスマスの優しさと温かさをどこか遠くの誰かにもと、そんなことを少し思っていた。
     
     
     
     

    旅の計画

     
    2008/12/23
     
     
    そういえば今年は、北は北海道から南は沖縄まで、そして海外もアジアあたりを飛び回っていたが、遠出はできずあまり自然の中に身を置くことができなかったのがちょっと残念だった。
     
    来年はできればアラスカに帰って大自然にどっぷり浸かりたいし、まだ訪れたことのないたくさんの場所にも行ってみたいと思っている。
     
    とはいえ旅をするのにもやっぱり体が資本なので、新しい年は健康と旅の両立を目標としたいけれど、まぁまた働きまくって体を壊すんじゃないかなぁなんてこともすでに頭をかすめている。
     
    どこに行くかはまだわからないけれど、いずれにせよマイペースで来年も旅をしていきたいと、冬休みを前に思っている今日この頃。
     
     
     
     

    街の中で

     
    2008/12/22
     
    クリスマスを前にバタバタと買い物をしていると、ふと私はとあることに気がついた。
     
    平日にしろ休日にしろ、なんだか買い物客がいつもより妙に気がする。銀座であれ有楽町であれ、なんとなく去年よりも混んでいないように思えるのは気のせいだろうか。
     
    今年のクリスマス商戦はいまいちというニュースも聞いていたがやっぱりそれも本当だったのだろう。
     
    日常の生活の中で不況を身に感じた出来事だった。
     
     
     

    誕生日に

     
    2008/12/21

    とある休日の夜。歳の少し離れた姉の誕生日を祝うために、家族全員が食卓に揃う。6歳姪っ子と2歳甥っ子はご飯よりもケーキに意識が向いているが、ママの誕生日ということは十分理解しており楽しげな様子。テンションも高くしばらくするとバースデーソングを2人で歌いだす。
     
    「ハッピーバースデーマーマー、ハッピーバースデーマーマー」
     
    滑舌がまだはっきりしない2歳甥っ子を6歳姪っ子がリードして何度も何度も歌を繰り返す。
     
    一年前はまだ歌も歌えなかったのに、日に日に成長してるんだなぁ。誕生日という節目の日に、自分とそして周りの成長を感じられるのはきっとありがたいことなんだろう。
     
    賑やかに食卓を囲みながら、ふとそんなことを思っていた。
     
     
     
     

    お風呂のお話

     

    2008/12/20

     

     

    ここのところずっと、寒い夜にはお風呂に長く浸かっている。もともとお風呂好きであるが、冬にはさらにお風呂が好きになる。そんな私がとても気にいっているのが、友からプレゼントでもらったバスソルトやアロマオイルだ。自分ではなかなか見つけられないメーカーや商品を友に教えてもらうというのは、実にいい刺激であり、また実にいい発見でもある。それまで知らなかったお店のバスグッズをいくつも頂いたことで、私のお風呂時間は前より格段にリラックスできるものになった。

     

     

    中でも今一番気に入っているのは、MARKS & WEB 社のバスソルト、とりわけ「ユズ&ビワ葉」の香りのものだ。冬限定らしいが、これほどいい香りのバスソルトがあったなんて!と、非常に感激して、今では大のお気に入りである。春になったら買えないようなので、今のうちにストックして、しばらく冬の間はこのユズの香りに包まれてお風呂の時間を楽しみたいと思っているほどである。

     

     

    日本独特の爽やかなユズの香り。寒い冬にはぴったりの、素敵な香りに包まれて、お風呂がますます好きになっている今日この頃なのであった。

     

     

     

    6歳のころ

     

    2008/12/19

     

     

    そういえば最近、保育園に通う姪っ子が熱を出してダウンした。どうやら、おゆうぎ会か何かで劇や踊りを発表したらしく、それが終わった途端に熱を出してしまったらしい。

     

     

    母からそのことを聞いたとき、私はふっと昔の出来事を思い出した。

     

     

    幼稚園の年長の時、私は秋の運動会で鼓笛隊の副指揮を頼まれた。ちゃんとした指揮者はもちろん先生だが、その下に男の子と女の子1人ずつで副指揮をやらされたのだ。どういうわけかそれを受けたのが私であり、もう1人の男の子と一緒にとにかく練習させられたのを今でもなんとなく覚えている。そして当日、緊張に緊張を重ねた私は、無事にその役目を果たした途端に、見事に一気に熱を出した。きっと子供なりにプレッシャーがあったのだろう。結局土曜日の午前中は運動会に出て、終わった瞬間に親に連れて帰られた。何か大事なものが終わるまでは絶対に倒れないが、終わった瞬間に気が抜けて倒れるのは、大人になった今でも全く変わっていない。きっと、生まれもった、私の性分なのだろう。

     

     

    鼓笛隊のことを思い出したあと、偶然、母にも父にも同じことを言われていた。当時の私は6歳の幼稚園児。熱を出した姪っ子も、同じく6歳の保育園児。偶然だろうか、それとも必然だろうか。結局血のつながりというのは、不思議な力であるのだろう。

     

     

    6歳の頃の写真の私と、今6歳になる姪っ子が、実によく似ている顔立ちだということも、これはこれできっと人生の不思議なのかもしれない。

     

     

    そんなことを感じていた。

     

     

     

    December, 2008

    忘年会シーズン終了

     

    2008/12/18

     

     

    12月も半ばを過ぎたある日の夜。無事にシーズン最後の忘年会を終え、ほっと安堵を覚える。今年は私にしては珍しく、結構な数の忘年会が入っていたため、前々から戦々恐々としていたわけだが、結局体調不良で何本かキャンセルしてしまったので、比較的いい数に落ち着いた。まぁ、そのほとんどが幹事役だったわけだが、店を決め、人数を確認し、会費の清算をしてという作業をしょっちゅう繰り返しており、無事に全てが終わった時は、正直「ふぅー」という感じだった。しかしふと思ったのだが、世の中の幹事役というのは、大概同じような人がやる気がする。もちろんそれは、性分の問題もあるのだろうが、決まっていつも幹事をやる人というのが世の中にはいるわけである。この前朝のニュースか何かで流れていたが、アンケート結果では、幹事をやってもいいと答えた人は半数近くいたらしい。なるほど。しかしまぁ、幹事なんて大抵1人か2人しかいないわけで、幹事をやらない人のほうが普通は多い。だとすると、幹事を全然しないで宴会に出るというのは、気もかなり楽だよなぁとふと思ってしまう。まぁ、これは「性分」なわけで、どっちが良い悪いとか、どっちが偉いとか、そういう問題ではないのだが、ただ単にジョインするだけというのは、いろいろ考えることもなく、楽だよなぁとふっと思ったわけである。とはいえ、幹事の適任者というのは、きっと人に任せてしまうとそわそわしてしまい、逆に落ち着かない人なのかもしれない。まぁ、自分がそうであるかは、本人にはいまいちよくわからないのだが。

     

     

    今年は年末の連休の並びもあって、どうやら早めに世の中の忘年会シーズンも終わるらしい。

     

     

    みなさま、この時期、飲みすぎ食べすぎにはどうぞお気をつけを。

     

     

     

    挙句の果てに vol.5

     

    2008/12/17

     

     

    (前回から続く)

     

     

    病院で「気管支炎」と診断された私は、結局丸2日間をただひたすら「睡眠」に費やした。だいぶ前から数件の予定を入れていたにもかかわらず、直前にキャンセルするはめになり、本当に申し訳なしという感じである。とはいえ、無理に人と会ったとしても風邪や気管支炎をうつしてしまう可能性もあるわけで、私は結局ただひたすらベッドにこもって無為な休日を過ごしていた。そして、2日間休んだ後、微熱のまま仕事に行くと、やはり結構きついものがある。「半日で帰りたいぃ~」と思いながらも、やらなければならないことはたくさんあるわけで、社会人はやっぱりこういうところがきついなぁと改めて感じてしまう。しかも、「まだ治らないねぇ」と人に言われるたびに、「いや実は、気管支炎でした・・・」というのもこれまた厄介な話で、その度に「家で寝てなよ」、「動いていいの?」、「休んでたほうがいいよ」、「うつさないでね」という反応が返ってくるのも、これまた結構きついものがある。

     

     

    しかし、このしんどい症状は、実は私だけではなかったのである。友に言ったところ、「先週私も気管支炎だった」と言われたのだ。そして周りには咳のひどい人もそこかしこにうようよとおり、これから結構流行ってやばいんじゃないのか?と思うようになったのだ。しかも、「気管支炎ってホントしんどいよね~」と、かつて経験したことがある人がこれまた密かにたくさんおり、あっと言う間に「気管支炎友の会」みたいのが出来上がるほどだった。いやはや、何気に皆さんこの病気に苦しんでるのねぇと、私は今更ながらその恐ろしさを知り、そしてまた皆が口をそろえて言うように、「安静に!」の言葉をしっかり聞きいれたのであった。

     

     

    結局、私の気管支炎は、薬と睡眠でなんとか無事に治ったようだった。1週間ほどで回復したのも、精神的に助かった。なにせ、仕事も立て込んでいるし、風邪を引きづっていたせいで、半月ほどまともな健康状態じゃなかったのだ。体が言うことを聞かないと、心のバランスもおかしくなる。結果的に、11月頭から足を痛め、12月に入り風邪を引き、そして気管支炎にかかるという不健康のオンパレードで、私はほとほと疲れていた。忘年会シーズンではあるが、夜の予定も極力抑え、とにかく今は体を休めよう。そう、地味ぃに過ごすことを決め、きちんと徹底したのである。そのおかげでか、順調に体も回復してきたし、このままいつもどおりの体に戻ってほしいと思っているのである。

     

     

    そういえば、もうすでにマイコプラズマ肺炎の流行の兆しが見えてきているらしい。あんなに死にそうな咳は、もう2度とゴメン。そう思いながら、毎日風邪の予防に勤しんでいる今日この頃である

     

     

    冬の乾燥時期、風邪の流行時期、くれぐれも、みなさまひどい咳にはお気をつけを。本当に、きついんです、この病気。

     

     

     

    December, 2008

    挙句の果てに vol.4

     

    2008/12/16

     

     

    (前回から続く)

     

     

    病院で「気管支炎」と診察された私は、家までの帰り道、携帯で思わずその言葉を調べていた。今までかつて縁のなかった病気にかかってしまったということもあり、これからどうすべきなのか、少しでも早く理解したかったのだ。

     

    すぐに携帯で出てきたのは、携帯版Wikipediaでの検索結果だった。さすが、持つべきものは、頼れるものは、愛すべき知の宝庫「Wikipedia」様々である。そしてすぐに私は頭の中にざっと気管支炎の概要を入れた。気管支炎には「急性タイプ」と「慢性タイプ」 があるということ。そして、今回の私のような急性の場合は、最初は風邪症状から入ることが多く、ひどい咳や痰以外にも微熱や疲労感、頭痛などの症状があるということ。そしてまた、薬で治療する場合は、咳止め、痰切り、抗生物質などが用いられること。また同時に、安静と保温が何よりも重要であるということ。ざっと、こんなところだろうか。

     

    しかもこの気管支炎、やはり風邪のように人からうつるものであるらしく、様々な細菌が原因であるらしいが、そのひとつには「マイコプラズマ肺炎」を引き起こす細菌もあるということらしい。そして私はふっと思い出した。2年ほど前、私は約1カ月にわたりひどい咳が続き死にそうになったことがある。当時、実はマイコプラズマ肺炎が密かにはやっていたらしく、病院でしっかり見てもらわなかった私は結局その原因をきちんと確かめなかったのだが、おそらくはマイコプラズマ肺炎にかかっていただろうと後で理解したのである。そしてまた、今回の気管支炎だ。すぐに喉を傷めやすいタイプの人間であり、普段からそれなりに気をつけてはいたのだが、やはり睡眠不足などで弱っていると、すぐに菌にも負けてしまうのだろう。

     

     

    結局私は、薬を飲み、ただひたすらベッドにもぐるという所作を丸2日間続けていた。何もせず、ただ眠り、そしてただ休む。本も読まず、テレビも見ず、パソコンにも向かわずじぃっと休んでいることにした。それ以外に、治す方法がないと思ったのだ。しかも、もらった4日間の薬で、完全に治るかどうかもわからない。まったく、厄介な病気にかかってしまった。

     

     

    咳も苦しく、体も熱い。だからと言って、完全ダウンというわけでもない実に中途半端な症状に、私はなんだかもう自分自身に呆れそうになっていた。

     

     

    (次回へ続く)

     

     

    挙句の果てに vol.3

     

     

    2008/12/15

     

     

    (前回から続く)

     

     

    病院での検査を終えた私は、結果を聞くべく診察室へ入った。お医者さんの前にじっと座り、診断結果を聞かされるのをただひたすら待っていた。

     

     

    CTスキャンの映像を見ながら、お医者さんはしばらく黙っていた。ずっと画面に見入って、スクロールをしながらも、何度も何度もその映像を確認している。

     

     

    あまりにも静かな時間が続き、私はちょっと怖くなっていた。時間にしたら1分か2分程度だろう。いやそれでも、私には、5分もの長い時間に感じていた。検査結果を聞く時間は、どうしてこんなにも長く感じるものなのだろう。

     

     

    ようやく納得できるまで確認したという感じで、お医者さんはおもむろに私のほうに視線を移してきた。

     

     

    「どうだったんでしょうか・・・」

     

     

    そんなことを自分から訊くこともできず、ただじっと先生の言葉を待つ。その時間と言ったら、もう心の中がやきもきするほどだ。そうして先生はゆっくりと話し始めた。十分考え抜いたというような、そんな話し方だった。

     

     

    「肺炎かと思って、CTスキャンとレントゲンを撮ったんですがね」

     

     

    「は、肺炎??」

     

     

    思わず私は、そう聞き返しそうになっていた。しかし、あまりにも寝耳に水のことで、言葉は一切出ていなかった。肺炎って、ちょっとなんですか。そう思いながら、じっと先生の次の言葉を待っていた。

     

     

    CTスキャンで調べたら、どうやら肺炎まではなってないですね。その手前の気管支炎にかかっています」

     

     

    「肺炎」という寝耳に水の言葉の次は、何と「気管支炎」である。

     

     

    「は?気管支炎ってどういうこと?」

     

     

    頭の中がぐるんぐるんと回っていた。今までの人生で「気管支炎」なんてかかったことがない。これって、人に感染するのだろうか。普通に外に出ていい病気なのだろうか。

     

     

    「咳止めと、痰を切る薬、抗生物質と解熱剤を出しますから、4日分飲みきってくださいね。はい、お大事にどうぞ」

     

     

    薬の説明を受け、私はとりあえず診察室を出た。「ありがとうございました」と風邪声でお礼を告げ、待合室でしばらく待ち会計を済ませた後、病院を後にした。

     

     

     

     

    はて、「気管支炎」。

     

     

    それって一体どんなものなのだろう。

     

     

     

    話にはよく聞くがまったくもって経験も知識もない私は、薬をもらった帰り道、思わず携帯のグーグルでその言葉を調べ始めていた。

     

     

     

    (次回へ続く)

     

     

     

    December, 2008

    挙句の果てに vol.2

     

    2008/12/14

     

     

    (前回から続く)

     

     

    てっきり単なる風邪だと思い病院に行った私は、お医者さんにこう言われた瞬間、思わず動きが止まっていた。

     

     

    「今から、CTスキャンとレントゲンを撮って、検査をしましょう」

     

     

    たんなるひどい咳と微熱の風邪だと思っていた私は、お医者さんの意図するところがまったくわからなかった。

     

     

    CTスキャンを撮るって、どこをなんのために撮るわけ?」

     

     

    皆目見当がつかなかった私は、看護婦さんに連れられて検査室まで向かうことになった。はて、なぜにCTスキャンなのだろう。そう思いつつも言われるがまま横になり、ドーナッツ型の不思議な装置の中で待っていた。

     

     

    しばらくするとウィーンと音が鳴り始め、何やら装置が動き始める。

     

     

    「大きく息を吸って、はいそのまま止めてください」

     

     

    よくわからないままアナウンスに従い、息を止める。

     

     

    「はい、楽にしてください」

     

     

    なんだか人体実験をされているようで、不思議な気分だ。とりあえず、胸のあたりを撮っているようだが、なにがどうなっているのだろう。CTスキャンを撮るのは人生で2度目、そして2年ぶりという私は、以前大学病院で検査した時のことを思い出していた。その当時、もしかしたら一生続く病気かもしれないというかなり恐ろしい不安に悩まされながら、大学病院に何度も通っていたのである。結果的に、その時はなんの病気でもなく、どこにも異常は出なかったのだが、その時のCTスキャンは1カ月先まで予約がいっぱいという状態だったので、風邪で病院に来てすぐさまCTスキャンをとるというその流れが、私には理解できず、また自分自身が着いて行けない状態だった。

     

     

    「はい終わりです。次はレントゲンに行きましょう」

     

     

    そう技師に言われ、次はレントゲン撮影へ。2枚ほど撮り、再び診察を受けるべく、廊下の椅子に腰かけて待つ。妙に長く感じる、嫌な時間だ。咳止めが欲しいだけだったのに、一体なんでこんなに検査をするんだろう。

     

     

    「はい、中にお入りください」

     

     

    診察室へ入り、椅子に座ってじっと待つ。

     

     

    「なんて言われるんだろう」

     

     

     

    私のとおぼしきCTスキャンの映像を、じっと見つめている目の前のお医者さん。

     

     

     

    しばらくの間、何も言わず、彼はただ画面だけを見つめていた。

     

     

     

    (次回へ続く)

     

     

     

    挙句の果てに vol.1

     

    2008/12/13

    声が出ない3日間を経て、ようやく休日を迎えた土曜日の朝。声は若干戻っていたが、それよりも深刻なのは、昼夜関係なく続くひどい咳だった。コンコンでもなく、ゴホゴホでもなく、ヒューヒューという音さえ聞こえる異様な咳。一度出るとなかなか止まず、夜中に何度も目が覚める有様だった。

    土曜日の午前中。本当であればゆっくり寝ていたいところだったが、お昼まで受け付けしている近所の病院に行き、一応診察してもらうことにする。風邪と診断されて咳止めが出されて終わりだろう。そう思いながら病院に行くと、待合室はマスクのオンパレード。どうやらインフルエンザも始まったらしく、いつも以上に病院は患者であふれていた。私もずっとマスクをしていたが、なんだかもっとひどい病気にかかりそうで怖くなる。

    しばらく待っていると、診察室に呼ばれる。12月に入ってから体調が悪く、咳が止まらないことを告げると、お医者さんは聴診器をすぐさま手にした。胸の音を確かめて、症状を確認しようというのだろう。 

     

    診察を終え、てっきりお医者さんはこう言うだろうと思っていた。

     

    「風邪ですね。咳止めを出しておきますから」 

     

    私の中でのシナリオはこうだった。これ以外は特に何も考えておらず、普通に咳止めが欲しかっただけなのである。

     

    しかし、お医者さんが口にした言葉は、予想外のものだった。思わず、「へ?」と聞き返してしまうような思いもよらぬ言葉だった。 

     

    「今から、CTスキャンとレントゲンを撮って、検査をしましょう」 

     

    は?CTスキャン・・・?なんで風邪でCTスキャンなんて撮るわけ・・・? 

     

    まわっていなかった頭の中が、ぐるぐるとまわり始めていた。 

     

    (次回へ続く)

      

    December, 2008

    声を失う (後編)

     

    2008/12/12

     

     

    のどを痛め、声が出なくなって3日目。朝起きると、いよいよ声が全く出なくなっていた。出そうとしても、音が出ない。ひゅーという虚しい空気が出るだけで、声が全く出ないのだ。しゃべろうにもしゃべれず、人に何かを伝えるには、ものすごく小さな声、そう、蚊の鳴くような声で、喉を一切使わずにささやくしかなかったのである。寒い時、カフェに入って暖を取ろうにも、声が出ないからオーダーをすることもできない。何も言えないし、何も訊けない。普段そんなに外でしゃべっていないと思っていたが、意外と人間はあちらこちらで声を使っていることに今更ながら気がついた。これほどに声が出なくなったのは、生まれて初めてだ。

     

    結局私は、オフィスで2日間電話に出られなかった。すべての電話を人に頼み、伝言をお願いするか、メールでやりとりをするようにしてもらうしかなかった。目の前にいる人とも会話が困難になり、ごくごくかすかな声でコミュニケーションを取ろうとしたが、とにもかくにも大変だ。身ぶりで手ぶりでものを言い、何かを伝えるのも全てが一苦労。話せない事が、伝えられない事が、コミュニケーションが取れない事が、こんなに不便でこんなに大変なことだとは思いもよらなかった。普段何の苦労もなく、何のありがたみもなく、普通に会話をし、当たり前に人とコミュニケーションをとっていることが、どれだけ幸せなことか、嫌というほどに身に沁みた。

     

     

    早く普通にしゃべりたい。

     

     

    そう思いながら、声が出ない辛さと声が出るありがたさを噛みしめていた数日間だった。

     

     

     

     

    声を失う (前編)

     

    2008/12/11

     

     

    12月に入り体調を崩し始めて10日ほど。普段であれば、ちょっと体調がおかしいなと思ったと同時に一気に高熱が出てダウンという流れなのだが、今回は不思議なことに熱が出ない。微熱はあるが、案外高熱にはならない。とはいえ、平熱まではさがらないという妙にじわじわと長引く体調不良だ。のど、頭痛、微熱、そして咳。そんな中途半端な風邪をひきずっていたら、ある日を境に声がおかしくなった。痛めたのどが、もう末期状態らしい。毎日薬を飲み、ヴィックスのドロップを舐め、のどスプレーをしていたにもかかわらず、そんな対策もむなしく、声がおかしくなっていた。しかし、仕事であれプライベートであれ、しゃべらなければコミュニケーションははかれない。無理にしゃべろうとすればするほど、声がおかしくなり、そして喉がいっそう痛くなる。その声はまるで、はるな愛ちゃんの起きぬけ時の男声(いやもちろん、私ははるな愛ちゃんが好きなのだが)。そんなわけで、できるだけ喉を使わないよう、ひっそり静かに過ごす羽目になる。

     

     

    のどの痛みに、続く咳。

     

     

    喉にいい食べ物をとりながら、早く普通にしゃべれるようになりたいと思いつつ、1日を終える。

     

     

     

    冬の醍醐味

     

    2008/12/10

     

     

    7時半過ぎ。日本橋へ向かい、いつものお気に入りの和食処へと向かう。何度となく通っているこのお店だが、店内に入ると一瞬たじろいた。雰囲気が、いつもと全く違うのである。

     

     

    はて何がどうなっているんだ今日は?

     

     

    そう思って足を進めると、すぐにわかった。店内が忘年会モード一色なのである。普段は比較的静かにゆっくりと落ち着いて食事ができるのだが、どこもかしこも鍋を囲んで宴会コースで、まったく雰囲気が違ったのだ。サラリーマン集団もあれば、女性チームもある。とにもかくにも、世の中が忘年会一色であることを、私は妙にしみじみと感じたのである。

     

     

    「すみません、水曜と金曜は宴会の予約が多くて」

     

     

    私は、木曜と金曜が一番混んでいるのかと思ったのだが、水曜も人気の曜日であるらしい。まぁ、自分たちもぷち忘年会モードなので問題もなく、みなで楽しく絶品の牡蠣鍋を頂く。冬はやはり、温かいものが体に嬉しい。

     

     

    熱々の鍋を囲んで夜のお食事。冬の醍醐味が、今年もいよいよやってきたようです。

     

     

    訃報を前に

     

    2008/12/9

     

     

    季節の変わり目には、訃報が多い。気温の変化が、体に堪えるからだろうか。12月に入り数本の訃報が私のもとに入ってきた。秘書という仕事柄、弔電を送ることも多いのだが、祝電と違って弔電を打つのはやはり少し気が重い。おめでたいことではない上に、突然やってくる訃報は、どことなく心がしんみりする。

     

     

    そんな中、寝耳に水の知らせが入ってきた。以前少しお世話になっていた方で、まだ50代半ばだというのに、突然この世を去られたという。いつも明るく朗らかで、とっても元気そうなイメージの方だったので、私は思わず聞く耳を疑った。あまりにも突然すぎる悲報だったのだ。

     

     

    「御冥福をお祈りいたします」

     

     

    そう伝えるしかない弔電を前に、なんだか心が沈んでいた。

     

     

     

     

    December, 2008

    師走の習慣

     

    2008/12/8

     

     

    師走に入ると不思議なことに、夜に入るメールが一気に少なくなる。夕方まではじゃかじゃかとメールが入ったり、しょっちゅう電話が鳴るのに、夜になるとぱたっと止まる。もちろんそれは、普通に就業時間が終わっていることもあるのだが、それよりも何よりも、世間が忘年会シーズン真っ只中ということが大きな理由なのだろうと思う。

     

     

    「すみません、今日は6時過ぎには出ちゃいます」

     

     

    そんなことがメールでも、電話でも、そしていたところからもちらほらと聞こえてくる。

     

     

    「忘年会なのでお先に失礼します」

     

     

    それほど躊躇なしに言えるこの言葉。これはやっぱり年末ならではの、社会的に認められる珍しい行事なのだろう。

     

     

     

    そういえば、ぐるなびの広告にこんなことが書いてあった。

     

     

    「忘年会が盛り上がる会社は、いい会社だと思う」

     

     

    会社の忘年会に限らず、年の瀬を迎えたこの師走12月に、人と会い、人と語らい、人とともに時間を過ごすという忘年会という日本の習慣は、意味のある大切なことなのだろう。

     

     

     

    「今年も1年、お疲れ様。」

     

     

    そんな気持ちが、夜のあちこちに、なんだか溢れているような気がしています。

     

     

     

    花を贈ろう (後編)

     

    2008/12/7

     

    (前編から続く)

     

     

    お花を贈ることが好きな私だが、最近出会ったお花屋さんは、なかでもとりわけ客の話に耳を傾けることをモットーにしている素敵なお店だった。

     

     

    ある日お花を贈ろうとした私は、お花屋さんにいろいろな希望を伝えた。値段や形だけではなく、ごくごく細かなことだ。形はアレンジメントではなく、花束。ブーケでもなく大きめの花束で、色は赤、ピンクを基調とし、グリーンを多めにしてボリュームを出してほしいと告げた。それだけではなく、相手の特徴や贈るシチュエーションなど、事細かに伝えたのだ。私はこれだけ言えば十分かと思っていたが、お花屋さんはそれよりももっと多くのことを訊いてきた。花束の長さから、ラッピングの材料、そして持ち帰りの状態まで。きっと好みやセンスをよりイメージに近づけようとしたのだろう。男性の店員さんは、そうして素敵な花束を作ってくれた。ここまで細かく用途を告げたのは私にとってたぶん初めてなのだが、きっとこのお花屋さんにとっては、ごくごく当たり前のことなのだろう。

     

     

    店内は木目を基調にした落ち着いた雰囲気で、まるでヨーロッパにありそうな素敵なカフェや雑貨屋さんのようでもある。お花屋さんというとショーケースのイメージが昔からあるのだが、最近は、店内にそのまま花を置くところも多いようだ。お花の温度管理がどうなっているのかよくわからないが、お洒落な雰囲気で気軽に入れる店内というのも、それはきっと大切なことだろうと思っている。

     

     

    相手のことを思い、選び、つくりだす、たったひとつのプレゼント。

     

     

    お花屋さんはいつも、そんなどきどきとわくわくが詰まる、素敵な場所なのかもしれない。