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    November, 2007

    植樹祭を前に

     

    2007/11/10

     

    夕方、うす曇の空の下。雨に降られる前にと急ぎ足で神奈川県平塚へと向かう。今日は翌日に開かれる横浜ゴム株式会社平塚製造所での植樹祭を前に、講演会と前夜祭が行われることになっていた。もちろん、植樹祭といえば、指導されるのは宮脇昭先生(横浜国立大学名誉教授)である。前々からこの植樹祭でのお手伝いをと頼まれていたこともあり、私は前日から平塚入りすることにしていたのである。

     

    翌日に控えた平塚製造所での植樹祭は、横浜ゴムにとって初めての試みであった。そして、この植樹祭を皮切りに、全国の工場や海外のグループ工場で森づくりを行う「YOKOHAMA 千年の杜」プロジェクトが今後大々的に展開される予定になっている。その規模、なんと10年で約50万本である。しかも、このプロジェクトが実行に至るまで、発案の段階からものの半年程度しかかかっていないというのだから並大抵のことではない。私は、そんな凄まじいともいえる熱意や意気込みに驚きと感銘の念を覚えつつも、今日のイベントに参加させていただくことにした。

     

     

    実は今回のこの壮大なプロジェクト。そもそものきっかけは、考えて考えて練って出したアイディアというのではなく、ふっともたらされた「ご縁」のようなものであったらしい。人が人と偶然つながった時に、ふっと何かが反応し、そしてそこから何かが生まれ、その後次第に動き出し、あっという間に加速をし、形を変えて進化していく。何か物事のはじまりが、縁や運、直感、そして引力のようなものであるということはよくあるが、それを単なる偶然の産物ととらえるか、それとも必然ととらえるかは人によっても違うのだろう。しかし、私はいつもこう思っている。偶然だろうと必然だろうと、それがもたらされたことには何かきっと意味があるだろうし、そしてその与えられた機会や経験、時間に対して謙虚な感謝の気持ちをもたなければ、次の何かがふっと現れることはないのだろう。そんなことをいつも思っている。不平不満や嫉み悪口ばかりを口にしている人に、いいことなんて戻ってくるわけがないのだから。

     

     

    大企業の一大プロジェクトが、ふとしたきっかけのご縁から生まれたと知った私は、なんだか妙に嬉しい気持ちになっていた。

     

    ヒト、モノ、カネ。

     

    世の中には様々な価値観があるけれど、自分の価値観に似たものを、同じものを、持つ人がいると知ったとき、人はなんだか底知れぬエネルギーをもらえるような、心のどこかがほわっと暖かくなるような、そんな気がしていた。

     

     

     

    November, 2007

    背、縮む

     

    2007/11/9

     

    どうやら私はまたしても背が縮んだらしい。「どうやら」というのは、身長なんて1年に1度くらいしか測らないので、あんまり厳密な数字を把握していないという意味でもあるのだが、やっぱりどうやら私の背はまたしても小さくなっているようなのである。

     

    以前まで、私は「自称158cm」という身長を保っていた。この数字だけを見ても、そして私の実像を見ても、ほとんどの人が信じてくれないのだが、実は私は小学校5年生くらいまで、学年で12を争うほどに背が高かったのである。小学校低学年の時には、寝ていると足の骨が伸びて激痛が走るほどに、それはそれは早くにニョキニョキと大きく育っていたのである。そしてどんな男の子よりも体が、背が大きかったので、みんなにはとにもかくにも「大きい人」と思われていた。が、しかし。その「大きい」という私のイメージは、中学校に入ったころから徐々に実像とかけ離れていったのである。後ろから数えたほうが早かった背の高さは、気がつけば前から数えたほうが断然早くもなっていた。中学校3年生くらいになった頃には、もちろんほとんどの男子に完全に背を超されていた。しかし、彼らにとっての私のイメージは「大きい」ということには変わらなかったようで、昔の友達に会うと、「あれ?こんなに小さかったっけ?」と驚かれることもそう珍しいことではないのである。

     

    過去はさておき、現在の話である。自称158cmを豪語していた私だが、数年前から縮み傾向にあるようで、今年はなんと156.5cmという結果まで出てしまった。多少の誤差があるとはいえ、1.5cmの減少では確実にその縮み傾向を否定できないほどである。私はあまりにも背が縮んだので、思わずゴーンとひとりへこんでしまった。とは言え、健康診断を終えて、手当たりしだい周りの人に「背が縮んだぁ~」と言ってはみるものの、ほとんどの人がろくに相手にもしてくれず、「ひざ曲がってたんだじゃないの~?」とか、「単なる測定ミスじゃないの~?」との答えが返ってくる。

     

     

    そんな中、とある友は、いきなりこんなことを言い出してきた。

     

    「あやちゃん、飛行機乗りすぎで、背縮んだじゃないの~? 笑」

     

    あまりにもすごい発想で私は思わず大爆笑してしまった。そうかそうか、気圧で縮んだか。そりゃ、ペットボトルがあんなにベコベコに潰れたりするほどの気圧の変化があれば、私の背くらい縮んでもさほどおかしいことじゃないかもしれん。

     

    「そっかー。飛行機乗りすぎか~。じゃ、新幹線にすればもう縮まんかな~」

     

    そんなおバカトークをしながらも、やっぱりどうして背が縮んだのか、私にはまだ謎が残っているのであった。

     

     

    とは言え、背が小さいわりに、大きく見られるのはどうしてなのだろう。「隣に立つと意外と小さいですねぇ」と言われることも実にしばしばなのである。

     

    もしかして、「態度がでかい」ってことだったら、どうしよう。

     

    その可能性も否定はできないし。

     

     

    うーむ。

     

     

    11月8日

     

    2007/11/8

     

     

    118日は、母の誕生日だ。この日には、私がこよなく愛するタータンショップヨークのキルトスカートを母にプレゼントするのが、私の恒例行事となっている。今年も、前々から仲良しの店員さんと一緒にとあるチェックのスカートを選んでいたのだが、やはり、毎度毎度、母の好みにどんぴしゃな物をチョイスしてくれるあたり、やはりヨークの店員さんはプロフェッショナルだなと感心してしまう。

     

    そんなヨークの日とも言える118日は、私にとってもうひとつの記念日でもある。実は2001年の11月、私は大学4年生で就職氷河期真っ只中にいた。もう、ほとんどの人が就職が決まっていたというこの晩秋に、私はようやく最後の最後で本命の内定を頂いたのである。そしてこの118日に、他社の内定辞退をしに、都心のとあるオフィスへと向かっていたのだった。売り手市場の今とは違って、就職氷河期中の最悪の年である。内定辞退なんてもっての他というご時世に、私は恐る恐るその企業を尋ね、必死に説明をして内定辞退を承諾して頂いたのである。さすがに世界的に知られている某メーカーのグループだけあって、対応は実に真摯でスマートだった。そして、人事担当者や私を気に入ってくれていた役員は、最後にこうも言ってくれた。

     

    「今の時代、内定辞退にわざわざ会社まで出向いてくる人なんて、本当に少ないんですよ。電話で言ってそれでおしまいと言う人がほとんどです。中には、親が電話で言ってきて終わりという人もいますからね。わざわざ来て、本当のことを話してくれる。そんな人、本当に少ないんですよ。だから、わざわざ来て自分で説明してくれただけで、あなたの気持ちは十二分にわかりました。これからの社会人生活に向けて、一生懸命がんばってくださいね。応援しています。」

     

    就職活動最後の日。私はこの言葉に出会えて、本当に救われた。帰り道、晴れた気分でケーキとシャンパンを買い、夜遅くに家で珍しく両親と祝杯を挙げた。後にも先にも、シャンパンを家で開けたのはその時だけだ。その晩は、信じられないくらいに深く深く熟睡できたのを、今でも私ははっきりと覚えている。

     

     

    118日。母の誕生日になると、毎年このことを思い出す。

     

    「初心忘るべからず。」

     

    私にとってこの日には、そんな言葉がずっと刻まれ続けている。

     

     

    November, 2007

    鏡の中で

     

    2007/11/7

     

    ふと鏡の中の自分を見ると、なにやら妙に不思議な感じがした。鏡に近寄り、じぃーっと目を凝らしてみるが、やはり、なんだか様子がおかしい。太ったか、いや、そうでもない。肌荒れか、いや、そういうことでもなさそうだ。はてさて、なんだか顔がいつもと違うのはどういうわけだろう。

     

     

    うーむ。何がおかしいのだろう。

     

     

    いまいち自分でもよくわからないが、とにかく私の顔が、なにやら変わっているのである。

     

     

    うーむ。何がどう変わったのだろう。

     

     

     

    しばらく考えをめぐらせたが、結局答えはみつからない。諦めて鏡から目を離し、しばし歩き出すと、あまりにも簡単すぎた答えが頭の中に浮かんできた。

     

     

    あ、そうだ。髪型変えてんだ。」

     

     

    くるくるパーマからストレートに髪型を変えつつあることを、自分でもすっかり忘れていたのだった。どうりで、妙に顔が違って見えるわけだ。

     

     

    いやはや、ちょっと、自分に、無頓着すぎたか。

     

    一応、女の子だというのにもかかわらず。

     

     

    ミシュランの星をじっと見てみる

     
    2007/11/6
     
     
    最近、巷でよく耳に目にするのが、東京ミシュラン発刊の話である。別に私は、取り立ててミシュランに関心があるわけでも、造詣があるわけでも、さらにはかすかな縁も関係もあるわけではないのだが、これだけ騒ぎ立てられると、やはり普通の人並みに関心を持つというのが人情である。
     
    さて、そんなミシュラン。私の関心は、どこのレストランがいくつの星をもらうか、という一般的なものとは少々ずれている。いや、別に、何も東京ミシュランが出るからというタイミングでの関心ではないのだが、今しかこの疑問を言うタイミングがないのではないかと思いながら、私はつらつらとこのブログを書いているのである。
     
    私の疑問。それは、ミシュランのシンボルとも言える、星のことである。いや、星の数とか調査方法とか、そういう話を私はしたいのではない。そうではなく、この、「星」、自体の話なのだ。
     
    日本人が「星3つ!」などと言う場合、記号を使うとなれば、「☆☆☆」と書き換えることができる。星が5つで満点なのか3つで満点なのかはさておき、一般的に星といえば「☆」というのが、私の中でのいたってフツーの感覚である。
     
    が、ミシュランの場合、星というと、「*」のような形になる。もともとこのアスタリスクは星印を意味しているので、何の問題も間違いもないのだが、「星印」イコール「☆」となっている私にとって、「星印」=「*」となると、ちょっと変な感じである。
     
    しかししかししかし。ミシュランの正しい星を見てみると、こんな感じになっている(リンクご参照)。おそらくこれは、やはり「*」をかわいらしくデザインしたものと思われるのだが、私にはどうもこれが前々からしっくりこないのである。
     
    私が以前これを一目見たとき、てっきり、「星」ではなく、「花」だと思ったのである。しかしそれが、「ミシュランの星」を意味していると知ったとき、「うーん、これって星っていうよりも、かわいいお花に見えるんだけど・・・」と心の中で思ってしまったのだ。他の人はあれを見ても、やっぱり普通に星に見えるのだろうか。
     
    「星3つ/☆☆☆」と言われると、書かれると、なんだかこう格調高く、立派で敷居までもが高く、さらには厳正な感じがするが、「花3つ」とか言われると、書かれると、なんだか一気にこう、親しみやすく可愛らしく、やわらかい感じがするのはなぜなのだろう。
     
     
    「星3つ」もいいけれど、「花3つ」の可愛らしいグルメ基準も存在してくれないものだろうか。ほら、デザートのみとかさ。
     
     
    まぁ所詮、B級グルメを愛する私の、お粗末な発想に過ぎないのだが。
     
     

    現実はいつも

     

    2007/11/5

     

     

    ものの4日しか離れていないにもかかわらず、いつものようにオフィスに出向くと、まるで自分が10日以上もの間どこか遠くへ行っていたような錯覚を覚えた。デスクの上にはなにやら書類が山のよう。伝言メモもたくさん残っている。思わずデスクについたとたん、「はぁ」とため息をつく。現実は、いつも、結局、ここにある。

     

     

    普段どおり仕事に没頭し、気がつけば残業である。早く帰りたかったのに、なんて思いながら日付が変わる少し前に帰宅。

     

    現実は、いつも、結局、こんな感じか。

     

     

    眠り

     

    2007/11/4

     

    上海明けの日曜。普段であれば、旅行明けはすぐに仕事に入るのだが、今回はまだフルに1日休みがあり、体も心もとかく楽である。以前であればそんなこと気にもしなかったが、最近、とりわけここ1年は、休みを無理やりにでもつくらないと体が完全に壊れてしまうということもあり、少し余裕を持たせてスケジュールを立てるようにしている。

     

    前夜眠りについてからというもの、信じられないくらいの間熟睡し続け、結局10数時間もの間をベッドの中で過ごしていた。やはり人間、飛行機や移動によって、相当な体力を奪われているのだろう。失われたエネルギーをこの1日で戻すべく、ただひたすら安眠にふける。幸せな眠り、なのである。

     

    やっぱり眠りは、日々の、人の、源なのだろう。

     

    そんなことを怠惰な自分に言い聞かせながら、眠り、眠り、また眠る。

     

     

    November, 2007

    上海で思うこと

     

    2007/11/3

     

    ホテル近くで美味しいブランチをとり、上海市内の散策へと出かけることにする。お土産物を探してというよりも、ただ単に自分の欲しい物だけを買ってしまい、のちのち空港で慌てることになるのだが、可愛いアクセサリーを買うことができてひとり満足してしまう。

     

    午後2時過ぎ。バスに揺られて仲間とともに上海浦東空港へ向かう。窓から景色を眺めながら何度も思うのは、中国でのオリンピックは絶対に避けるべきだったということだ。この夏に北京に行ったときもそう思ったし、今回上海に来ても全く同じことを思った。いろんな意味で歪んだこの国において、オリンピックを突貫工事でやるよりも、もっと人民のために、彼らの格差を少しでも埋めるために、政府は金を使うべきではないのか、そんなことを思ってしまう。

     

     

    空港到着後、妙に広くて動線が長すぎる空港にいささか辟易しながらも、お土産物を再び探す。あぁ、やっぱり、中国の空港はぼったくりのことこの上ない。色んなアジアの国に行っているが、これほど客を小馬鹿にしている空港も珍しいように思う。全ての物価が恐ろしく高い。何しろ、カフェでコーヒーでもと思ったが、日本円でもスタバの2倍くらいする値段設定である(別にとりたててすごいカフェとかではもちろんない)。いったいこの国はどこまでおめでたいのだろう。そんなことを思いながらも、残った中国元をおおよそ使い切り、残りは成田空港でユニセフの募金箱に寄付することにする。ここの国で寄付しても、ちゃんと使われるかビミョーと感じてしまったのだ。私も、ちょっと歪んだ心になってしまったのだろうか。

     

     

    客席にいくらか余裕のある全日空便で、成田へと向かう。帰りの便はものの2時間のフライトだ。シートにつくと、ものすごい疲労感と眠気に突如襲われる。お腹もそれなりに減っているはずなのに、機内食はほとんど進まない。結局本を読むでもなく、映画を見るでもなく、ただ座席に体を沈め、時が過ぎるのを待っていた。

     

     

    成田に到着後、上海と変わらないほどに冷え切った空気で一気に目が覚める。あっという間に過ぎ去ってしまったこの3日間をぼんやりと思い返しながら、スタバのカフェラテを片手に電車に乗り込んでいった。

     

     

    November, 2007

    上海での1日

     

    2007/11/2

     

    7時半。上海のホテルからバスに揺られ、一路植樹祭の行われる上海郊外へ。今日の植樹祭には地元の学生や市民などが500名ほど、そして日本からの参加者が170名強。さらに関係者で合計が700名強となっている。今回の植樹祭の主催者は、日本企業の全日空、つまりはANAである。日中国交正常化35周年、また中国就航20周年に加え、羽田―上海間が就航したばかりでもあるこの年を記念として、植樹祭が行われたのである。上海の虹橋空港から離陸する飛行機を空に眺めながらの植樹祭。気温は低いが、爽やかな青空の下開会式が始まり、主催者挨拶や来賓挨拶の後、植樹が始められた。今回植えるのはモウコナラを中心とした数十種類の苗木たち。モウコナラは、日本のミズナラの母種であり、どんぐりの実をつける木である。全体で3万本の苗木が用意され、700名以上の参加者が、固くて言うことを聞かない土と格闘した。スコップは曲がり、シャベルまで折れる。みなでひぃひぃ言いながらも、苗木を大地に植えていった。

     

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    今回の植樹祭、日本で行われる植樹とは少々性格を異にしていた。やはり、国も違えば、色んな状況も環境も全てが違う。さまざまな違いから、色んなことを学びとったような気がした上海での植樹祭だった。

     

     

    お昼過ぎ、上海中心部に戻り、仲間数名とランチへでかける。ホテルのコンシェルジュに訊いたがさしていい情報も得られなかったので、勘の働くまま、足の向くまま街に出ると一軒のこぎれいなレストランを程なくして発見。ちょいと高級目のランチだが、かなり美味しく、みなで心行くまで堪能する。

     

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    長めのランチをとったあと、ホテルに戻り一休み。睡眠不足ぎみだったため、うとうとしてしまう。夕方、仲間と街にくり出し、上海名物の外灘(バンド)へ向かい、しばしの上海夜景を楽しむことにする。8年前に来たときには、こんなにとんでもないことにはなっていかったのだが、黄浦江の川の向こう側にある浦東地区の近代的な夜景を目にして少々呆然としてしまう。

     

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    後ろを振り返れば古くからある伝統的な租界時代の洋館のライトアップ。以前来たときは、クラシックな夜景がメインだったが、今の観光客にとっては、どちらかと言うと浦東地区の夜景のほうが人気があるらしい。圧倒的に、昔からある洋館のライトアップのほうが好きだなぁ。そんなことを思っていた。

     

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    仲間とともに、上海最後のディナーへと向かう。またしてもガイドブックにも誰にも頼らず、勘の働くまま、匂いに引かれるまま、あっちこっち徘徊し、最後にようやく納得の一軒を発見。しかも、この店、勘で選んだ割には、とんでもなく大ヒットで、私たちは「安い、旨い、早い!」の三拍子がそろった店で、期待していた数倍のディナーを楽しんだのであった。しかも、この店、料理だけではなく、メニューが大爆笑というおまけまでついている。そもそも、「ニホンゴ、メニューアルヨ!」と言われてはいたが、そのメニュ-がすさまじく笑えるものだったのだ。おそらくは、辞書をひきながら、中国語を日本語に翻訳したものと思われるが、こんなものがずらりとメニューに並んでいた。

     

    「油が茄子」、「トマトは卵」、「長江を醤油で煮込んだ魚」、「鉄板のウシガエル」、「スズキが帰ります 魚」、「は刺激性の味がする植物の魚の頭」、「鉄板の暗い刺激性の味がする植物の牛肉」、「をはさみます悪辣です 子 ニワトリ」・・・・。

     

    楽しくないはずがないこの店で、美味しく楽しく、満腹になるまで、みなで大笑いし続けたのであった(ちなみに、この店、南京東路から一本細い通りを北側に入ったところにある)。

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    楽しかった一日に、感謝。

     

     

     

    8年ぶりの上海へ

     

    2007/11/1

     

    8年ぶりに降り立った上海は、すでにどこか別の街へ変貌を遂げていた。車の数、ビルの数、いたるものが華々しく変わり、そして大都市へとますます進化している。しかし、その裏側で、やはり昔と変わらない様々な問題が垣間見えるような、そんなことを私は肌で実感していた。

     

    上海までやってきたのは、訳がある。こんな平日に休みをとるのは、何も、単なる観光というわけではない。もちろん、観光も半分はあるが、目的は別だ。今回の旅は、私にとって恒例の「植樹の旅」である。毎度おなじみといえるが、宮脇昭先生が上海で行われる植樹祭を指導されるというので、私も23日のツアーに参加したと言うわけである。日本からは約3時間という近い上海だが、訪れたのは大学2年生以来の8年ぶり。どこがどう変わったのか、そんなことをどこと無く楽しみにしながら、私は上海までやってきたのだ。

     

    空港に到着後、ホテルへとバスで向かう。今回は日本から170名近くのボランティア参加者がやってきているということもあり、いろんなことにも時間がかかる。ポツンとひとりで来ていたら、さぞかしストレスが溜まりそうだが、今回は仲間もたくさんいるのでそれほど気にもならない。さしずめ、修学旅行といったところだろうか。夕方前に上海市内のホテルへチェックインししばしゆっくりと時間を過ごす。8年前に来た際にも、実は同じホテルに泊まっているということもあり、周りの変化に驚いてしまう。とりたてて大きな建物が無かったあの頃とは、本当に全てが変わってしまったように思えた。

     

    夕方。近くのホテルへ移動し、今日のメインイベントである講演会会場へと向かう。もちろん、講演は宮脇昭先生。1日早く上海入りしている先生にご挨拶をと控え室にお邪魔すると、いつもどおりお元気そうな先生がいらっしゃった。相当なハードスケジュールをこなしていらっしゃるので心配をしていたが、思ったよりも調子が良さそうで安堵を覚える。

     

    講演会が始まると、200名近くの聴衆には、今回上海で行われる植樹祭の目的や背景が説明され、さらには関係者の挨拶に続いて、宮脇先生の約1時間の講演が始まった。少々短めの講演時間ということもあり、勢い良く早口での説明が続いていく。今日も先生の話は現実的であり、そして時にユーモアでもあり、シニカルでもある。そんな楽しくも、身震いするような言葉の数々を異国の土地で耳にしながら、毎度ながらも先生の凄まじさを実感することになった。

     

    講演後、参加者全員での食事会。上海到着後、初めての中華料理を仲間と頂きながら、あっという間に夜が過ぎていく。

     

     

     

    November, 2007

    見知らぬ街

     

    2007/10/31

     

     

    少し前のとある夜。

     

    ごく身近な街、有楽町駅に降り立つと、一瞬自分が降りる駅を間違えてしまったんじゃないかという錯覚に陥った。そう、目の前には見知らぬ街が広がっていたのである。私は後ろを振り返り確認すると、やはりそこは見慣れた駅、有楽町がある。再び自分の目の前に広がっているビルを見上げると、そこは、もう、私の知っている有楽町の景色ではなくなっていた。

     

    2007年有楽町に丸井がオープンすると知ったのは、もう、ずいぶんとはるか昔のことだ。確かそれは、私がまだ大学生の頃の話であり、新聞か何かでそのことを知ったと言う友から聞いたのだった。あの有楽町に丸井ができるのか。なんか変な感じだなぁ。そんなことを長年にわたり思っていた私だが、目の前にビルの全貌が明らかになった時でさえ、その不思議な感覚が払拭されることは、結局のところなかったのである。別に私が丸井をどうこう言っているわけではない。実のところ、大学時代、丸井のとある部署で長きに渡りアルバイトをしていたので、比較的愛社精神がいまだにある。そして、実際、丸井が有楽町にできればかなりの人が助かるだろうし、実際には近辺も含めて売り上げは伸びるだろう。

     

    しかし、有楽町の駅前にどんとそびえ立つ丸井、そしてショッピングモールであるITOCiAを目にしたとき、私はこう、思ったのである。

     

     

    「結局のところ、どこの街も、同じになっちゃうんだ」

     

     

    汐留、六本木、丸の内、品川、そして有楽町と、再開発という名のもとで複合型のビルが建つたびに、私はどこかで一抹のさみしさを感じてしまっている。

     

    街の持つ、あの独特な雑多な雰囲気を、これからなるべく失わないでほしい。

     

    だってほら、有楽町に銀座、新橋。ガード下の、そして古くからの小さなお店が無くなったら、そんなのやっぱり悲しいじゃないか。

     

     

    全てを再開発する必要なんて、どこにもない。

     

    そんなことを、思っている。

     

     

     

    November, 2007

    足早の秋

     

    2007/10/30

     

    いつも思うのだが、秋と言うのはなぜか毎回、急ぎ足で通り過ぎていく。夜が長くなるこの時期には、ゆっくり本を読んだり、カフェでぼけっとしたり、色々時間を有効に使いたいと思うのだが、なぜだか毎年秋は静かにそっと通り過ぎていく。そしてはっと気がつくと、大抵冬の足音が聞こえてきてしまっている。自分の誕生月があるせいか、私は9月の後半から11月いっぱいがなんとなく一年でも好きな時期である。春は花粉症がひどいし、梅雨には低気圧に負けてしまう。夏はといえば、直射日光と暑さに勝てないし、冬は冬で冷え性の私には少々厳しい季節だ。そんななか、涼しくなってくる9月後半から寒さが本格化するまでの11月くらいが、私にはいちばんしっくり楽しめる貴重な時期なのだが、どういうわけだか気がつくと、毎年秋はあっという間に過ぎ去ってしまっている。一体全体、「今年こそ秋を満喫しなきゃ」と今まで何度思ったことだろう。

     

     

    秋が過ぎ去る前に、したいこと。冬が来る前に、したいこと。

     

    残りの秋、どう使ってみよう。

     

     

    ベッドと私 (後編)

     

    2007/10/29

     

    前編から続く。

     

    偶然テレビで私はとある商品を見つけたのだが、そのものを購入してからというもの、私の睡眠はぐんと深くなり、そして体が一気に楽になったのである。とは言え、ベッド自体を変えたわけではない。ただ単に、とあるものをプラスして使うようになったのだ。それは、低反発のマットレス「トゥルースリーパー」。通販で見つけた代物だった。決して安いとは言えないお値段だったが、思い切って買ってみて大正解。体が適度に沈み、腰や背中に負担がかからず、実に快適なのである。初めて使ったときは「はぁ~、きもちいぃ~、良く眠れそう~」と幸せな感覚だったのを覚えている。ちなみに、私はこれ以外に、枕はイタリア・ファベ社のメディカル枕を使用し、さらに大き目の抱き枕まで使っている。この3点セットがないと、私の快適睡眠環境がそろわないのである。このマットレスは、今まで使っているベッドや敷布団の上にそのまま敷いて使えるという優れものであり、ベッドを変えずに済んだので、とても安上がりでもあった。ホテルのいいベッドは適度に硬く寝心地が良いが、こちらのマットレスも実に優秀である。通販以外で売られているのかどうかは謎だが、重さもかなりあるので、通販が妥当なのだろう。

     

     

    とある日のとあるテレビで睡眠が変わる。これもある種の、縁や運なのかもしれない。

     

    ベッドにお悩みの方は、ぜひ。

     

     

    November, 2007

    ベッドと私 (前編)

     

    2007/10/28

     

    のっけからなんだが、私はベッドでうにゃうにゃと寝ているのが好きな人である。できることならば毎日10時間くらいベッドの中で過ごしたいくらいだが、そんなこともちろんできるはずもなく、大抵慢性睡眠不足という有様である。しかし、朝起きる時間を気にしなくてもいい休みの日には、とことんベッドの中でゴロンゴロンしていたい。そんな私にとって眠りの空間というのはとっても重要であり、人よりも多少気をつけているとも言えることである。

     

    実は私。生まれつき背中から腰の反り具合が人よりもきつく、まっすぐに立っているだけで体に負担がかかるという厄介な骨の構造を持っている。このことを知ったのは大学生の頃だが、その際には整体の先生にありとあらゆることを注意された。ヒールの高い靴は履かないこと。毎日ストレッチをすること。寝るときはひざを立てたり、横になったりして、なるべくまっすぐ足を伸ばして寝ないこと、などなどである。そんなわけで私はなるべく体に負担がかからないように生活していたわけだが、やはりどうしてもベッドの中では無意識のうちに体が動いてしまい、気がつくとあんまりよくない格好で寝てしまっていた。しかも、寝方が悪いとより一層体に負担がかかってしまい、全然疲れはとれない。さらには、ベッドも昔から使っていたせいか、どうも眠りが深くならないし、眠っても眠っても妙な疲れが残っていたのである。

     

    そんなことを私は以前、長い間苦痛に感じていたのだが、ある時たまたまテレビを見ていて、とある商品を見かけたのである。それは偶然目にしたものだったが、後にこの商品によって私の苦痛な眠りは変わっていったのだった。

     

     

    後編へ続く。

     

     

    November, 2007

    言葉のはなし

     

    2007/10/27

     

    台風の土曜日。前々から予定を入れていたため、お昼過ぎに土砂降りの中出かけることにする。訪れた先はとある方のお宅。「我が家でお食事を」と声を掛けていただき、友とお邪魔することになったのである。

     

    初めて伺ったお宅だが、予想以上に楽しい時間が続き、気がつけば夜もいい時間になっていた。駅まで送って頂きお礼を告げて別れた後、普通に友と話していると私の日本語がかなりおかしくなっていることに気がついた。

     

    何かといえば、そう、完全に標準語が喋れなくなっていたのである。と言うのも、お会いしたそのご家族、実は全員が完璧に大阪弁なのである。

     

    いや、もちろん、相手が大阪弁だからといって、私がそれを真似する必要は毛頭ないのだが、実は私はすぐに言葉やイントネーションを吸収してしまうという厄介なクセがあるのである。

     

    例えば、青森の友達のところ遊びに行くとしよう。数時間一緒にいるとものの見事に、不思議な青森弁になまっているのである。それはもちろん、ちょっと変なイントネーションで、完璧ではないのだが、やっぱりすぐに吸収してしまうのである。東北でも関西でもまた四国でも。地域がどこであれ、すぐに染まってしまうといういささかふとどきものの私なのだ。良くも悪くも音に対して敏感なのかもしれないのだが。

     

    雨のあがった夜10時過ぎ。うとうとしながら家に着いたころには、大阪弁もすっかり抜けていた。

     

    吸収も早いけど、抜けちゃうのも早い。結局、成長があるんだかないんだかよくわからないのであった。

     

     

    花を考えて

     

    2007/10/26

     

     

    毎週オフィスでお花を活ける生活を始めてから数ヶ月。お花を全く習っていなかったド素人の私だが、毎週毎週無理やりにでも花に触れるようになったことで、ありがたいことにいろいろなことを学ぶようになった。それまでは花の扱いもよくわからず、さらには花の顔をもいまいち理解していなかったが、最近ではお花を見るたびに、どう飾ってあげればその子の顔が一番きれいに見えるかを考えるようになった。どこをどうすれば、一番素敵に見えるのか。些細だけれど、そんなことを気にするようになったのだ。そんなごく小さなことも、私にとっては新しい感覚であり、今では生活にうるおいを与えてくれる瞬間だったりもする。

     

    毎週金曜日、仕事を終えると、私はオフィスにあるお花を片付けることにしている。土日の休みを前に適宜処分するのだが、実は私はお花を捨てるのが苦手なのである。「まだ咲いているのに、捨てちゃかわいそうだなぁ」。そんなことを思ってしまい、枯れ気味でも捨てられずにいたりする。残せるものは活かし、もう終わりを迎えているものには別れを告げる。そんな取捨選択は、ちょっと厳しくも悲しい現実なのである。

     

    花の美しさと命をしっかり考えるのも、結構なんだか奥が深い。

     

    毎週金曜日、そんなことをいつも思ってしまう私なのであった。

     

     

    November, 2007

    幸せのカイバル

     

    2007/10/25

     

    8時ごろ。銀座の少し外れへと向かう。訪れた場所は、私がかなり気に入っている北インド料理レストラン、「カイバル」。以前一度訪れた店だが、今回はその美味しさを求めての再訪である。

     

    店に入り程なくして、友と合流。彼女は初めての訪問であるが、2度目の私でさえもかなりテンションがあがってしまう。なにせ、この店、それはそれは抜群に美味しいのだ。辛いものが苦手な私ではあるが、ここの北インド料理は、辛いもの好きの人にも、そして辛いもの嫌いの人でも、十分満足できる店なのである。もともと、ここの姉妹店である京橋の南インド料理レストラン「ダバ・インディア」によく通っていたが、少々趣が異なるこちらの北インド料理もこれまたどんぴしゃに美味しく、そして内装も雰囲気も、さらにはもちろんコストパフォーマンスも良いと言う文句なしのお店なのである。気分や状況にあわせて南北のインド料理を楽しめるというのだから、かなりありがたい。しかも、両店舗ともに、インドの方と思しきお客さんの率が結構高い。つまり、「インド人認定」とも言うべき素晴らしいお店なのである。

     

    そんな「個人的5つ星」のレストランで、前回頂いて美味しかったものを再度試してみることにする。温野菜やタンドリー料理、そしてインド風ピザにカレー、そしてナン。こう記すと普通のメニューっぽく思われるだろうが、はっきり言ってここの料理は群を抜いている。たかが野菜と思われそうだが、ここの温野菜は口に含んだ瞬間、まるで大地そのものを頂いているような、そんな幸せで不思議な感覚が全身に広がるのだ。名物のタンドリー料理にいたっては、いわゆる普通の「タンドリーチキン」だけにとどまらず、「タンドリー料理ってこんなに美味しいの!」と驚くこと請け合いである。私の好きなのは、お野菜とチーズのタンドリーであり、カリフラワーやジャガイモ、トマトやチーズなどがいろいろなスパイスと混ざって、一見シンプルながらも実に奥深い世界をくりひろげてくれる。さらには、もう、これはここの名物ともいえる、インド風チーズピザ。これを食べずして、何を喰うというくらいに絶品である。はたまたカレーに、ナン。一味もふた味も違う奥深いインド料理を教えてくれる素晴らしいレストランである。

     

     

    友と私は一品一品の料理を存分に堪能しながら、食の素晴らしさとありがたみを体いっぱいで感じていた。そして、一向に笑いが止まることが無かったのである。

     

     

    「ひゃぁ~、口の中がワンダーランドだぁ~」

     

     

    そんな、彦麻呂氏みたいなセリフを口にしながら、楽しい夜は過ぎていく。カイバル様、どうもありがとう。

     

     

    November, 2007

    水曜という日

     

    2007/10/24

     

     

    なぜかはよくわからないが、私は昔から水曜日が好きである。月曜日は週の始まりでちょっと憂鬱だし、火曜日はなぜか忙しいというイメージがある。木曜日はといえば、もうそろそろゴールかと思いつつも、まだまだ1日あるじゃんという中途半端な感じがしないでもなく、金曜日はもちろんみんなが大好きな花の金曜日である。が、私はなぜか水曜日がちょっとだけ好きである。真ん中の折り返し地点と言うこともあるが、なぜか水曜日になると、今週も半分終わったという達成感と、週末に向けてのワクワクがちょうどバランスよく混じっている気がするのである。とは言え、水曜日に何かたのしい定例行事があるわけでもないし、別に好きなテレビとかもないのだが、どういうわけか私にとって、水曜日はほっと一安心してしまう日なのである。

     

     

    人にはそれぞれ好みがあるけれど、曜日もやはり、同じなのだろうか。

     

     

    好きな曜日は、いつ、ですか。

     

     

     

    バランスのこと

     

    2007/10/23

     

    ありがたいことに、10月はいつもよりもぐんと仕事が落ち着いていた。もちろん、それは時期的なものであり、すぐまた一気にバタバタの日々が始まるわけだが、いろんなものがすんなりと静かにしていてくれて、私はとっても助かっていた。

     

     

    なんとなく不思議だけど、心に余裕が生まれると、自分以外のものに心を配るだけのゆとりが自然と生まれてくる。

     

     

    忙し過ぎ、働き過ぎ、ストレスため過ぎ、睡眠不足過ぎ。食べ過ぎ、飲み過ぎ、遊び過ぎ。

     

    過ぎることはやっぱりあんまり体にも心にもよくないんだろうなんて、ふっと思ってしまう。

     

     

    人間には、やっぱりバランスが大事なんですね。

     

     

     

    常緑広葉樹が

     

    2007/10/22

     

     

    お昼休み、少々用があり、オフィスからすぐそこの旧芝離宮恩賜庭園へと向かう。JR浜松町駅すぐ横に位置するこの庭園は、江戸時代の大名庭園だったこともあり、都会の中の緑のオアシスとして大事に残されている。庭園には多くの常緑広葉樹、たとえばタブノキやどんぐりの木であるスダジイ、アカガシなども多く、実にいい木が残されているので、私の大のお気に入りの場所である。木々以外にも花々が多いこともあり、季節の移り変わりを楽しむことができ、私にはほっとできる場所、リラックスできる場所ともなっている。

     

    そんな庭園に私はしばらくぶりに足を運ぶことにした。ちょっと木について見ておきたいことがあったのだ。お天気もいいこともあり、後輩を誘うと、みな一緒に来るという。お昼ごはんとピクニックシートを持って、秋空の爽やかな空気の中、実にいい気分でランチタイムを過ごすことにした。空は青いし、木々は豊かに緑をたたえている。実に清清しく、リフレッシュできるというありがたい環境である。

     

    しかしその後、私はとある異変に気がつくことになった。今まで何度も見ている木々が、不思議なほどに枝打ちされているのである。しかも、もくもくと鬱蒼とした木々であるはずの常緑広葉樹、スタジイ、アカガシが見事にスカスカにされている。私はそれを見て、一気に気持ちが悪くなった。こんなに変などんぐりの木は見たことがない。一体全体、どうしてこんなにひどい状況になっているのだろう。

     

    そこで私はちょっと考えてみた。スダジイはスダジイでも、切られている木々は、植えられている場所に特徴がある。それは、人が通る場所や憩いの場所となっているところに育っている木であったのだ。人が足を運ばない庭園の端の部分の木は何も変化がなさそうだ。つまり、おそらく、もちろんこれは私の勝手な憶測であるわけだが、何か病気にかかったなどではなく、そして全ての木々をというわけではなく、人が休む場所、人が歩く場所に太陽光をもっと取り込むためなのではないかという結論に至ったのだ。暗くて危ないというクレームでもあったのだろうか。しかし、それも変と言えば変である。なにせ、庭園の開園時間は9時から5時までなのだ。別に夜暗くなっている時に人が入れるわけでもないし、防犯上の理由もあるとは思えない。だとしたら、ちょっと暗くなりがちな常緑広葉樹の木の枝を落としたのはなぜなのだろう。葉を落とすことで、二酸化炭素の吸収源も、一気に減るというにもかかわらず。いやそれとも、落ち葉やどんぐりの落ちる時期に備えて、面倒なことは避けようととった手段だったのか。

     

    そんなことを考えながら、私はまたいつものように仕事に戻っていった。

     

     

    そういえば、この旧芝離宮恩賜庭園、管轄は東京都である。もしも税金を使って緑を増やそうとしている一方で、税金を使って貴重な常緑広葉樹の無駄な枝打ちをしているとしたならば、私は開いた口がふさがらない。