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    October, 2007

    紅茶の時間

     

    2007/10/15

     

    月曜の午後。仕事がひと段落したところで、お茶を淹れることにする。ありがたいことに10月はいつもにくらべてかなり仕事が穏やかであり、温かい紅茶を淹れる余裕ができて嬉しい限りである。忙殺されているときは、水分を口にするのも一苦労といった感じだが、今は寒くなってきたせいもあって、温かい紅茶を淹れることが増えてきた。私は色々なタイプのお茶がとにもかくにも大好きなので、常にオフィスには、何種類ものお茶をストックしているわけだが、最近はきちんと茶葉から紅茶を淹れることに妙に幸せを感じている。とりわけ、濃い目のアールグレイでロイヤルミルクティーを作ったりできると、かなりの幸福感を覚えてしまう。しかも、それに美味しいお菓子なんかがあればもう文句は無い。 それはそれはゆるゆると、心がおだやかーになってきてしまう。しかもこの日は、ちょうど友から頂いていたアメリカの超美味ジンジャーレモンクッキーを頂きながら、お茶を飲んだりしたので、完璧なアフターヌーンティーが私の中ではできあがっていた。 お茶を飲んで心が穏やかになると、仕事も落ち着いてできるし、イライラもストレスもぐっと減る。爆発することもないし、当り散らすなんてことも無い。ま、お茶を飲めるだけの時間があればこその話なのだが、やはり、多少のゆとりは、人間には必要なんだろうなんて、ふと思ってしまう。

     

     

    そういえば、美味しいコーヒーを飲むよりも、美味しい紅茶を飲むほうが、心がぐっと優雅に幸せになるような気がする。

     

     

    これって、私、だけかしらん。

     

     

     

    October, 2007

    秋の日曜

     

    2007/10/14

     

    お昼過ぎ、電車に揺られて一路海浜幕張へ。久々に訪れた幕張は、千葉ロッテの試合があるということもあり、かなりの賑わいを見せている。秋にしては気温も低く、もう少し着込んでくればよかったかななんて思いながら、駅の改札で友を待つ。

     

    久々に海浜幕張に現れた友とは、実はついこの前会っている。ロサンゼルスに住む友とは、9月の下旬に現地であったばかりだ。今回は、急遽一時帰国ということもあり、なじみの海浜幕張でお茶と相成った。かつてからお気に入りのホテルザマンハッタンへと向かい、予約を入れておいたバーを訪れる。東京湾を眺められる最上階のこの素敵なバーは、私にとって実に思い出深い場所である。というのも、8年ほど前に姉がこのホテルで結婚式を挙げた際、ここを控え室として使ったのである。当時私はまだ19歳。成人式もかねて振袖を身にまとい、ここで1日を過ごしたのである。それから月日は流れ、私もすでに28歳。そんな私が18歳から付き合いのある友とここでお茶をするというのだから、なんだか不思議な感じである。本当に、時の流れは、あっという間である。

     

    ふかふかのソファに身をゆだね、海を眺めながら、美味しい紅茶にケーキといったアフターヌーンティーセットを頂く。ゆっくり時間を気にせず話をしていたら、もう、アフターヌーンはとっくに過ぎ去っていた。話せども、話せども、尽きることが無いのが、長い友との時間なのかもしれない。

     

     

    7時前。暗がりの中友と別れる。

     

    今度会うときは、暖かい春だろうか、それとも暑い夏だろうか。

     

     

    そんなことを思いながら、秋の日曜が過ぎていく。

     

     

     

     

    PAP_0144

    目標は、エコドライブ

     

    2007/10/13

     

    私は車の運転が苦手である。何をのっけからと思われそうだが、車の運転はしなくてもいいならできるだけしたくないというほどの苦手さである。最初の教習所の段階から苦手だったが、数年前に自分の不注意で車で死にかけてからというもの、一人で乗るのはおろか、人が隣にいてもできるだけ運転は避けるようにしている。とは言え、自分で運転しなければならない必要性が皆無と言うわけでもなく、この日も恐る恐るハンドルを握ったわけである。しかも、よりによって、ひとりで通ったことの無い大通りで、私は心の中でひぃひぃ言いながらも、手に汗握りつつ、ハンドルを切っていたわけなのだ。目的地まで無事に到着後、用を済ませ、再びハンドルを握り始めたわけだが、どういうわけかいささか心に余裕が出てきてなんとなく楽しくなってしまう。いかんいかん。なにせ、車がプリウスやハイブリッドカーであればまだいいが、そんなにエコな車は家にはまだないのである。なるべくアイドリングをしないよう、なるべく急発進・急ブレーキをしないよう、いろんなことに心がけなければならないわけだ。しかし、エコ意識はあるわりには。腕が伴っていないのが私である。 曲がるべきところを間違えてしまい、結局ぐるっとまわって、ガソリンの無駄使いを少々する羽目になる。あぁ、むつかしい。車に乗らなくて良いところに住んでいれば、もっとエコになるのだろうか。そんな、そもそも論を考えつつも、無事に家まで戻れたことに、感謝なんてしてしまう小心者の私なのであった。

     

    運転もエコも、一筋縄ではいかないなぁ。

     

     

     

    ヨガに思う

     

    2007/10/12

     

    8時過ぎ。銀座のジムに久々に向かい、ヨガのクラスに参加する。

     

    私がヨガを始めたのはもう2年半ほど前だが、レッスンを受けるたびに、ヨガのすごさを体全体で実感してしまう。なにせ、器具も使わず、特別な場所も要らず、自分の体ひとつだけで、ありとあらゆるストレッチができ、さらには体の歪みも矯正され、体中の血のめぐりやリンパの流れが良くなって、ぐんと軽く、温かくなるのであるから、本当に驚きなのである。私は普段、様々なタイプのリフレクソロジーやマッサージなどに比較的良く足を運ぶが、人にやってもらう1回のマッサージよりも、自分で家でもできるヨガのほうが実はとっても優秀であり、コストパフォーマンスが高いということは明らかである。とりわけ、最近は雨後の竹の子のようにマッサージサロンができており、中途半端なレベルの施術しかできない場所も増えているのも、その理由のひとつである。もちろん、本当にいいマッサージサロンや整体等はかなり効果もあるが、それとて毎日や、週に何度も行くことは私には難しい。そんなとき、ヨガを大方マスターしておけば、自分でどこでもできちゃうのだから、こちらのほうが色々と使い勝手が良いとも思う。そんなわけで、私はジムで時々ヨガをやり、家でほぼ毎日なんらかのヨガをやるという日々を送っているわけである。毎晩、やるとやらないでは、雲泥の差。一度覚えたヨガが、これほどまでに毎日の生活に役立つとは、自分自身でも驚きなのである。

     

     

    ひとつ残念なのは、最近私が一番好きだったヨガのクラスの先生が変わってしまったということである。ヨガには色んなタイプがあるが、先生もまた色んなタイプがあるのである。

     

    波長の合う先生に出会えるかどうかも、これまたヨガが続くかどうかのポイントなのかもしれない。要は、これも、自分の持つ引力なのかもしれないけれど。

     

     

    October, 2007

    写真アップのお知らせ

     
    2007/10/11(分)
     
    いつもアクセス頂き、どうもありがとうございます。
     
    ハロウィンが近づいてきたこともあり、アナハイムディズニーでのハロウィンの写真をフォトアルバム内にアップしました。
     
    ご興味ある方はぜひご覧ください☆
     
    (アラスカのフォトアルバムは現在作成中です~)
     
    sandyayano
     
     
     

    宮脇昭先生植樹祭情報 ~神奈川・川崎編(11/17)~

     

    2007/10/10(分)

     

    宮脇昭先生(横浜国立大学名誉教授)が指導される、植樹祭の情報をアップいたします~。

     

    関東圏の方は、ぜひどうぞ(私ももちろん参ります~)。

     

     

    「東日印刷の森」植樹祭 (東日印刷主催、毎日新聞社後援)

     

    日時:20071117日(土)  9時受付開始~ 11時半終了予定

    場所:東日印刷川崎工場(川崎市川崎区浅野町6の17)

    詳細および申し込み方法は、こちらをどうぞ(申し込み締め切り:1031日(水))

    http://www.mainichi.co.jp/information/news/20071018ddlk13040498000c.html

     

     

     

    宮脇昭先生植樹祭情報 ~兵庫・篠山編(11/25)~

     

    2007/10/9(分)

     

    宮脇昭先生(横浜国立大学名誉教授)が指導される、植樹祭の情報をアップいたします~。

     

    お近くの方はぜひどうぞ(私もはせ参じる予定です~)。

     

     

    「ロマンの森植樹祭」(兵庫県丹波県民局・柏原土木事務所公園ダム課、毎日新聞大阪本社共催)

     

    日時:20071125日(日)  9時半受付開始~ 14時半ごろ終了予定

    場所:兵庫県立丹波並木道中央公園(篠山市西古佐・大山下)森林活動センター広場

    詳細および申し込み方法は、こちらをどうぞ(申し込み締め切り:112日(金)消印有効)

     http://www.mainichi.co.jp/information/news/20071006ddn012040054000c.html

     

     

    October, 2007

    「引き」の力か、直感か

     

    2007/10/8

     

    3連休最後の日。

     

    遅めのお昼ごはんを食べながら、ふと気になってテレビをつけると、なんとそこにはオーボエ奏者の宮本文昭氏が映っていた。「なに?!?!」と思ってよく見ると、その番組はなんと、小澤征爾氏率いる「サイトウ・キネン・フェスティバル」の特別番組であり、NHKBSで流れていたものだった。新聞で時間を調べると、何気に始まったばかりだということに気がつく。なんて運がいいのだろう。

     

    それは約3時間に渡るプログラムで、今年の89月に長野県松本市で開かれていたサイトウ・キネン・フェスティバル松本のコンサート映像や、過去のオーケストラの映像などが盛りだくさんという素敵な番組であった。オーボエ奏者の宮本さんは長年にわたり、サイトウ・キネン・オーケストラのメンバーであったが、今では演奏活動を引退されていることもあり、今年のサイトウ・キネン・フェスティバルには演奏者としては参加されていない。そんな宮本さんが、過去のコンサートの解説や、マエストロ小澤氏との思い出などを話されるという、とても興味深い番組であった。私自身にとっても、今年のサイトウ・キネンでは、マエストロの指揮するオーケストラやオペラを見ることができなかったので、かなりありがたい機会でもあった。さらにはマエストロの昔の映像や、最近のインタビューなども含まれており、かなり楽しめるつくりで、いい意味でNHKっぽいなと感じた3時間でもあった。

     

    たまたまつけたテレビで、時間ぴったりにどんぴしゃな番組が始まったりすると、これも何かの「引き」の力か、直感なのかなと思うことがある。そんな嬉しい「引力」はこれからもっともっと強くなってほしいし、そのためには、やっぱり「生」と「命」に触れて感性を磨くことが必要なのだろうと思っている。

     

     

    そんな「生」の音を、来年も松本で聴けるといいな。そんなことを思ってみた。

     

     

     

    ハッピーマンデーに思う。

     

    2007/10/7

     

    密かに私には前々から思っていることがある。

     

    2000年頃から成人の日や体育の日などの祝日を移動させ、「ハッピーマンデー」として3連休を増やしているが、何気にこの月曜日が休みと言うのが、時々厄介なのである。もちろん、連休が増えたことでそれ自体はいいことであるのだが、何も全てを月曜日にしなくても良かったんじゃない~?というのが私、いや私だけではなく周りの色んな人の正直な意見なのである。月曜日が休みだと、色々仕事で不便なことも多く、「月曜日よりも金曜日休みにしてほしい~」という声が、あちこちから、そして以前から聞こえている。私ももちろん同じ意見であり、たまには金曜日からの3連休とかにしてほしいとか思ってもしまうし、昔みたいに水曜日とかにポツンと休みがあるのも、それはそれでいいんじゃなーい?と思うときもある。ま、今更あーでもないこーでもない言っても仕方ないが、いつかはハッピーフライデーも増やしてほしいなぁと思う今日この頃なのである。

     

     

    ほら、海外に比べれば、日本人圧倒的に働きすぎだし、もちょっとゆるくしてもいいんじゃなーい?

     

    と、いうことで

     

     

    眠りに落ちて

     

    2007/10/6

     

    確かバタンと眠りについたのは、深夜12時頃だった。それから明け方、喉の渇きで目を覚まし、そしてまた昼ごろに外からの日差しで目を開けた。が、結局私が完全に目を覚ましたのは、16時を大きく回った頃だった。つまり、約16時間もの間、眠りについていたことになる。

     

    こんなに長い間眠りに落ちていたのは、実に実に久しぶり。そういえば入社したての頃、5日間の初出勤を終え、初めての週末を迎えたときも、たしかぶっ続けで眠りにふけ、16時間くらい起きられなかった記憶がある。とは言え、今回のこの深すぎるほどの睡眠。おそらくこれは、慢性疲労と旅の疲れ、そして体調不良の中の残業と大掃除という厳しい状況が引き起こしたものに違いない。金曜の夜ようやく解放されて、目覚まし時計を気にすることもなく眠りについたら、こんなに長い間、現実に戻れなかったということなのだ。

     

    「眠るのにも体力がいる」という説もある。「年とると寝てられなくなるんだよ」という方も多い。とは言え、極度に疲れてたら、やっぱりとことん寝ちゃうんじゃないだろうかと、私は密かに思っている。

     

     

    朝の時間を気にせず眠りにつけるのって、やっぱりちょっと幸せだよなぁ。

     

    そんなことを思う、今日この頃。

     

     

    金曜の過酷

     

    2007/10/5

     

    オフィスに出向き、日常業務を手早く済ませた後、昨日に続いて今日もひたすら大掃除にとりかかる。

     

    デスク周り、デスク横キャビネット、デスク下など、やってもやってもなかなか終わらず、「ほんとに間に合うんかなぁ~」とほとほと心配になってくる。とにもかくにも紙は多いし、文具やら本やらも多い。段ボール箱に次々入れるが、もうすぐ終わりかと思ったところで、引き出しを完全に忘れていたことに気がついたりして、「うぎゃぁ~まだあったぁ~」と半狂乱状態に陥ること数回。風邪ひきの体に、大掃除と引越しは実に堪える。

     

    結局、夜の7時過ぎ、全ての作業を終了し、数年間お世話になったデスクや椅子に別れを告げることになる。これを機に、デスク周りをきれいにし、好きな写真や観葉植物だらけにして、快適環境を作り上げようなんて頭の中で考えながら、オフィスを離れる。

     

    8時過ぎ久々のヨガに行き、ふにゃふにゃになったところで帰宅の途へ。しかし、どうやら私の体力は、すでに限界にきていたらしい。日付が変わる前に家に着くと、バタンとベッドに倒れこみ、とんでもない間、目を覚ますことはなかったのである。

     

    一体全体、体の中で、何が起きていたのだろう。

     

     

    October, 2007

    「身辺整理」

     

    2007/10/4

      

    東京生活復帰4日目。

     

    やるべき仕事を前倒しにして週前半に終わりにし、残りの2日を地味な作業に充てることにする。というのも、オフィスの大改造を週末に控えており、それに向けて「身辺整理」をしなければならないのである。とは言え、何年も使っているデスクを総とっかえするというのは、思った以上に重労働である。ただでさえ紙が多くて大変なのに、それを一斉整理するというのだか、短時間ではまったく終わらない。結局私は、この日、ほぼ1日をかけて過去の書類や資料をひたすら整理することに集中した。もう、それしか考えず、ただただお掃除ロボットのように働くことにしたのである。

     

    しかし、掃除は、気持ちも良いが、あとの疲労もひどい。旅の疲れと体調不良に追い打ちをかけられるようにして、私の体はどんどんおかしくなっていった。

     

     

     

    ジェットラグはどこへ

     

    2007/10/3

     

    たいていアメリカから帰ってきた後というのは、23日たつと時差ぼけが始まるわけで、その後数日間にわたり夕方から夜にかけての時間がかなり厳しくなるのが常である。

     

    今回もそれを予想し、ちょっとイヤだなぁと思っていたのだが、どういうわけか、待てど暮らせど時差ぼけが一向にやってこない。普通に残業しているせいで時間軸がおかしいのか、それとも体質が変わったのか、よくわからないが、結局帰国後1週間くらい、時差ぼけはないままで過ぎ去ることになったのである。

     

    私の場合アメリカに渡るときよりも、アメリカから帰ってきたときのほうが時差ぼけが格段に辛いはずなのに、一体全体どうしたのだろう。

     

    これからも、ジェットラグに負けない体であり続けてくれれば、それに越したことはないのだけれど。

     

     

     

     

     

    誕生日の余韻

     

     

    2007/10/2

     

    誕生日を迎える前から何日にも渡って、国内外の様々な場所で幾度となくありがたいお誕生日お祝いをして頂いていた私だが、帰国の翌日オフィスに戻ると、またしても素敵なことが準備されていた。誕生日の前には後輩たちからサプライズプレゼントまで頂いていたのにもかかわらず、今度は私の大好きなケーキであるという。なんだか今年は、とにもかくにもびっくりするほどいろんな方にいろんなお祝いをしていただき、本当に恐縮の限りである。しかも、私がほれ込んでいるケーキ、小樽・Letaoのチーズケーキではないか。聞けば、デパートの北海道物産展で限定販売しているのを知り、わざわざ休みの日に後輩が買いに行ってくれたのだという。

     

    ありがたきホールのケーキを、後輩数人と一緒に美味しく頂くことにする。おりしも、自分でアラスカで摘んで、自分で作った絶品クランベリージャムをオフィスに持っていっていたため、チーズケーキとクランベリージャムという、この世のものとは思えないスイーツが出来上がってしまった。北海道チーズケーキとアラスカクランベリーという素晴らしきコンビネーションに、もう、感服しかないのである。お店で出したらすぐに完売しちゃうんじゃないかと言うほどに究極美味のケーキを食べながら、私は心底満たされた気分になっていた。帰国直後の疲れも風邪も、このチーズケーキのおかげで一瞬にして吹き飛びそうなほどに、美味しく幸せな時間であった。

     

    あぁ、誕生日って、なんだかありがたい。もう喜んじゃいけない歳にはなっているけれど、なんだか今年はとにもかくにもありがたいお祝いばかりで、本当に感謝感激であった。

     

     

    おくればせながら、みなさま、本当にどうもありがとう。

     

     

    October, 2007

    東京生活ふたたび

     

    2007/10/1

     

     

    月曜の朝。普段でさえつらい月曜の朝。しかも、今日はアメリカ明けの月曜の朝である。

     

    咳き込みながら久々のオフィスに向かうと、なんだか色んなものが違って見える。人も違うし、環境も違う。そんなこと、もちろんないのだが、本当に私はいつもここで毎日の大半を過ごしていたのだろうかと思うと、不思議な気分になる。

     

     

    お土産をみんなに渡しながら話していると、私の頭の中は英語と日本語がぐっちゃぐちゃになっていた。頭の中がまだ、日常モードになっていない。友からはこんなことを帰国後早々に言われていた。

     

    「無事に東京生活に戻れるように」。

     

    東京モードには一体いつ戻れるのだろう。そんなことを思いながらも、結局いつものように夜遅くまで残業をしていると、ふとこんなことを思ってしまう。本当に、私はアラスカに、アメリカに行っていたのだろうか。一瞬の夢のような気もするし、ものすごく長かった夢のような気もしてしまう。本当にさっきまで寒いアラスカの大地にいたのだろうか。そんなことをふと考えてしまう。

     

     

    戻るところがあるからこそ、ふらっと旅に出てしまうのだろうか。

     

     

    今度の旅は、いつ、どこへ、私は向かうことだろう

     

     

     

    アラスカ旅日記 ~ 9th day  旅の終わりに ~

     

    2007/9/30

     

     

    ロサンゼルスからのフライトの中。

     

    体調不良の私には少々厳しい状況が長い時間続いていた。目をつむり、ウォークマンを聴きながら、何度も眠りに落ちかけるのだが、どうも眠りの淵のほんの少し手前で目が覚めてしまう。どうにもこうにも、私は移動中眠りにつくのが苦手なのだ。それは飛行機でも、たとえ新幹線でも。旅人であるのにもかかわらず、どこでも眠れるということがないのである。しかも、慢性的に眠りが浅い。とは言え、一度熟睡すると、なかなか起きない。どうにかこの体質、治らないものだろうか。そんなことを思ってしまう。が、今日はとりわけ眠りまでの道のりが遠い。よりによって、後ろのシート3列が非常識的にうるさいのである。並大抵のうるささではない。アジア人のおばちゃま3人衆は、約11時間のフライト中、8時時間くらいはずーっとひたすらしゃべっていた。イヤフォンから流れる音の隙間から、彼女たちのすさまじい会話が延々と聞こえていたのだった。

     

    どうにか11時間のフライトを経て、成田空港へと無事到着。熱もあがらずなんとか自力で帰ってこられて一安心である。電車を乗り継ぎ、迎えに来てくれていた母の車でひさびさの自宅へと戻ると、玄関を開けた瞬間、突然、こんな声が聞こえてきた。

     

    「いらっしゃいませ~」

     

    何かと思えば、つい一昨日に5歳の誕生日を迎えた姪っ子のお出迎えである。しかし、なぜに、「いらっしゃいませ」なのだろう。そんなことを不思議に思いつつも、「あややぁ~」と近寄ってくる姪っ子にすぐにお土産を渡すことにする。かわいいアラスカのTシャツ、そしてディズニープリンセスの塗り絵である。予想以上にディズニーを気に入った姪っ子ももう5歳。今日は遅ればせながら、28歳と5歳の合同お誕生日会である。

     

    食事を済ませ、ケーキを食べ、自分の部屋に戻ると、日本に帰ってきたことをしみじみと実感する。

     

     

     

    旅の始まりはいつも慌しい。そして、旅の終わりはいつもどこかが物悲しい。

     

     

    それでもなぜだかとんでもない爽快感とエネルギーを、いつもいつも感じてしまうのはなぜだろう。

     

     

    知らない場所を求めても、知っている場所に戻っても、結局いつも思うのは、自然は何より偉大だし、人は何よりあたたかい。たくさんの恵みに触れ、たくさんの心に会う。旅というのは、そういうものなのかもしれない。そんなことをふと思うようになった。

     

     

     

    お世話になったすべての皆様に、心から、感謝。

     

     

     

    アラスカ旅日記 ~8th day  最後の最後で ~

     

    2007/9/29

     

    8時過ぎ。アメリカ最後の朝を迎える。シャワーを浴び、食事を頂き、そしてパッキングをしていると、本当に私は1週間もアメリカにいたのだろうかと不思議な気分になる。

     

    友とパートナーに車で送ってもらい、11時過ぎにロスの空港へと到着する。お世話になった友のパートナーにお礼と別れを告げ、私は友と空港内へ。なぜか空いているノースウエスト航空のチェックインカウンターに向かい、いつものようにチェックインをするが、私はここでいつもと少し違う行動に出た。事前にネット上でチェックインは済ませていたのだが、どうしてもしたいことがあったのだ。

     

    カウンター越しのスタッフに話しかけ、こう質問してみる。「今日、ビジネスクラス空いてますか?」と。実は、私の体調はかなり厳しいところまできており、もしも空いているのならビジネスクラスで横になって帰りたいと思ったのである。すると、私はすぐさまこう訊き返された。「支払いは?」と。もちろん、この私がキャッシュやカードで支払えるわけもなく、当然私の強い味方であるマイレージでのアップグレ-ドを使いたかったのである。たしか、ビジネスへのアップグレードは片道3万マイルでできるはずなのだ。しかし、スペイン語なまりの彼はこう返してきた。「当日のアップグレードは無理です。事前に電話で申し込みをされないと、受けられません」と。私はその瞬間、見事に落胆した。あぁ、これから12時間もあの狭い席で拘束されるのか、と。すると、そのスタッフはこう訊いてきた。「マイレージはどれくらい持ってるの?」と。私はこの瞬間、すぐに何かを察知した。こんなにも幼くていい加減な格好をしている人間がビジネスクラスにアップグレードしたいと言い出したことを、おそらく相手は不快にもしくは不思議に思ったのだろう、と。私はなんとなく悔しいので、こう言い返してしまった。「10万以上持ってる!」と。しかし、そうとは言え、やはり答えは先ほどと同じだった。「次からは、事前にお電話で申し込みをしてください。そうすればアップグレードできますから」と。あぁ、悲しい結末である。仕方なく私はエコノミークラスのボーディングパスを受けとり、チェックインを済ませるしかなかった。

     

    その後、友としばらく話をしたのち、ボーディングタイムも近づいてきたこともあって、別れを告げることになる。楽しい時間はかくもあっという間。お世話になった友にお礼を告げ、ひとりゲートへ向かうことになる。やはり、見送りは、するほうもされるほうも、なんだか切ない気分である。

     

    いよいよ日本に帰るのかと思いつつも、長い列に並んで手荷物検査を待っていると、係員にふとこんなことを質問される。「これ、あなたのボーディングパス?」。何を言っているんだろうと私は不思議に思い、「そうだよ」と答えるが、なんだか変な質問が次から次へと続く。しかも相手はスペイン語なまりで、言っていることがよくわからない。メキシコが近いロサンゼルスの特徴でもあるが、英語のイントネーションがなじみにくく、ちょっと苦戦してしまう。すると、別のスタッフが現れ、「あなた、どこに行くの?」と訊いてくる。「え?パスにTOKYOって書いてあるじゃん」と思うのだが、なにやら神妙な面持ちで私を見ているのである。さらには、「どこでこのチケットもらったの?」、「どこからここまできたの?」と質問が続き、私はいささかパニックに陥りそうになっていた。「ちょっと待ってよ、なになになに?なんなのさ?!」。するとそのスタッフは、ついにこう言ってきたのである。

     

    「私に着いてきて」。

     

    それを聞いた私は荷物を持ちながら急いで彼女に着いていった。そして、少し前に私のボーディングパスとIDをチェックしたスタッフのところまで戻ると、彼女はこんなことを訊いていた。「あなた、何チェックしてるのよ。どうして彼女通したのよ」。私はもうわけがわからず、「なに?!あたし飛行機のれないわけっ?!なんなの~っ?!」と心配になってきた。そして彼女はこう言って来たのである。

     

    「ここは違うターミナルだから、ターミナル2まで移動して」。

     

    「はっ???ターミナル2ってなに??ここはどこ?どうやっていくの?バス?シャトル?なになにどうすればいいわけ???」と私は半ばパニックに近かった。なんですぐそこでチェックインしたのに、別のターミナルまで移動しないといけないわけ???と。すると、彼女はこう言う。「ただひたすらここをまっすぐ歩いていって」。「へ??歩いていけんの??」と私はなんだか合点がいかなかった。ターミナルが違うって、成田空港みたいに離れてるんじゃないの??と思ったのだ。しかし、「とにかく、まっすぐよ。急いで。」と彼女に押し出されたのである。

     

    時刻はすでに、ボーディングタイムを迎えている。出発までは1時間あるが、ちょっと不安になってきた。「やばい、乗り遅れたら自腹だっ!!!」。そう、ビジネスクラスなんて言ってられない事態である。私は荷物を持ちながら、ひたすら歩を進めるしかなかった。「どこにターミナル2なんて書いてあるのよ~!!!」と思いながら、ひたすら歩いていた。どこまで行けばいいのかもわからず、数分立った所でキョロキョロしていると、とあるスタッフに突然声をかけられた。

     

    NARITA?」。

     

    「成田行きは成田行きだけど、私はターミナル2に行かなきゃ行けないのよ~」と思いながら、私はその声を無視して通り過ぎようとした。しかし、なんとなく救いを求めて、「すみません、ターミナル2ってどこですか?」と訊いてパスを見せると、「ここだよ」という答えが返ってきたではないか。ちょっと待ってよ、どこがどうターミナル2なのよ。全然分かれてないじゃない。そう思いながらも、数名のスタッフに「NARITA??走れ!!」と急かされ、がらがらの手荷物検査をものすごい勢いで通り抜けたのである。

     

    しかししかししかし、私は腑に落ちなかった。どこがどうターミナル2なんだ??と。後でわかったことだが、どうやらロスの空港のターミナルと言うのはちょっと構造がわかりにくい。てっきり、成田みたいに完全に離れているものかと思ったら、どうやら構造は全く異なり、半分は一応つながっているようなのである。あぁ、ややこしい。しかし、あとで冷静になって考えてみると、どうやらそもそも、この慌しい出来事は私の単純ミスによるものであったのだ。ロスの空港は、搭乗口のナンバーによって手荷物検査の場所が全く分かれており、私はボーディングパスにある座席番号と搭乗口の番号を見間違え、それによって、自分が進むべき手荷物検査の方向を間違えたというわけなのであった。いやはや、実に単純すぎてお粗末である。私のゲートは29番、そして座席が30番だったのだが、よりによってゲート29までと、ゲート30からの手荷物検査は、正反対の位置にあったのである。そのため私は「ゲートは30だからこっちか」と思ってしまい、さらには、チェックをしてくれたスタッフもその事実に気がつかず、ぎりぎりまでその間違いに気がつかないまま、最終的には「走れ!!」と言われる羽目になったのだ。いやはや、なんとも旅にはアクシデントがつきものというか、なんというか。。。

     

    そんなわけで私のアメリカ出発は実に慌しかった。ボーディングには間に合ったが、走って水を買い、走ってカフェで紅茶を買い、すぐに機体に乗り込むことになった。まったくもって、センチメンタルな空気さえも微塵に感じられないわけである。それもこれも、元はといえば自分が悪いわけだが、空港内のお店を見る時間も無く飛び乗ったのは少々残念であった。

     

    機内に入り自分の座席に着くと、どっと疲れが出てきた。が、それと同時にものすごい落胆をも覚えてしまったのだ。よりによって、機体はボーイングの777か何かである。窓側でも3列シート、かつ、パーソナルテレビはない。行きに乗ってきたシアトル便はエアバス330で、窓側は2列シート、さらにはもちろんテレビもある。すっかりこのところエアバスに慣れていた私は、「えぇ~っ」とちょっとショックであった。しかも、シアトルよりも、ロスからのほうが、飛行時間は1時間以上長いのである。うーむ。同じ料金払っているのに、どうして路線によってこんなに違うんだ??といささか疑問である(まぁ、この成田-ロサンゼルス間は、乗客数もおそらく500名以上の一番大きな機体なので、仕方ないかもしれないが・・・)。

     

    そんなこんなで私はビジネスクラスにもふられ、パーソナルテレビにもふられ(正確にはふられてはいないけど)、長い長い空の旅がこうして慌しくも始まっていった。

     

     

     

    October, 2007

    アラスカ旅日記 ~7th day The Magic Kingdom  ~

     

    2007/9/28

     

    8時前。ロサンゼルスの友の家で目が覚める。夜中に飲んだ薬のせいか、なんとなくまだ頭と体がクラクラして、ベッドから起きられない。よりによって今日はディズニーランドに行く日だというのに、いったい私は大丈夫なのだろうか。

     

    結局、開園時刻の10時に一番のりしようと思っていた私たちだが、私の体調が戻るまでにしばし時間がかかり、アナハイムのディズニーランドに着いたころには11時を軽くまわっていた。しかし、そのおかげで、そしてまたいいタイミングで薬を飲んで眠くなったおかげでか、車の中で熟睡でき、さらには体力が戻っていた。送ってくれた友のパートナーにお礼を告げ、いよいよディズニーに向かうと、お天気はちょうど良い曇り空。カンカンに晴れてたいらちょっと厳しいが、このくらいの涼しさが今の私にはありがたいといったところである。

     

    前々から友が用意してくれておいたパスポートを持って、園内に入る。ワンデーチケットはひとり66ドル。日本円で7000円以上と少々値が張る。日本のパスポートが5800円だから、やはり安いとは言えないだろう。しかも日本のように18歳以上の「大人」だけではなく、「10歳以上」は同じ料金の66ドルになる。そして、3歳から9歳までが56ドル。当初私たちはこの値段だけを見て、「高い・・・・!」と思っていたわけだが、実は1日ディズニーで過ごしたところ、この値段設定の理由がなんとなくわかってきたのである。そこには、おそらく、日本のディズニーとの違いもあるし、ターゲットの客層の違いもあるのかもしれない。

     

    待ちに待ったディズニーを目の前に、ワクワクしながら園内に入ったわけだが、時見事にハロウィンシーズンであり、感激ものである。私は日本でもハロウィンシーズンには訪れたことがないので、それだけでかなりテンションがあがってしまう。しかも、ディズニー本場のアメリカ、ハロウィン本場のアメリカ、というのだから、いやでも楽しくなってしまう。不思議なことにこの光景を目にした直後から、私の体調不良はちょっとずつどこかへ消えはじめていった。やはり、「夢と魔法の王国」は伊達じゃないのである。

     

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    エントランスから始まり、いたるところがハロウィンのJack-o'-Lantern で溢れかえっている。ミッキーもミニーもプーさんもハロウィンで、はっきり言ってもう、えらいこっちゃである。しかも、こんなにすごい被写体があるのに、1日しかいられないなんて、カメラ好きには少々酷とでも言いたいくらいである。私も友も、あっちこっちのハロウィンモードに完全に魅せられて、おかしくなり始めていた。いや、むしろ、完全に魔法にかかっているというくらいの勢いである。私たちはハロウィンに浮かれつつも、まだ一度も体験したことのないアナハイムディズニーをめいっぱい楽しむことにした。ジャングルクルーズに始まり、カリブの海賊、スプラッシュマウンテンにハロウィン版ホーンテッドマンション。プーさん、ピノキオ、白雪姫そして不思議の国のアリスなど。信じられないが、金曜日ということもあり、ほとんど待ち時間がない。スプラッシュマウンテンで10分程度というレベルで、サクサク進みすぎて驚きなのである。しかも、古くからあるアトラクションで一番並んだのがピーターパンというのだからちょっと不思議なのである。

     

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    日本のディズニーランドにはここ6年ほど足を運んでいない私だが、おそらく今まで10回弱は行っており、それなりに記憶も鮮明にあるのだが、日本のアトラクションと比べると、どうもアナハイム版のというか本場のアトラクションのほうが、なんだか面白いような本格的なような気もしていた。中には、スプラッシュマウンテンなど、日本のよりもサイズが小さくて、「あれ?なんかちょっと違う??」と思うのもあるが(悪い意味ではない)、大概は、「こっちのほうが完成度高いかも・・?」と思ったのである。中でも、カリブの海賊、ホーンテッドマンション、ピーターパン、そしてIt’s a small world は、日本よりも圧倒的に手がこんでいて楽しかったように思う。そういう意味では、アトラクション自体の楽しさは、もしかしたらアナハイムのほうが少し上なのかもしれない。

     

    しかし、甘いもの大好き、おやつ大好き人間の私たちにとっては、少々「?」なことも多かったのは事実である。日本でディズニーランドといえば、アトラクションやショーも楽しみだが、買い物も大きな楽しみのひとつであるのは誰もが思うことだろう。テーマごとに色々なタイプのお土産があったり、ワゴンでスナックやスイーツなどがもう、選びきれないほどに売られていたりと、それも醍醐味のひとつだと思っている。が、その醍醐味は、どうやら日本独自というか、かなり日本らしいものであったのかもしれないということに、私たちはここアナハイムで次第に気がつかされていったのだ。まず、ギフトショップに入ると、日本ではいやというほどに置いてある、クッキーやチョコレート、キャンディーなどのあの可愛いパッケージの山が、さして見当たらないのである。大概が文房具とかぬいぐるみとか、さらにはお洋服やアクセサリーなどなどで占められており、こちらのグッズはかなり充実している。そして、お土産用ではなく、パーク内で食べたくなるようなあのワゴンで売られているスナックやスイーツもかなり種類が少ないのである。日本でおなじみのチュロスはたしか3ドルで売られており美味だったが、その他いつもなら「あれも食べたい!これも食べたい!」と思うようなスイーツがあまりない。アイスやフレッシュフルーツ、そしてフレッシュベジタブル(生のキャロットや生のカリフラワーをかじる習慣があるアメリカならではだと思われる)などはそれなりにあるが、やれデザートだ、やれ限定ものだのというのが、あまりないようなのだ。ポップコーンはもちろんあったが、味もそんなに種類がないように思われる。かろうじて?ハロウィン限定タンブラーに入ったホットチョコレートはあったが(これはカップ込みで5ドルとかなりここではお買い得)、日本と比べるとどうしても、「意外と食べ物系ないねぇ」と思うことがしばしばだった。

     

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    そして私たちは、色々見たり食べたりして、ある種の結論にたどり着いたのである。そう、入園料の違いから始まり、アトラクションの違い、そして食べ物やお土産、グッズの違いをすべて色々考えると、この結論にいたったのである。つまり、アメリカのディズニーランドではアトラクション重視であり、物を食べなくても、買わなくても、ある程度のランニングコストが最初から取れるシステムになっているがゆえ、そもそもの入園料が少々高めである。そして、一方の日本のディズニーランドはといえば、入園料自体は比較的リーズナブルだが、その分、飲食代やお土産代で一人当たり平均1万円は落ちているので、結果的に売り上げがよくなる、と。やはり、日本人は「お土産」を異常に買うという事実が、あの「日本版ディズニーランド」を作っている一番の要因なのだろう。そんなことを、身をもって感じてしまった。「夢と魔法の王国」に行って、なんでそんなこと考えるんだよと言われそうだが、比べるとどうしても、こういう結論になるのである。別に冷めているわけではなく、ディズニーが大好きだからこそ生じる疑問や考えである。実際、日本では、閉園前に大量のおみやげ物を両手に持って帰る人がそこかしこにいるが、どうやらアメリカではそれほど買い物してないんじゃないか?という人が多いようにも思えた。大概すごい買い物しているのは、日本人観光客である(あんまり数は見なかったけど)。私はといえば、お洋服やお菓子、姪っ子へのお土産などでちょっとは買い物したが、やはりいい「お土産」になるお菓子類が極めて少なく、日本との違いをまじまじと感じたのである。何度も言うが、別に、冷めているわけではなく、「比較文化」をしているだけである。どっちが楽しいか?と訊かれれば、おそらく私は「アメリカのほうが楽しい!」と答えるので、その点については自信を持って、オススメしたい(誰にだよって突っ込まれそうだけど)。

     

    そんなわけで私たちは、昼前から魔法にかかり、ありとあらゆるアトラクションを楽しみ、最後には、一番新しいアトラクションである「ファインディング・ニモ」もしっかりと1時間弱並んで堪能したのである。いやはや、実に、楽しかった。夕暮れ時から夜にかけては、ライトアップも本当に美しく、これまたJack-o'-Lantern が見事に映えていて、感激ものであった。もう、写真を1日で1000枚撮れと言われれば、楽勝で撮れそうなほどに、素敵で可愛らしい夢の国であった。

     

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    8時過ぎ、全てを満喫した頃に、友のパートナーが迎えにきてくれる。「楽しかったぁ~」と無邪気に帰る私たちを快く迎えに来ていただき、感謝ものである。楽しかったアナハイムのディズニーを離れ、帰りがけレストランで食事をしたのち、ロサンゼルスの友の宅へと車を走らせる。なんとか体も1日もち、倒れずにすんで、ほっと一安心である。

     

    帰宅後いつものように、お土産を出してあーでもないこーでもない言いながら、楽しかった一日を振り返る。

     

     

    気がつけば、もう、アメリカを離れる時間が近づいている。長かったようで短かった1日、そしてアメリカ滞在は、あっという間に過ぎ去っていった。

     

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    October, 2007

    アラスカ旅日記 ~6th day  ロサンゼルスへ ~

     

    2007/9/27

     

    朝5時過ぎ。フェアバンクス発のアラスカ航空は、シアトル空港へ近づいていた。まだ太陽が昇らないシアトルの町並みを上から眺めると、こんなにきれいな場所だったっけ?と一瞬自分の目を疑ってしまった。オレンジの光がきらきらと輝いていて、とても可愛らしい。こんなにシアトルが美しいのは、初めてだ。機内はあいにく満席でほとんど睡眠もとれていなかったが、時間通りにシアトルに到着しただけで、ありがたいことなのだろう。

     

    眠たい目をこすりながら飛行機を降り、ターミナルを移動する。そういえばほんの何日か前にもここでこうしていたな、なんて思いながら、この数日に起こったことを振り返ったりする。時間は、確実に、人を変え、成長させているのだろう。そんなことをしみじみと思ってしまう。

     

    次のフライトまでは1時間弱。さほど待ちぼうけになることもなく、ありがたいものである。カフェでブルーベリーマフィンとラテを買い、早めの朝ごはんをとったところでボーディング開始。朝一番のフライトということもあり、機内にはかなりの余裕がある。隣の席があくだけで、こんなにも空の旅は快適になるのだから、人間同士の距離というのがいかに大切であるかがよくわかる。

     

    機体に乗り込み外を眺めていると、しばらくして美しい朝焼けが現れた。こんなにも燃えてまぶしい朝焼けは、生まれて初めて見たかもしれない。思わずシャッターを切ってしまった。

     

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    離陸を待ちながら、ふと眼下に目をやると、あっちこっちでコンテナを積んだ車が移動しているのが目に入る。空港ではおなじみの光景なのに、今日は妙に見入ってしまう。「どっからきたバゲッジでも、ちゃんと積み込まれて運ぶんだからすごいよな」。なんて、今まで考えたことも無いことを思ってしまう。が、しかし、この考えが仇となったか、それとも何かの直感だったかは定かではないが、この後、私の身にはトラブルが起こるのである。そんなこと、この時点では、想像さえしていなかったのだが。

     

    ロサンゼルス行きのアラスカ航空は、ほぼ定刻どおりに出発し、快適なフライトが始まった。途中、機体の左手には私の大好きなマウントレーニア(Mt.Rainier)と思しき雪山が見える(もしかしたら、Mt.St.Helensかもしれないが)。遠くには朝焼けと水平線と山並みが入り混じったような光も見える。シアトルからロサンゼルスまで南下するフライトは初めてということもあり、まだ見たことの無い空からの景色を思わず楽しんでしまった。

     

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    9時半過ぎ。ロサンゼルス空港に無事到着。久々の大都会ということもあり、なんだか不思議な感覚である。ロスは私にとって、生まれてはじめて訪れたアメリカの街。まだ二十歳の大学三年生のときに、キャンプツアーに参加するために訪れたこの街は、私にとってなんだか思い出深い場所にもなっている。それから7年後、2度目のロス滞在が、友を訪れる旅になろうとは想像さえできなかった。

     

    飛行機を降り、バゲッジクレームへと向かう。きょろきょろしながら歩を進めていくと、ふっと前から友が現れた。一年ぶりの再会にもかかわらず、私たちは、実に、淡々としていた。いい意味で、ごく普通に、ごく当たり前のように、不思議なほどにすんなりと再会の時を迎えたのである。普通1年ぶりに会ったら、なんかこう、感動的なことが起こりそうな気もするのだが、そんなことも、取り立ててない。実に、普通に、「よっ」と挨拶をし、まるで1年の時間なんてなかったかのような感覚だったのである。今回、私がロス経由で日本に帰るのは、パートナーの留学にあわせてこちらに住んでいる友に会うためだ。そして前々から、「私がロスに行くときは、ディズニーランドに行くぞ!」というのが彼女との合言葉だったのだが、それを実現させるためのロス訪問でもあったのである。

     

    そんな久々の再会を果たし、そしてまた久々に友のパートナーとも再会した後、しばらくバゲッジクレームの前で私の荷物を待っていた。が、待てど暮らせど、さしてバゲッジが出てこない。たまに出てきては、すぐに終わってしまい、変だなぁと思いながらも私たちは20分ほど待ちぼうけていた。が、しかし。あまりにもおかしいので、友がスタッフに「アラスカ航空の便、まだバゲッジ出てくる?」と訊いたところ、なんとこんな答えが返ってきたのである。

     

    「もう、全部出たわよ」。

     

    私は一瞬、耳を疑った。「もう、全部出たって、どーいうことですか?!」。周りには、同じように待ちぼうけ状態の人々が何人もいる。おいおい、こんなに待ってんのに、全部出たってどういうことよ。私はむかっとしながらも状況を把握しようとすると、どうやら乗り継ぎのシアトル空港で、積み込むはずのコンテナ一台がどっかにいったか、取り残されてしまったらしい。ああ、なんてこった。私の荷物はどこなのよ~っ!!よりによって、そう、あの時私は、そう、シアトル空港で「バゲッジ全部きちんと届いてすごいよなぁ」なんて、今までかつて思ったことのないことを考えていたのである。しかし、あれは、きっと、そう何かの知らせだったのだ。こんなことなら、感心なんかしなきゃよかった・・・。私はどよーんと凹み、「あぁ~、あたしの荷物がぁ~、せっかく作ったジャムが~。あぁ~、友へのお土産が~。着替えも化粧品もぜんぶなぁいよぉ~」とうなだれていたのである。なにせ、この私、長い人生、世界中あちこち飛び回っているが、ロストバゲッジは初めてなのである。あぁ、どうしてこんなにいい子なのに(←バカ)、こんなことになっちゃうのよ。私は憤りを覚えながらも、仕方なくすぐ横にあるカスタマーセンターのようなところに並び、見つかったら友の家まで運んでもらうよう、手続きをした。そして、「バッグの中に、何か目印になるものは入ってる?」と訊かれたので、やけになっていた私は、「瓶ビール2本と、ジャムの瓶がたくさんっ!!」と答えると、「それはわかりすいわね!」とスタッフに笑われた(もちろん、ビールは自分用ではなく、お土産用である)。とはいえ、私は真剣なのである。大概はその日中には届くというが、このまま届かなかったらどうしよう。私はどよんとした気持ちを抱えたまま、久々のロス滞在を迎える羽目になった。

     

    車で迎えに来てくれていた2人と一緒に、一路ロサンゼルス市内の友宅へ。飛行機ではほとんど眠れなかったこと、さらにはこの時点で体調が悪化していたこともあり、すぐに眠くなってしまう。友宅にお邪魔し、シャワーを浴びた時点で、頭がふらふらとし始めていた。ちょっとソファーで目をつむったら、完全に眠りに落ちてしまったほどである。さらに、目を覚ましたときには、自分がいったいどれほどの間眠りについていたかわからないくらいだった。しかし、このふかーい眠りで体もだいぶ楽になり、その後友とランチに出かけられるほどになっていた。いやはや、睡眠とは、かくもすごいものであるとは、驚きなのである。

     

    友の運転する車に乗り、サンタモニカ近くのベトナム料理レストランへと向かう。久々にあっさり味のベトナムフォーを食べて、体がシャキッとすっきりする。いやはや、アジアの料理って、なんかいいな。久々にアジアの味に触れて、ちょっと元気が戻ってくる。実に、いいチョイスであった。

     

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    その後、爽やかな青空の下ドライブを楽しみ、ビーチまで出たところで、お散歩とする。爽やかな風を受けながら、砂浜沿いを歩くのは、とても気持ちがいい。青い空とパームツリーが良く映えて、ついついシャッターを切ってしまう。時折ショップをのぞいたり、景色を眺めたり。ゆるゆるとして、いい時間である。

     

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    ジョギングをしたり、ビーチバレーをしたり、はたまたサイクリングをしたりという人がそこかしこに溢れる「これぞ、LA!」という雰囲気を楽しんでいると、ふと前からひとりの女の子がやってきた。息を切らして半泣き状態のその彼女。年は私たちとさして変わらないようである。一体全体どうしたのだろうと思っていると、彼女はこんなようなことを言ってきた。「お財布をなくしちゃって、ベニスビーチから歩いてきたの。電話もかけられなくてバスにも乗れなくて困っているんだど、できたら1ドル頂けないかしら」。私と友は一瞬顔を見合わせた。アメリカで歩いていると、何食わぬ顔で「バス代ないんだけど、クォーター(25セント)ちょうだい」とか言ってくる人が確かにいるのである。実際、外国人である私も、何度かこの手の声を掛けられたことがあり、大抵が、まぁ、ただ単にお金ほしさのサギっぽいのであるのだが、今回はどうも違いそうな感じがしてしまう。キャメロン・ディアスみたいなその可愛い女の子を前に、私は一瞬どうしようかと思ったのだが、かなりの距離を歩き、足を引きずっているような彼女を見過ごすこともできず、私はつい「1ドルでいいの?」と訊いてしまった。そしてお財布から1ドル紙幣を取り出し、彼女に「はい」と手渡した。すると、彼女は「本当にありがとう。神様のご加護がありますように」と手を合わせおじぎをし、そのまま急ぎ足で反対方向へと向かっていった。

     

    あまりに突然のことで、一瞬何がなんだかわからなくなった私たちだったが、冷静になってから色んな話をしはじめた。確かに、日本でも海外でも、こういったサギもどきの話はあるのである。実際、だまされそうになったこともあるし、本当にウソかどうか疑わしいものもある。その時々で対応は違うが、やはり、サギであればこちらは受け入れられないし、本当であれば助けたほうがいい。私の中で、今会った彼女は、おそらく本当に困っていたのだろうという結論に至ったのだ。もしも自分が同じ立場だったら、救いの手を誰かに求めていたかもしれない。そう思って素直に受け入れたのである。世の中、よく言うものである。「情けは、人の、ためならず」。世の中持ちつ持たれつなんだから、このくらいは当然のことだろう。「自分がしたことは、きっといつか、回りまわって自分に戻って来るんだよ」。そんなことを友と話していた。

     

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    ビーチでの散策を終え、車に乗り込み、今度は友御用達の日系スーパーへと向かう。日本の食べ物や雑貨が所狭しと並んでいるが、値段が倍近くして、一瞬びっくりしてしまう。うーむ、輸入するとこんなに高くなっちゃうってことは、普段買っている輸入もののお菓子やらはきっと相当ボラれているんだろうか、なんて不謹慎なことさえ思ってしまう。とは言え、お金うんぬんではなく、モノうんぬんなのだから、仕方ない。私は、日本価格の1.5倍近いお金を出して、日本の製薬会社の風邪薬を買った。そう、やはり、背に腹は変えられないし、アメリカの薬は経験上ちょっと怖いのである。下手すると、全身麻痺しちゃうしさ・・・。そう思い、ちょっとお高めの薬をようやくゲットした。これで、ちょっとは、安心なのである。

     

    その後、またしても友いきつけのスーパーマーケット。Trader Joe’sへと向かう。どうやら、オーガニック系の食品も多く、結構楽しいスーパーらしい。今までアメリカには何度も訪れている私だが、ここは初めてだ。店内をあちこち楽しく物色した後、ここでお土産用にいくつかの食品を買い、そしてお店オリジナルのおしゃれな買い物袋を買うことにした。普通のビニール袋だと持って帰れないが、これだとしっかりして機内持ち込みとして持って帰れると思ったのだ。値段も安いし、いい記念にもなる。そう思って、私は食品やらと買い物袋を購入し、満足して友と帰宅の途に着いた。

     

    家に着いたのち、お財布の中身を整理していると、ふとさっき訪れたスーパーのレシートに目が行った。買ったお菓子はいくらだっただろう。そんなことを思いながら眺めていると、不思議なことに気がついた。さっき買った買い物バッグが、レシートに記載されていないのである。「あれ?変だなぁ?」と思い、計算してみるが、やはりおかしい。もしや・・・?と思い、友に訊くと、「家からバッグ持ってきたと思われたんじゃない?」との答え。しかし、「でも、普通、値札ついていたら、それその場で切るんだけどね。変だねぇ」とも言う。確かに私は買うつもりで新しい買い物袋をレジに出したのに、どうやらそれは、「これに入れて」という意味でとられていたようなのだ。しかし、私は同時に思い出した。この買い物袋、値段が99セントだったのだ。Taxを入れても、きっと1ドル5セントくらいに違いない。私はそう思った瞬間、はっと気がついた。

     

    「あ、あのキャメロン・ディアス似の女の子に渡したの、1ドルだっ!」。

     

    そう、この2つが結びついているとは思いにくいのだが、確かに私は1ドルを見ず知らずの彼女にあげ、そして私はほぼ1ドルの価値のものを別の形で頂いてしまったのだ。しかも、こんなこと、滅多に起きる話でもない。もちろん、次の日お店に行って1ドル払ったほうがいいわけだが、それも大変なので、この1ドル分は他にいいことに使おうと思ったのである。いやはや、「情けは人のためならず」とは言ったが、まさかすぐにこんな形でリターンしてくるとは予想だにせず、世の中不思議なほどに良くできていると、しみじみ思い知ったのであった。

     

    その後、ありがたいことに、どこかへ行っていた私の荷物が突如無事に届けられた。中身を確認すると、まったく問題もない。これでほっと一安心である。それから、あれこれ友と話しながら買ってきたばかりの薬を飲み、ふとソファーに横になると、途端に意識が消えていった。目を覚ましたときには、2時間近くの時が完全に過ぎていた。自分でも何が起きたかわからないほどだったが、体を起こすと全ての感覚がぐわんぐわんとし、頭も意識も朦朧としていたのである。私は自分自身の体に何が起こっているかさえもよくわからなかったが、しばらくして、飲んだ薬のせいだということを理解しはじめた。よりによって、よりによって、である。そう、私は、成分が強すぎて恐ろしいアメリカ製の薬を避け、日本製の風邪薬をあえて飲んだというにもかかわらず、とんでもなく強すぎて、完全に麻痺状態に陥ってしまったのだ。私は、使用上の注意をもう一度よく読み、用量を確かめたのだが、確かに何も間違ってはいなかった。ただし、おそらくそれは、日本人仕様ではなく、アメリカ人仕様の薬として売られていたのかもしれない。明らかに、どう考えても、強すぎるのである。私は、いきなり大人一人分の量の薬を飲んでしまったことをえらく反省すると同時に、自分の体がいかに小さいかを痛感した。まぁ、日本人女子だから、仕方ないのだが。

     

     

    その後、友お手製のお夕飯を美味しく頂き、12時頃早めにベッドに入ることにする。

     

    明日は念願のディズニーランドだというのに、果たして私は大丈夫なのだろうか。

     

     

    クラクラ、ふらふらしたままの頭と心でそんなことを考えながら、ロスの夜が過ぎていく。

     

     

     

     

    October, 2007

    アラスカ旅日記 ~5th day  大自然アラスカの中で ~

     

    2007/9/26

     

    8時。今日もいつものように、21頭のアラスカンハスキーたちに朝ごはんをあげることから、1日が始まる。昨日よりも気温は低くないようで、外で遊んでいてもそれほど寒さが気にならない。みんなにご飯をあげて、クリーニングをしたのち、今度は自分の朝ごはんかと思いきや、その前に他の子にも朝ごはんをあげることにする。お相手は、犬でもなく猫でもなく、空を飛んでいる鳥である。家のすぐ回りは森であり、その中で暮らしている鳥がご飯の時間になると、やってくるのだという。私は、鳥にえさをやるというのはどうやってやるのかと不思議に思っていたのだが、鳥小屋にえさを置いてあげるのではなく、手のひらに鳥のえさ、例えばひまわりの種などを置いて、ただ待っているだけだという。そうすると、勝手に鳥さん自身がひゅーんと富んできて、手の上ちょこんと乗って、食べるのだという。

     

    私も半信半疑ながら言われたように手にえさを乗せ、ただじっと待っていた。しばらくは鳥の声さえ聞こえていなかったが、少しするとあっちからこっちから数羽の鳥がやってきて、木の上から私の様子を眺めている。さて、この子達はどうやって私のところまでやってくるのだろうと思っていると、突如、急滑降した鳥が見事なコントロールで私の手の上に現れたのだ。それはそれは、見事な飛行で、私は心底驚いた。どんなところからでも確実に私の手のひらにちょこんと乗るのである。しかし、手のひらをまっすぐにせず、ちょっとでもグーにしていると、鳥は直前で危ないことを察知してか、方向転換して逃げてしまう。はたまた、他の鳥とぶつかりそうになると、どちらかが急遽地面に降りたりして、一羽がいなくなるまでじっと待っていたりする。そして消えると、ぴょんとジャンプして私の手にやってくるのである。彼らは口いっぱいに餌をほうばれるだけほうばり、一度巣や木に戻ってえさを隠し、そしてまたえさをもらいに戻ってくる。つまり、しばらく何度も飛行を繰り返すというわけである。

     

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    小さな鳥たちが翼を広げ、ひゅーんとやってきては、私の手のひらにちょこんと乗り、さらにくちばしでえさをつつき、口に運び、そしてまたばっと翼を広げて木に向かって羽ばたいていく。そんな鳥の動きを、私はものすごい近いところ、というよりも、手のひらの皮膚の感覚をフルに使って感じていた。何より、手から去っていく特の、足の跳躍の力がすごい。こんな小さな鳥が大きな森の中で生きていくには、やはり己の持つ力が必要なのだろう。そんなことを、何度も繰り返される営みの中で、私はしみじみと感じていた。いまだ感じたことのない、自然の、動物の、鳥の生命力のようなものを、まじまじと感じざるを得なかった。

     

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    鳥さんたちに朝ごはんをあげたあと、私はママPat特製のフレンチトーストなどをほお張り、満腹で眠くなっていた。その後、今日のアクテビティーは何をしたいかと聞かれたので、今日もゆるゆる気分の私は、「うーん犬と散歩」と答え、森の中を散策しにでかけることにした。

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    今日一緒だった犬は、21頭中の2頭で、子犬の頃からかわいがっていた子たちである。しかも、そのうちの1頭は、信じられないくらい小心者で怖がりの男の子。とは言え、私にはそんなことをおくびにも出さず、とってもよくなついてくれるかわいい子なのだが、どうやら私にだけは特別らしい。しかし、私が普通のビニール袋を手に持っているときは、こっちを警戒して近づこうとしなかったので、やっぱり本来は小心者な子なのだろう。そんな2頭を外に離し、森の中の散歩に出かける。冬を目前に控えたフェアバンクスの森は、すでに葉も落ち、少しさびしげではある。しかし、地面には様々な種類の苔がむし、実にふわふわして気持ちがいい。地面を踏むたびに、落ち葉のカサカサした感じや、コケのふわふわした感じが足を伝わってくる。コケのフレッシュな香りがときおり広がって、実に爽やかないい気分である。

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    このあたりの森には、Black Spruce/クロトウヒAspen/ポプラBirch/白樺Willow/ヤナギ, Cottonwood/ハコヤナギDogwood/ハナミズキなどが育っている。もちろん、アラスカのかなりの地域では山火事が頻繁に起きているので、原生林や自然林というのは少ないだろうし、ここの森も二次林になるのだろうとは思う。しかし、様々な種類がそれでも残って共生しているし、色んな木を眺めながら犬たちと歩くのはとても楽しい。

     

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    アラスカで教わったことは、実に数多くある。中でもいまだに忘れられないのは、5年前初めてここを訪れた際、マイナス35度くらいの森の中でPatから教わったことだ。私たちはスノーモービルに乗ってひたすら北のほうへ向かっていたのだが、途中、暖を取るために止まり、比較的木々が開けたところで焚き火を起こしていた。雪を溶かしてお湯を沸かし、そして熱々のホットチョコレートをふぅふぅ言いながら、飲んでいたのである。そんな時、私は実に面白い話を聞いた。周りはWillowつまり、ヤナギの木々が多かったのだが、それらはまるで死んだような木だったのである。PatはあるWillowの木々に近づき、その「Dead tree」の細い枝を一本折って、私に見せてくれた。それは硬く、乾燥しており、もう何にもこれから成長しないように思えた。しかし、Patはこんなことを教えてくれた。

     

    Willowの木は、こうやって冬になると乾燥して死んだように見えるけれど、ムース(ヘラジカ)にとっては大切な食料で、Willowの枝先のやわらかいところや、芽を食べたりするの。そうやってムースは厳しい冬を越して春を迎えて、一方のWillowは、ムースに食べられたおかげでそこからまた枝を伸ばして成長していくの。だからムースとWillowは共生しているのよ」。

     

    私はこれを聞いたとき、ものすごい衝撃が頭の中に走っていた。こんな極寒の土地で、ムースとWillowが一緒に生きているのを感じたのだ。ムースは、Willowがなければ生きていけないし、Willowもムースがいなければ育たないのである。お互いがお互いを必要とし、支え、生きている。そんなことをまじまじと感じさせられたのは、その時が正直、私の人生で初めてだったのだ。世の中には、実に巧妙にできた生態系のシステムが数え切れないほどにある。アラスカのクマだって、数々のベリーや木の実を食べて生きているが、その食べられた植物もクマに食べられて、排泄物から種子などが散布されるからこそ、あっちこっちに生息できているわけである。蝶だって、花から栄養を採り、そのおかげで花の受粉が始まったりするわけである。木の実や種子でも、ただ単に地面に落ちただけでは発芽せず、一度動物や昆虫に食べられて排出されないと、発芽しないというものまである。世の中は、どうしてこんなにもうまく、巧妙に、そして繊細にできているのであろう。信じられないくらいの動物や植物が一緒に生きて、うまく共生しているのは、どんなプログラムが組み込まれているからなのだろう。一体全体、誰か何がそんな巧妙なシステムを生み出したのだろう。そんなことを、私はアラスカに来るたびに、深く深く思ってしまう。だからこそ、自然は偉大であり、そしてまた同時に畏敬の念を覚えてしまうのだ。

     

    かわいい2匹の犬と森の中を散策していると、不思議な山を発見した。茶色いものがなにやら積まれている不思議な山である。近づいてよく見てみると、どうやらそれは、リスの作ったものであるらしい。アラスカにはリスが多く生息しているが、彼らはSpruce:/トウヒの種子を良く食べている。松ぼっくりのような感じのトウヒの実/corn だが、殻の部分は硬いので、リスはその中の種子だけをうまく取って、殻の部分はすべて捨てるらしいのだ。そして、これらの残骸ともいえる殻が地面に山積みにされていたわけである。あまりの量に、私は心底驚いた。あんなに小さな体のリスが、一体全体何匹でどれくらいの時間をかけて、この山を作ったのだろうか。やはり、自然から学ぶことは、多いのである。小さな生命体に驚きを隠せない私なのであった。

     

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     約二時間のお散歩の後、家に戻り、2匹の犬にはご褒美のおやつをあげる。人見知りするという男の子なのに、私にはべったりなついて本当に不思議だが、そこがまた可愛らしい。しばらく犬の写真をとったりしたのち、ゆるゆると時間を過ごすことにする。

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    午後過ぎ。大きな窓から外をぼーっと眺めながらうとうとしていると、Patから声がかかる。昨日採ったクランベリーをジャムにしようというのである。それは実に楽しい時間であった。自分でとったワイルドクランベリーを自分でジャムにするなんて。人生ではじめての経験である。クランベリーにバナナを組み合わせるというちょっと珍しいレシピを教えてもらったというので、Patと二人でキッチンに立つ。爽やかなクランベリーの香りと、甘く芳醇なバナナの香りがマッチして、実に甘美な感じである。おなべをかき回し続け、およそ1時間で、ジャムは完成。密閉のビンに摘めてできあがりだが、ちょっと舐めてみると、それはそれはそれはもう、人生でこんなに美味しいジャムは食べたことがありませんというほどに、究極美味しいのである。私はあまりの美味しさに度肝を抜かれてしまった。「こんなに美味しいジャム、食べたこと無いっ!!!」と叫ぶと、PatEdも大笑いしているが、本当に美味しいのである。しかも、作ったジャムは全部持って帰っていいというので、一度は遠慮したが、結局頂くことにした。「誰にあげるの~?」と訊かれたので、「えっと、家と友達と、あとオフィスでしょ~」と言うと、「上司に食べさせれば、もっと休みがとれるかもよ」とジョークが飛んできた。たしかに、それはそれで有効手段かもしれないが、それはもったいないのでやめておこうと返してみた。美味しいジャムは、人生をこれほどまでに豊かにしてくれるとは、なんだか嬉しい発見なのであった。

     

    ジャムを作った後、またしてもリビングでお茶を飲みながら、ゆっくりと時間を過ごす。フェアバンクスを離れる時間がすぐそこに迫っているかと思うと、なんだかちょっとさみしい感じである。やはり、2泊しかない滞在は、ちょっと短すぎるのだろう。せめて1ヵ所に3泊はしないと、もったいないなと思ってしまう。

     

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    その後、夕方になり、犬たちに最後のごはんをあげることにする。よくなついている犬と離れるのは、やはり悲しい。一匹一匹なでたり、ハグをしたりするが、みんなこぞって、「アヤノ、遊んでっ!!!こっちきてっ!!!遊んでってば~!!」とジャンプしたり、どかっと突撃してきたり、はたまた離れようとすると手を甘がみして捕まえようとしたりするのである。うぅ、なんてかわいい子たちなのだろう。今度会えるのはいつのことだろう、なんて思いながらしばらく犬から離れられないのであった。

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    夜、3人でテーブルを囲み、夕食を美味しく頂く。焼きたてののマフィンに作りたてのクランベリージャムをのせて食べられるという幸せを感じてしまう。美味しいものが食べられるのは、本当にありがたいことである。そんなことをしみじみと思ってしまう。

     

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    夕食後しばらくしてから、身支度を整えるために自分のキャビンへと戻る。フェアバンクスを離れるのは、大抵夜が多い。フェアバンクスからシアトルまでの直行便が真夜中にあるからだ。できる限り滞在時間を長くしようと思うと、いつも真夜中のフライトとなってしまう。たくさんもらったジャムをバッグに詰めながら、あっという間に過ぎていく時間を振り返ると、なんだかちょっとさみしくもなる。すべての荷物を詰めこみ、2日間お世話になった自分のキャビンに頭を下げて、ドアを閉める。

     

    夜の10時ごろ、PatEdと車に乗り込み、一路フェアバンクスの空港へと向かう。外の気温は5度くらいであり、かなり冷え込みも厳しい。次はいつに来られるだろう、そんなことを話しながら1時間弱のドライブが続く。途中、お気に入りのスーパーマーケットSafewayによってもらい、お土産や雑貨を買った後、空港へ。チェックインを済ませた頃には、時刻は11時半ごろを迎えていた。PatEdにお礼を告げ、また来ることを約束し、ハグをしてお別れする。今度来るのはいつのことだろう。

     

    遅くまで開いている空港内唯一のギフトショップで買い物をしたのち、深夜1時半のフライトに乗り込む。ここに来て咳がひどくなり、スーパーで買っておいたHallsののど飴(日本のとはぜんぜん違う)が手放せなくなってしまう。やはり、前日、雪の中で冷えたのだろうか。これから向かう先は、シアトル経由ロサンゼルス。普段であればシアトル経由成田行きだが、今回はロスにも寄ることになっているのだ。

     

    日本から風邪薬を持ってこなかったことを少し後悔しながらも、飛行機の中で目をつむる。楽しかったアラスカを思いながら、1日が終わっていく。