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January, 2008 食べるということ
2008/1/26
お昼過ぎ。母と5歳姪っ子と一緒に出かけた教会にて。
クリスチャンではない私だが、月に一、二度は教会に足を運んでいる。そんないつものような土曜日。礼拝が終わり、みなでお昼ご飯となる。大抵ここでは、教会に来ている人たちがそれぞれご飯やおかず、デザートなど好きなものを1皿くらい持ち寄り、ビュッフェスタイルのようにお食事を頂くことになっている。
今日もそんな、色々な手料理を姪っ子と食べ始めると、彼女はいきなりこんなことを私に訊いてきた。
「この子は、生きてたの~?」
何かと思うと、彼女はお皿の上にある野菜などを指差して、それが生きていたかどうかを私に聞いてきたのである。突然投げかけられた問いに、私は一瞬びっくりしたが、彼女はまたすぐさまこんなことを訊いてきた。
「これはお肉だから、生きてないの~?」
正確に言えば、彼女が指差していたのはお肉ではなく大豆食品だったのだが、姪っ子の言う「生きているの?」にどうやって答えればいいのか、私は一瞬言葉に詰まってしまった。
しかし、こんなことを5歳の子が自ら聞いてくるのだから、このタイミングは極めて大事な瞬間なのだろう。
私はそう思い、こう答えてみた。
「ここにあるのは全部、生きてたんだよ。お野菜もご飯も、このりんごも、全部生きてたの。」
すると彼女はさらにこう訊き返してきた。
「じゃあ、今は死んじゃってるの~?」
食べ物を目の前に、それが「生きている」か、「死んでいるか」という概念は実に難しい。野菜もお米も果物も、そしてお菓子の原料だって、もとはと言えば大地に根付いて生きているし、魚だって肉だって、もともと命をもって生きているものだ。しかし、すでに火を通され、形を変えられている食べ物を前に、それらが生きているか、それとも死んでいるかと言うのは、実に実に難しい。一歩間違えれば、「食べる」という、生きていく上で最も重要なことに、誤った解釈をもたせてしまう恐れだってある。
そこで私は少し考えてこんな風に答えることにした。
「この子たちはみーんな生きているけど、今は違う形になってるの。食べて体の中に入ると、元気のもとになるんだよ。だからちゃんと残さないで食べないとね」
答えを聞いた彼女は、なんとなく納得したような顔をしながら、美味しそうにまたご飯を食べ始めた。
私の答えは合っていたのだろうか。それとも間違っていたのだろうか。
そんなことよりも、毎日のご飯にしっかりと感謝できるような、そんな子に育ってほしい。
ふと、心の中で思っていた。
January, 2008 真夜中の違和感
2008/1/25
真夜中、ふとテレビを見たら温暖化問題がとりあげられていた。こんな時間になんだろうと思ってよく見ると、テレビ朝日名物とも言える真夜中の討論番組である。私はこの番組が昔から苦手なのだが、テーマがテーマと言うこともありちょっとの間テレビの前から離れなかった。
しかし、見ているうちに気分が悪くなってきた。私の具合が悪いと言うわけではない。番組を見ていたら、気分が変になってきたのである。やはり、私の波長とは何かが合わないのであろう。
そして私は同時にこうも思ったのである。朝方まで延々と繰り返される討論をひたすらだらだらと流すよりも、きっちりと短い時間におさめて放映したほうが、番組を見たい視聴者サイドからすれば、ずっとエコである。つまり、テレビを見るのに必要とする電力がもっとずっと少ないのではないかと。もちろん、編集した段階で、意図的に内容が歪められる可能性は否定できないが。
私はそのままテレビを消し、ベッドにもぐることにした。
環境問題の本末転倒ぶりに、疑問を覚えることが増え続けている今日この頃。
臨界点
2008/1/24
それは、思いもよらぬ瞬間だった。気がつかないところで、私は自分の中の臨界点を越えてしまっていた。本当に気がついていなかったのか、それとも、ただ単に気がつかないふりをしていたのか。それは自分自身でもよくわからない。とは言え、すでに、ありとあらゆるものが自分の限界を超えていたのだろう。ちょっとした瞬間に、全てが一気に爆発したのである。まるで、パンパンに膨らんだ風船が、ふとした圧力で破裂してしまうように。
取り立てて外見からは変化の見えない心には、実はものすごい負荷がかかっていたらしい。ストレス、苦痛、我慢、そして憤り。ある瞬間、そんなものが、一気にとめどなくあふれ出し、爆発し、そしてどこへとなく消えさっていった。そんな負の思いは、今までどこに隠れていたのだろう。どこかへぎゅっと押しやって、見えないところに隠していたのか。それとも、ありとあらゆるところにばら撒いて、見えないふりをしていたのだろうか。
自分自身でも気がつかないそんな負の思いたちが一気にあふれ出し、自分でさえコントロールができなくなっていた。正常に戻るまでには、約2日の時間が、ただ私には必要だった。
世の中で一番強くて一番弱いのは、もしかしたら人間の心なのかもしれない。
幸せな時間
2008/1/23
夜8時半過ぎ。仕事を片付け急ぎ足で日本橋へと向かう。訪れた先、それは昨晩と同じ店。私がこよなく愛する日本橋の和食処だ。2日連続で? そう思っても無理はない。しかし、今夜は私にとって特別なのだ。そう、この店で頂く、最後の食事なのである。
私の愛するこの店が、近々閉店すると耳にしたのはつい1週間ほど前のことだった。突然降って沸いた様な出来事に、私は正直わが耳を疑った。何せ、店をたたむ理由など、どこにも思い当たらないからだ。とは言え、決まったことはすでに事実。もう間もなく無くなってしまう店をしのぶような気持ちで、私は今宵の予約を急遽お願いした。少しでも長く、大好きな店を味わっていたかった。
後輩を連れ、二晩目の夕食を楽しむことにする。お刺身やサラダ、出汁巻き卵に小鍋料理。昨晩といささか似たようなセレクションだが、どれもこれも、しっかりと旨い。この店が素晴らしいのは、抜群に魚が旨いこと。そして、出汁が極めて上品で奥深いこと、そして何を頂いても安定して美味しく、さらには食器にも盛り付けにも手がこめられ、総合的にコストパフォーマンスが高いことである。日本橋にあるため、サラリーマンがほとんどという客層の中で、私はある種異色の存在であったに違いないのだが、私はそれでもこの店と空間と、ここのお料理が大好きだった。通い始めて3年ほどだが、ここの店ほどに私を幸せにしてくれる和食の店などなく、私にとっては、「日常の中のハレ」というある種特別な店であったのだ。これまで何人の人を、この店に連れてきて、そして一緒に美味しい幸せを味わったことだろう。店がなくなると聞き、あまりのショックにへこんだが、この店は支店であるため、これからはすぐ近くにある本店に足を運ぶようにしよう、そう思うことにした。
ここのお料理を口にするたび、すっと胃にフィットして、じんわりと食材の持つ美味しさとパワーが体中に広がるような、そんな新鮮な感覚を私はいつも覚えていた。どれを頂いても、体と心が心底喜ぶようなお料理ばかりだった。魚の美味しさを教えてくれたのも、日本食が奥深く繊細で素晴らしい料理だということを教えてくれたのも、私にとってはこの店に他ならない。そんな大好きな店がなくなるのは実に実に悲しいが、そんな幸せな大人としての時間を、閉店前に数年間味わえたのだから、それはそれで幸せなことだったのだろうと今は思っている。
幸せな時間をたくさん頂いたことに、今は、ただ、感謝である。美味しいお魚、美味しいお野菜、美味しいお出汁に美味しい時間。
お世話になった、いとはん日本橋店のみなさまに、心から感謝。
January, 2008 鱈を知る
2008/1/22
夜8時ごろ。大好きな日本橋の和食処へと向かう。訪れたのは約2ヶ月ぶり。バタバタしており足が遠のいてたが、久しぶりに味わうお料理に胸が高鳴ってしまう。
友と合流後、いつものようにお造り盛り合わせや出汁巻き卵、小鍋料理などをオーダー。特筆すべきのは、今日のお造りだ。なんと今日は「鱈」のお刺身がある。ぱっと見たところ、真っ白の刺身で「これは、真鯛?」と訊いてしまったほどだが、実際には美しくも見事な鱈であった。店員さんも「鱈の刺身を出すのは珍しくて」というくらいだし、私も鱈を生で頂くなんておそらく生まれてはじめてだ。どうやら、相当新鮮な鱈でなければ、生食というのは出来ないらしい。
焼き物や鍋物など、火を通した姿でしかお目にかからない鱈だが、口に入れた瞬間、思わず度肝を抜かれてしまう。食感は鯛のような感じだが、噛みはじめるとまるで甘エビのようなとろっとした甘みと香りが口の中に広がり、鱈とは思えないような代物なのである。そのすさまじい鱈の力に、私は友とひれ伏し、「ひぃ~、鱈ってこんなに美味しかったのぉ~?!?!」と正直脱帽してしまった。
とは言え、鱈のすごさは生の刺身だけではなかった。鱈と豆腐、そしてネギを出汁で煮込んだ小鍋料理で、私たちはまたしても鱈の奥深さを知ったのである。軽く火を通され、ぷりっとしたその鱈は、生とは違った品のある甘み、そしてほろっとやわらかくほぐれる触感がこれまた絶品で、「恐るべし、鱈様!」と感服するしかなかったのである。鱈というと、若干パサパサしたイメージが強かったのだが、私たちは一瞬で鱈の持つとんでもない力を知ることになった。
「魚」に「雪」と書いて「鱈」。まさしく、雪の降る時期に、鱈は一番美味しい姿で私たちの前に現れてくれた。
「鱈様、今まで誤解していてごめんなさい。」
そんなことを思いながら、美味しいお魚を食べられる幸せを、私たちは体中で噛み締めていたのであった。
遠のいたお稽古
2008/1/21
月曜日は、なぜだかいつも慌しい。週明けということもありやることが多く、気がつくといつも夜7時、8時を簡単に迎えている。
以前、月曜8時と言えば、私の中ではヨガの時間だった。毎週とはいかなかったが、月に2回か3回はジムでのヨガのレッスンに出ていたのである。といっても、それはもうだいぶ過去の話だ。仕事が忙しくて時間が取れない上、昨年の秋に好きだったインストラクターが変わってしまったこともあり、私のヨガへの道はますます遠のいている。気がつけばもう2ヶ月近く、ジムへ足を運んでいない。それでも毎月会費がしっかりとひき下ろされているので、もったいないことこの上ないのだが、時間がないこと、さらには体調が思わしくないことも重なり、毎週毎週ずるずると行けない日々が続いている。
「何か最近変だなぁ」。たまにそう思うときがある。別にしょっちゅう思うわけではなく、1年に1度か2度、ふっと思う程度の話だ。何が変なのかと言うと、大概答えは「お稽古」にある。「変」と言うよりは、「足りない」という感覚に陥るのだ。そう、今私は何にもお稽古をしていない。ヨガもしていなければ、その他にもしていない。
私が何のお稽古もしていない時間というのは、28年の人生の中でもあまり多くない。最初に習った書道は、6歳から10年間くらい続けていた。ピアノはたしか8歳くらいから10年間。バイオリンは結局全然ものにならなかったが、11歳くらいから断続的に4年か5年。その後は大学に入ってからの日本舞踊だ。こちらもしょっちゅう休んでいるので、合計しても5年かそこいらだが、社会人になってもたまに戻りつつお稽古や発表会を続けていた。お稽古とはいえないかもしれないが、英語は幼稚園からやっていたし、社会人になってからはジムでヨガも習っていた。つまり、本業以外で、何かしら習ったり、体を動かしているような時間がたいていあったのである。そんな性分だからか、私は仕事ばっかりしていると、ふっとこう思う瞬間がある。「なんか、足りない」。そして大抵その答えを探ると、「何にもお稽古をしていない」ということになるのだが、つい最近もそんな感覚に突然陥ってしまった。
こんな感覚に陥ると、私はなんだか心がすさんだような、心が貧しくなったような気がしてしまう。本を読んだり、出かけたりすればいいのかもしれないが、やはり何かを体で学ぶというのは、全く別の楽しみや喜びなのだ。去年は半年くらいオフィスでお花を活けていたので、フラワーアレンジメントもどきの楽しみがあったが、今はそれもなくなり、特に何か芸術的なことやスポーツ的なことにも触れていない。心が貧しくなったとしても、それはある意味自然なことであるかもしれないのだ。
とりあえず、様々なお稽古をいきなり復活させることは難しいので、出来ることからやるしかないかと自分を奮い立たせてみることにした。まずは、ずっと通えていないジムに戻る。それくらいからはじめてみる。
そうすればそのうち、体力も戻るだろう。そんなことを考えながら。
January, 2008 リュックのこと
2008/1/20
前夜横浜で1泊した私は、重たいキャリーケースを引っ張りながら、家に帰ろうとしていた。本当は、横浜駅周辺でふらふらしながら買い物でもしようかと思ったのだが、そんな気力もすぐになくなってしまっていた。とにもかくにも、荷物が重いのだ。いや、荷物自体が重いと言うだけではない。原因は、荷物の重さよりも、私の体力にある。とにかく、力がなさすぎて重くて持てないのである。以前であればさほどつらいとも思わなかったはずなのに、今や信じられないくらいに体力がなくなっている。
こんなことをはっきりと感じ始めたのは、やはり体調を崩して筋肉が落ち始めてからだ。しかも、情けないことに、普段持ち歩いているバッグでさえも、妙に重くてひどく疲れるようになってしまっている。別にカバンの中身が特段何か増えたわけではない。前とおんなじバッグで、おんなじ容量しか入っていないにもかかわらず、なのである。手で下げるタイプのバッグに、財布、携帯、ポーチ、ウォークマン、手帳、パソコン、タンブラーなどを入れているだけで、別に重い本も書類も何もないのだが、どういうわけか妙に重く感じている。そんなことから、私は最近ついにこう思い始めてしまった。そう、「リュックがほしい」である。私の持っているリュックといえば、年季の入った吉田カバンのごつめのものであり、これを普段使うことはまずもってない。とは言え、ブランドものにたまにありそうな華奢なリュックじゃ何にも荷物が入らないし、社会人が適度に持てるリュックはないものかと、最近電車に乗るたびに、キョロキョロ女性のカバンを見てしまうようになった。が、当たり前だが、いないのである。たまにスーツ姿にバッグパックというのはいるが、女性でいるのは大抵ラフな格好の学生さんとかである。ある意味私は、サマンサタバサのような女の子らしさ全開のバッグの対極を探しているのだろう。もう、オトナの年齢にもかかわらず。でも、やっぱり、機能的にもデザイン的にも素晴らしいリュックがあったら、普段どんなに楽だろうと思ってしまうのである。
やっぱり、病んでいるのか、弱っているのか。いや、どこかにステキなリュックはないものか。
January, 2008 宮脇先生とともに
2008/1/19
お昼前、荷物を持って一路横浜方面へ。今日は宮脇昭先生や植樹の仲間との新年会を兼ねた集まりである。日頃からお世話になる様々な方ともお会いし、大所帯で数時間わいわいと過ごす。
もうすぐ80歳を迎えるという宮脇先生だが、今日もお元気そうでほっと一安心。とはいえ、信じられないくらい先のスケジュールまでびっちりと詰まっている先生は、今年も凄まじいスピードで、狂気的な情熱を抱えたまま、きっとずっと走り続けるのだろう。
今年はどれだけ、そんな先生のお役に立つことができるだろう。
ふっと、そんなことを感じていた。
今年も、緑多き、実り多き1年になりますよう。
宮脇昭先生講演会情報(2月10日/横浜)
2008/1/18
今日は宮脇昭先生(横浜国立大学名教授)の講演会情報をアップいたします☆ どなたでも参加できる一般公開です。ご興味ある方は、ぜひお申し込みください(私ももちろん、参る予定です)。
~IGES-国際生態学センター ・ 毎日新聞共催 市民環境フォーラム「あすを植える」-確実な未来へのメッセージ ~
【日時】 平成20 年2 月10 日(日) 13 時00 分~16 時30 分 【場所】 パシフィコ横浜国際会議場小ホール(5階) 【費用】 無料(事前登録が必要です) 【定員】 400名
詳細&お申し込みは、こちらのホームページからご覧ください。 http://www.jise.or.jp/info/jise_forum2008.pdf
January, 2008 消えた「松下」の名
2008/1/17
2008年に入り、一番私が驚いたこと。それは、やはり松下電器の社名変更のニュースであった。日経新聞の夕刊トップにこの見出しを見たときには、思わず我が目を疑い、そのままじぃーっと新聞を見つめてしまったほどだ。これほどまでに企業のニュースで驚いたのは、2003年にエニックスとスクウェアが合併して、スクウェア・エニックスが生まれたとき以来かもしれない。なにせ、私の大好きなドラクエと、私のもっとも苦手とするファイナルファンタジーが一緒になると知ったときの驚きは計り知れないほどだった。
さて、話を元に戻そう。私がこの松下電器の社名変更のニュースに人一倍反応したのには、もちろんわけがある。そう、それは、私が生粋の松下電器大好き人間であるからだ。物心が着いたころから、私の家にある家電製品は、すべてと言っていいほどにNationalブランドの製品だった。テレビ、ビデオ、冷蔵庫、食器洗い機、掃除機、洗濯機、乾燥機、ドライヤーにカセットデッキ。目にする、手にする電化製品は、松下の製品ばかりだったのだ。幼い頃は親に連れられて、「街の電気屋さん」とでもいう、Nationalショップによく行ったものである。大きなテレビや、からの冷蔵庫など、家電製品の中ではしゃいでいたのを懐かしくも思い出す。中学生頃からは、自分自身でもオーディオやウォークマン(ウォークマンはSONY製の呼び名であるため、ただしくは、ポータブルプレーヤーか?)などを持つようになり、中学生の分際で、恐ろしくも値の張るCDオーディオデッキを大金はたいて買いもとめたりもした。素晴らしいスピーカーを備えたそのデッキは、いまだ衰えることもなく、あいも変わらずいい音色を奏で続けている。ただ一度、尋常でないほどに長年使いすぎたためにCDのレンズか何かを交換したことがあったが、それ以外は、壊れることもなく気がつけば人生の半分近くも一緒に時間を過ごしている。オーディオ以外にも、様々な松下製の電化製品を愛用してきたが、やはりそのクオリティーはいつも信頼できるし、安心して買うことが出来ると思っている。もちろん、その反面、値段が安くない上に、量販店でも大幅な値下げがされないということもあるのだが、やっぱり、壊れないというのは抜群の強みだと思う。いいものを、長く使う。そんなスタンスが、私はやっぱり好きなのだ。
世界最小、最軽量というフレーズがよく似合うPanasonicブランド、そしてすっかりエコ家電のイメージが定着したNationalブランドが統合され、これからは「松下電器」ではなく「Panasonic」の社名のもと、「Panasonic」ブランドとして展開されるのは、やっぱりなんとなく、どことなくさみしい気がしている。創業者松下氏の哲学を、私はちっとも理解していないだろうが、やっぱり長年なじんできた社名が、新しい「Panasonic」に変わるのは、ちょっとだけ切ない感じもしてしまう。
社名の変更が、これからますます素晴らしい電化製品を生み出し続けてくれる第一歩であればいいな。
そんなことをごくごく庶民の私は静かにひとりで思っているのであった。
January, 2008 体が変わった、味覚も変わった。
2008/1/16
1月も後半に突入しているが、私の体の調子はまだまだ100%快調と言えるまでには程遠く、毎日どこかしらがなんだか変な感じというのがずっと続いている。そう、12月末に体調を大きく崩してからというもの。
一番の影響は、やはり胃腸である。信じられないことに、年末に熱を出し完全にダウンしたことで、私の胃はものすごく変わってしまった。いや、いい変化といえば、いい変化なのだが、胃が以前よりもだいぶ小さくなったのか、食事量がかなり減ったのだ。つまり、摂取カロリーがかなり抑えられているのである。しかも、油もの、味の濃いもの、こってりしたものはほとんど受け付けない。もう平気かと思って、久々に揚げ物のコロッケを1つ食べたら、すぐに胃が変になったくらいだ。香辛料の強いエスニック料理も食べられないし、大好きだったクリーム系のパスタや、グラタンなども、考えただけで胃が変になる。お肉料理はもともとほとんど口にしないが、ますますその傾向が強くなった。お魚は今でも大好きだが、焼き魚のちょっとした油にも胃が敏感に反応するようになった。いまでは、ほとんど野菜もの、しかも、ごくごくシンプルな味の和食ばかり食べている。そして、白米とおかず、お味噌汁という実にベーシックな組み合わせが最高に美味しく感じてしまっている。さらには、ご飯だけではなく、私にはなくてはならない「デザート」までにも異変が生じている。お店に行ったら、それがたとえ居酒屋であっても、真っ先に「デザート」のページをチェックし、一番最初からオーダーするような子だったのに、今では、飲み屋であれ、そしてカフェであれ、ケーキもプリンもアイスもあんまり興味がなくなった。一緒に食事やお茶をした友に、その異変を指摘されるまで自分でも気がつかなかったのだが。しかも、恐ろしいほどまでに大好きだったサンマルクカフェのチョコクロも、全然食べたいと思わなくなった。そのかわりなのか、粉系のお菓子、たとえば、パウンドケーキやマドレーヌなどのシンプルな焼き菓子ほどそそられるようになっている。リッチなクリームやチョコレートよりも、ごくごくシンプルなお菓子に移っていったのである。
恐るべし、胃の変化、人体の変化。たった5日ほど、プチ断食みたいなことを経験したら、これほどまでに胃と味覚が変わってしまったのだから。おかげで、体重も落ちたし、食べる量も以前の3分の2で十分と言う具合である。とは言え、体重も筋肉も落ちたので、体力が以前にも増してものすごくなくなった。20分歩いただけでふらふらするという有様である。やはり、エネルギーが足りないのか、それとも体調がまだ回復していないのか。しかし、その一方で、やっぱりもっともっと細くなりたいし、顔もちっちゃくなりたいし、この機会を逃したら、一生細くなれないぞなんていう、乙女ごころも持っている私なのであった。ま、もう、28歳なんだけど。
連休明け
2008/1/15
三連休明けの平日、火曜。オフィスに到着し、デスクに着いた途端、なんだか妙な感覚を覚える。そう、休みボケというか、なんというか、何をするか全てが吹っ飛んでしまっていたのである。私は基本的に、仕事でもプライベートでも、やるべきことは紙に書いたり、メールの下書きに保存しといたり、はたまた携帯のメモに入れといたりと、文字にして目に見えるように常にしておくのだが、休みボケのときほど、これが助かるときはない。机に置いておいた走り書きのメモを一目見ただけで、「はっ!そうだったぁ!」と一瞬にして仕事モードに切り替わるのだから。とは言え、私はこうも思う。3日間しかオフィスを離れていないにもかかわらず、「ぼけ~っ」として記憶が飛んでいたということは、それだけ休みの日に頭と心を完全に仕事から切り離していたということだ。
これからの休日もそんな風に過ごしてみたいなぁとしみじみ思う今日この頃。ま、どうなるかはわからないけれど。
January, 2008 休日ランチ
2008/1/14
3連休の最終日、ものすごく寒いなか一路東京駅へ。丸ビルに向かい、仲間と合流したところで和食のランチを取る。体が本調子でないので油ものや味の強いものなどが食べられないのだが、今日のランチは胃にも心にもやさしい和定食。炊き立て白米にカンパチの焼き魚など、シンプルながらもおいしいご飯を堪能する。さらには、新丸ビルに移動し、カフェを二軒はしご。丸ビルよりも、店も空間もいい新丸ビルは結構使える存在だ。その後、買い物をし、さらにカフェでお茶。昼から夕方にかけてで4軒もはしごしたにもかかわらず、お会計は総額2600円ほど。信じられないほどリーズナブルである。やはり、ランチタイムはどこでもお買い得。夜であれば、ちょっと食事しただけで数千円は消えていくんのだから。ひさびさに休日の昼をリーズナブルに堪能したのであった。
使える頼れるノートPC。
2008/1/13
前日からのパソコン作業を今日もただただ続けることにする。画面を見つめ、ひたすらクリックを繰り返し、音楽を聴きながら、お茶を飲みながら、作業に没頭し続けていた。私のパソコンが素晴らしいのは、ものすごく軽いのでどこでも運べることだ。ベッドの上、椅子の上、いたるところに移動して、気分を変えては作業を続けることが出来る。私が使っているPanasonicのノートPC、Let’s noteははっきり言って高いが、やっぱりビジネスモバイル向けだけあって、使える頼れるアイテムである。半年ちょっと前、散々悩んだ買い物だったが、やっぱりこれに決めて正解だった。ひたすら作業に集中しながら、ふとそんなことを感じていた。
篭もりの一月
2008/1/12
1月の三連休を迎えたが、私はじっと部屋に篭もっていた。お昼ごろいったん外に出たが、その後は自分の部屋でひたすらパソコンに向かっていた。ちょっと大変な作業をかかえており、ただひたすら画面に見入ることに没頭していたのだ。おそらく8時間近くは完全に自分の世界に入り込んでいたのだろう。気がつけば深夜となり、あっという間に3連休初日が過ぎさっていた。冬の寒い時期、クマが冬眠するように、人間も暖かい部屋にこもるのは、ごくごく自然な、本能的なことなのだろう。そんなことを思ってみた。
January, 2008 夜のタクシー
2008/1/11
滅多にタクシーに乗ることのない私が、究極珍しく、1日で3回もタクシーに乗ってしまった。とはいえ、もちろん全て私用というわけではない。 そのうち2回は仕事で駅からかーなり遠いところまで行かないといけないという理由から、やむを得ずに使っただけである。それでも、私にとってタクシーは日常の中の非日常といった具合である。なんだか一人で乗っていると、変な感覚がしてしまう。エコじゃないからなのだろうか。
しかしこの日は、さらにもう一本乗らざるを得ない状況に陥った。普段であれば絶対に歩く距離だったのだが、時間がギリギリだったこと、そしてふらふら過ぎて走る体力があまりにも無かったこともあり、仕方なく、タクシーに助けをもとめたのである。しかし、延々と続くタクシーの行列の中、目星をつけた一台の車に声をかけると、「ここじゃ乗せられないんだ~。後ろに乗り場あるから」と言われてしまう。はぁ、なんてメンドクサイ。急いでいるのに。そんなことを思いながら、私の後ろにある乗り場に走り、一台の窓の外から運転手さんを覗き込む。すぐさまドアが開いたので、勢いよく乗り込むと同時に目的地を告げると、その運転手さん不思議なことを口にした。
「じゃぁ、Uターンしますね」。
「へっ?」 私は不思議に思った。私の行き先とは逆方向じゃないか。もしかしたら、はっきり聞こえていなかったんじゃないのか。そんな不安をよそに、タクシーは私の知らない道をすいすいと進み始めた。金曜日の銀座、大通りはタクシーで埋め尽くされて大渋滞しているにもかかわらず、私を乗せたタクシーはまったく違う方向へと進んでいったのだ。いったい、どこへ連れて行くんだこのタクシー。私は運転手さんになんだか訊くこともできず、ただただ前を見ているだけだった。
しかし、このタクシー。実に素晴らしかったのである。まったくもって動かない銀座を見事にすり抜け、思ったよりも早く目的地に到着してくれたのである。しかも、降りる直前、運転手さんはこう話してくれた。「あの道は、タクシー運転手にもあんまり知られてないんですよ。やっぱりこっち選んで正解でした」。そう、もしかしたら最初に声をかけたタクシーに乗り込んでいたら、私は帰りの時間に間に合っていなかったかもしれないのだ。
普段なら初乗り料金だけですみそうな距離だったが、基本料金が上がったこと、さらには夜10時以降の割り増し時間だったということもあり、タクシー代は予想の倍以上になっていた。とは言え、時間をセーブできたと思えば、これはこれで感謝すべきなのかもしれない。
夜のタクシーは、なんだかいつもソワソワなのであった。
January, 2008 新年モードオフ
2008/1/10
ここ数年よく思うのだが、新年のご挨拶はいつごろ終わりにすればいいのかと、ふと思ってもしまう。いや、プライベートなら1月の半ばくらいまでは「あけましておめでとう~」と言ってもなんら問題ないが、仕事上のメールや電話でいつごろまで挨拶をしていいものかと思うときがある。ま、その辺は適当な感覚で判断するしかないのだが、こっちは「もういいか」と思って挨拶をしないにもかかわらず、先方から新年のご挨拶のくだりがあると、「しまった・・・」と思ってしまったりもする。
いやはや、タイミングと状況の判断というのは、何歳になっても課題なのかもしれない。
って、こんなの思うの私だけなのかもしれないが。
January, 2008 偉大な睡眠
2008/1/9
年始早々、私はフルスロットルで働いていた。具合がまだよくないのにもかかわらず、恐ろしいほどにやることがあり、バタバタと走り回っていたら気持ちが悪くなってくる。さして食べられないときに動き回るのは危険極まりない。
お昼休みに入った途端、私はストールを片手に誰もいない部屋に移動して、しばらく横になることにした。貧血のとき、具合の悪いとき、何が一番いいって体を横にすることだ。少し眠りに落ちながら、ふっと気がつくと20分が過ぎていた。体はといえば、うって変わって、ぐんと軽くなっている。
最近本当にしみじみと思う。体を休めること、そして睡眠をとるということは、人体にとって最高の癒しであるということを。
たっぷりと睡眠が取れる。そんな生活にあこがれてみる、2008年。
January, 2008 タータンショップ・ヨークについて
2008/1/8
さて、今日は私のこよなく愛するお洋服メーカー、タータンショップ・ヨークについてちょっと書いてみようと思います。なぜなら、前のブログにも書いていますが、それはそれはたくさんの方が最近ネット検索で私のブログにたどり着いているようなのです。もちろん、それは「のだめカンタービレ」のおかげに他ならなく、アクセス数が増えているのものだめちゃんのおかげとも言えます。
そんなわけで、おそらく多くの方が知りたがっている、ヨークの情報をまとめて書くことにいたします。とはいえ、私は店員でも、社員でもなく、ただ単に10年以上ヨークを愛用している素人ですので、お含みおきを・・・。
まず、ヨークのオフィシャルホームページはこちらです。会社情報、店舗情報はこちらで見られます。ただし、「通信販売」は今はやっていませんので、お気をつけください。
http://www.tartanshopyork.com/
また、各店舗スタッフによるオフィシャルブログはこちらになります。
のだめちゃんが着たお洋服の情報などもアップされています。が、残念ながら、のだめちゃんとぴったり同じお洋服はほぼ完売だと思われます(テレビで流れる前から完売していたのもあるほどなので)。もともとヨークのお洋服は、種類と柄は豊富ですが、一枚あたりの製造枚数があまり多くないので、すぐに完売してしまうのであります。ただ、在庫確認自体は、会社または店舗にお願いすればやってもらえると思います(時間がかかるかもしれませんが)。
ちなみに余談ですが、ヨークのお洋服は安いとは決していえませんが(笑)、クオリティーは抜群で、コストパフォーマンスが高いものばかりです。10年以上着られるスカートなど、ざらにあります。それだけ、ベーシックのものが多いともいえますが、母子2代続けて、もしくは3代続けてというほどに長く大切に着られるお洋服を作っているメーカーでもあります。ヨークのスカートやワンピースを着てしまうと、他のものがなんだか着られなくなるくらいに、着心地のよいお洋服を作り続けてくれる素敵なブランドです。
というわけで、今日はヨークの宣伝?になりましたが、全国にあるショップは下記のとおりです。詳しい住所、電話番号については、オフィシャルホームページからどうぞ。
旭川店、札幌パセオ店、仙台店、柏高島屋店、池袋店、八重洲店、 玉川店、川崎店、静岡店、名古屋店、京都店、神戸店、天神店
なお、ヨークについてのご質問がある場合は、sundyayano@yahoo.co.jp までお気軽にどうぞ。
今日はこれまで。
「のだめ」と私 (後編)
2008/1/7
(前編から続く。)
さて、話の続きである。
私はドラマ「のだめカンタービレ」を見て、突然にふっと落ちた。もともとは可愛いのだめちゃんと、そしてのだめちゃんが着ているタータンショップ・ヨークの洋服を気にしていたのだが、そのうち違うものが気になりだし、最終的にすこーんと落ちたのである。そう、何を隠そう落ちたのは、千秋先輩、つまり、玉木宏クンである(同い年らしいのであえてクンと書いている)。そもそも、だいぶ前から気になっていたのだが、千秋先輩の役を見ていたらなぜか見事に落ちた。思い起こせば約2年前、NHKのドラマ「氷壁」に出ていたときにも、「うーん、なんかこの人、ステキ・・・」とは重々思っていたのだが、すっこーんと落ちるまではいっていなかったのである。しかし、今回、長時間ののだめスペシャルをみていたためか、私は不覚にも?落ちてしまったのである。滅多に俳優やタレントに落ちることがない私にとって、今回は思いもよらぬ出来事でもあった。
しかし、実はちょいと調べたところ、もっとすごいことが発覚した。どうやら、私のこよなく愛するWikipediaによると、アラスカマニアにとっては伝説とも言える昔のポカリスエットのCMに出ていたらしいのである。それはもう、4年以上前の2002年のこと。私がアラスカに興味を持ち始め、その夏に初めてアラスカ旅行へ行くことを決めた頃からそのCMは流れていた。そのCMというのは、アラスカで有名なマタヌスカ氷河での撮影であり、男性2人か3人が、氷河の上を歩き続け、ようやく最後に果てしなく碧く美しい氷河湖にたどり着くというストーリーであった。私はあまりの氷河の美しさに目を奪われ、一度でいいからこの場所に訪れてみたいと強く思ったのである(とはいえ、まだ訪れていないのだが)。そしてまた、その映像に映し出されている男性たちのタフさとかっこよさににも、くらっときていたのだった。が、しかし、実はこの男性が、まだデビューしてさして時間が経っていないころの玉木クンだったらしいのだ。私はこの事実を知って、思わず「ひゃぁ~っ」とびっくりしてしまった。まさか、あの私の大好きだったCMに出ていたとは。全くもって驚くべき事実なのであった。
そんなわけで、私は「のだめスペシャル」から、「氷壁」を思い出し、さらには「ポカリスエット」までさかのぼることになったのである。うーん、不思議な感じである。しかも、今年に入り、ユーキャンのCMは始まるし、今までもずっと流れているマツダのDEMIOもあるし、ミスタードーナッツもあるし、永谷園もあるしと、他にもなんだか色々あってよくわからないが、たくさんテレビで見かけるたびに、じぃーっと視線が釘付けになってしまっているのであった。
あぁ、こまった。しばらくは、この病気、治りそうもない。ふぅー。
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